「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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帰還元米兵たちの平和への熱い思い
憲法9条は世界の人々のためにある

安原和雄
 アメリカ合衆国国家の命令によって海外の戦場で「人殺し」を強要され、心に大きな痛手を受けて帰還した元米兵たちの間に反戦・平和への熱い思いを語る動きが広がりつつある。しかもそういう帰還米兵たちに共通しているのは、「日本国憲法9条は世界の宝であり、世界の人々のためにある」という認識と願いを持ち合わせていることである。これは同時に日本人には9条を守り、生かしてゆく責任があるという指摘であり、励ましともなっている点を見逃してはならないだろう。(09年7月8日掲載、公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽9条を守るのは日本の人々にしかできない

 「イラク帰還米兵アッシュ・ウールソンさんのお話しと尺八のつどい」が7月4日、「PAW2009プロジェクト・オブ・アッシュ・ウールソン」主催、「コスタリカに学ぶ会」(正式名称=軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和をつくる会)協賛で東京・新宿区高田馬場のシロアム教会礼拝室で開かれた。

 ウールソンさん(注1)が戦争と平和について語った内容のほんの一部を以下に紹介する。
(注1)ウールソンさんは1981年生まれ。米国シアトル在住。ウイスコンシン大学卒(専攻:グラフィック・アート)。学資を得るため州兵に志願し、イラクへ派遣された。帰国後「反戦イラク帰還兵の会」に所属し、平和活動にたずさわっている。
 2008年5月、広島から千葉・幕張までの平和行進(ピースウォーク)に加わり、歩き通した。2008年夏、1か月半、平和の種まきキャラバンと称し、日本各地で平和の大切さを訴えた。昨年来日時に日本の民族楽器・尺八に出会い、すっかり気に入った。今回は、3度目の来日。

 戦争は決して正当化され得ない。私はイラクの戦場で人間のいのちがいかに粗末に扱われるか、戦争がいかに人間性を破壊するかをみてきた。
 私は州兵に志願した。州兵の任務は、災害の救助であり、国を守るためだけであり、対外戦争には参加させられないと聞いていたから。しかしイラク戦争には州兵までが駆り出されることになった。ルイジアナ州でのあの大ハリケーン(注2)の時、州兵はイラク戦争に出ていて、州の市民を守ることができなかった。
(注2・安原記)2005年8月約1週間にわたって米国南東部を襲った大型ハリケーン・カトリーナ(最大風速78㍍・秒速)は甚大な被害をもたらした。直撃を受けたニューオーリンズ市の8割が水没、死者は総計2500 名(行方不明者を含む)を超えた。
 州兵が到着したのが発生から1週間後のことで、銃口を市民に向けるほど混乱状態に陥っていた。復旧費用を含む518億ドル(約5兆円)の追加補正予算が成立したが、イラク戦争などのテロ対策費約50兆円に比べ、あまりにもわずかという印象が強く、世論調査によると、当時のブッシュ政権の支持率は最低の40%前後に低落した。

 私は戦争体験を経て、物欲から切り離された生活をしたいと考えるようになった。学んだことは、平和がどれだけ大切なものか、暴力では平和は築けないということ。戦争、暴力によって平和をもたらすことができるなら、今、平和な世界に住んでいるはずである。
 子どもの頃、小学校の先生から「お互いに憎んではいけない」と教えられた。しかし現在は国と国とでは憎み合ってもいいということになっている。インドのマハトマ・ガンジーも言っている。人と人との望ましい関係も、国と国との相互関係も同じことだ、と。
 いつになったら小学校の先生が教えてくれたような平和な国と国との関係が実現するのだろうか。

 日本国憲法9条は、大きな犠牲の上に成り立っている素晴らしい条文である。しかし悲しいことに日本政府は多くの犠牲の上に9条があることを忘れているのではないか。9条は世界の人々のためにある。しかしその9条を守るのは日本の人々にしかできないのだ。9条が多くの国に採りいれられることを願っている。なぜなら9条によってのみ持続的な平和を築くことができるからである。

 参考までにウールソンさんが世界平和のために高く評価している日本国憲法9条の全文を掲載しておく。
[9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)]全文
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

▽みんな、聞いてくれ これが軍隊だ!

