「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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三丁目の夕日
<折々のつぶやき>3

 安原和雄
 新年になって、想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。〈折々のつぶやき〉と名づける。今回は3回目。(06年1月13日掲載)

 つい先日、感動、また感動の映画を久しぶりに観ました。「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画です。何しろ舞台設定が今から半世紀も昔の昭和33年(1958年)なのです。私が大学を卒業した年です。これでは観ないわけにはゆきません。

昭和33年はどういう年だったのでしょうか。まず東京タワーが完成し、テレビが普及し始めた頃です。テレビを買い備えた家は珍しかったため、何十人という街の人たちが押すな押すなとばかりに観に集まってきたという、今では想像もできないような頃です。「もはや戦後ではない」が流行語にもなっていました。

映画に出てくる東京の風景をいくつか紹介すると―
まず上野駅に入ってくる汽車は石炭を燃やす蒸気機関車に引っ張られています。街では都電が走り、自動車の姿はまばらです。まだマイカー時代ではなかったわけです。
西の空に沈み行く夕日はあくまでも美しく、夜空には無数の星が輝いていました。今と違って大気汚染もなく、きれいな空でした。

私自身の当時の記憶をたどってみると―
*東京・新宿駅西口の焼鳥屋で焼き鳥1串10円、熱燗1合60円
*東京から郷里の福山(広島県)までの国鉄乗車券が500円、所要時間は約17時間
*大学(国立)授業料は年間6,000円、奨学金が月額2~3,000円。当時はかなりの学生が奨学金のお世話になった。お陰様で貧農生まれの私も大学へ進学できた。家庭教師の謝礼が月額3,000円程度。必要な書籍は大学図書館か古本屋に頼った。
*初任給(月額)1万4,000円―などなど。

今のようにモノがあふれているわけではなく、収入も庶民レベルでは決して多いわけではありません。街並みは雑然としており、雑草も生い茂っている。貧しかったといっていいでしょう。にもかかわらずほのぼのと心温まる映画に仕立てられている。なぜなのか、豊かさとはなにか?―映画を観ながら考えていました。

乱暴も働く。しかし自分が間違っていると気づいたら「悪かった」と潔く非を認め、頭を下げて謝る。モノを大切にしたい気持ちの表現である「もったいない」が日常会話の中でさり気なく出てくる。猫は悠々と日向ぼっこ、犬は自由に走り回っている。犬や猫をいじめる者はだれもいない。

未来への夢と希望があった。だから現状打開意欲もそれなりに持ち合わせていた。生一本で燃えやすいが、心底は真面目な人間たちの心の優しさ、思いやりがあふれている―多くの日本人が忘れかけているこのことに気づいて、そこに感動が生まれるように思います。

一杯飲み屋の若いおかみ役を演じた小雪は、映画で描かれている人間関係について、インタビューに次のように答えています。
「ステキですよね。人と会うことを避けがちな、今の時代ではありえない関係ですから。人って一人で生まれて一人で死んでいくものですけど、周りの人に助けられたり元気づけられたりしながら生きていくわけで、何かが生まれてくるのは、やっぱり人と人とのつながりの中からだと思うんです。現代社会って一人に一つずつ部屋があり、テレビも一台ずつあるのが珍しくないけど、この時代は家族が一つの部屋に集まって団欒(だんらん)していた。そういう温かさはかけがえのないもので、新鮮な感じすら受けます」と。

あの夢と希望はどこへ消え失せたのか。人と人とのつながりが切れたままの乾いた砂のような現実を無視して、勝ち組、負け組の区分けと囲い込みが進行中です。一握りの勝ち組がカネまみれの夢と希望を奏でながら進むのが、小泉流改革であるとしたら、それとは180度異質の改革によって人と人とのつながりをどう再生させるかを考えるときです。

豊かさとは、モノやカネがあふれていることではない、日常生活の中で心と心の結びつきを実感できるかどうかでは―、「三丁目の夕日」を観ながらのつぶやきです。


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コメント
この記事へのコメント
小さな仏教国ブータンの話を思い出しました。

まさしく当時の日本のように、貧しいながらも家族が肩を寄せ合うように暮らしている国です。

入ってきて間もないテレビを大勢で集まってみるのですが、たとえば、交通事故死のニュースが報道されると、みんなすすり泣いてしまうのだそうです。「この人の家族が気の毒で」と、食事ものどを通らなくなってしまいます。

