「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
気がついてみればすでに後期高齢者
「覚老」(自覚した老人)をめざして

安原和雄
あわただしく我が人生を生きながらえて来て、ふと気がついてみれば、すでに後期高齢者(75歳以上)の域に脚を踏み入れている。来し方を振り返るのはほどほどにして、ただいま現在の「今」をどう生きるかを考えないわけにはいかない。世に「一病息災」というが、私の身体は最近、「二病息災」(二つの病と共存しながら元気に生きる)という新語を当てはめたい気分である。
「二病」をいたわりながらどう生きるか。人生の大先達から「覚老」(自分の役割を自覚しながら生きる老人)という生き方があるのを学んだ。めざすべきものは覚老で、どこまで実践できるか、今後の大いなる楽しみとしたい。無造作に現世に「さようなら」を告げるわけにはいかなくなった。(2011年9月19日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

総務省が発表した高齢者推計人口(9月15日現在)によると、65歳以上は前年より24万人増えて2980万人、総人口に占める割合は23.3%と、いずれも過去最高を更新した。80歳以上は前年比38万人増の866万人、総人口比6.8%で、ともに過去最高となった。この数字は日本の高齢化がさらに進みつつあることを示している。

▽ 後期高齢者となって仏教書を読み直す

私自身、後期高齢者となった今、20年近くも昔に読んだ仏教関係の著作を読み直している。なぜそういう心境になったのか。「一病息災」(ちょっとした病気のある人の方が身体に注意するので、健康な人よりもかえって長生きするということ)は歓迎できるが、最近どうも「二病」にとりつかれたらしい。後期高齢者にふさわしく(?)、脚のしびれだけでなく、腰痛も時折感じる。外出は少し控えたいという気分でもあり、それが仏教書を再読・自習したいという動機になっている。

「敬老の日」(19日)を目前にして再読した仏教書は、松原泰道氏(注)の著作である。
(注)松原氏は1907年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。岐阜・瑞龍寺(ずいりゅうじ)で修行。臨済宗妙心寺派教学部長を経て、「南無の会」会長、坐禅堂・日月庵(にちげつあん)庵主。1989年第23回仏教伝道文化賞を受賞。ベストセラー『般若心経入門』など著書多数。2009年7月肺炎のため死去、101歳。

(1)「覚老」への努力が老人問題解決のカギ
松原著『法句経(ほっくきょう)入門』(1994年初版第19刷発行・祥伝社)はなかなか示唆に富んでいる。人生の四苦(生老病死)の「老苦=老いることの苦悩」について以下のように指摘している。

私(松原)は、若いとき、よく父から「お前、あっという間に60歳になるぞ!」と言われたものだ。しかし私は大して気にせず、のんびりしていた。ところが本当にあっという間に、私は60歳はおろか、70歳も目前だ。あわてて「老い」を真剣に考え悩む。
釈尊の「老は苦なり」を実感している。現代では生活苦や対人関係も老苦の原因である。さらに病・死苦、孤独感が重なる老苦は老人を自殺に追い込む。老人を山野へ棄てた習慣が未開社会にあったことは、伝説で知られる。しかし経済的な効用と能力だけが支配する現在の社会では、今日的「棄老」の傾向を感じる。

東洋大学教授の金岡秀友氏によると、すでに昭和17年に竹田芳衛著『敬老の科学』で「共同社会から功利社会へと世の中が転移しつつあるとき、一番さきに老人の位置がむつかしくなる。したがって老人は、つねに自分でなければできない役割をもつように心がけよ」と忠告しているが、その達見に驚く。
思うに福祉施設の増強とか、養老、敬老の心情を高めるだけでは、現代の老人問題は解決できない。竹田氏のいう自覚的老人 ― 「覚老」を老人自身がめざすことだ。とくに自分の年齢相応に人生の意味を自覚する「覚老」への努力が老人問題解決のカギになる。年齢の数量よりも年齢の密度の問題である。

このことを法句(115番)は次のように詩(うた)う。
たとい百歳の寿(いのち)を得るも、無上の法(おしえ)に会うことなくば、この法に会いし人の、一日の生(しょう)にも及ばざるなり。
<大意> 仏法という真理を探究することがなかったら、百年の長寿も、真理を学ぶ人の一日という短命の価値に及ばない。

私(松原)は「人生は丹精(たんせい)だ」と受け止める。人生ははかないがゆえに、大切にしなければならない。それは花器や茶器が壊れやすいから大事に扱うのに似ている。花器や茶器は、テレビやステレオと違い、新品よりも古さに価値がある。といっても水洩れする花瓶や、さびた茶釜ではだめで、傷つかぬよう、さびぬように手入れと丹精で守りつづけて、年を経た丹精の道具にして、はじめて価値がある。人生もまた同じである。
「仏法に会う」とは、「永遠の青春」ともいうべき柔軟心(じゅうなんしん)を身につけるといってもいい。しかし若いときは、若さと誇りと自信から、老いを学ぶ気が起こらない。私がそうだった。この自己への奢(おご)りが永遠の青春性を蝕(むしば)むことを、このごろ気づいて後悔している。

