「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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生活のため刑務所入りを望む時代
〈折々のつぶやき〉43

安原和雄
 想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに〈折々のつぶやき〉として記していきます。今回の〈つぶやき〉は43回目。題して「生活のため刑務所入りを望む時代」です。(08年12月6日掲載、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽「家」なし 余生は刑務所で

日本の世相もついにここまで切羽詰まった状況に変化したか、という思いで読み、考えさせられる記事(朝日新聞08年12月4日付夕刊=東京版)を紹介したい。見出しは、つぎのようである。
 「家」なし 余生は刑務所で
 万引き失敗 何かせにゃー
79歳に懲役4年 渋谷通行人刺傷

 記事の要旨は以下の通り。

 東京都渋谷区の百貨店前で通行人を果物ナイフで刺すなどして、傷害罪に問われた無職北川初子被告(79)に対し、東京地裁は4日、懲役4年(求刑懲役6年)の判決を言い渡した。
 裁判官は「寝泊まりする場所のあてがなくなり、警察に世話になるためには大きな事件を起こすしかないなどという動機は身勝手この上ない。同情できない」と批判した。
11月中旬の法廷で北川被告は腰を曲げて被告席に座りぽつぽつと話し続けた。「とにかく寝るところも金もない。それで警察のお世話になろうと」

 被告の法廷での説明などによると―。
 出身は大阪。戦争で女学校を卒業できなかった。結婚生活は2年で破綻し、以降は家政婦をしながら関西や九州を転々とした。「家」を持たないため、01年ごろ知人宅に身を寄せた。しかし08年7月そこも飛び出し、あてもなく上京した。
 そのころから刑務所で余生を過ごすことを思いつく。警察の「世話」になろうと、7月にスーパーで万引きした。気づいてもらえず淺草署に自首。署や区役所から福祉施設を紹介された。
 だが騒音をめぐって他の入居者ともめ、施設を抜け出した。さまよったあげく、「小さなことでは警察に泊めてもらえない。なんかせにゃー、あかんと思った」。
 法廷での被告は、罪の重さを気にかける様子もなく、「長生きしすぎちゃったと思ってますねん。なかなか死ねません。どうしたらいいやろ?」と語った。

 08年版犯罪白書は、刑法犯全体に占める高齢者(65歳以上)の割合が、20年前に比べて10ポイント以上増えて13.3%に達したことを指摘した。単身で、住まいのない高齢者が再犯に及ぶケースが目立つ。

▽小泉純一郎元首相殿 貴殿の政治家としての責任感覚を問う

 以上の記事を読んで、「馬鹿な・・・」と笑うことができるのは、おそらく世にいう勝ち組の一人なのだろう。私(安原)はとても笑う気にはなれない。「なるほど」とうなづくほかなかった。しかも「ついに現れたか」という思いにも駆られた。実は数年前から「生活苦から逃れるために刑務所に入ってそれなりの衣食住を確保しようと考える者が続出するのではないか」と思案するようになり、折にふれ、 人にもその話をしてきた。

 そう考える背景には、いうまでもなくこれまた世にいうところの新自由主義の横行がある。小泉純一郎政権時代(2001~06年)に特に目立つようになった新自由主義路線は企業の利益第一、効率、スピードのみをめざす悪しき自由競争、弱肉強食のすすめによって一握りの勝ち組と大量の負け組とに日本社会を分断した。
 負け組は自殺に走り、あるいは失業者、非正規労働者として街にあふれ、雇用不安、低賃金で苦しんでいる。正規労働者といえども、恵まれているわけではなく、長時間労働、不健康、ノイローゼなどに苛(さいな)まれている。高齢者は生活の基盤そのものを確保できなくなり、長寿への希望を断たれる人も多い。
 一方、勝ち組は安泰かといえば、さにあらず、拝金主義、貪欲に目が眩(くら)んで刑務所に自らの意思に反して閉じこめられる事例が少なくない。

 昨今の世界金融危機とともに、新自由主義は破綻したが、その災厄、後遺症、傷跡は足早に消えていくわけではない。そういう状況下で生きるため、生活のために刑務所入りを自ら望む人が現れたのである。「生活のため刑務所入りを望む時代」の到来といっても決して誇張ではないように感じている。もちろん人を刺傷する行為が許されるわけではない。それを承知の上で、ここであの小泉純一郎元首相殿に問いたい。

 「貴殿は首相になって、自民党をぶっ壊す、と言って人気を得たが、実は日本をぶっ壊すことになったのだ。その惨状が日本列島上の庶民の日常生活に広がっている。生きるため、生活のために刑務所入りを志願せざるを得ないような時代の到来に政治家としての責任を感じることはないのか」と。

 その返答は大体のところ想像がつく。例のお得意の「人それぞれ、人生いろいろだよ」と笑い飛ばすのだろう。あるいは最近、文民統制違反で解任された前自衛隊空幕長のセリフ同様に「そんなの関係ねえ」と横を向くのかもしれない。しかし小泉元首相が日本国政治の最高責任者として新自由主義路線の陣頭指揮に当たった事実とその責任はいつまでも消えることはない。


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コメント
この記事へのコメント
世の中健康診断
身体にできた一つのデキモノから全身の健康状態がわかることがあります。同じように、世の中でも一人の起こした事件から世の中全体の「健康状態」がわかることがあるんですね。安原さんが、想像力と分析力を駆使し書いてくれましたね。いつも的を射た世の中の「健康診断」に感謝しています。できるかぎり多くの人に読んでもらいたいです。
2008/12/07(日) 12:53:46 | URL | 白髭 #-[ 編集]
正に先生の言われる通りです。

今や、家族皆で食卓を囲む小さな幸福さえ遠くなってしまいました。
国民の多くは、こうした何気ない幸福を望んでいるはずで、誰もが競争で一番になりたいわけではないのです。
2008/12/07(日) 19:47:27 | URL | 赤坂亭風月 #-[ 編集]
日本経済の医師
白髭さん、結構なコメント、有り難うございます。
40年も昔のことですが、私が『エコノミスト』誌の記者だった頃、ある先輩から教わりました。「経済記者たる者は、日本経済の脈を診て、その健康状態を診断できる医師でもなければならない」と。いまそのことを思い出しています。

赤坂亭風月さん、度々のコメントに感謝します。
「何気ない幸福」、「競争で一番になりたいわけではない」ーその通りだと思います。そういう多くの願いが聞き届けられない世の中は、やはり変えなければなりません。
2008/12/08(月) 11:30:11 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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