「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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車依存型から脱出するには
洞爺湖サミット後の世界と日本

安原和雄
 私は08年8月末日、「洞爺湖サミット後の世界と日本」というテーマで講話する機会があった。場所はアート、コンサート、会話を楽しめる小規模空間として人気を呼んでいるギャラリー&カフェ「space461」(広島県福山市芦田町、平田博康代表)で、車で30分もかかる近隣地区などから約30名が集合した。地球温暖化を防ぐ決め手の一つとして、過度に車(マイカー)に依存した車依存型からどう脱出し、改革していくかが中心テーマとなった。(08年9月3日掲載、同月5日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽「洞爺湖サミット後の世界と日本」をめぐって

 私の講話「洞爺湖サミット後の世界と日本」の概要は以下の通り。

(1)地球温暖化を防ぐことはできるか ― 人類の生存は?
*温暖化の影響
*国別のCO2(二酸化炭素)排出割合(05年、%)
米国21%、中国19%、EU(欧州連合)15%、ロシア6%、日本、インド各4%など
*京都議定書(1997年)の削減目標
*洞爺湖サミット(08年7月上旬)は何を決めたのか?
・主要8カ国(G8)は温室効果ガス排出量の長期目標(2050年)について「半減」を打ち出した。
・G8は排出量の中期目標(2020年)について「野心的な国別総量目標を実施」を掲げたが、数値目標は盛り込まなかった。

(2)何をどうしたらよいのか ― 「豊かさ」と「幸せ」ってなに?
*先進国では消費増大は豊かさ、幸せにつながらない ― 価値観の転換、知足・簡素な暮らしと生存権の保障(憲法25条)
*世界の飢餓、貧困の対策 ―国連のミレニアム開発目標(1日1ドル以下の所得、飢餓に苦しむ人々を2015年までに半減させることなど)
*枯渇性エネルギー(再生不可能=石油・石炭・天然ガス、原子力)依存からどう脱出するか ― 自然エネルギー(再生可能=水力、太陽光、風力、バイオマス)への転換
*食料自給率(日本40%、先進国で最低)をどう高めるか ― 地産地消と旬産旬消
*車社会はいつまでつづくか ― 鉄道、バスなど公共交通の復活、自転車、徒歩重視へ

▽「便利な車」にひそむ「死の恐怖」

 ここでは「車社会はいつまでつづくか ― 鉄道、バスなど公共交通の復活、自転車、徒歩重視へ」をめぐって交わされた意見、論議を紹介したい。
 鉄道、バス、車(マイカー)、自転車、徒歩など多様な移動手段の中で車が一人を一定距離運ぶのに一番エネルギー消費量が多い。だから車は地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)を大量に排出していることになる。

 まず私(安原)は、つぎのように質問した。
 「私自身、今日、知人の車に乗せてもらって約30分かけてきました。皆さんも車で駆けつけてきたようですが、なぜ車なのですか?」
 「奇妙な問いだな、なぜそういう質問をするのか」という表情と雰囲気が会場に広がった。
 参加者の一人「車でなかったらとても来れない」
 私「自転車という移動手段もあるし、また歩いてくることもできないわけではないでしょう。何時間もかかりますが、・・・」
 今度は戸惑いの表情があちこちにみられた。

 さて全国ニュースとして話題になった軽乗用車水没事故(栃木県鹿沼市で集中豪雨のため低地の市道で水深2㍍の水たまりができて、その中で動けなくなった)で女性が犠牲となった痛ましい事故について考えてみたい。
 メディアでは女性が閉じこめられた車内から携帯電話で悲鳴を上げながら助けを求めたが、情報が錯綜し、警察も消防署も出動しなかったことに焦点を絞って報道した。これも重要な視点ではあるが、私は素朴な疑問を抱いた。「なぜ自力で脱出できなかったのか」と。海に転落したのと違って、水は徐々に増えたはずであり、「なぜ車を捨てて逃げようとしなかったのか」という疑問である。

 会場の一人からつぎのような趣旨の説明があった。
 「多くの車のドア、窓は手動ではなく、電動システムによる自動開閉になっている。完全に水没しなくても、一定の深さの水たまりにはまると、電動システムが作動しなくなる。そうなるとドアも窓も開けられないし、ドアの窓ガラスを叩き割って脱出することは現実には無理である」と。
 私が驚いたのは、車の所有・利用者の多くが、完全に水没しなくても電動システムが機能不全に陥るという事実を承知していないことである。「便利な車」として車依存症にかかっている人が少なくないが、これでは電動システムの弱点のために、実は「死の恐怖」とつねに同居していることになる。

