「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
足利知足塾の近況報告(1)
 いのち交流の輪と和

 安原和雄
 足利知足塾(塾長・柿澤さな江さん)が発足(2005年7月、栃木県足利市大岩町428の蕎麦(そば)屋さん「だいかいど大海戸」=店主・柿澤一雄さん=にて発足会を開催)してから10か月ほど経った06年4月上旬、交流会が開かれた。
 集まったのは「食と農」に大いなる関心を抱き、ゆったりと充実した時間を楽しむスローライフを実践している人たちを含めて約20名である。同塾顧問の私(安原)も久し振りに足利を訪ねて参加、「大海戸」店主の手打ちそばのほか、タンポポなど野草の天ぷらに舌鼓を打ちながら賑やかなひとときを共有した。この機会に塾の近況を報告したい。

▽足るを知る生活の実践
 塾長の柿澤さな江さんは挨拶で「会員は24名ほどにのぼっている。勉強会も大事だが、それだけではなく、知足、すなわち足るを知る生活を実践してゆきたい。足るを知る生活とは、自然から与えられるもので十分、と受け止め、感謝することではないかと思う」と語った。
 私流に翻訳すれば、「自然からの恵みは豊かであり、それ以上のものを貪欲に求めないこと―それが足るを知る生活の実践」と理解したい。

 柿澤さんは、そば屋と並んで、自宅周辺の自然を生かした農園・「柿の実農園」を経営しており、鶏などいのちを育てることに取り組んでいる。こうして農園が知足を暮らしの中で実践し、生かす舞台にもなっている。塾の会報、「野の花通信」最新号に「びっくりしました!」と題して次のような面白いニュースが載っている。

 ほぼ1か月行方不明だった鶏が突然もどってきました。お彼岸でお昼を食べにきてくださったお客様にその話をすると、「ねえ、いままでどこへいっていたの?」と真剣にニワトリさんに聞いていました。鶏は心の中で『わたしゃ、3歩歩けば忘れちゃうのよ。ごめんなすって』といっていたのでしょうか? ただひたすら残り物のそばのかすを食べておりました。すると、お客様は、「わかった! そばが食べたくて戻ってきたのよ」とご自分の質問に答えをみつけ納得したご様子でした。それにしてもめでたいことでした。

▽<いただきます>を復活・普及させよう!
 以上のような話題はほんの1例にすぎない。この足利知足塾の周辺には「いのちといのちの交流の輪と和」ともいえる心ぬくもる話題が尽きない。食事懇談会の席では「最近、子どもたちから日常の挨拶がなくなった」、「食事前の<いただきます>もいわなくなった。どうしたのか」―など人間と自然、人間同士のいのちの交流が薄れていく現状をどうしたらよいかに関心が集まった。

 食事前の<いただきます>をぜひ復活・普及させたい。<いただきます>には2つの意味が含まれている。まず何をいたただくのかといえば、それは動植物のいのちをいただくのである。お米、魚、そば、さらに野菜にも野草にもいのちが宿っている。そのいのちをいただいて、人間は自分のいのちをつないでいる。だから感謝とともに食事をいただく必要があるのではないか。
 もうひとつは、いただいたいのちをどう生かすかである。無駄にしてはならない。まず食べ残しをしないこと。食べ残しは食に含まれているいのちを生かし切っていないことを意味する。さらに少しでもいいから「世のため、人のため」にお役に立つこと。これがいただいたいのちを生かすことにつながる。そうしなければ折角のいのちに申し訳ないし、「もったいない」所業といえる。
 こういう感覚が共有されれば、生きとし生けるもののいのちを大切にしようという共感の輪が広がり、そこに和が生まれ、その結果、最近多発している、無造作に人のいのちを奪うような凶悪犯罪も少なくなるのではないか。
―以上は私(安原)の考えるところであり、発言でもある。

▽21世紀は「いのちの安全保障」の時代
 もうひとつ、席上、私は最新論文「<いのちの安全保障>を提唱する―軍事力神話の時代は終わった」(足利工業大学研究誌『東洋文化』第25号、06年1月刊に掲載)を皆さんに配った。ここでも「いのちをどう生かすか」がテーマである。論文の骨子は目次風に並べると、次のようである。

*世界が直面する多様な脅威―気候変動は核戦争に次ぐ脅威、危機にさらされる食料安全保障
*有害な軍事中心の安全保障―日米安保体制と平和憲法との矛盾、軍事同盟は敵と脅威を求める
*重要な「人間の安全保障」観―国家ではなく人々を中心とした安全保障、セン博士(ノーベル経済学賞受賞者)の唱える「人間の安全保障」
*「守る平和」から「創る平和」へ―平和的共存権への道、平和をつくるための構造変革
*21世紀は「いのちの安全保障」の時代―「人間の安全保障」を超えて
*いのちの安全保障と仏教思想―いのちの尊重と非暴力=平和、知足・共生・中道の実践
*いのちを生かす「地球救援隊」構想―なぜ非武装なのか、日米安保体制の解体を

▽いのちを生かす手作りの活動計画
 この日の交流会では次のような塾の今後の活動計画が提案され、実行していくことになった。ここでも自然を含めた多様ないのちを生かす手作りが中心テーマとなっている。
+農業=ソバ、夏野菜(スイカなど)、イモ類(サトイモなど)などの栽培
+加工品=どくだみ採り(お茶用)、シソジュースや干し柿つくり、手作りこんにゃく
+文化=手作り人形講座(ピエロの人形)、野の花の生け花、スケッチ会(野菜、野の花の絵)、ローソク作り(蛍見物用)
+交流=読書会など

 昨年(05年)の足利知足塾発足会の席では安原が「21世紀は知足の時代」と題して講話を行った(講話の要旨は同じ題名で「安原和雄の仏教経済塾」に掲載)が、今回の交流会では塾生たちの創意工夫と手作りによる活動が広がりつつあることを印象づけられた。
 今後、このような知足塾が全国のあちこちに誕生し、発展してゆくことを願っている。


(感想、提案歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名ではなく、仮名でも結構です)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
足利知足塾、素敵な活動内容ですね。シソジュースって飲んだことないです。どんな味なのでしょう?おいしそう!

以前、畑を借りて有機農法を教わっていたとき、里芋の茎の食べ方など、私たちにとっては新鮮な情報を習い、とてもうれしかったのを覚えています。

里芋の茎も、葉っぱも、力強い生命力に溢れ、そのまま捨ててしまうのが申し訳ない気持ちでいっぱいだったので。他に食べるものがあったとしても、命をなるべく粗末にしないことで心が救われるように思います。

戦中の不自由を知る世代のみなさんが、若い世代に「足るを知る」実地教育をしてくださるこういった機会が増えることを祈っています。
2006/04/14(金) 14:37:52 | URL | marujun #e0p7.LDY[ 編集]
諸々のいのちの輪
去年の7月誕生した足利知足塾の情報、とても参考になりました。こういう地に足のついた活動が広がることを祈ります。
「知足塾」が普通名詞として、広辞苑やオックスフォード辞典に載りますように!
2006/04/17(月) 07:58:55 | URL | 並野一民 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/04/21(金) 10:14:53 | | #[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/06/20(火) 10:11:19 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。