「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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仏教経済学と八つのキーワード
新たに「多様性」を加える

 安原和雄
 「仏教経済塾」としては、やはり仏教経済学とはなにか、を説明する必要がある。仏教経済学の話をすると、「仏教経済学ってなに?」と聞かれることが多い。私はこれまで仏教経済学のキーワードとして、いのちなど七つを挙げて説明してきた。
 しかし最近「多様性」を新たに加えて八つのキーワードにするのが適切だと考えるようになった。実はこれは6月末に発表された日米首脳会談の共同文書「新世紀の日米同盟」への批判ともなっている。このように時代の動きを観察しながら、仏教経済学を育ててゆきたいと考えている。(06年5月26日掲載の「仏教経済学ってなに?」を06年7月19日更新、7月21日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽「いのちの尊重」をキーワードに

 私は仏教経済学のキーワードを一つだけあげれば、それは「いのちの尊重」だと答えることにしている。そして大学経済学部で教えられている主流派経済学である現代経済学には、この「いのちの尊重」という概念、思想はない、とつけ加える。
 いいかえれば、現代経済学は戦争(=暴力)を好む―「好む」という表現が気に入らない人には、戦争に「反対しない」と言い直しておきたい―ところに特色がある。大学の経済学者で例えばアメリカの不当なイラク攻撃に「反対」を叫んでいる人は、実はほんの少数なのである。

 こういう説明に「なるほど」とうなずく人もいるが、なかには依然、「なぜわざわざ仏教を持ち出さなければならないのか」という疑問が消えないらしい。

 私は仏教経済学の特質に新たに「多様性」を加えて次のように説明したい。
1)仏教経済学は次の八つのキーワードからなっていること
 いのち、平和(=非暴力)、簡素、知足(=足るを知る)、共生、利他、持続性それに多様性―の八つである。これらの理念、実践目標は仏教の根幹をなしている。

2)仏教経済学は新しい時代を切りひらく世直しのための経済思想であること
 仏教の開祖・釈尊の教えを土台にすえて、21世紀という時代が求める多様な課題―地球環境問題から平和、経済社会のあり方、さらに一人ひとりの生き方まで―に応えることをめざしている。その切り口となるのが、仏教の重視するいのち・簡素・知足など八つのキーワードで、これらの視点は主流派の現代経済学には欠落している。だから仏教経済学は現代経済学の批判から出発しており、その現代経済学に取って代わる新しい経済思想である。

3)仏教経済学? それとも知足の経済学?
 もう一つの課題は、名称である。仏教経済学という名称は適切なのか? という疑問はいろんな人からいただいている。私は仏教経済学を「知足の経済学」とも呼んでいる。なぜなら仏教は知足(=足るを知ること)を重要な理念としているから。一方の現代経済学は「貪欲の経済学」と名づけることもできる。「もっともっと欲しい」という貪欲を前提にした経済思想だからである。

▽なぜいま「多様性」が求められているのか

さて従来の7つのキーワードになぜ「多様性」を新たに加えるのか。
 理由の第一は仏教は地球上の生きとし生けるものすべての「いのち」や人間の生き方の多様性を重視してきた。釈尊の「対機説法」、つまり一人ひとりの個性、能力は多様に異なっており、それにふさわしい説法を試みたことからも多様性を重視していたことが推測できる。

 第二に日米首脳会談後に発表された共同文書「新世紀の日米同盟」(06年6月29日発表)は、「自由、人権、民主主義、市場経済、法の支配、平和」を繰り返し、指摘しているが、「多様性」という文言はついに出てこない。これは従来の数ある日米共同声明でも同様である。なぜなのか。
 多様性は、特に米国の覇権主義、単独行動主義とは相容れないからである。多様性を重視すれば、複数主義、多元主義の容認、つまり異質の思想、行動を認めざるをえなくなる。
ところが現実は日米首脳たちの独断的なスタイルの自由、人権、民主主義、平和などの押しつけとなっている。米国主導のイラク攻撃とその後の民主化などは、その具体例であるだろう。
 だからこそ独断、押しつけを排して、真の自由、人権、民主主義、平和を実現するためには多様性をキーワードとして位置づける意義が今日きわめて大きくなった。ここに着目したい。

 第三に「八つのキーワード」の八という数字は末広がりを示しており、豊かな未来性を感じさせる。現代経済学が滅びゆく過去の経済思想であるのに反し、仏教経済学はこれから大きく育っていく未来の経済思想であることを示す「八」といえる。


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コメント
この記事へのコメント
企業選択
 現代の経済体制の批判には非常に共感します。
 が、私は学生でありましてコノ経済体制の中で就職しなければ生きていけないのです。
 そこで、就職に当たってのアドヴァイスなどいただけないでしょうか。仏教経済学的に見て優良な企業などはあるでしょうか?
2006/07/22(土) 18:43:24 | URL | 関西の学生 #9h9eabHM[ 編集]
仏教経済学と職業選択
関西の学生さん、コメントをありがとう。
就職へのアドバイスを、ということですが、人にものを頼むからには、もう少しあなたの自己紹介が必要ではないでしょうか。
何を専攻していて、どういう分野に進み、どういう人生をあなた自身の責任で送ろうと考えているのかーなどです。

