「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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憲法9条を掲げて国連安保理入りを
軍隊で平和を築くことはできない
               
安原和雄
 日本弁護士連合会(平山正剛会長)など主催のパネルディスカッション「世界から見た日本国憲法」が2007年5月12日、東京・霞ヶ関の弁護士会館で約240人の参加者を集めて開かれた。基調講演「国際紛争地域が求める平和の在り方」でジャン・ユンカーマン氏(映画監督)は「日本は憲法9条を掲げてこそ、国連安全保障理事会の常任理事国入りを主張すべきだ」と力説した。「軍事力は今や無力、無意味であり、軍隊で平和を築くことはできない」という認識が会場を支配した。
 参加者の一人として聴いたパネルディスカッションの内容(趣旨)を以下に紹介したい。(07年5月13日掲載、同日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)
                         
 平山日弁連会長は開会の挨拶で「改憲論に対する私的見解」として「近隣諸国にとって9条は平和の旗である。その旗を改憲で降ろすのか」などと改憲論を批判し、「憲法改正手続き法案には最低投票率を入れなければならない」と主張した。

 パネルディスカッションはコーディネーター・鮎川一信氏(弁護士)のほか、パネリストはジャン・ユンカーマン氏、権 赫泰氏(韓国・聖公会大学日本学科教授)、ワカル・アブドゥ・カハル氏(イラクの女性医師)、吉岡達也氏(NGOピースボートの共同代表)という顔ぶれで行われた。

▽「日本は9条を掲げてこそ、国連安保理常任理事国入りを果たせ」

 ジャン・ユンカーマン氏は米国ミズーリ州出身で、05年制作の「映画 日本国憲法」では憲法制定の経緯や平和憲法の意義を分かりやすく描いている。現在、日米両国を拠点に活躍中。 基調講演(要旨)は以下の通り。

 9条改正問題は国内問題ではなく国際問題だ。なぜそういえるのか。
・9条の「交戦権の否認」の削除は、外国が相手になる問題だから
・9条こそが被害国への戦争犯罪に対する謝罪の表れであり、9条放棄は謝罪の放棄を意味するから
・9条の戦争放棄の理念は、世界の長い歴史の中で時代遅れではなく、今やっと世界がそれに追いついてきているから

 戦争は残酷であるだけでなく、無意味である。大国同士の戦争はもはやあり得ない。強い国と弱い国との間の戦争だけで、しかも強い国も勝てない。ベトナム戦争では米国が敗北、ソ連とアフガニスタンとの戦争ではソ連が敗北、今回のイラク戦争では米国が敗北している。海外での武力行使はもはや無意味となっている。しかし米国はこの教訓に学んでいない。

 大量破壊兵器の保有がイラク攻撃の口実だったが、その根拠がないことは今はっきりしている。にもかかわらず日本はその口実をいまなお否定しないまま、国際貢献の名のもとに海外での武力行使を念頭に置いて9条を改正しようとしている。米国の戦争についていくことになることを国民のみんなが分かってきている。改憲への意向が最近の世論調査では弱くなってきている。

 9条は、その理念を守るのではなく、生かすことが大切だ。9条があるから国連安保理常任理事国へ入れて貰えないと考えるのではなく、逆に9条があるからこそ安保理常任理事国入りする資格があると主張すべきだ。改正手続き法案が通過してもそれから3年間、9条を凍結して守っていくのではなく、9条の理念を市民の手で世界へ広げていくべきだ。

▽「日本は9条と平和を守ることによって笑顔を保ち続けて欲しい」

 ワカル・アブドゥ・カハル氏は疫学と地域医療を専門とする大学教授・医学博士。地域医療への戦争の影響を研究する分野の第一人者。2001年にアラブの女性では初めて国際アラブ賞を薬学の分野で受賞した。発言の趣旨は以下の通り。

 立派な憲法をなぜ変えようとしているのか、理解できない。平和は健康と同じで、健康だからこそ健康のありがたさがわかるように平和が続いてこそ平和のありがたさが分かる。9条と平和を守ることで笑顔をもちつづけられるようにしてほしい。

 2003年3月に始まった米国主導のイラク攻撃の前と後とを比較できる写真を示しながら、いかに戦争の被害が大きいかを説明した。博物館や街並みなどの破壊状況のほか、以下のような説明があった。
・戦争後にはガソリン価格は100倍に高騰し、しかも1㍑買うのに朝5時から20時間も行列を作って待つ。石油が高価なものであるとしても、一滴の血に勝るものではない。
・病院では病室のマットレスもなくなり、地面に寝たりしている。衛生面の悪化が進んでいる。
・バクダッド市街を流れるチグリス川は常に血に染まっている。

 以上のような沢山の写真説明の後、「日本の自衛隊は再建、復興のためにイラクへ来ているということになっているが、写真からも分かるようにどこに再建、復興があるのか」、「自衛隊は軍服を着ないで欲しい」と述べた。

▽「軍隊で平和を築くことはできない」

 吉岡達也氏はNGOピースボートの1983年創設時からのメンバー。キューバ、北朝鮮、イラク、リビア、アルジェリア、アフガニスタン、コスタリカなど世界80か国以上を訪問している。発言の大要は次の通り。

