「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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安原和雄著『平和をつくる構想』(新刊)
小泉改革とは異質の路線を選ぶとき

安原和雄
この記事は私自身の新著『平和をつくる構想―石橋湛山の小日本主義に学ぶ』(2006年6月中旬、澤田出版刊)の自己PRとさせていただく。

平和をつくる構想―石橋湛山の小日本主義に学ぶ 平和をつくる構想―石橋湛山の小日本主義に学ぶ
安原 和雄 (2006/06)
澤田出版

 (↑表紙写真をクリックしていただければ、amazon.co.jpの該当ページにジャンプします)

新著は小泉改革なるものへの批判を踏まえて、日本が選択すべきもう一つの路線を提案している。脱「石油浪費経済」のすすめ、日米安保体制=日米軍事同盟の解体、自衛隊の「非武装・地球救援隊」への全面改組―などが提案の具体例である。しかも世界最大のテロリスト集団はアメリカ国家権力であり、そのアメリカと日本との軍事同盟は世界の中で孤立への道を進みつつあるという視点を打ち出している点に特色がある。

以下に新著の〈はじめに〉、〈目次〉の主な項目、〈あとがき〉、さらに〈澤田出版〉の電話番号などを紹介したい。(06年7月6日更新)

◇〈はじめに〉

 小泉純一郎内閣が誕生(二〇〇一年四月)した直後に出版された中曽根康弘(元首相)、石原慎太郎(東京都知事)共著『永遠なれ、日本』の中で中曽根は小泉首相について次のように述べている。
 「小泉総理のしようとしていることは、いままで私がいってきたことの同一路線にある。憲法改正、首相公選、集団的自衛権行使の容認、靖国神社の公式参拝など私がいってきたことをすべて実現しようとしているのだから、こんなにありがたい人はいない。だからぜひ応援しようと思っている」

 これを読んで私は、当時華々しく登場してきた「小泉改革」なるものに危険な臭いを察知した。大方の予想を超えて政権の座を獲得した小泉首相は「自民党をぶっ壊す」などと自民党員らしからぬ言辞を弄していたこともあり、「小泉改革」にこれまでとは異なる改革路線を期待した人が多かった。なぜなのか。有り体にいえば、小泉改革の内実、真相、もう一歩進めていえば、その危険な意図が当時は必ずしも理解されていなかったからである。
 中曽根は同じ著書の中でこうも言っている。「私は戦後政治の総決算を唱えてやったが、小泉総理は第二次総決算をやって、ぜひ私の後を継いでもらいたい。(中略)確かに小泉総理と私の考え方は一致している。たぶん私と小泉総理さらに石原さんも同じ〈政治のDNA〉を持っているのではないかと思う」と。さらに「小泉総理には二十一世紀の日本の軌道をつくっていく捨て石になって欲しい」と激励し、大きな期待をかけもした。
 「同じ政治のDNA」とはいかにも中曽根流の表現だが、これに何を託しているのか。また小泉首相に期待する「二十一世紀の日本の軌道」とは何を意味しているのか。DNAとはいうまでもなく遺伝子本体のことだから、同じ政治のDNAとは、政治思想、政治に取り組む姿勢が共通していることを指している。問題はどういう内容の「日本の軌道」を設定しようとするのかである。一九八〇年代の中曽根政権時代(八二年~八七年)を振り返ってみれば、そこに答えを発見することができる。

 それは新保守主義であり、その一つは自由化・民営化路線である。これは弱肉強食の競争を推し進める自由市場原理主義の導入でもある。もう一つは軍事力増強路線である。これは日米軍事同盟強化を意味してもいる。小泉改革なるものは、この中曽根流新保守主義路線を継承発展させようとする目論見である。特に中曽根が期待したのは後者の日米軍事同盟強化の路線であった。冒頭に紹介した『永遠なれ、日本』はこのことをズバリ明示していた。

