「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
財界人の品格度を採点する
危うさ示す「御手洗ビジョン」

安原和雄
最近「おねだり財界人」という批評が広がりつつある。企業人としての立場からビジネスや企業競争力強化のための施策を政府におねだりするという意味である。同時に「おごる財界人」ともいわれる。多くの国民を踏み台にして企業利益の追求に余念がない、というほどの意味であろう。
 それぞれ一面の特質を指摘しているが、これに加えて私は危険な路線を選択する「危うい財界人たち」と言いたい。リーダーにふさわしい品格はどこへ? という想いさえつのってくる。財界総本山の日本経団連(御手洗冨士夫会長)が07年元旦に発表した将来構想「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)を読み、その後の動きを追跡すると、そういう印象が強い。(07年4月6日掲載、同月8日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽品川正治・経済同友会終身幹事の「御手洗ビジョン」批判

 ここでは財界総理とも称される御手洗冨士夫・日本経団連会長(キヤノン会長)に代表される最近の経済界リーダーの品格度について御手洗ビジョンを素材に採点する。
 結論からいうと、どうも評判が芳しくない。一例として朝日新聞の「ニッポン 人・脈・記」の「安倍政権の空気」⑭(07年3月26日付東京版夕刊)を取り上げよう。
 「財界おねだり〈見苦しい〉」という見出しで次のように書いた。

 御手洗経団連の姿に「こんなにまで政権にすり寄っていいのか」と異を唱える財界人がいる。品川正治(82)。経済同友会の終身幹事。「頼んだことを実現してもらおうと、おねだりしているようで見苦しいね」。
 一兵卒として中国戦線へ送られ、部隊は壊滅、九死に一生を得て復員した。中学教師をしたあと日本火災海上保険に入り、社長、会長に。戦争は人や国家を狂わせる。それが骨の髄までしみている。

 「米国は問題を解決するのに軍事行動も辞さない。戦争を放棄した日本と価値を共有する国ではない」。(中略)日本のめざす道ではないと品川は思う。
 (中略)品川は、財界の勢いを「おごりだ」とみる。「民主導と言っても、しょせん業界の利益。経済は国民が主権者だということを忘れている」
 品川の批判をどう思うか。記者会見で御手洗に聞いた。
 「価値観が違う人と議論しても神学論争になるだけです」(以上、朝日新聞の記事から)

 日本の進路選択について「神学論争」を理由に日本経団連会長その人が議論を避けるという姿勢自体に問答無用というおごりがのぞいている。ここですでに品格度は大幅に減点である。

▽ビジョンの骨格・その1―「成長重視」と「格差是認」

 以下にまず御手洗ビジョンのポイントを紹介したい。同ビジョンは未来構想について「基本的には成長重視の選択を提言する」と次のように指摘している。

 今、われわれの前で道は大きく二手に分かれている。一方には弊害が最も小さくなる道を歩むことを主張するひとびと(弊害重視派)がいる。所得格差の拡大、都市と地方間の不均衡など不平等を指弾する。改革を中断しても、その是正を急ぐことを訴える。税や社会保障を通じた所得再分配の拡充や公共事業の拡張が弊害重視派の処方箋である。

 他方にはベストのシナリオにチャレンジするひとびと(成長重視派)がいる。成長重視派は、いわゆる弊害は、グローバル化や少子高齢化がもたらす歪みであり、改革の手綱を緩めれば、かえって事態は悪化すると考える。改革を徹底し、成長の果実をもって弊害を克服する、これが成長重視派の基本スタンスである。

 以上のような成長重視の姿勢は何を意味するのか。いうまでもなく「格差是認」である。次のように指摘している。
 「結果の平等は求められない。公正な競争の結果としての経済的な受益の違いは経済活力の源泉として是認される。結果の平等は、ひとびとの研鑽、努力、勤労の意欲を殺ぎ、無気力と怠惰を助長する」と。

 「結果の平等」は悪だが、「機会の平等」は善という考えのようである。しかし競争の出発点では競争参加者の条件が平等であること、という「機会の平等」が実は「教育の機会不平等」にみられるように今や大きく歪んでいることには目を向けない。だからビジョンでは「失敗しても幾度でも再チャレンジができるようにする必要がある」と書いて、安倍晋三首相の国会答弁と同じきれいごとの建前論で逃げている。

しかも上述のように「競争の結果としての経済的な受益の違いは経済活力の源泉」と言ってのける。これは優勝劣敗、弱肉強食、いいかえれば競争に勝った者が所得を増やし、一握りの上位所得者へとのし上がることのどこが悪いのか、という開き直りである。拝金主義のおごりがある。ここでも品格度は減点となる。

▽ビジョンの骨格・その2―企業優遇、されどサラリーマン・高齢者冷遇

 成長重視の立場からどのような成長路線をイメージしているのか。
*一人当たり国民所得の増大
 2015年時点の一人当たり国民所得は2005年比3割増とする。成長率は2006年から2015年までの間、実質で年平均2.2%、名目で同3.3%を実現できる、と試算している。