 米国の世界最強の軍事力をもってしても、イラクの中規模の都市の治安を維持できない。これは何を意味しているのか。それは軍隊で平和を築くことはできないということだ。

アフリカの人たちの話では、日本は米国に原爆を落とされたにもかかわらず、なぜ米国の手先になってPKO(国連の平和維持活動)としての軍隊をもってくるのか、と疑問に思っている。9条を守ることは、そういう対日イメージを変えるのに役立つ。
 アフリカの紛争地域の人たちは、本音では地域のこの戦争をなくしたいと思っている。市民たちにとって軍隊ほど怖いものはない。植民地時代の宗主国の利益を守るための軍隊としてつくられているという事情があるからだ。アフリカへの最大の国際貢献は軍隊派遣ではなく、「貧困対策」だ。

 アフリカの人々にとって米国のイメージは強大な軍事力をもって他国へ押し入らなければ、豊かな国になれないのか、であり、一方、日本は強大な軍隊をもたなくても、ゆたかな国になれるというイメージになっている。
 安全保障で重要なのは軍事力ではない。軍拡を進めると、共倒れになる。ソフトウェアが重要だ。紛争をどう予防するかが重要で、軍事力で介入するのではなく、対話、信頼醸成が不可欠だ。北朝鮮の脅威が強調されるが、弾道ミサイル・テボドンを飛ばさせないためにはどうするかを考えることが大事だ。

 さらに吉岡氏は次のように述べた。

 自衛隊をどう変えるかが課題である。具体案として自衛隊の半分を世界中の地雷を撤去する部隊に編成し直すことを提案したい。「自衛隊がノーベル平和賞を受賞する日」を期待している。
 ユンカーマン氏の「日本は9条をもっているから、国連安保理の常任理事国にせよ」という提案は十分実現可能だと思う。私は〈9条的世界〉はすぐそこまで来ていると認識している。

▽「日本が改憲すれば、朝鮮や中国は恐怖を感じざるを得ない」

 権 赫泰氏は日本に留学し、一橋大学から経済学博士号を取得、山口大学経済学部助教授を経て、現在、聖公会大学日本学科教授。最近韓国で「日本憲法を考える市民連絡会議(仮称)」という組織をつくり、東北アジアにおける憲法9条の意義を検証する作業を進めている。発言の要旨は以下の通り。

 沖縄に広大な米軍事基地があるのに「9条は素晴らしい」と言っていられるのか? 一方韓国の若い人が軍隊へ行くのと、日本の若い人が行かなくてもいいこととは関連があるのではないか。ただ「9条は素晴らしい」というだけでいいのか?
 いいかえれば、沖縄に米軍基地を押しつけることによって、また韓国の反共政権によって日本が守られてきたこと、つまり周りの犠牲によって9条が守られているという事情がある。しかしそれでも今こそ9条の価値を再認識しなければならない。

 改憲への動きの背景には、「戦力不保持」の9条下では日本の安全は保障されないという考えがある。これは日本には軍事力がないという錯覚である。現実には日本はすでに軍事大国で、軍事予算では世界第3位となっている。だからこそ9条は守る価値があるのだ。

 改憲してさらに強大な軍事力をもち、行使することになると、つまり(侵略の事実を反省しようとしない)今の間違った歴史認識の下に軍事大国になると、朝鮮半島や中国は恐怖を感じざるを得ない。それに対抗して軍事的に強くなるために朝鮮半島や中国のナショナリズムも強まってくる。日本はこれまで9条のお陰で果実だけをとって発展してきたが、ここへきて改憲し、民主と平和に逆行していくのでは納得できない。

 (「9条が東アジアで果たす役割はなにか」という質問に)日本の非核3原則は日本が米国の核の傘に入っているから成り立っている。(9条を生かして真の非核を実現するためには)東北アジア非核地帯構想の実現が不可欠だ。

▽「憲法9条の世界的価値」という共通認識で一致

 以下に安原の感想を述べる。

 ユンカーマン氏の「日本は憲法9条を持っているからこそ、国連安保理の常任理事国入りする資格がある」という発言は多くの日本人に発想の転換を迫るものではないか。この発言に会場では吉岡氏が早速賛意を表した。世界各国を飛び歩きながら、多くの市民の生の声を聞いて得た結論が「安全保障はもはや軍事力ではない。むしろ憲法9条の理念を生かす〈9条的世界〉はすぐそこまできている」である。これは理想というよりもむしろ現実そのものだと言いたいのだろう。

 強大な軍事力に固執する特殊な「米国の窓」から世界を観るのか、それとも軍事力に依存しない平和と安全な日常生活を心から願っている市民、民衆の目で世界を観るのか、そのどちらの視点に立つかによってまるで異質の世界像を結ぶことができる。そのことを理解させてくれるパネルディスカッションであった。