実は私も事故や凶悪犯罪のニュースを見ながら食事を続けることはできない方で(味が全くわからなくなってしまいます)、しかし家族はいつも平然と食べているので、このブータンの人々の話を読んだとき、「私もブータンに住みたい」と思ってしまいました。

テレビが入ってきたばかりの頃の日本人の心も、今のブータンの人々のようであったのでしょうか。

「その他大勢」の他人のことは自分とある程度切り離してクールに思考できなくては、今の日本社会で合理的に生きていくことはできないよ、と考える人が多いのでしょう。でも、このような思考習慣は犯罪や堕落した政治への抑止力のない危険な社会への第一歩になりかねないと感じています。

ちょっとした他人への想像力と優しさがあれば、自分も他人も、もっとハッピーになれるんですよね。


2006/01/13(金) 07:35:48 | URL | marujun #e0p7.LDY[ 編集]
「夢と希望」ってなに?
今回のつぶやきは「あの夢と希望はどこへ消え失せたのか?」と問題を出しています。本当のところあの夢と希望とは何だったのでしょうか。今から振り返ってみると、あの頃から日本経済は高度成長時代へ入ってゆきます。

たしかに高度成長はそれまでの日本にはなかった新しい事態です。だからそこに夢と希望を多くの人が抱いたとしても不思議ではありません。テレビ、冷蔵庫、電気洗濯機がその頃から急速に普及し、そしてやがてマイカー時代がやってきます。夢のような時代の始まりともいえます。

これは経済成長のお陰というわけで、「経済成長様々」と祭り上げられる時代の出発点でもあります。国を挙げて経済成長という単一の目標を掲げ、突進を開始した頃なのです。それが夢と希望の中身であったように思います。

それから半世紀を経て経済成長時代はもはや終わりを告げています。小泉首相は1月20日の施政方針演説で「改革なくして成長なし」と持論を述べました。小泉首相は本音では成長賛美論者なのでしょう。しかしいまなお経済成長を求めるのは、無い物ねだりで、時代感覚がちょっとずれていますね。小泉首相は本当は改革主義者ではなく、抵抗勢力の一員ではないでしょうか。

成長経済のなれの果てがホリエモン(ライブドアの堀江貴文社長)騒動です。「カネこそわがいのち」とばかりにカネを拝み、カネに執着する拝金主義、錬金術の横行です。半世紀前の昭和33年頃の純粋な夢と希望が今やカネに汚染された野望となり果てました。

さてどうしますか?「改革なくして成長なし」と性懲りもなく叫ぶ小泉路線に新しい夢と希望を託すのは無理でしょう。21世紀にふさわしい新しい夢と希望とはなにか? これこそ国民投票で募集したらどうでしょうか。もう一回総選挙をやってみますか。
2006/01/21(土) 20:58:23 | URL | WA. #-[ 編集]
ちなみに
三丁目の夕日の舞台になっている昭和30年代の日本は最も殺人の多い時代で
人口が現代の2/3なのに殺人数は現代の2.5倍にも達してます。
「少年犯罪データベース」というサイトを見てください。あんまりいい時代とも思えません。(
2008/06/19(木) 00:06:34 | URL | はだ #lpfVdCyU[ 編集]
「三丁目の夕日<折々のつぶやき>3」を確認しました。
個人的には、先生同様、日常での人間関係が希薄となり、世の中が変な方向へ走り始めたと思います。
現代では、地域における人間関係を煩わしく捉える人も多いようですが、超高齢社会や災害時においては、地域の役割は重要と考えています。行政もすぐには動けないはずです。
日頃より人間関係を築かなくては、こうした場合、困るだけではないでしょうか。


2008/12/16(火) 20:52:46 | URL | 赤坂亭風月 #-[ 編集]
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携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう。■監督 山崎 貴■原作 西岸良平&nbsp;■キャスト 堤 真一、吉岡秀隆、小雪、薬師丸ひろ子、掘北真希、須賀健太、小清水一揮、もたいまさこ、三浦友和□オフィシャルサイト  『ALWAYS
2006/01/13(金) 12:07:52 | 京の昼寝~♪
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