 「国民所得の増大」というと、いかにもサラリーマンなど国民一人ひとりの所得が増えて、結構な話のように響くが、実態はそうではない。所得は大別すれば、企業所得と個人所得の2つで、昨今のようにいわゆる景気回復が大企業中心に企業利益(=企業所得)の増大をもたらす半面、サラリーマンなどの個人所得増にはほとんどはね返らないという現実は今後もあまり変わらないだろう。成長重視主義が多くのサラリーマンなどの懐を豊かにしてくれると歓迎するのは、お人好しにすぎる。

 特に重視すべき点は、以下のような企業優遇、すなわち企業負担の軽減をめざす多様な要求を企業の国際競争力強化の名目で掲げ、おねだりする一方、サラリーマン、高齢者などには冷遇路線を明示していることである。ここには米国流の自由市場原理主義の悪しき側面が露骨に浮き出ており、財界主導の「国民総いじめ路線」ともいえる。これでは品格に反する。

*法人税実効税率の大幅引き下げ
 国税、地方税を合わせた現行実効税率約40%を30%程度の水準に下げる。
*消費税の引き上げ
 2011年度までに2%程度引き上げる。
*労働者派遣、請負労働の規制改革
 この規制改革は何を意味するのか。労働法制の規制緩和・廃止によって低賃金の非正規社員が今後も増えていくだろう。その結果、正規社員の賃金水準も低下あるいは上昇抑制傾向を強める。全体として長時間労働、無権利状態の貧困層が増大していく。
*高齢化社会への対応策として「自立・自助」精神の重視
 高齢者医療、介護保険などには「自己負担の適正化」、すなわち負担の増大を求める。

▽ビジョンの骨格・その3―地球温暖化防止への視点が希薄

 ビジョンの中に地球温暖化防止、循環型社会の実現―などのことばは出てくるが、全体として地球環境問題への視点は希薄である。地球環境問題最大のテーマである地球温暖化にどう対応しようとしているのか。

 ビジョンは「持続的な成長」のためには「長期的、安定的なエネルギー供給の確保が必要」という認識に立っている。 いいかえれば成長優先主義に立って、必要なエネルギー供給をいかに確保するかという発想である。そういう発想から化石エネルギー(石油・天然ガス・石炭)の有効利用(利用効率の最大限化)と原子力の積極的活用(2030年の発電電力量に占める原子力比率を30~40%以上にし、原子力を基幹電源とすること)を打ち出している。

 原子力発電につては最近、原子炉制御棒の脱落隠しなど電力会社の不祥事が次々と明るみに出て、原発の安全性に底知れない不安と疑惑を抱かせている。ヨーロッパでは原発から離脱し、化石エネルギーから自然エネルギー(太陽光、風力発電、バイオマスなどの再生可能エネルギー)へと転換する傾向を強めているときに日本は相変わらず原発依存路線を突っ走っている。これでは危惧の念が消えないが、ここでは化石エネルギーと温暖化防止に絞って紹介する。

 ビジョンは化石エネルギーについて「引き続き主要なエネルギー源」という認識に立っている。これでは温暖化の要因であるCO2(二酸化炭素)を発生する化石エネルギーの思い切った削減に腰が入らない。
 例えばCO2削減をめざす京都議定書の誓約はまだ実現していないにもかかわらず、「すべての国が参加するポスト京都議定書の枠組みの下で地球温暖化対策の実効的な取り組みが進み、・・・」と書いて、対策を「ポスト京都議定書」へと先送りしている。これでは京都議定書から離脱したブッシュ米大統領の姿勢の追認・模倣というほかない。また化石エネルギー抑制のための環境税導入への視点は欠落している。

 あくまでも経団連の「環境自主行動計画」による省エネや環境負荷軽減をめざすという従来の枠にこだわっている。これは社会的規制抜きで自主的に、つまり自由気ままに、有り体にいえば企業利益追求に支障のない範囲内で環境対策に取り組むという態度であろう。これも規制を排除する自由市場原理主義の実践であり、おごり、おねだりの一種といえる。

▽ビジョンの骨格・その4―日米軍事同盟を持ち上げ、9条改悪へ

 冒頭で紹介した「こんなにまで政権にすり寄っていいのか」(品川正治氏)という良識派財界人の嘆きをそのまま納得できるのが、憲法9条改悪論である。以下のように憲法改悪の時期を明示した上で改悪の中身、さらに安全保障のあり方に言及している。

*経団連は2010年代初頭までに憲法改正の実現をめざす。
*戦力不保持をうたった憲法9条第2項を見直し、憲法上、自衛隊の保持を明確化する。集団的自衛権を行使できることを明らかにする。
*日米同盟を安全保障の基軸として堅持し、MD(ミサイル防衛)能力の向上をはじめ適切な防衛力を整備し、2国間や多国間の共同演習などを含む安全保障対話の推進に努める。
*現行の安全保障会議を抜本的に強化し、日本版NSC(国家安全保障会議)として機能させる。