(2)病気と健康とを和物に和えて
もう一つ、松原著『わたしの般若心経 生死を見すえ、真のやすらぎへ』(1991年初版第1刷発行・祥伝社)の中から「老いと若さ」について紹介する。

老いと若さを比べたり、死と生とを比較すると、目の前が真っ暗になってしまう。いま自分がしている生活や、いま自分が置かれている状態と、他のそれとの優劣を比べあわせるなら、苦悩はいつまでもなくならない。
もしもいま、あなたが病床にあるなら、「健康だったらなあ!」と、幻の健康と比べっこせずに、病気と健康とを和物(あえもの)に和(あ)えてごらんなさい。健康なときには味わえなくて、病気になってはじめてわかる人生の意味・味わいをわからせてもらえる。

私は(戦後)復員したとき肺を結核菌に冒(おか)されていた。栄養失調で身体も衰弱していたので、トイレの往(ゆ)き来(き)は、両手を壁についての伝え歩きだった。終戦直後なので食糧も医薬品も不自由の絶頂で、病気回復などは望むべくもない。といって「死にたい」とも思わない。もちろん生きたいのであるが、生き死には私の力ではどうにもならないのだからと思い、床の中で般若心経などを黙読した。
私はそのとき「生き死にを超えるとは、大いなるもの(私の場合は仏の心)にお任(まか)せすること」だと、合点した。「超える」も「任せる」も、ともに小さな自分にとらわれる執着から脱皮することなのだと、腹の底からうなずくことができた。それが私の調理した生き死にの和物の味である。

<安原の感想> 病との共存を覚悟
ユニークな松原節(ぶし)には今さらながら示唆を受けるところが尽きない。「人生は丹精だ」、「人生ははかないがゆえに、大切にしなければならない」、「病気と健康とを和物(あえもの)に和(あ)えて」などがそれである。特に「和物に和えて」という表現を使って、病気と健康との優劣を比較しないで、病気と健康の双方を受け入れよ、という指摘は含蓄に富んでいる。
誰しも病気はいやで、健康でありたいと二者択一の考え方に囚(とら)われやすい。私自身そうであった。小中学生の頃、当時子どもには珍しいといわれた関節リュウマチにかかり、毎冬寝たきり同然になって、寝床で泣いていた。しかし高校生になった春から健康になりたい一心で毎朝冷水摩擦を始めたら、途端に関節リュウマチも逃げ去った。以来60年冷水摩擦を励行してきたが、今度は後期高齢者としての我が身に病魔が目を付けたらしい。軽い脚のしびれと腰痛が消えない。病との共存を覚悟せざる得ない、そういう心境である。

▽ 今後は「覚老」として何をめざすか

後期高齢者として病との共存は覚悟するとして、問題は覚老として何をめざすのかである。「悠々自適の老後を」という考え方もないではない。しかしこの生き方は中身が今ひとつ不明である。独りよがりの自己満足に堕する可能性もある。「覚老」の精神に沿わないかも知れない。
さてどうするか。やはり及ばずながら「世のため人のため」という利他の心構えは失いたくない。どこまで実践できるかは、今後の課題だが、少なくとも心構えだけは捨てたくない。そのためには仏教経済学(思想)のすすめをおいてほかには考えられない。一般の大学で教えられている現代経済学を批判する視点に立つ仏教経済学は今なお未完であり、広く社会に根づくにはさらに時間と努力を要する。

私(安原)の考える仏教経済学のキーワードとして八つを挙げたい。「八」(漢数字)は末広がりを意味しており、将来へ向かって発展していくという期待をこめて使いたい。しかも八つのキーワードによって仏教思想とのかかわりをより分かりやすく提示することに努める。その場合、現代経済学への根本的批判が原点となっている。
 以下、仏教経済学の八つのキーワードを列挙する。〈 〉内は現代経済学の特質を示す。

*いのち尊重(人間は自然の一員)・・・〈いのち無視(自然を征服・支配・破壊)〉
*非暴力(平和)・・・・・・・・・・・〈暴力(戦争)〉
*知足(欲望の自制、「これで十分」)・・〈貪欲(欲望に執着、「まだ足りない」)〉
*共生(いのちの相互依存)・・・・・・〈孤立(いのちの分断、孤独)〉
*簡素(質素、飾り気がないこと)・・・〈浪費・無駄(虚飾)〉
*利他(慈悲、自利利他円満)・・・・・〈私利(利己主義、自分勝手)〉
*多様性(自然と人間、個性尊重)・・・〈画一性(個性無視、非寛容)〉
*持続性(持続可能な「発展」)・・・・・〈非持続性(持続不可能な「成長」)〉
 補足(1):競争(個性と連帯)・・・・〈競争(弱肉強食、私利追求)〉
 補足(2):貨幣(非貨幣価値も重視)・〈貨幣(貨幣価値のみ視野に)〉