仮にです、あなたにそういう気構えが不足しているとすれば、甘えを感じますね。仏教経済学の立場では、たとえ物質的には貧しくとも、自立、自律の精神で堂々と人生を送ろうと努力している人を尊重します。

まあ、これではアドバイスにならないかもしれませんので、いくつか指摘させていただきましょう。

まずなぜ就職先を企業と限定しているのですか。企業以外にも選択肢はいろいろあるのではないでしょうか。

次に企業でいえば、優良企業とはどういうタイプの企業を指しているのかが問題です。
仏教経済学の立場からいえば、利益をあげることのみにこだわる企業ーこの種の企業は従業員を奴隷のように使うケースが多いーは、たとえその企業の株価が高くても、優良企業とはいえません。

優良企業とは「企業の社会的責任」(CSR=
Corporate Social Responsibility)をちゃんと果たすことを社是としている企業のことです。CSRを日常的に実践しているかどうかも大切なことです。
建前としての社是は結構なことをいいながら、実体はそうでもない企業も沢山あります。そこを見抜くのはあなたの眼力です。

CSRとは何か、については自分で調べて下さい。
ご自愛を祈っています。
2006/07/23(日) 11:13:59 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
回答ありがとうございます。
 失礼しました。私は4回生で専門性のない学部です。専攻は思想系です。どういう人生を歩みたいかということは「徐々に心を清らかにしていく」ことを主眼にして生きて行きたいと思っています。あいまいに思えますか?まあ、そう思われても仕方ないです。若者(=ばか者)ですのでもとより「甘え」はあるでしょう。
 丁寧な回答をありがたく思いますが、具体的に企業名を挙げることは出来ないのでしょうか?出来ないならばその理由を教えていただきたいです。
 CSRについては「all about」で調べました。「花王、松下電器産業、ソニー、日産自動車、リコー、キヤノン、イトーヨーカ堂、大和証券グループ本社、損保ジャパン、住友信託銀行、東京電力」がCSRを取り入れているみたいですね。これらは、「優良」企業といえますか?
 ひとつの企業選択の視点を与えていただいてありがとうございます。
 あと、企業以外考えてないわけではないのです。色々考えてます。が、現実の選択肢は結構限られてるというだけのことです。
2006/07/23(日) 18:26:30 | URL | 関西の学生 #fTUl7UI6[ 編集]
優良企業について
仏教経済塾の安原塾長があなたの問いにどう答えるかに関心をもって見守っていましたが、答えがないところを見ると、多分忙しいためなのでしょう。
考え方にそう大差はないので、代わってコメントをいたしましょう。

まず第一印象はあなたには素質があり、未来性があります。
「失礼しました」と冒頭で記したところが気に入りました。そう言える若者はそんなに多くはないように思いますが、いかがでしょうか。
また「徐々に心を清らかにしていく」生き方をめざしているそうで、いまどき殊勝な生き方のように思います。
私が起業家で会社経営に携わっていれば、あなたを幹部候補として採用したいですね。残念ながら私は企業経営とは無縁の人間です。

しかし第二点として若干厳しいことを言わねばなりません。これも貴君の将来を思えばこその苦言と受け止めて下さい。
次の言い方が気になります。「若者(=ばか者)ですので、甘えはある」とは、なにを言いたいのでしょうか。
馬鹿者で甘ったれは大人にも沢山いますよ。逆に若者にも大人以上にしっかり者がいるでしょう。

なるほど誰しも甘えはあります。しかしそのどこが悪い、といわんばかりの開き直りは感心しません。
どうせ開き直るのであれば、「ただ今、甘えを返上」と言って欲しいですね。
また「自分は愚か者であった」(かくいう私もその一人です)とハッと気づいた瞬間、その人は知恵の道へと歩み始めているのではないでしょうか。

CSRについて早速調べたのは流石(さすが)です。ところがどれが優良企業か、名前を挙げて欲しいというのはこれまた、甘ったれなんですね。塾長が書いているでしょう。「どの企業が優良かを見抜くのは、あなたの眼力である」と。この意味をよく考えて下さい。

わからないことがあればすぐに、その答えを自分で考えようとしないまま、人にべたっと依存するのでは、あなたはいつまでも甘えから抜け切れません。これでは折角の素質と未来性が泣きますよ。

人の助言を聞くのは大切です。しかし最後の判断は自分の責任で成し遂げる、という姿勢を身につけて下さい。
あなたが飛躍できるかどうか、今がそのチャンスです。あなたのような若者がどんどん増えることを期待していますよ。
2006/07/28(金) 21:14:27 | URL | ANN. #-[ 編集]
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差異を否定する同一性自我・近代的自我は、憎しみがこころを満たしているのだ。D.H.ロレンスは、近代知性の基礎には、憎しみがあると言ったが、その通りである。ニーチェは、ルサンチマンと言ったのである。結局、近代主義=同一性原理は、憎悪をベースにもっているので
2006/08/24(木) 21:51:52 | PHILOSOPRACTICAL CHAOSMOS:PLATONIC COSMOS RENAISSANCE:BEYOND MODERNISM & MATERIALISM
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