「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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囲碁にみる人それぞれ
<折々のつぶやき>14

 安原和雄
 「人生いろいろ」という。人それぞれでもある。私は囲碁を多少たしなむが、盤上の勝負にそれぞれの人柄が映し出されて、「この人はこういうタイプなのか」と想いながら、囲碁のそれなりの世界を経営してみるのもまた一興というものである。今回の<折々のつぶやき>は14回目。(06年4月16日掲載)

 NHK杯囲碁トーナメント(毎週日曜日、NHK教育テレビで放映)は楽しめる番組である。石田芳夫9段と中野泰宏9段の対戦(06年4月9日放映)を観ていて仰天した。信じられないような一手が出たのである。

 終局直前に中野9段が自分の石が当たりになる一着を打って、生きている石10数目が死んでしまった。大逆転である。もちろん中野9段は失着にすぐ気づき、苦笑していた。素人のザル碁なら、「待った、待った」というところだが、プロの世界ではそうはいかない。相手の石田9段も一瞬「えっ? 本当にそこに」という表情になったが、これまた微苦笑しながら相手の石を打ち上げた。

 アマでも有段者なら、こういうポカはなかなかお目にかかれない。ましてプロの世界では珍事というほかない。
 解説者の小林光一9段も「こういうこともあるんですねー」と驚いていた。「プロとしてはありえないこと。恥ずかしいですね」と言葉を続けるのかと思ったら、そうは言わなかった。神ならぬ身のプロ棋士仲間への思いやり? だろうか。「石田9段も最後まで粘ったのがよかった」と妙なほめ方をしていた。今度は観戦者のこちらが苦笑する番である。

 私自身、盤上での勝負が好きでもある。生きた、死んだ、といってもしょせんゲームでのこと。日本記者クラブでは囲碁月例会があり、私も時に参加する。プロ棋士の指導碁もある。かつて月例会の後、数人で石田9段を囲み、プロ棋士の舞台裏をあれこれ聞いたことがある。ざっくばらんな話しぶりに親近感を覚えもした。それだけに今回の一局の行方には関心ひとかたならぬものがあった。

 この勝負では最初に石田9段が見損じた。観ていた私が「えっ?」と驚くような単純な見損じで、石田9段、ぼやくことしきりであった。一度ミスがあれば、もはや挽回は不可能というのが、プロの世界での相場であろう。だから中野9段の必勝という流れだったが、最後に同じ場所で中野9段が予想外の一手を打ったのである。「お互い様」といえば、それまでだが、盤上での奇妙な因縁といえるかも知れない。

 私の尊敬する数少ない経済学者のひとり、都留重人・元一橋大学長(06年2月、93歳で逝去)と月例会で一戦交えたことがある。朝日新聞論説顧問であったこともあり、日本記者クラブのメンバーだったのだろう、月例会にはしばしば顔をみせられた。
 私との対戦では、50手くらい打って中盤に入ったばかりの局面で、「安原君、もう負けた、負けた」と勝負を投げられた。「まだまだ、これからでしょう」と応じたが、「いや、もういい」という潔さに驚いたことがある。
 先生の最後の著作、『市場には心がない―成長なくて改革をこそ』(06年2月、岩波書店刊)も含めた多数の名著に共通している深い学識と透徹した洞察力さらに反国家権力的着想、その一方で持続力の不足ともいえる、この潔さとはどう並存しているのか。たどり着くだろう先行きがみえすぎるのだろうか。いまもなおひとつの謎のままである。

 かつて経済記者として財界担当だった頃、今は亡き永野重雄・日本商工会議所会頭(新日本製鐵名誉会長)とお手合わせを願ったことがある。私が「2段程度です。何子置いたらいいですか」と聞いたら、即座に「4子でどう」といわれた。「そんなに強いの」と内心思ったが、打ち進むにつれ、その強さがわかってきた。早打ちで、それでいてつぼを外さず、当方の大敗に終わった。
 永野さんは財界の重鎮として政界首脳とも緊密な関係にあり、しかも世界を股にかけた機敏な行動力と大局観で知られていた。「なるほど碁の世界と重なっているな」と感じ入った記憶がある。

 囲碁は単に勝ち負けを競うだけの場ではない。人間同士が触れ合いながら、それぞれ人間探求を模索する機会でもある。いいかえれば、それぞれの人生観、生き方までが表現される場でもある―と私は考えている。参考までにいえば、私の棋力は現在アマ5段程度にすぎない。


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コメント
この記事へのコメント
真剣勝負
「勝ち負けを競うだけの場ではない。」とは本当なんでしょうね。私自身は、囲碁をたしなまないのですが、勝負を競うゲームやスポーツにおいては、真剣にプレーをしている間に、お互いに学ぶものがあるだろうということは想像がつきます。ルールもマナーも無視した投げやりな態度でプレーをする相手では、結果として勝負が出ても、お互いに得るものはむなしいもので終わるでしょう。妙な比較ですが、国会の審議なども、囲碁の勝負のように真剣にやってもらいたいものです。
2006/04/18(火) 21:15:35 | URL | S.O. #-[ 編集]
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