「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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山岡鉄舟と新リーダーの質
<折々のつぶやき>42

安原和雄
 想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに〈折々のつぶやき〉として記していきます。今回の〈つぶやき〉は42回目。題して「山岡鉄舟と新リーダーの質」です。(08年11月3日掲載、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 山岡鉄舟(1836~88年)没後120周年記念の特別展(遺墨や遺品60点を展示、拝観料500円)が臨済宗の禅寺、全生庵(ぜんしょうあん=平井正修住職、東京・台東区谷中5-4-7、TEL:03-3821-4715)で11月1日から10日まで開かれている。
 この全生庵は1883(明治16)年、鉄舟が、維新の動乱で亡くなった人々を弔うとともに、在家の人たちの座禅道場として私財を投じて建立した。
 鉄舟は、いうまでもなく幕末から明治初頭にかけて歴史に大きな足跡を遺した傑物である。剣・禅・書を極めた思想家でもあり、江戸幕府最後(15代)の将軍、徳川慶喜の命を受けて、東征軍(いわゆる官軍)総参謀西郷隆盛と駿府(静岡市)で会見し、江戸城無血開城への道をつけるのに大きな功績を果たしたことで知られる。明治維新後、初代の茨城県知事に就任、また晩年まで明治天皇の側近も勤めた。

▽剣・禅の達人、山岡鉄舟に学ぶこと ― 無刀流剣法秘伝

 私(安原)は早速、特別展を観に出掛けた。率直に言って、昨今の政治、経済など各界のリーダーの質、いいかえれば人間としての質が低下しているのではないかという思いがある。幕末から維新後にかけての傑物から今日何か学ぶものはないか、というのが私の関心事である。展示品の中から、なるほど、と私なりに感じとったことをいくつか紹介したい。

*鉄舟絶筆の歌 ― 題して「鐘」(かね)
 かねの音の 清きひびきを もろ人の 
 ききて迷いの 雲ぞはれける

〈コメント〉
歌にこめられている心は、各自それぞれの理解にまかせられるものであろう。私の無手勝流では、人間の心は本来清らかなものだ、と読むこともできるのではないか。

*鉄舟夫人 英子(ふさこ)筆
 みがきなば 玉ともなれる ものなるを 
 己れを石となすぞ くやしき

〈コメント〉
人の一生は自己研鑽なり、という思いの強い夫人だったようで、この夫人像を通して鉄舟の人柄をも想像できるような気がする。

*鉄舟筆 無刀流剣法秘伝
 剣術でありながら無刀というのは一見矛盾しているが、(鉄舟の開いた)一刀正伝無刀流は、刀を使う技を超えた世界を目指している。すなわち勝敗へのこだわりを戒め、技の優劣を競うのではなく、剣術の修行をとおして、無我の境地になることを目指している。

〈コメント〉
 短文だが、なかなか含蓄に富んでいるのではないか。
 まず「無刀流は、刀を使う技を超えた世界を目指している」に日本国憲法9条の理念(戦争放棄、非武装、交戦権の否認)の源流の一つを観る想いがする。今日の刀、すなわち軍事力を振り回して得意になっているようでは国のありようとしてお粗末すぎる。
もう一つ、「勝敗へのこだわりを戒め、無我の境地を目指す」は、昨今の弱肉強食の競争への戒めともいえる。鉄舟が今健在なら、「カネ、カネ」の現状をみて、「平成の日本人はかくも堕落したのか」と慨嘆するに違いない。

 そういえば、鉄舟について西郷隆盛が評したという名セリフが残っている。「命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ、何とも始末にこまる」と。
 この21世紀には「命もいらぬ」をそのまま是認することはできないが、その気概には感服する。要するに剣・禅の達人であり、名誉もカネも棄てて、私心なく、全生命をもって対処しようとする鉄舟の姿勢には大いに学ばなければならない。鉄舟が建立した禅寺、全生庵の「全生」とは、人間としての生命を全うする、という意である。