 イラク帰還兵、ウールソンさんの訴えを聞く会の会場で私(安原)はベトナム戦争の語り部、元米海兵隊員のアレン・ネルソンさん(注3)の小冊子『そのとき、赤ん坊が私の手の中に ― みんな、聞いてくれ これが軍隊だ! ― 憲法9条こそ世界の希望』(07年3月発行=編集:「憲法9条・メッセージ・プロジェクト」代表・安齋育郎:立命館大学国際平和ミュージアム館長)を買い求めた。
(注3)ネルソンさんは1947年ニューヨーク生まれ。アフリカ系アメリカ人。高校中退、海兵隊入隊。沖縄駐留を経て、1966年ベトナム戦争に従軍。除隊後、戦争後遺症に苦しむ。殺人という自らの罪を認めることにより「再生」。キリスト教フレンド派(通称「クエーカー」)の非暴力思想に共鳴し入会。1996年以来日本各地でも講演、とくに憲法9条の人類史的意義を強調。講演前後のブルースの弾き語りでも知られる。

 小冊子の内容はかなり長文なので、主な小見出しを以下に紹介する。
・わがアメリカこそ「国際テロ」の帝王
・日本の頭上にはジョージ・ブッシュが君臨
・戦争とは国際テロそのもの
・「お前は私の息子じゃない!」― 帰還した私に母が叫んだ
・猫とホームレス生活に
・少女が尋ねた ―「ネルソンさん 人を殺したの?」
・人を殺すたびに、心のなかの大切なものが死んでゆく・・・
・アメリカは格差社会 ― 「貧困のアメリカ」を紹介したい
・アメリカの富は、軍備のためにある
・貧しさゆえに海兵隊に・・・そのとき母は怒って泣き崩れた
・戦場で殺し合いするのは、貧しい庶民同士
・軍隊の訓練と任務は「殺し」
・「構え、銃!」― 沖縄では「人型」の的だった
・本国では「射撃訓練」― 沖縄では「殺人訓練」
・「暴力」が兵士とともに街をゆく
・戦争にルールなんかありません
・戦場で一番苦しむのは女性、子ども、老人
・殺した死体の場面と悪臭が「悪夢の正体」
・私の手のなかに「新しい生命(いのち)」が生まれ落ちた
・国家は戦争相手を「人間じゃない」と思い込ませる
・いまも沖縄基地の状況は戦場そのもの
・「基地を閉鎖し米軍は本国へ」― そのために私は行動する
・地球上のすべての国に「9条」がほしい
・改憲は世界から「希望の光」を奪う ― 平和は一人ひとりの決意から

以上の小見出しを観察すると、その内容も自ずから想像できるのではないか。ただ一つ、小冊子のタイトルにもなっている《私の手の中に「新しい生命」が生まれ落ちた》は、若干の説明が必要だろう。概略、以下のようである。

 海兵隊中隊がある村を通過しようとしていたとき、奇襲攻撃を受けて、逃げ回り、わたしは人家の裏手の防空壕に飛び込んだ。「だれかいるな・・・」と感じ、ふり返ると、若いベトナムの女性が荒い息づかいで苦しそうだった。やがてその女性がひときわ強く息(いき)んだとたん、私は思わず手を差し出していた。
 驚いたことに彼女の体から出てきた赤ん坊が私の手のなかに生まれ落ちた。彼女は私から赤ん坊を取り返すと、逃げるように壕から、ジャングルに姿を消した。(中略)

 壕を這い出した私は、別の人間に生まれ変わっていたのだと思う。赤ん坊誕生は、私にとって決定的な意味をもつ出会いだった。このことによって初めて「ベトナム人も同じ人間だ・・・」という思いを持った。

〈追記〉東京新聞(09年7月6日付)はつぎのように伝えている。
 憲法9条の大切さを訴え続けたアレン・ネルソンさんは09年3月、61歳で死去し、遺骨は石川県加賀市の浄土真宗寺院に納められた。同寺の佐野明弘住職(51)と平和への思いで共感し、交流を深めたからだ。最期はキリスト教徒から仏教徒になって命を閉じた。去る6月しのぶ会が開かれ、170人が集まった。「遺志を継がなければ」「9条の大切さをこれからも訴え続けよう」などとネルソンさんへの思いを語り合った。(加賀通信局・池田知之記者)

