「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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消費税の引き上げに異議あり
今こそ新自由主義路線と決別を

安原和雄
麻生太郎首相は08年10月30日、「追加経済対策」なるものを発表した。メディアは早速「選挙向けの露骨なバラマキ」と批判している。しかしこれはいささか的外れの批判といえる。麻生首相の目指すものは「3年後の消費税引き上げ」である。これこそが本命であり、バラマキはいわば当て馬ではないか。そういう策略を見抜いて、消費税上げに異議あり、を唱えたい。
 そのためには消費税引き上げを必要としない政策論議をすすめるときである。さらに今こそ国民生活に多くの災厄をもたらしてきた新自由主義と決別していくときである。新自由主義の継続と消費税の引き上げを許容するのか、それとも拒否するのか、これが衆院総選挙の最大の争点になってきた。(08年10月31日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽消費税上げと大手6紙社説の論評

 大手6紙の08年10月31日付社説(産経は主張)を読んだ。前日の同月30日、麻生首相自ら記者会見で発表した「追加経済対策」をどう論じているかを知るためである。焦点は消費税引き上げであり、各紙社説の主見出しと消費税上げに関する論評を以下に紹介する。

*朝日新聞社説=衆院解散・総選挙 危機克服にこそ決断を
 景気浮揚効果に疑問符のつく「定額給付金」は、選挙向けの露骨なバラマキといわれても仕方ない。社会保障の財源を明記せよと首相が指示した中期プログラムは、付け焼き刃にも見える。首相は記者会見で「3年後には消費税の引き上げをお願いしたい」と補った。恐れず負担増を語ったのは歓迎だが、与党内の決着は年末の税制論議に先送りされた。

*毎日新聞=追加経済対策 これは究極のばらまきだ
 麻生太郎首相は景気回復後、消費税増税の実施を明言した。そのプログラムを年内に提示することも明らかにした。この点では、従来になく踏み込んだことは間違いない。
 中長期も見据えているというのであれば、抜本的な個人消費振興策として所得税を含む税の再配分機能を高める施策を検討する必要がある。その中で、消費税率の引き上げも位置付けることができる。

*読売新聞=衆院解散先送り 一段と厳しさを増す政権運営
 「消費税引き上げの勇断」という小見出しをわざわざつけてつぎのように書いた。

 首相は記者会見で「大胆な行政改革を行った後、経済状況をみたうえで3年後に消費税の引き上げをお願いしたい」と明言した。
 「日本経済は全治3年」という状況を脱し、こうした責任ある政策を実行していくためには、やはり安定した政治の枠組みづくりが肝要だ。

*日本経済新聞社説=与野党は追加対策の早期実現への全力を
 前向きな評価ができないのは総額2兆円の給付金の支給である。財政コストと比べた消費刺激効果は小さいと言わざるをえない。給付金は全世帯を対象としており、社会政策としての説明もしにくい。
 麻生首相は「経済状況を見ながら、3年後に消費税引き上げをお願いしたい」と述べた。単なる増税だけではなく、それと合わせた年金など社会保障改革の姿が示されなければ国民の安心につながらない。ばらまき批判をかわすだけの「言い訳」で終わらせてはならない。

*東京新聞社説=追加経済対策 国民に安心を与えるか
 今回の追加対策は二兆円規模の定額給付金が目玉になった。
 どれほど消費を拡大するかは不明だ。朗報と受け止める向きもあろうが、麻生首相は三年後の消費税引き上げも明言したので、家計は一層、生活防衛意識を高め、余分な消費を控えて貯蓄に励む可能性もある。

*産経新聞主張=追加経済対策 市場安定へ全力挙げよ
 麻生太郎首相は事業規模27兆円、国の財政支出が5兆円に上る追加経済対策を発表した。同時に3年後に消費税を引き上げると言明した。
 選挙もにらんだ追加対策の内容や財源には、その効果や財政規律の面で疑問点が多い。国会は追加対策の中身を十分に吟味する必要がある。首相の消費税発言の意味は大きいが、引き上げにどう道筋をつけるのか。与野党が本格的論議を開始すべきである。

