「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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仏教経済学ってなに?
 〈折々のつぶやき〉16

 安原和雄
 このブログ名は「仏教経済塾」となっているので、やはり仏教経済学のことも書く必要がある。さまざまな人に仏教経済学の話をすると、必ずといっていいほど首を傾げながら「仏教経済学ってなに?」と聞かれる。当然でもある。まだ広く市民権を得ている経済思想ではないから。だからこそ育て甲斐がある。今回の〈折々のつぶやき〉は16回目。(06年5月26日掲載)

 私は仏教経済学のキーワードを一つだけあげれば、それは「いのちの尊重」だと答えることにしている。そして大学経済学部で教えられている主流派経済学である現代経済学には、この「いのちの尊重」という概念、思想はない、とつけ加える。
 いいかえれば、現代経済学は戦争(=暴力)を好む―「好む」という表現が気に入らない人には、戦争に「反対しない」と言い直しておきたい―ところに特色がある。大学の経済学者で例えばアメリカの不当なイラク攻撃に「反対」を叫んでいる人は、実はほんの少数なのである。

 こういう説明に「なるほど」とうなずく人もいるが、なかには依然、「なぜわざわざ仏教を持ち出さなければならないのか」という疑問が消えないらしい。「お寺のための経済学なのか」と聞き直す人もいる。

 こういう疑問に対し私は仏教経済学の特質を次のように説明している。
1)仏教経済学は次の7つのキーワードからなっていること
 いのち・平和(=非暴力)・簡素・知足(=足るを知る)・共生・利他・持続性―の7つである。この7つの理念、実践目標は仏教の根幹をなしているからである。
2)仏教経済学は新しい時代を切りひらく世直しのための経済思想であること
 仏教の開祖・釈尊の教えを土台にすえて、21世紀という時代が求める多様な課題―地球環境問題から平和、経済社会のあり方、さらに一人ひとりの生き方まで―に応えることをめざしている。その切り口が上記1)のいのち・簡素・知足など7つのキーワードで、これらの視点は主流派の現代経済学には欠落している。だから仏教経済学は現代経済学の批判から出発しており、その現代経済学に取って代わる新しい経済思想である。

 もう一つの課題は、名称である。仏教経済学という名称は適切なのか? という疑問はいろんな人からいただいている。
私は仏教経済学を「知足の経済学」とも呼んでいる。なぜなら仏教は知足(=足るを知ること)を重要な理念としているから。一方の現代経済学は「貪欲の経済学」と名づけることもできる。「もっともっと欲しい」という貪欲を前提にした経済思想だからである。
 「名は体を表す」というから呼称は重要であるが、やがて納まり、定まっていくのではないかと心得ている。

〈参考記事〉
 ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に掲載されている記事のうち仏教経済学について、または仏教経済学的視点から書かれている主な記事は以下の通り。(かっこ内は掲載年月日)
*『国家の品格』を批評する―失った品格を再生できるか (2006年5月13日)
*足利知足塾の近況報告―いのち交流の輪と和 (同年4月13日)
*仏教は世界平和にどう貢献するか (同年3月6日)
*いのちの尊重と仏教経済学 (2005年12月22日)
*平和をつくる4つの構造変革 (同年11月28日)
*古稀を境に過激に生きる (同年11月21日)
*説法・日本変革への道 (同年10月28日)
*企業人はカネの奴隷か (同年10月15日)
*平和(=非暴力、簡素)はつくるもの (同年10月5日)
*仏教経済学入門―学問のススメ・仏教経済学 (同年10月1日)
*足利知足塾が発足―21世紀は知足の時代 (同年8月15日)

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コメント
この記事へのコメント
良心あるいは倫理なき経済思想が世界をダメにしてきたことにはおそらく間違いがないわけで、それでは現在の経済思想の欠陥を補うために、どのような種類の良心が必要なのか、あるいはどのような倫理を採用するのかが問題となってきます。仏教経済学とは、釈尊の教えを借りることで経済学を人間にとって再び健全なものにしていこうとする試みとも言えると思います。

そう考えると別に仏教でなくてもうまく当てはまる思想であればなんでもよかったのかもしれませんが、「貪欲←→知足」という好対照によって現在の問題点とこれからのあるべき方向性をはっきり示すことができるという点において、仏教経済学はアドバンテージがあるのでしょう。

学者たちのための学問、というレベルでは、仏教経済学という名称であろうとなかろうと問題はないような気がしますが、経済界はもちろん社会全体にこの考え方を広げていくためには、コミュニケーション上の課題がいくつかあるように思います。ご指摘の呼称の問題もそうですし、そもそも仏教に対する一般のイメージが一様ではないこと、「仏教=知足」「仏教=生命尊重」といった認識も現状では必ずしも一般的ではないこと、日本の若者に比較的多い、宗教そのものに対してネガティブなイメージを持っている人々をどう取り込んでいくのか、といったあたり・・・。