▽〈安原の感想〉元米兵の思い ― すべての国に憲法9条がほしい

 イラクそしてベトナムの戦場から帰還した元米兵2人がこもごも強調しているのが日本国憲法9条の存在価値である。
 アッシュ・ウールソンさんの9条への思いを再録すると、つぎのようである。

 9条は世界の人々のためにある。しかしその9条を守るのは日本の人々にしかできないのだ。9条が多くの国に採りいれられることを願っている。なぜなら9条によってのみ持続的な平和を築くことができるからである ― と。

 一方、アレン・ネルソンさんは「英文の日本国憲法を日本の平和活動家から、見せて貰ってわが目を疑った」と前置きしてつぎのように語った。ネルソンさん亡き今となっては彼の遺言と受け止めたい。

 9条の力強さ、美しさ・・・。まさにこれは「わが心の師、マハトマ・ガンジーかキング牧師が、日本人の生きる道を示すために書き与えたものではないか」とすら思ったほどだ。9条の持つ力強さはいかなる核兵器、いかなる軍隊も及ぶものではない。
 いま危機に瀕する9条をみなさんが守るべきときである。9条はひとり日本を守っているだけではない。地球上のすべての人にとっての宝物である。
 私はアメリカ人だ。アメリカにこそ9条がほしい。いや人類がこの核兵器、大量破壊兵器の時代を生きのびるために、地球上のすべての国に9条があってほしい。9条は人類の未来を指し示す「希望の灯」である ― と。

 もう一つ、2人ともに「世界の宝、9条を守ることができるのは日本人しかいない」と指摘し、日本人として9条を守り、生かしていく責任とそれへの期待を表明していることも忘れてはならないだろう。


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コメント
この記事へのコメント
9条の大切さに関し、日本人は今の日常が当たり前過ぎて、忘れているのではないかと感じます。
その悲惨さについて、ひと昔前は、終戦記念日にはテレビでも番組を放送し、子供心にも特別な日との思いがあり、戦争の愚かさを知りました。
それを語られることが現在では少なく、アメリカと戦争をしたことを知らない若者もいる始末です。
後の世代に伝えていくのが、大人の義務と考えます。
2009/07/08(水) 21:02:57 | URL | 赤坂亭風月 #-[ 編集]
http://eiji.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2009/07/05/nice_boat_01.jpg

とりあえずこれを見て幻想から覚めるべし
2009/07/09(木) 07:37:40 | URL | xtc #-[ 編集]
9条変えたい
兵隊ごっこもつかみ合いの喧嘩もしない日本男児が兵役の厳しさに耐えられるだろうか。
人殺しになる前に精神を病むのではないか。
さて、武力・戦力による個別的自衛権を放棄するような条項に九条を改定したい。
日米安保条約を破棄し、日米平和友好条約を結ぼう。
在日米軍基地は返還させ嘉手納基地は「国連緊急平和部隊(UNEPS)」の基地にしよう。
防衛省・自衛隊を段階的に削減し平和省を創ろう。
平和省国際貢献局は植林や井戸掘り・地雷処理・難民支援などの活動を通して「感謝される国・日本」をアピールしよう。
北朝鮮に出かけていっておにぎりを配るのもいいだろう。
日本は良心的兵役拒否国家としていきぬくべきである。
2009/07/09(木) 19:45:08 | URL | 宮坂亨 #TXgVPc.w[ 編集]
平和への提案を
多様な意見を頂戴しました。
大事なことは平和をつくっていくための具体的な提案です。
「北朝鮮に出かけていっておにぎりを配るのもいいだろう」という提案には、思わず笑ってしまいましたが、健康にして斬新な提案と受け止めました。

平和をつくっていくという視点を重視するには従来の固定観念はあまり有効ではないということでしょうか。それにしても超ユニークです。
諸兄姉の斬新な発想を歓迎します。
2009/07/10(金) 18:10:53 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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