▽首相が嬉し泣きしたくなるような社説

 以上の社説から分かるように消費税引き上げに対する積極的賛成論の筆頭は朝日新聞で、「恐れず負担増を語ったのは歓迎」と書いた。毎日新聞も「従来になく踏み込んだことは間違いない」と指摘し、読売新聞は「消費税引き上げの勇断」という小見出しをわざわざつけているのだから、消費税引き上げへの支援社説といえるだろう。

 一方、東京新聞だけが、若干の疑問符を付けている。「家計は一層、生活防衛意識を高め、余分な消費を控えて貯蓄に励む可能性もある」と。これは3年後に消費税の引き上げがあるのでは、追加経済対策も消費増大には結びつかないという懸念を表明したのだろう。しかし引き上げに反対の立場とはいえない。

 率直に言って、相撲の三役揃(そろ)い踏みではないが、こういう社説の揃い踏みでは麻生首相は「有り難い」と嬉し泣きしたくなるのではないかという印象を得た。仮に私(安原)が首相であるなら、内心ほくそ笑みたくなるに違いない。

▽消費税引き上げこそが首相の最大の狙い

 批判しているようで、実は応援演説になっていると、なぜいえるのか。今回の追加経済対策の最大の眼目は消費税引き上げを明確に打ち出すことにあるからである。追加対策の目玉とされる2兆円規模の「定額給付金」には、「選挙向けの露骨なバラマキ」という批判が多い。しかしこういう批判は麻生首相にとっては痛くもかゆくもないだろう。「バラマキ」という声は承知のうえでやるわけで、的外れの批判に終わる。
 消費税を1%上げれば年約2.5兆円の増税となる。2兆円程度の1回限りの「バラマキ」は消費税引き上げでたちまち回収されるのである。当て馬に目を奪われて、本命の消費税上げに批判の目を向けようとしないのはどういうわけなのか。
 本気で「バラマキ」に反対を唱えるのであれば、支給の時、「主義、主張が違うので受け取れない」と返上してはどうか。そうすれば大きなニュースにもなるだろう。

 さて与党内などには首相発言について「勇気ある発言」という評価が広がっている。
 東京新聞(10月31日付)は社説とは別につぎのように書いた。
 麻生首相の「引き上げ発言」を受け、与謝野経済財政担当相は、会見で手放しで評価した。財務省内でも「今回の対策は思い切ったことをやる一方で、将来も考えているんだ、という姿勢の表明。よくぞ言ってくれた」(幹部)と歓声が上がった。(中略)国民的人気が高かった小泉元首相でさえ、消費税率引き上げは「タブー」の領域だった ― と。

しかし国民生活に背を向けるようなタブーへの挑戦にどういう意味があるのか。民意に反するのではないか。消費税引き上げを許容するのか、拒否するのか、ここが衆院総選挙最大の争点として浮上してきた。

▽消費税を上げない政策―今こそ新自由主義路線と決別を

 多くのメディアが指摘しているように、消費税を引き上げなければ、本当に財政はもたないのか、国民生活の質的充実は期待できないのか。結論を急げば、答えは「否」である。なぜなら国民生活に背を向ける財政・税制上の無駄、浪費、不都合が多すぎるのであり、これを改革すれば、消費税を上げる必要はない。
 選択肢は景気対策(=いわゆるバラマキ)か財政再建(=消費税引き上げ)か、という二つに一つの狭いものではない。安全保障政策も含めて財政・税制を根本的に変えること、いいかえれば今こそ新自由主義路線と決別して、持続可能な経済社会に「構造改革」していく必要がある。これは小泉政権以来、顕著になった構造改革という名の新自由主義路線とは異質のもう一つの構造改革で、その主な柱はつぎのようである。

*防衛費(年間約5兆円)の大幅な削減に着手する。軍事力によって平和を確立できる時代ではもはやない。日米安保体制そのものの是非を議論するときでもある。これこそ日本における現下最大のタブーとなっている。タブーを拒否するのであれば、まずここから着手することが求められる。
*新テロ特措法(有効期限は来年1月15日)にもとづく米軍などへのインド洋での給油活動を中止する。日米安保体制に基づく無条件の対米協力は人心から離れている。
*血税浪費の典型である巨費を要する高速道路づくりを凍結する。
*地球環境保全が優先的な課題であり、温暖化防止の一助として環境税を導入する。
*大法人、証券などの優遇税制の見直しをすすめる。