 トヨタなど自動車メーカーは、この電動システムが持つ落とし穴を消費者に説明する責任があるだろう。どれくらいの水深にはまると、電動システムが作動しなくなるのか、具体的に説明しなければならない。利用者はそれを頭に入れておいて、緊急時には「自分の命は、まず自分で守る」を基本にして迅速に車を捨てる行動も欠かせない。今後とも温暖化を背景に集中豪雨の発生は頻発する可能性もあるだけに、なおさらである。

▽車に過度に依存しない地域づくりを

 私(安原)は東京に住んでおり、電車、地下鉄、バスなど交通網が発達しているので、車を持っていないし、また持つ気もない。長距離旅行には鉄道を利用することにしており、私にとっては車は無用である。
 しかし地方の現状は車なしには生活できない構造になっていることは十分承知している。ただガソリン価格が高騰し、高止まりになっているだけではない。ピークオイル(原油生産がピークに達し、生産が減り始めること)という問題もすでに始まっているという説も有力であり、やがてガソリン不足となって、車に乗りたくても事実上乗ることができなくなるという事態も間近に迫っている。

さて打開策をどこに求めるかである。車依存型地域からの脱出を目指し、多様な移動手段をつくっていく以外に妙手はない。ここでは熊本市の具体例を紹介したい。
 NPO法人「環境ネットワークくまもと」が子どもたちへのおくりもの「持続可能な熊本への提案」という提言をまとめている。30年後に熊本をこんな地域にしたいという想いをまとめたものといわれる。

 この提言が目指すのは、CO2削減による環境保全、ゆとりさらに商店街を含むまちの活性化などである。具体的な柱はつぎの通り。
・マイカーの(商店街など)通りへの乗り入れ規制
・パークアンドライド=車でまちに来る人は車からバスや電車、自転車に乗り換える
・カーシェアリング(車の共同利用)=車を所有しなくても必要なときに好きな車種を選んで乗ることができる。年間35万円のマイカー維持費から解放される。駐車スペースを家庭菜園や花壇に作り替える
・電車に自転車を積み込める車両を連結(熊本電鉄で実現)
・商店街の周辺に沢山あった駐車場の一部を駐輪場に転換
・住宅街には小型循環バスが15分おきに通る

 以上の一つひとつは格別珍しい構想ではない。EUや米国(州レベル)ではすでに実施されているものもある。日本は残念ながら著しく遅れているのが実情で、どの地域がこれらの構想を実践していくか、その知恵比べのための努力が始まることを期待したい。


(寸評、提案大歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です)
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コメント
この記事へのコメント
軽乗用車水没事故
最近の自動車に電動システムの落とし穴があるとは知りませんでした。たしかに多くの乗用車利用者がそうではないでしょうか。
「自分の命は、まず自分で守る」ことも肝に銘じたいですね。最近の風潮として、なにかと他人依存症が目立ちます。「自分の責任ではない。あの人のせいだ」という考えがつきまとっています。いい意味での自己責任感覚が欠如した社会では真っ当な社会改革はとても期待できないでしょう。
2008/09/05(金) 16:46:44 | URL | UH. #-[ 編集]
命と自己責任
UH.さん、コメントに感謝します。私自身は、車を持っていないので、電動システムの落とし穴のことを知りませんでしたが、強調したいのは、車の所有・利用者の多くが、その危険性を承知していないという点です。いいかえれば車を自由自在に操るというよりは、車に乗せられ、逆に操られているということになります。これではいざというときに自分の命を守ることは難しいでしょう。

「自己責任感覚が欠如した社会」という捉え方にも同感です。弱肉強食の競争の果てに敗者になった人に向かって「お前の自己責任だ」というのは間違っています。そこにはぬくもりがあって然るべきでしょう。

ただあらゆる分野に自己責任論は無用だということになると、一人ひとりの責任を伴う生き方が軽視されることになります。自己を見据えて、どういう人生を自分なりにつくっていくかを考えることは大切なことです。自己責任感のないところに連帯、協調もないでしょう。ただもたれ合い、談合、癒着があるだけです。

事がうまく運ばなければ、「すべて人のせいだ」といって逃げるのでは他人に迷惑をかけるだけでなく、自分自身はいったい何者なのか、ということにもなります。それでは悲しすぎます。
自己責任論については否定的にとらえる向きが多いように思いますが、もっと多面的な論議が必要ではないかと思います。
2008/09/07(日) 12:15:56 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/09/14(日) 07:16:27 | | #[ 編集]
コメント
いくら学歴が有っても人の気持ちを理解できないような人は価値がない
2009/06/15(月) 17:29:43 | URL | コメント #-[ 編集]
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