「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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映画『蟻の兵隊』を観て
 戦争という国家の狂気

 安原和雄
 事実は小説よりも奇なり、という。正気では想像できない事実がある。それは次のような史実である。(06年4月20日掲載)

 旧日本帝国陸軍の北支派遣軍第一軍団は1945年(昭和20年)8月、中国山西省で終戦を迎えたはずだった。ところがその将兵約2600人が、武装を解除されることもなく、残留し、軍上層部の命令で中国国民党軍に引き渡され、第2次大戦後4年間、中国共産党軍と戦い、550人が戦死、700人以上が捕虜として抑留されたのである。兵士たちは、戦後もなお「天皇陛下万歳!」と叫びながら死んでいった。

▽狂気に踏み潰された蟻のような兵隊たち

 この事実をいまこの時点でどれだけの日本人が認識しているだろうか。なぜこのような事態が生じたのか。そもそも戦争とは何なのか。敗戦から60年を経た現在、「テロ」「ならず者国家」からの脅威を口実に日米安保・軍事同盟下で戦争への道が着々と地ならしされつつある。だからこそ、この奇怪な事実を闇の世界に封じ込めることなく、光の世界に浮かび上がらせなければならない。

 池谷薫監督のドキュメンタリー映画最新作、『蟻の兵隊』試写会に参加して、この映画に込められた想いを私はそう感じとった。「蟻の兵隊」とは、「戦争という国家の狂気に踏み潰された蟻のような兵隊たち」という意味である。

▽私を殺人者にしたあの戦争とは何だったのか

 映画に登場する主役は、俳優ではない。初年兵として中国侵略戦争へ駆り立てられ、残留兵のひとりとなって、今も体内に無数の砲弾の破片を残している奥村和一さん(80歳)その人である。

 奥村さんは「私を殺人者にしたあの戦争とは何だったのか。なぜ戦後も残留させられたのか」―こう自問しながら、国家権力による侵略戦争という巨大な犯罪の真相を求めて日本国内だけでなく、中国本土のかつての戦場跡を訪ね歩く。

 高齢ながら国内でいまも暮らしている元総司令部参謀は奥村さんの質問に「60年も昔のことだから、記憶にない」を繰り返すだけで、具体的な証言は得られない。
 奥村さんが最近の中国行脚で発見したものは、残留部隊の総隊長が書いたとされる命令書で、それには部隊残留の理由は「戦争を続行し、皇国を復興する」とある。そういう名目で、実は戦犯逃れを画策する日本軍司令官と、中国共産軍攻勢による中国内戦に恐れをなした中国国民党司令官との密約によって国民党軍に日本軍を引き渡すという、いわば「売軍行為」にほかならなかった。

▽性暴力を受けた中国人女性の証言

 奥村さんが訪ねた戦場跡で出逢った人は、戦争中の少女時代に多数の日本軍から言語に絶する性暴力を受けたと証言する中国人女性である。静かに回顧する彼女のひと言、ひと言が侵略軍日本兵たちが振る舞った戦場での集団的狂気ぶりを浮き立たせる。
 犠牲者となるのは戦場周辺の住民、老若男女だけではない。実は人間性を失って、殺人鬼のように振る舞うことを余儀なくされた兵士たちも、戦争中にはその自覚はなかったにせよ、犠牲者としての一面をもっているのではないか。

 以上は決して過去の物語でもなければ、歴史の単なるエピソードでもない。奥村さん自身、「初年兵教育」の名の下に何の罪もない中国人を銃剣で刺殺するよう命じられた「殺人の記憶」はいまなお脳裏から離れない。この21世紀に同じような残虐行為が米国侵略軍の手でアフガニスタン、そしてイラクで繰り返されている。

▽戦争がどれほど人間から理性を剥奪していくか

 奥村さんは映画の中で次のように語っている。
「戦争がどれほど人間から理性を剥奪していくか、その事実を明らかにしたい」
「私は兵士を神様として祭る靖国神社には参拝しない。侵略して人殺しをした者は神ではない。私はそういうごまかしを認めるわけにはいかない」と。

 13人の元残留兵が2001年、軍人恩給の支給を求めて東京地裁に提訴、04年の一審判決は原告側が敗訴した。原告側は「当時の軍司令官が祖国復興の名目で残留を画策した。命令で残留させられた」と主張、これに対し被告側の国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」とみなし、戦後補償を拒否している。
 原告7人が控訴したが、原告たちの想いは「今さら恩給が欲しいわけではない。戦争がいかに悲惨であるかを多くの人に知って貰いたい」―に集約できる。

▽まず映画『蟻の兵隊』を観に行こう!