▽新リーダーの質 ― 「地球益」と「協力原理」重視を

 毎日新聞のコラム「発信箱」(08年11月2日付)に広岩近弘記者が書いた「新リーダーの質を問う」が載っている。その趣旨は以下のようである。

 いよいよ米国の新大統領が決まる。(中略)これまでの米国は戦争と国益を結びつけてきた。日本政府は国際貢献と国益をしきりと口にして、米国に追随してきた。軍事力を背にして、あるいはその傘に入って、国益を求める手法は、もはや通用しない、ピリオドを打つべきである。
 広島平和文化センターのスティーブン・リーバー理事長にインタビューした折、こう語った。
 「現在の世界のリーダーたちはアメリカを筆頭に戦争文化に浸っている人たちがほとんどです。それでも地球温暖化問題など、お互いの協力がないと解決できない人類の課題が迫ってきているので、リーダーの質が変わってくると信じています」
日米の新リーダーは、国益を包括した「地球益」を重視すべきで、そこに質が求められる。日米両国で平和運動に携わってきた米国籍のリーバーさんは「戦争文化から平和文化への構築」を説いた。「勝ち負けの競争原理ではなく、みんなが幸せになれるように協力原理を働かせることです」
 平和文化の第一歩は、やはり核軍縮でありたい。(中略)核軍縮の協力原理を働かせるのである。日本は、国連総会で毎年のように提出される「核兵器使用禁止決議」にいつまでも棄権してはなるまい。

〈コメント〉
 記事の趣旨には全く同感である。まず「地球益」こそ追求すべき目標である。軍事力を振りかざす国益なるものは、すでに時代錯誤というほかないだろう。権力者たちが唱える「国益」(国家の利益)なるものは、しばしば「地球益」だけではなく、「民益」(市民、民衆の利益)とも相反する。
 もう一つ、リーバーさんの説く「協力原理」は「地球益」と並んでまさに21世紀のキーワードであるに違いない。「勝ち負けの競争原理」を排するところなど、鉄舟の説く「勝敗へのこだわりを棄てよ」という無刀流極意、と見事に重なって見えるが、いかがだろうか。


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コメント
この記事へのコメント
負けるにも勇気が
日本には、「江戸城無血開城」(1868年4月)と言う「見本のような良い負け方」があったんです。そのおかげで江戸の市民の命と財産は無傷で残り、且つ、負けた徳川家も存続することができました。それから、わずか77年後の1945年8月、日本は「最悪の負け方」をしてしまいました。徳川家の山岡鉄舟や勝海舟のような人物が、日本政府(天皇の政府)には居なかったんでしょうね。今、国の舵取り役に求められているのは、まさに山岡鉄舟のような人物だとつくづく思います。日本の多くの人々にこんな大先輩が居たことを知ってほしいと思います。ブログでこのような人物を取り上げてくださったことに敬意を表します。
2008/11/04(火) 11:08:23 | URL | 並野一民 #-[ 編集]
「良い負け方」研究会を
並野一民さん、コメントに感謝します。
「良い負け方」とは、言い得て妙、です。そういえば、「負けるが勝ち」もあります。負けて相手を喜ばせる手法でもあります。

そうかと思うと、負けがはっきりしているにもかかわらず、その敗北を潔く認めようとはしないケースもしばしばです。
その典型例が15年間に及ぶあのアジア・太平洋戦争(1945年8月日本の敗戦で終結)で、「本土決戦」などという頑迷な旗を最後まで掲げて、300万人を超える日本人犠牲者を出しました。アジア諸国民には2000万人ともいわれる犠牲を強いることになりました。

いま流行の弱肉強食の競争は、勝ち負けだけが唯一の価値観になっている印象があります。「勝ってカネを」にこだわるあまり、どれだけ多くの人が刑務所入りとなっていることでしょうか。「カネの奴隷たち」が辿る哀れな末路ともいえます。
こういう世相ですから山岡鉄舟の説く「勝敗を超えよ」は清新な響きさえ持っています。
「良い負け方」研究会が必要なときかもしれません。
2008/11/04(火) 14:51:52 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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