その一方で、現在「仏教ブーム」も存在し、般若心経関係の本が売れたり、座禅やお遍路さん、宿坊体験がブームになっていたりもします。今の日本人に、仏教経済学がアピールしそうな片鱗が、そのあたりに垣間見えます。

仏教経済学という思想を理解するために、まず仏教についてもう少しくわしく知る必要があるなあ、と私自身は思っております。
2006/05/26(金) 22:17:20 | URL | marujun #e0p7.LDY[ 編集]
仏教経済学とは?
marujunさん、的確なコメントに感謝します。日本に現在、仏教ブームはあるにもかかわらず、なぜ仏教経済学ブームとはならないのか、という核心を衝いたコメントと受け止めました。

ご指摘の通りで、その理由は何なのでしょうか。政治も経済も社会も、そして一人ひとりの生き方―これらのどれを見ても、未来性に富む解が発見できているわけではありません。多くは混迷、不透明の中に浮遊しているといってもいいでしょう。

目の前を覆っている濃い霧を振り払うには、<論理>だけでは不十分で、むしろ心を動かす<情>こそが求められているともいえます。<変革の論理>と<変革の情>が一体とならなければ、しょせん説得力不足だということでもあります。
論理がいくら正しくても、それだけでは説得し、行動に駆り立てるのが容易ではない―それが我々人間という生き物でもあるのでしょう。

そのためには、まず何よりも仏教そのものを魅力ある教えに再構築していく努力が必要となります。無味乾燥な文献学的仏教論の域を超えられないようでは、ちょっと食べてみようか、という気分にはなりにくいですね。
「食べてみたくなる仏教」をどう再構成するか、その上に仏教経済学をどう創っていくか、難題山積ですが、同時におもしろくもあります。
2006/05/27(土) 14:24:42 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
仏教経済学って何?
これまで仏教経済学の7つの理念に基づき、現代社会の問題点につき呟いてきた筆者が、ここで改めて学問としての仏教経済学につき整理してくれたことで読者の理解の助けとなりました。この7つの理念は人類の幸福の為のキーワードの筈なのに、お題目だけでなかなか実践されないところに問題があります。経済学というアカデミックな場を使わずとも、また仏教という宗教を介しなくても、初等教育の段階で7つの理念を徹底的に取り入れることにより、国民全体の中に自然浸透するのを期待するのは無理でしょうか。
2006/05/28(日) 21:21:44 | URL | T.T. #-[ 編集]
名づけも大事
「仏教経済学」と言う名に、私は違和感を感じませんが、私の身の回りの人々には、そうでない人が居ます。「仏教」と言う代表的な宗教と「経済学」と言う代表的社会科学とが合体している名前を見ただけで拒否反応をするのです。名前を見ただけで、中味を味わおうとしないのは、その人自身にとってもったいないことですが、仏教経済学に期待する私には、まことに残念なことです。本質的なことではないのですが、大切な中味の考え方を広めるという方便のために、優先的に使う名前としては、「知足経済学」の方が良いのではないでしょうか。
2006/05/29(月) 14:37:09 | URL | 倉田牛吾 #-[ 編集]
仏教経済学について
T.T.さん、倉田牛吾さんの両大兄、コメントに感謝します。

「初等教育の段階で7つの理念を徹底的に取り入れることにより、国民全体の中に自然浸透するのを期待するのは無理でしょうか」―というT.T.さんの提案にはなるほど、と思います。
文科省がこういう提案をすんなり受け容れてくれるようだと日本の将来に希望が持てます。問題はだれが教えるのか、です。仏教経済塾で出前授業でも担当したい気分ですね。

倉田牛吾さんの名称に関するコメントを読みながら、またまた考えています。仏教経済学か知足の経済学か、あるいは***か、そのいずれを選ぶべきか、と。
名称はしょせん方便と考えた方がよいかもしれませんね。いずれにしても仏教経済学と聞いただけで拒否反応が出てくるようなことだけは早くなくなるようにしたいものです。

2006/05/31(水) 13:32:07 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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2006/08/21(月) 18:08:09 | | #[ 編集]
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今日は高校の時の友達(マイ、山ちゃん、ちあき、淳君、さとし)とカラオケ行って来ました(^▽^喜)結構歌ったからのどが痛いってば~
2006/05/26(金) 14:25:44 | ミカ
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