 写真によるイラクの目を覆うような惨状は改めて軍事力行使という戦争の残酷さを印象づけるが、同時にその軍事力行使が事態を打開する上でいかに無力、無意味であるかを参加者の心に焼き付けた。イラクからわざわざ来日した医師のカハル氏は、「日本の自衛隊は何か貢献したか」という会場からの質問に「もちろん、しかし軍服を着ないで欲しい」と明言した、その願望を日本人としては十分汲み上げる必要があるだろう。

 韓国の権氏は、「日本が改憲してさらに強大な軍事力をもち、軍事大国になると、朝鮮半島や中国は恐怖を感じざるを得ない」と指摘した。こういう視点もまた日本人の盲点になってはいないだろうか。
 日本では北朝鮮のミサイル発射や核実験を日本にとっての脅威と煽り勝ちであるが、むしろ核を含む世界最強の軍事力で武装した日米軍事同盟こそが相手側には恐るべき脅威と感じられるのである。その点を無視して「ミサイル防衛」を口実に財政上の巨額の浪費に走るのは、むしろ安全を損ない、ミサイル産業にとって新たな巨額の既得権益をつくり上げる結果になるほかない。

 いずれにしても今こそ「憲法9条の世界的価値」を認識し、生かすとき、という一点は参加者の間でほぼ共有できたように思う。

▽戦争放棄、戦力不保持を讃える文部省編『あたらしい憲法のはなし』

ここで「核保有する現代への至上の警句」と題する毎日新聞への投書(無職、78歳、千葉県)が憲法9条の「戦争放棄と戦力不保持」に触れているので、紹介したい。(07年5月13日付毎日新聞から)

 自民・公明党を中心に9条(「戦争放棄」、「戦力不保持」)を主とした憲法改正が急がれようとしています。(中略)今後の世界が、武力で事の解決を図るべきではないことは、イラク戦争一つとってみても明白です。(中略)憲法施行当時に文部省が著作発行した「あたらしい憲法のはなし」を改めて思い起こします。
 「みなさんはけっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことをほかの国よりさきに行ったのです(戦力放棄)。相手をまかしていいぶんをとおそうとしないで、おだやかにそうだんをしてきまりをつけようというのです(戦争の放棄)」
 数万発の核爆弾を保有する現代世界に対する至上の警句です。


(寸評、提案歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
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コメント
この記事へのコメント
ブログの報告に共感
安原さん
「世界から見た日本国憲法」の報告、分かりやすいですね。

ジャン・ユンカーマン氏の「日本は憲法9条を掲げてこそ、国連安保理常任理事国入りを主張すべきだ」という意見には深く共感しました。 軍隊で平和を築くことはできないからです。
「9条こそが被害国への戦争犯罪に対する謝罪の表れであり、9条放棄は、謝罪の放棄を意味する」も説得力がありますね。

「平和は健康と同じで、健康だからこそ健康のありがたさがわかるように平和が続いてこそ平和のありがたさが分かる。9条と平和を守ることで笑顔をもちつづけられるようにしてほしい」。
これは「そう、そう」と相づちを打ちながら読みました。

「アフリカへの最大の国際貢献は軍隊派遣ではなく、〈貧困対策〉だ」というコメントも、今、東京・岩波ホールで上映中の『約束の旅路』を観ればわかります。この映画をご覧になりましたか? まだでしたら、お勧めです。

「自衛隊がノーベル平和賞を受賞する日」を期待している、というユニークな発想に驚くと共に、共感を覚えました。

「あたらしい憲法のはなし」の「みなさんはけっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことをほかの国よりさきに行ったのです(戦力放棄)。
相手をまかしていいぶんをとおそうとしないで、おだやかにそうだんをしてきまりをつけようというのです(戦争の放棄)」という憲法解説、ほんとうに素敵ですね!

2007/05/15(火) 15:47:20 | URL | M.T. #-[ 編集]
憲法9条の世界的価値
M.T. さん、共感のコメントありがとう。

改憲の焦点はなんといっても、9条の戦力不保持と交戦権否認の規定です。
戦力不保持の方は、すでに日本は強大な軍隊を持っているわけですから、事実上すっかり空洞化していると言えます。しかしその戦力を正式の軍隊と呼ぶにはいささかはばかるところがあるのでしょう。
一方、その戦力を米国の戦争に追随して海外で自由に行使するためには、交戦権否認の条項が邪魔になります。

そこでこの戦力不保持と交戦権否認の条項を捨て去ろうというのが安倍首相以下の改憲派のねらいです。さらに海外で9条の改憲を期待し、絶えず圧力をかけてきているのは、世界広しといえども米国くらいのものです。いいかえれば9条を踏みつぶそうと狙っているのは、世界的に見ると極めて少数派でしかないということです。

世界の圧倒的多数派は9条の世界的価値を大切に思っているわけです。さまざまな人が「9条は世界の宝」と言っています。こういう声は尊重しなければなりません。
折角の「世界の宝」を捨て去るのは、浅慮にして無謀であり、後世において「歴史的大罪」という烙印を押されることは間違いのないところと考えます。
もっともっと共感の輪を広げたいですね。
2007/05/16(水) 18:33:18 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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2007/05/14(月) 12:50:19 | 穴あき(anarchy)
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