 こういう本質をもつ小泉改革がめざしたものは、一口にいえば小泉流新保守主義であり、悪しき大国主義路線であり、なりふり構わない対米追従路線である。小泉首相自身は二〇〇六年九月の自民党総裁任期終了とともに退陣するが、その自民党後継者が推進する路線も小泉路線をほぼ継承することになるだろう。
 その路線が平和憲法の改悪によって平和国家としての先導的役割を投げ捨てて、軍事国家としての性格を強めていくことは、二十一世紀における日本の路線選択として決して望ましいこととはいえない。新保守主義、大国主義、対米追随路線は暴力と戦争への道であり、道理に反し、世界から孤立し、かつての富国強兵の日本帝国が滅びたように再び亡国の運命をたどるほかない道である。

 それでは望ましい日本の路線選択はなにか。悪しき大国主義、「日米運命共同体」路線が挫折を余儀なくされるとすれば、それとは一八〇度異質のもう一つの路線を選択する以外に道はない。それは二十一世紀版小日本主義のすすめである。元首相で、ジャーナリストの大先達でもある石橋湛山は戦前から戦後にかけて小日本主義を唱えたことで知られる。その小日本主義の理念と精神を今日の時代にふさわしく継承発展させることが必要不可欠である。

 その二十一世紀版小日本主義は、同時に二十一世紀の新たな「平和をつくる」ための構想であり、その理念は「非暴力」であり、「簡素な経済」(=脱「石油浪費経済」)である。これは従来の暴力(=戦争、資源浪費、不公正、不平等など)、浪費経済、地球環境の汚染・破壊型へのアンチ・テーゼであり、地球と人類にとって和解と共生への道である。
 武村正義・元蔵相(元「新党さきがけ」代表)は、次のような心境を吐露している。
 「明治からずっと(日本は)大国主義でやってきた。軍事大国、そして経済大国として。でも、人口減となったいま、大国主義よサヨウナラ、小さくてもキラリと光る国へカジを切らないと。いよいよ真剣にそう思う」(〇六年三月十七日付『毎日新聞』・「特集 WORLD」)と。

 私自身、こういう心境に近い距離に立っているように想っている。 
 本書は、いわゆる小泉改革路線への批判から出発し、石橋湛山の小日本主義論に学びながら、平和(=非暴力)の世界をどうつくっていくか、その構想を試みた作品で、これからの日本の針路を見定めるうえで、一つの提言としてお役に立つことができれば、と心から願っている。(文中敬称略)
二〇〇六年 陽春    安原 和雄

◇〈目 次〉の主な項目

第一章 アメリカ「帝国」に未来はない
 一 『大国の興亡』から
 二 『帝国以後ーアメリカ・システムの崩壊』から
 三 『資本の帝国』から
 四 世界最大のテロリストは誰か?

第二章 小国主義こそ人類、地球の救世主
 一 軍隊を捨てた小国コスタリカ
 二 近代日本と小国主義の系譜
  
第三章 石橋湛山と小日本主義
 一 戦前編
 二 戦後編

第四章 二十一世紀版小日本主義と平和の創造
 一 反大国主義路線のすすめ
 二 「持続的発展」のすすめ
 三 「簡素な経済」のすすめ
 四 安保解体と「東アジア平和同盟」のすすめ

第五章 平和貢献と仏教のすすめ
 一 いのちの尊重と非暴力のすすめ
 二 知足、共生、中道と平和路線
 三 空観に立つ構造変革のすすめ
 四 「いのち尊重」の仏教経済学のすすめ

第六章 自衛隊を改組し、非武装「地球救援隊」をつくろう
 一 なぜ非武装の地球救援隊なのか
 二 地球救援隊構想の概要
 三 仏教と憲法の平和思想を生かして
 四 宮沢賢治の慈悲と利他の心

◇〈あとがき〉 

 本書には多くの日本人にとって目下、常識と思われていることとは異質の発想、視点、構想が盛り込まれている。それは次の八つの柱からなっている。
(1)アメリカ帝国は崩壊過程に入っており、世界で孤立を深めつつあること
(2)世界最大のテロリスト集団は軍産複合体を含むアメリカ国家権力であること
(3)日米安保体制=日米軍事同盟は、日本の安全保障に寄与するどころか、逆に世界にとって脅威となってきており、その解体が必要であること
(4)「平和を守る」という従来の平和観を超えて、「平和をつくる」という二十一世紀版平和観に立つこと
(5)大国主義を排し、小日本主義をすすめるときであり、軍隊を保持しない中米の小国コスタリカの非武装中立平和主義に学ぶこと
(6)石油浪費経済は暴力=戦争へと走りやすい傾向があり、簡素な経済・暮らしこそが平和をつくることに貢献すること
(7)日本国憲法の平和理念を活かすために自衛隊を全面改組し、非武装の「地球救援隊」(仮称)を創設すること
(8)いのちを軽視する現代経済学は、事実上破産しており、それに代わる新しい経済思想としていのちを尊重する仏教経済学(思想)の確立が急務であること