仏教経済学の最大の特色は、いのち尊重(人間に限らず、動植物も含めて生きとし生けるものすべてのいのちの尊重)であり、現代経済学にはこの視点は欠落している。競争については仏教経済学もその重要性を認めるが、個性と連帯を生かす競争をすすめる。一方、現代経済学は弱肉強食をすすめ、個性や連帯を損なう傾向があり、仏教経済学とは異質である。
以上の八つのキーワードからいえることは、仏教経済学に立脚しなければ、地球も世界も日本も救われないだろうという期待がある。このような認識を大切に育んでいくのが覚老としての希望である。

(寸評、提案大歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です。 なお記事をプリントする場合、「印刷の範囲」を指定して下さい)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
最近、私も年齢を意識します。ついこの間、大学を卒業したばかりと思っていたら、もう人生の折り返し地点を過ぎ、些か慌てています。
2011/09/19(月) 20:57:45 | URL | 赤坂亭風月 #-[ 編集]
人生の曲がり角で
赤坂亭風月さん、いつも短評ながら的確なコメントに感謝します。「人生の折り返し地点を過ぎた」といわれますが、花も実もある人生はこれからだと考えて下さい。これからがまさに佳境を味わう時期でしょう。
一方、後期高齢者にとってはどこまで人生の仕上げとしての踏ん張りができるかで、質的に異なっているように思います。いかがですか。
2011/09/22(木) 17:14:11 | URL | 仏教経済塾亭主 #-[ 編集]
確かに、質的には異なっている気がします。
先日、大学時代の同級生に会った際も、不惑を過ぎたのに、迷ってばかりという話しになり、学生時代と何も変わっていないと感じました。
現在は寿命も長くなり、それらにプラスする考えもありますが、これほど中身が成長していないとは、当時は考えませんでした。
人生という旅、これからの道中も楽しみたいです。
2011/09/24(土) 07:26:57 | URL | 赤坂亭風月 #-[ 編集]
人生の大先達
「100歳を前に思っていること」と題する新聞投書(無職 吉田よし子 99歳 東京都東久留米市=11年9月26日付毎日新聞)を以下に紹介する。100歳を前に投書するという、その意欲にまず脱帽である。

今年100歳になる。その記念にといつも思っていることを書いてみた。
当たり前かもしれないが、昔と今は違うなというのが実感。天変地異だけでなく、原発事故のような人災がより恐ろしい。便利さを追求してきた結果ではなかろうかと。
地球には核弾頭が1万発以上あるという。お互い疑心暗鬼で暮らすのはやめにしたい。戦争ぐらいバカらしいことはこの世にないのだから。自分で自分の首をしめている。
平和のために頭を使ったら、どんな世の中が来るのかなと考えただけで、心がほのぼのとしてくる。人間の一生はアッという間。楽しく過ごすためには我慢が必要だ。いつ死んでも悔いが残らないよう、一日一日を大事に生きよう。

今の心境を句にした。
「アレヤコレ 行きつもどりつ はや100歳」
「この世をば むなしとするか 我しだい」(以上)

感想を一言。二つ目の句の「我しだい」が利いている。とかく人のせいにしたがる昨今の風潮への戒めであり、健康を維持できるかどうかも「我しだい」と受け止めたい。いつまでもご健勝であられるようお祈りしたい。
2011/10/02(日) 18:11:00 | URL | 仏教経済塾亭主 #-[ 編集]
日々是好日
朝日新聞の「ひと」欄(2011年10月1日付)で「4日に100歳の誕生日を迎える医師 日野原 重明(ひのはら しげあき)さん」を紹介している。その大要は以下のとおり。

待ち遠しかった100歳がやってくる。
出勤する平日には、理事長を務める聖路加国際病院(東京都中央区)内を1時間かけて見回る。がん患者の手を握っては「また来ますね」と言葉をかける。
この理事長のほか、80以上もの団体で役職に就いている。執筆の依頼は目白押しで、移動中の新幹線や飛行機内でも原稿用紙にペンを走らせる。
「激務こそ健康、そして元気のもと」。週2回は90㌘の牛ステーキに舌鼓を打つ。週1回通うエステのおかげで肌もつやつやだ。「若さを保つ奥の手は、おしゃれ」。
青年期までは病気との闘いだった。10歳のころの急性腎炎、京都大学医学部時代の結核・・・。「だからですかね、痛みや絶望に苦しむ患者と、気持ちを共有できるのは」。
「100歳は関所であって、ゴールではない」。愛用の10年手帳には、9年先までの予定が書き込まれている。

すでに後期高齢者(75歳以上)となっている私(安原)の読後感は「とにかく敵(かな)わん」である。25歳近く若輩の私もできることなら、やがて「100歳は関所にすぎない。ゴールではない」とうそぶいてみたい。
そういえばしばらく牛ステーキを食していない。最近は野菜が多い。私も小中学生のころ病弱で1か月以上も病床に伏したまま休学したことが何度もある。この辺りは「青年期は病気との闘いだった」という日野原大先達と似通ってはいる。しかし「100歳の関所」をくぐり抜けるのは、しょせん「高嶺(たかね)の花」か。「日々(にちにち)是(これ)好日(こうじつ)」と、それなりに毎日無事であればよい、と思い定めている。
2011/10/03(月) 11:05:46 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。