 奥様から「頑固な人」と評される奥村さんは、高齢ながら、いのちある限り、今日も戦争の中に隠蔽された真実を探しだし、白日の下にさらすための行脚をつづける。「あの戦争とは何だったのか」、「これほど残酷な現実がほかにあるだろうか」と繰り返し自分の胸に問いかけながら・・・。

 情熱と執念の人、奥村さんのいのちを振り絞るような努力を少しでも支援するためには、まず映画を観ることからはじめたい。
 映画は2006年7月下旬からロードショーがはじまる。「戦争と平和」にたとえ関心が薄くても、血も涙もあるひとりの人間として生きたいと願っている方々には必見の作品ではないかと思っている。

『蟻の兵隊』のサイト http://arinoheitai.com もぜひご覧下さい。

なお上記の記事は、このサイトを参考にし、試写会に参加し、映画を観た感想を中心にまとめた。


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コメント
この記事へのコメント
先日仲の良い友人(30代、女性)とお茶を飲みながら雑談をしていた。いつも他愛ない話に興じる相手であるが、いつになくふと、憲法改正の話になった。

彼女は「軍隊は必要だし、私は徴兵制っていいと思うんだ」と言う。

驚いて理由を問いただすと「徴兵制があれば、日本の若者ももうちょっとシャキッとすると思うのよ」と。

確かに現在、総じて日本の若者より韓国やイスラエルの若者の方がシャキッとしているかもしれない。いや、たぶんそうだと思う。でも、「鍛え直す」ための方法ならいくらでもある。災害下で人助けをするとか、厳しい環境下で自給自足の生活をするとか。けれど軍隊はダメ!それだけは絶対にダメ!だって人殺しだよ!・・・と私は自分の意見を言った。

海外を旅していて欧米の人たちと雑談する機会があると、戦争について、あるいは宗教や政治について、重く大切な話を全力投球で議論する場面が多くなる。信念の内容を問わず、「自分の意見」を話し、「相手の意見」を聞く訓練が皆できている。

しかし、日本の日常でこういう会話内容になることは極めて稀。

幸いこの友人は海外生活経験もある人で、このような意見の相違があっても気まずくなることは全くなかったが、やはり日本では、この手の信念について大きな声で自説を主張するにはなぜかとても勇気がいる。「和を尊ぶ」と言えば聞こえはいいが、このままではいけないと感じている。

ご紹介いただいた映画が、大きな力を持ってくれるといいな、と思わずにはいられない。
2006/04/20(木) 14:40:56 | URL | marujun #e0p7.LDY[ 編集]
日本政府が残留兵を、「自願残留」と認定していたことに、本当にそうなのだろうか、と疑問に思ったことがありましたが、戦犯逃れのための司令官に騙されて、戦後更に4年間も蟻のように戦い続け、550人もの犠牲者が出たという事実は、恥ずかしながら認識しておりませんでした。
是非、映画を観させていただきたいと思います。
戦争という狂気、今もなお戦争の惨禍は続いています。「あの戦争は何だったのか」を問いかける奥村氏と、これをドキュメンタリー映画に纏め上げられた池谷氏の想いが、全世界に広がることを願わずにはおられません。
2006/04/21(金) 12:05:47 | URL | h.y. #-[ 編集]
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2006/04/22(土) 01:34:44 | | #[ 編集]
戦争体験の伝承
「戦争がいかに悲惨であるかを多くの人に知って貰いたい」との元残留兵たちの言葉は、今の日本の人々がいかに戦争の悲惨さを知らないかの実感にもとづいて発せられたものでしょう。

昨日、東急東横線・代官山駅の傍のアップ ステアーズ ギャラリーで開かれている「フィリピンと日本を結ぶビデオメッセージ・プロジェクト」(神直子さん主催)の会場を訪れ、上映されたビデオの中で、太平洋戦争末期の激戦地フィリピンから生還することができた元日本兵のインタビューを見ました。80歳を超えるある元日本兵は「(戦場の)悲惨さは、今の若い人たちに話しても、言葉では理解できないだろう。自分が体験しないと判らないのでは。(今の世相は)あぶないと思う。」と、諦めの気持ちをまじえて、日本の中に戦争を受容する雰囲気が高まりつつあることを心配していました。