 われわれ日本人の多くは、とかく「アメリカの窓」―米国のメディアに依存した世界のニュース、アメリカ的価値観、日米間の政治・外交・経済上の緊密な相互関係など―を通して世界そして日本のかたちを考え、行動する癖がついている。しかしこれでは二十一世紀という時代がなにを求めているのか、世界はどの方向に進みつつあるのか、日本としてまた日本人の一人ひとりとしてどういう針路、生き方をめざすべきか、その肝腎なところがみえてこない。それだけではない。当のアメリカ国家権力が何を画策しているのか、そのこと自体も霞んでいてみえにくい。

 どうしたらよいだろうか。私はアメリカの窓への先入観、思い込み、執着心を一度捨ててみて、その束縛から自由になることが必要ではないかと考える。アメリカの窓とは異質の世界に目を向け直してみることである。そういう風に思い直せば、アメリカはたしかに巨大な存在ではあるが、同時に地球上の一つの存在でしかないことがみえてくる。

 私自身のささやかな体験を語ってみたい。
 東西冷戦のシンボルでもあった「ベルリンの壁」が崩壊したのは一九八九年暮れのことである。私はその前年の暮れに西ドイツを訪ねる機会があり、政府関係者らに東西ドイツ統一の可能性を問いただした。答えは異口同音に「近い将来にその可能性はない」であった。しかし一年後にベルリンの壁は崩れ、やがてドイツ統一が実現した。私は大方の予測を超える「歴史の激変」なるものを実感せざるを得なかった。そのドイツはアメリカのイラク戦争に「ノー」と協力を拒否し、いま独自の道を歩みつつある。

 ここ数年は途上国や小国を訪ねる機会が多い。
 二〇〇〇年暮れにネパールで開かれた日本・ネパールの仏教経済学研究者らによる「国際仏教経営フォーラム」に参加したときのことである。ネパールの若き仏教経済学徒が「二十一世紀には仏教経済思想のグローバル化をめざさなければならない」と言ってのけたのである。小国の気概というべきだろうか。多くの日本人にとってグローバル化とは、アメリカ主導のグローバル化しか念頭にないだろう。私は「日本人にこういうネパール人のような大胆な思考が可能だろうか」と内心舌を巻いたものである。
 二〇〇三年一月に中米の小国コスタリカを訪ねた。コスタリカは一九四九年の憲法改正で常備軍としての軍隊を廃止したことで知られる。その後、中立宣言を行うなど積極的な平和外交を展開し、アメリカの圧力に屈服することもなく、軍隊廃止を堅持してきた。そのユニークな平和追求路線には学ぶべき点が少なくない。
 〇五年三月には「ベトナム解放三〇周年記念ツアー」一行のひとりとしてベトナムを訪問し、ベトナム戦跡を歩いた。アメリカ軍による極悪非道の残虐行為として胸に焼き付いたのは、ベトナム中部のソンミ村における幼子を含む大虐殺であり、また全土で猛毒ダイオキシンのいわゆる枯れ葉剤が撒布され、多数の犠牲者たちがいまなお脳性マヒなどで苦しむ現実である。

 以上からいえることは、世界にとってアメリカ一国のみがすべてではなく、アメリカとは異質の国々が健在だという事実である。アメリカにとっては非常識なこれらの国々からみれば、アメリカこそ歴史感覚からずれた非常識な国に映っているのではないか。アメリカにとっての非常識は、実は世界にとっては次第に常識になりつつあるともいえる。二十一世紀初頭のいま現在は、そういう時代ではないだろうか。

 冒頭に掲げた八項目はアメリカ的視点にこだわれば、非常識と映るに違いない。しかしその非常識が新しいまっとうな姿となって、やがて世界や日本の常識になっていくだろうと私は考えている。歴史とは非常識が常識へと転回していく波乱と活力に満ちた道程とはいえないだろうか。              著者  安原和雄