 以上は安倍政権が追求しつつある路線にそのままそっくりの書き写しである。要するに日米軍事同盟の強化とともに、憲法改悪による軍隊保持、米軍を支援する集団的自衛権行使の明確化である。
 しかし軍事力がもはや有効ではないことは、米軍のイラク侵略が挫折していることからも明らかである。憲法9条の非武装の理念を投げ捨てて、軍事力強化に固執するのは時代錯誤であり、危険な路線選択というほかない。

 おまけにMD(ミサイル防衛)能力の向上にまで視野を広げている点は見逃せない。MDは1兆円を超える大型兵器ビジネスで、防衛予算(現在年間5兆円規模)を食い物にする巨大な浪費(税金の無駄使い)であり、軍部と産業界との癒着を意味する日本版「軍産複合体」の肥大化につながっていく。
 これこそ財界の時の政権に対するおねだりの典型例のひとつである。ここに至っては財界人の品格なるものは、すでにマイナスと化している。

▽ビジョンの骨格・その5―愛国心と国旗・国歌の日常化

 「公徳心の涵養」を力説しているのも特色である。次のように述べている。
 「新教育基本法の理念に基づき、日本の伝統や文化、歴史に関する教育を充実し、国を愛する心や国旗・国歌を大切に思う気持ちを育む。教育現場のみならず、官公庁や企業、スポーツイベントなど、社会のさまざまな場面で日常的に国旗を掲げ、国歌を斉唱し、これを尊重する心を確立する」と。
 さらに「悠久の歴史が織りなしてきた美しい日本の文化と伝統を子供たちに引き継ぎ、活力と魅力に溢れた〈希望の国〉を実現することは可能であり、われわれの責務である」とも書いている。

公徳心を説くことに「反対」と叫ぶつもりはない。しかしそれがなぜ愛国心、国旗・国歌の日常化と結びつくのか。画一的な強制は止めた方がいいだろう。ここは「自由な国・日本」であり、「専制国家・日本」ではないことを忘れないようにしたい。

 しかも「悠久の歴史が織りなしてきた美しい日本・・・」などという表現に出会うと、安倍首相の著作『美しい国へ』と重なってしまう。そこで首相は「日本国家のために命を捧げる愛国心」を説いているのである。命を捧げる愛国心、国旗・国歌の日常化は、憲法9条改悪による軍事力強化と表裏一体関係にあり、やはり危険な路線選択にほかならない。

 私がビジョンの中で注目したのは「CSR(企業の社会的責任)と企業倫理の徹底」を強調している点である。これには同感である。今日、CSRや企業倫理を忘却した企業に社会的存在価値はない。迷惑な存在でしかない。
 毎日のようにテレビで腰を90度に曲げて自社の不祥事を詫びる企業人たちの異様な光景にどう対応するのか。一片の「恥じる心」があるなら、そして品格度をプラスに高めたいのであれば、人に公徳心や愛国心を説く前に自らの自己反省こそが先決である。それを怠るなら、折角の「希望の国、日本」が変じて「絶望の国、日本」へと転落するだろう。


(寸評、提案歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
企業の下僕なの?
「財界人の品格度を採点する」を読んで感じたことは、最近の企業経営者は企業の単なる下僕なのか?という印象である。

企業経営者としては利益の追求を怠けるわけにはゆかないだろう。しかしそこには自ずから節度というものが求められるのではないか。
何のために儲けるのか、それは社会還元のためである。そうでなければ企業の社会的存在価値がなくなり、尊敬されることはないだろう。

日本資本主義の父といわれる明治・大正時代の財界人(実業家)、渋沢栄一が説いた「論語算盤説」はまさに企業の社会的貢献、社会還元のあり方を示している。儲けるばかりでは財界人失格! と主張したのであろう。

一昔前の財界人の行動様式はどうだったのか。ここが知りたい。
今と同じように企業の枠内に視野を限定していたのか。これには昨今の企業人は恐らく次のように反論するだろう。
「御手洗ビジョンでは愛国心の大切さ、さらに国際貢献のあり方として憲法9条(=戦争放棄、非武装)を改正し、正式の軍隊を保持することを唱えている。これは企業の枠を超えて広く国益を考えたうえでのことだ」と。

冗談ではない。真の愛国者なら、亡国への道に通じる恐れの強い「9条改悪」を唱えるはずがない。軍事力第一の米国のブッシュ政権、それに追随する安倍政権の提灯持ちを演じているだけではないだろうか。
朝日新聞が「政権にすり寄る財界人」(品川正治氏のことば)と書いているというが、これには同感である。骨太の財界人よ、出でよ! と叫びたい。
2007/04/12(木) 13:53:54 | URL | WA. #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。