*社会保障費削減の中止、後期高齢者医療制度の廃止に踏み切る。
*食料自給率(40%、先進国で最低)を高める一環としてコメの輸入(最低輸入量)を中止する。
*再生不能なエネルギー(石油、石炭、天然ガス、原子力)を減らして、再生可能な自然エネルギー(水力、太陽光、風力、バイオマスなど)への転換に重点を置く。自然エネルギー開発に必要な大規模投資を実行する。

*小泉政権以来本格的に実施された新自由主義路線(市場原理主義にもとづく弱肉強食による格差・不公平・失業・貧困・長時間労働の拡大)は国民の生活・福祉の向上に相反するので、根本的に転換する。

 以上のような政策転換を図ることは麻生政権には期待できない。だからつぎの総選挙での国民の選択が歴史的に重大な意義を持つことになるだろう。


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コメント
この記事へのコメント
言論人としての自負は?
消費税引き上げに異議あり、は興味深く読みました。消費税を上げなくても、手はいろいろあるという主張には同感です。
それにしても疑問に思うのは、一般紙の社説はなぜ今の保守政権が設定している政治・経済の枠組みの中でしか論説を書かないのか、あるいは書けないのか、です。意図的に書かないのか、それとも不勉強のため書く能力が不足していて書けないのか、目が曇っているためなのか、です。
部外者には分かりかねますが、不思議なことです。特に日米安保には一切、批判的な論評を加えないで、事実上タブー視していることにかねてから不思議に思っていました。

ご指摘の中で「その通り」と思ったのは、本気で定額給付金というバラマキに反対するのであるなら、支給されるとき、拒否して受け取らなければいいだろうという逆提案です。
さてどういう展開になりますか。拒否する人が出てくれば、身体を張って主張していることになるし、拒否しないのであれば、権力と馴れ合いで、しかも小手先で論説を書いていることになります。言論人としての自負心があるなら、ここは責任ある姿勢を見せて欲しいですね。
2008/11/02(日) 14:46:36 | URL | ABC #-[ 編集]
反権力の視点が不足
ABCさん、むずかしい質問をいただきました。
「意図的に書かないのか、あるいは能力不足のため書けないのか」のどちらなのか、という質問には明快な答えはむずかしいということです。

話しはちょっと逸れますが、最近の大学教員たちがあまり論文を書かないことが不思議で、ある教授に「なぜ書かないのだろうか」と聞いたことがあります。その答えは「書かないのではなく、書けないのだ」と明快でした。これは明らかに問題関心、執筆能力が不足しているため、書けないという意味です。

しかし新聞社の論説委員の場合、そうではないでしょう。特に政治、経済記者は常に国家権力、経済権力に近い距離にいるため、考え方が権力と近似的あるいは同質的になっていく、あるいはもともとそういう考え方であるためではないでしょうか。
いいかえれば書くべきことを遠慮して書かないというよりも、本人たちは、書くべきことを書いているつもりなのでしょう。つまり財政再建は必要だし、そのための鍵は消費税上げだ、と。
しかしこういう姿勢は「権力の監視役」というジャーナリズムの原点からは遠いわけで、決して褒めた話しではありません。良心的、批判的な記者もいますが、残念ながら多数派ではないようです。
肝腎なことは読者がつねに批判的に新聞を読むことです。批判のないところに健全な精神は育たないと考えます。

もう一つの「給付金」について「言論人としての自負心があるなら、返上せよ」というご趣旨には、提案者は私ですからむろん賛成です。
ただ私の一番主張したいことは、消費税引き上げではなく、日米安保体制をどうするかを含む根本的な政策転換、すなわちもう一つの構造改革が不可欠だということです。それが財政再建にもつながるという立場です。そういう財政再建策でなければ、時代の新しい潮流に取り残される、と言いたいわけです。
こういう反権力の視点が今のメディアには不足しています。
2008/11/03(月) 11:52:48 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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