「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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トイレで平和を考える
<折々のつぶやき>6

 安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。<折々のつぶやき>6回目。(06年2月5日掲載)

 今回は、ちょっとおもしろい提案、題して「トイレで平和を考える」です。最近わが家に届いた<「福音週報」第266号・06年1月20日付>に橋本左内ご夫妻が「風変わりな提案」として<男の子も座って小便をしましょう>と書いています。その内容は大体、以下のような趣旨です。

★★「男は立ってするものだ」という考えを変えるメリット★★
①小便の滴(しずく)が外にこぼれないから、床やマットを汚しません。
②そのため床の拭き掃除やマットを洗濯する労力が省けます。
③用をすませた後は、男の子も紙で拭きますから、パンツの汚れが減ります。
④そのため洗濯も簡単になり、パンツの寿命も長持ちします。
⑤腰掛けるので、読書・思索・瞑想・座禅もできて、平和につながる道です。
⑥座小便は、衛生・省力・経済・修行・平和のメリットがあります。
⑦だから大いに実践し、広めましょう!

 以上、一読のご感想はいかがですか。「小」で座るのは男子の場合、まだ常識になってはいないでしょう。だから「風変わりな提案」なのでしょうが、さまざまなメリット、プラスを列挙されると、なるほど一理あるな、と思います。
 数あるプラスのうち、特におもしろいと思うのは平和です。私はこの提案を前向きに評価して、「トイレで平和を考えよう」と呼びかけたいと思います。これが広がっていけば、世の中、少しは安穏になってくるかもしれませんね。

 なぜ「トイレで座って平和を」なのでしょうか。
 第一、座るという行為は、座り込みにみる抵抗の姿勢はあるとしても、戦う姿勢ではありません。平和そのものの姿ともいえます。そういえば、座像の仏様が多いように思います。

 第二、「立って」から「座って」へという姿勢変化は、それまでの「座って」という思い込み、固定観念を捨て去るわけで、そこに意識改革が生まれます。「改革なくして成長なし」ともう5年間も同じ唄を歌っているどこかの国の首相もいます。私は「意識改革なくして平和なし」と言いたいですね。

 第三、ゆとりは平和につながります。これからの時代、3S(Simple=簡素、Slow=ゆったり、Small=身の丈に合うこと)が重要だと考えます。「座って」は、ゆったり=ゆとりを意味します。「時は金(かね)なり」とばかりに我(われ)を忘れて慌ただしい人には無縁です。早すぎるスピードは暴力=破壊と背中合わせですが、ゆったり=ゆとりは平和そのものでしょう。

 聞くところによると、ドイツの男性は座るのが普通だといいます。かの悪名高い独裁者、ヒットラーもやはり「座って」何かを考えていたのでしょうか。平和ではなく、世界支配の野望をたくましくしていたのではないでしょうか。最期は自殺への道をたどりました。

 まずは座るべきか、座らざるべきか、それが問題です。人それぞれでいいというほかありませんが、あなた(貴男)ならどうしますか? 何を考えますか?


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コメント
この記事へのコメント
様式はどうも
トイレで平和を考えることには賛成ですが、「男の子も座って小便を」には抵抗を感じます。と言うのは、生まれてから長い間、日本式のトイレを使う家庭環境で育ったためでしょうか、今でも洋式のトイレには違和感を持っているからです。歳を取るについて、私たちの先祖・縄文人のような野性的な生活への憧れもだんだん強くなり、野や山の開放空間で用を足せることが理想的なように思うようになりました。最近は、技術の粋をこらした洋式便器が普及してきましたが、物心がつく頃から、あのように便利な便器で用を足すことに慣れた子どもは、野性的な生活ができない弱々人間になってしまわないでしょうか?ちなみに、私は60歳を越えた男子です。
2006/02/06(月) 10:42:46 | URL | S.O. #-[ 編集]
「トイレで平和を考えよう」、せせこましい世の中、遊び心、ユーモアのある、示唆に富んだ呼びかけです。ゆとりはまさに平和そのもの、遊び心、ユーモアが大切だと思います。
「平和」と「愛」のシンボルといわれる小便小僧は、元祖がベルギーで、戦争中に広場におかれた導火線に、おしっこをして町を救ったからだという。
平和のシンボルは立小便(小僧)に任せて、平和を考えるのは座小便で・・・、いいではないですか。
それにしても、子供の頃、お城山の頂上から小便の飛ばしっこをして、「平和だなあ~」と思ったような記憶があります。
今、それが出来る自然環境が失われつつあります。
2006/02/06(月) 18:51:31 | URL | h.y #-[ 編集]
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