「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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正義とPeaceとWar
〈折々のつぶやき〉29

安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。〈折々のつぶやき〉29回目。(2007年3月31日掲載)

 毎日新聞のコラム「発信箱」は読ませる記事が多いが、なかでも広岩近広記者の「平和から正義への懸念」(07年3月25日付)は実に示唆に富んでいる。毎日新聞売り物の「万能川柳」風にいえば、秀逸である。その要旨は次の通り。

 今年の小学1年生は、改正教育基本法のもとで義務教育のスタートを切る。私が懸念するのは平和教育である。というのも昨年12月に改正された教育基本法の前文が旧法と異なっているからだ。「人間の育成を期する」につながる記述で、旧法には「真理と平和を希求する」とあったが、新法では「真理と正義を希求し」に変わった。「平和」がなくなり「正義」が登場した。
 私は正義という言葉にうさんくささを覚える。米国の例を持ち出すまでもなく、他国に軍事介入するときはたいがい「正義の戦い」となる。こうなると「正義」は「平和」の対極に位置する。そんな「正義」が新出した改正教育基本法とともに新1年生は歩み出す。彼らの未来も平和であってほしい、と願うのみである。

 このコラムには共感を覚える。触発されて、あの戦争屋、ブッシュ米大統領が年頭の一般教書(07年1月24日=日本時間=連邦議会上下両院合同本会議で演説)で平和や正義にどのように言及しているかに興味を感じ、ホワイトハウスのホームページにアクセスした。読み上げるのに1時間近くはかかると思われる長文の一般教書(英文全文)を読んでみた。その結果は何と出たか?

 驚くなかれ、Peace(平和)という言葉はたったの1回のみである。しかも次のような文脈で使われている。
 The people of Iraq want to live in peace. (イラクの人々は平和と共に生活したいと望んでいる)。
 これには何たる言い分か、という印象が拭えない。イラクの平和を壊したのは米大統領の命令による米軍のイラク侵略の結果ではないのか。

 一方の正義(Justice)はどうか。こちらはイラクがらみでは1回も出てこない。しかしこれまた驚くなかれ、登場回数の多い順に並べると、なんとEnemy(敵)14回、Terrorists(テロリスト)11回、War(戦争)9回、Terror(テロ)6回、Attacks(攻撃)4回がワースト5である。このほかKill(殺害)、Danger(危険)、Evil(悪)、Battle(戦闘)などの言葉が盛り込まれており、これらは総計で58回も出てくる。

 正義などと悠長なことは言ってはいられないという気分なのか。「9.11テロ」(2001年)翌年の一般教書(02年1月)で「悪の枢軸」(Axis of Evil)として北朝鮮、イラン、イラクを名指しで非難したブッシュ大統領のことである。今年の一般教書でもEvilは2回出てくる。「戦争屋・ブッシュ」の面目躍如(?)というところだろうか。

昨年(06年)秋の国連総会でブッシュ大統領が演説した翌日、登壇した反米・反自由市場原理主義の旗手ともいうべきチャベス・ベネズエラ大統領がこう叫んだ。
 「昨日、この演壇にあの悪魔・米大統領がいた。・・・」と。
 会場に笑いと拍手が広がったことはまだ記憶に新しい。「悪」とか、「悪魔」とか、世界の首脳の間でことばのミサイルが飛び交っている。


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コメント
この記事へのコメント
正義と平和と
3月29日付の『産経新聞』に「とんでもない本」の広告が出ていて驚きました。
何と書名は『憲法九条は諸悪の根源』(潮匡人)で、見出しを見てまたまた仰天!
「憲法九条は負の世界遺産」と述べているのですから。

こんな広告を見た後に、安原さんの平和論・防衛論を読むとスカッとします。
改正教基法では、「真理と正義を希求し」に変わり、「平和」がなくなってしまいました。
私も「正義」という言葉にうさんくささを覚えます。

歴史を見ると、どの時代のどの国も、他国に軍事介入するときはたいがい「正義の戦い」だと公言してきたからです。「正義」が「平和」の対極に位置するなんて、どう考えてもおかしいですからね。

新一年生は、そんな「正義」が新出した改正教育基本法とともに、歩み出すわけですから、危惧を抱くのは当然です。

ブッシュ大統領の一般教書にも「Peace(平和)」という言葉はたったの1回しか使われていないとは、まさに驚きです。
2007/04/03(火) 17:42:16 | URL | M.T. #-[ 編集]
米国一般教書の読み方
M.T.さん、コメントに感謝します。
一般教書の読み方もいろいろでしょうが、今回はキーワードの使われ方を調べてみました。

その結果、Enemy(敵)が一番多く14回も出てくるとは予想していませんでした。戦争状態、いや正確にいうと、「侵略」戦争状態にある国家とは、こういうものなのでしょう。
イラクがアメリカに攻撃を仕掛けたわけでもないのに、米国側の侵略戦争を粉飾し、正当化するためには外部に敵を作りあげ、ウソを言い張ることが不可欠の条件になります。

かつて我が日本が戦争中、大本営発表なるもので、ウソの情報を流して国民をだまし続けていたのと同じ手口です。
残念ながら当時の日本国民は欺されてしまいましたが、今日の米国民はもはや欺されてはいません。昨年の中間選挙でブッシュ大統領派の共和党は敗北しましたからね。

しかしブッシュ大統領は頑なに戦争屋としてのピエロ役を演じ続けています。しかし観客は誰1人笑ってくれない。拍手もしてくれない。これは悲劇そのものでしょう。

なぜそこに気づかないのか?
軍事力はもはや何の足しにもならないのに、まだ有効だという思い込み、固定観念―これは巨大な犯罪そのものです。
2007/04/06(金) 14:17:22 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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