戦争体験の伝承は本当に難しいですね。特に、国家の面子に傷が付くような事実は、国家的に隠蔽しようという圧力がかかりますから。その圧力に対抗するために、公教育、マスコミが頼りないとすれば、無数のミニコミが連携して対抗するしかないでしょうね。
2006/04/22(土) 07:42:31 | URL | S.O. #-[ 編集]
映画「蟻の兵隊」
さまざまなコメント、有り難うございます。良いニュースが飛び込んできましたので、お知らせします。

映画「蟻の兵隊」の試写会が5月20日に日本記者クラブで行われます。
同記者クラブでの試写会はしばしば行われていますが、通常は300人程度が鑑賞します。「蟻の兵隊」のような映画は一人でも多くの人に観てもらいたいですね。

もっともこの試写会は、記者クラブ会員ではないビジターの場合、会員と同伴でないと参加できません。
2006/04/29(土) 11:18:33 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
「蟻の兵隊を観る会」
『蟻の兵隊』は7月下旬から東京、大阪、名古屋で上映がきまりました。東京は渋谷のイメージフォーラムです。四月の香港国際映画祭で「人道に関する優秀映画賞」を受けました。
真面目ですが地味なこの作品の上映運動のために勝手連集団「蟻の兵隊を観る会」を立ち上げました。
小泉政治への痛烈な反撃であるこの映画を一人でも多くの人に見ていただきたいと念じています。
既にメディア試写会を始めていますが5月20日の記者クラブ試写会は多数の記者が見てくれるので報道に期待しています。
『蟻の兵隊』サイト、「蟻の兵隊を観る会」ブログを是非ご覧下さい。
多彩な意見が交錯しとても面白いです。

半澤 健市(「蟻の兵隊を観る会」)
2006/04/30(日) 23:12:17 | URL | 半澤 健市 #-[ 編集]
はじめてメールいたします。東京新聞の記事で「蟻の兵隊」のことを知り、ここにたどり着きました。

戦史に興味があり、小学生の頃から太平洋戦争のことを本で読んだりしていました。小学生の頃は軍国少年のようでしたね、なぜ真珠湾に敵空母がいなかったのか、なぜミッドウェーで先に敵機動部隊が見つけられなかったのか、なぜ栗田艦隊はレイテ湾に突入しなかったのかとか真剣に考えていました。

でも戦史を良く調べてゆくと日本の指導者の国家戦略のなさがわかってきて絶対に負ける戦争だったのだということがわかってきました。

たとえばアメリカは日露戦争以後、対日戦略としてオレンジプランを作成していたとか物資生産のためのインフラ(国力)の違いとか拡大した戦域に対する輸送体制のことはまったく考えていなかったとかです。

結局権力者側からみたら私たち国民は自分たちが自由に使い捨てることができる駒でしかないということです。

そして都合が悪いことは隠蔽する。沖縄返還に関する密約も認めていません。

ぜひとも「蟻の兵隊」は観たいと思います。
2006/05/28(日) 15:32:34 | URL | やす #-[ 編集]
映画「蟻の兵隊」
やす様、はじめて、とおっしゃるコメント拝読しました。
「権力者側からみたら私たち国民は自分たちが自由に使い捨てることができる駒でしかないということ、
そして都合が悪いことは隠蔽する」というご指摘には全く同感です。

重要なことは、「私たち国民」がそのことを自覚するかどうかではないでしょうか。そう易々と使い捨てにされてはたまりませんね。

このブログは始めてからまだ半年ちょっとですが、「そう簡単には使い捨ての駒にはならないよ」という思いを込めての開設でした。心ある人々の「交流の輪と和」の場になれば、と願っております。

今後とも率直なコメントあるいは提案を歓迎します。
2006/05/29(月) 17:27:51 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
お知らせ
はじめまして。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
ときどき寄ってみてください。
蟻の兵隊をとりあげました。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
2006/09/14(木) 21:45:18 | URL | kemukemu #5jYE.wrM[ 編集]
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