*発行は「澤田出版(株)」〒101-0062 千代田区神田駿河台 1-5-6 コトー駿河台913 
TEL 03-5217-2781/FAX 03-5217-2782
*発売は「(株)民衆社」〒113-0033 文京区本郷 4-5-9-901
TEL 03-3815-8141/FAX 03-3815-8144
*定価は本体1,800円

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コメント
この記事へのコメント
私たちのおかれている状況の困った点は、

1)どうでもいい情報が多すぎて、本当に必要な情報に到達できないこと。

2)その点、頼れるジャーナリズムが、残念ながらマスメディアにどんどん見受
けられなくなっていること。

3)問題点の指摘,批判はできたとしても、実質的な代案がなかなか見当たらな
いこと。

4)こんな難しい状況にありながら、誇りを持って前向きにがんばろうというモ
チベーションが持ちにくいこと。

新刊『平和をつくる構想』は、私たちみんなが感じているこういった状況を解決
してくれる一冊に違いないと期待を持ちました。

ベストセラー『国家の品格』において物足りなかった部分がバッチリ書いてあり
そうですね。ぜひ読んでみます。
2006/06/19(月) 20:51:42 | URL | marujun #e0p7.LDY[ 編集]
新著『平和をつくる構想』について
marujunさん、適切なコメントに御礼申し上げます。
ジャーナリズムの現状に失望されているようですね。無理もありません。あちこちでそういう話を耳にします。

最近のジャーナリズムは権力批判に迫力を欠いています。私は今はフリージャーナリストの一人ですが、残念ながら、ご指摘の点を認めざるを得ません。

権力批判の視点を忘れたジャーナリズムは、存在価値がありません。60年も前の敗戦直後に当時のジャーナリズムは、それまで積極的に戦争協力に取り組んだ事実に懺悔して、再出発を図ったわけですが、いま再びその過ちを繰り返すのではないかという懸念があります。

自分が権力にすり寄っていながら、それを自覚できない記者が最近増えつつあります。価値観が多様化している昨今ですから、多様な意見、考え方はもちろんあっていいのですが、それでも譲れないのは、権力批判という一線です。
拙著『平和をつくる構想』はそういう思いで筆をとりました。

ミリオンセラー『国家の品格』に言及されていますが、この仏教経済塾に同書の批評を載せています。この批評にもぜひ目を通してみて下さい。
私の読後感は「良書であるが、悪書でもある」です。

私の新著は小泉首相、ブッシュ米大統領らに読んでもらいたいですね。そして「この本は悪書だ!」と批判して欲しい気分です。
それはそうでしょう。小泉・ブッシュ路線こそが世界にとって脅威であり、混乱と破壊の主因だと批判しているわけですから。両首脳にとってはとても「良書だ!」とは言えないでしょう。しかし私はそのことをむしろ誇りにしたい―そういう心境なのです。
2006/06/20(火) 12:11:03 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
脱石油経済、非武装救援隊、非暴力
安原様

貴重な著書の紹介をありがとうございます。

私も非武装救援隊に改組できたらと思います。

私の大切な友人が何人も自衛隊に入隊した矢先、自衛軍へ改組という改憲案が出てきたので、それは切に願います。

この場を借りて、一つ宣伝です。
我孫子九条の会主催で、9月2日(土)13:30-15:00
我孫子市湖北台近隣センターにて、
『軍隊をすてた国(コスタリカの映画)』と国民投票法案を考える集いを行います。

豊田義信
2006/08/17(木) 00:32:49 | URL | 豊田義信 #-[ 編集]
非武装救援隊と九条
豊田義信さん、ご活躍を祈ります。

九条の会が全国規模で広がっていることは大いに歓迎すべきことです。ただ九条を守るだけでは発想が受身になっているように思います。

九条の理念をどう活かすかが重要です。そのためには非武装の安全保障観を練り上げることが緊急の課題です。その具体策が非武装地球救援隊構想です。
この構想は軍隊を捨てた中米の小国、コスタリカの日本応用版ともいえます。

当面の課題として「我孫子九条の会」の成功を心から祈っております。
2006/08/22(火) 17:26:56 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
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