「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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北京五輪メダリストたちの一言集
日本選手にみる「感謝」と「お陰」

安原和雄
 北京五輪は数々の快挙と感動と興奮を残して08年8月24日夜の閉会式とともに、2週間余りに及ぶ激闘の幕を閉じた。私(安原)が関心を抱いたのは、選手達がメダルを手にしたとき、何を思い、どう語ったかである。勝利をつかみ、その喜びを噛みしめるひと言、一言からみえてくるものは、お国柄の違いを映し出している。特に日本選手に多い「感謝」、「お陰」に注目したい。「何が何でも勝つこと」という考えもあるだろうが、私は「美しく勝って欲しい」と思う。(08年8月25日掲載)

 以下は、私が新聞で読み、あるいはテレビを観て集めたメダリスト達の一言ひと言で、その出所は一々明記していないことを断っておきたい。

▽多くの人に支えられてきたお陰です

*「すみません、何もいえない・・・」
男子100㍍平泳ぎで世界初の58秒台の新記録を出し、「金」を手にした北島康介選手(日本)。4年前のアテネ五輪で金を獲得したときは「ちょー(超) 気持ちいい」と言ってのけた北島選手も、連覇を成し遂げ、プールから上がった直後はあふれる涙をただ拭うばかりであった。しばらくして「最高です」、「記録も優勝もできたんでうれしい、満足です」と。

*「感謝しています。私一人の力ではなく、多くの人に支えられてきたお陰です。この喜びを、支えて下さったみなさんと分かち合えてうれしい」
男子200㍍平泳ぎでもアテネ五輪につづいて連覇した北島康介選手。

*「己(おのれ)に克(か)つ、そして他者に克つ」
男子200㍍バタフライの日本新記録で「銅」を獲得した松田丈志選手の座右銘。さらに「勝っておごらず、負けて腐らず」も。

*「本当にうれしい。沢山の方に感謝したい。記録更新に挑戦することが大切だと学びました」
女子200㍍背泳ぎでアテネ五輪につづいて「銅」を獲得した中村礼子選手。日本新を記録した。

▽日本の柔道をみせたかった

*「ママとして五輪に出場できるなんて思ってもみなかった。5大会連続のメダル獲得を誇りに思う」
女子柔道48㌔級で五輪3連覇を狙った谷亮子選手(32歳)は「銅」にとどまったが、3位決定戦での鮮やかな一本勝ちは大きな歓声と拍手に包まれた。05年12月長男を出産後、家族や見ず知らずの多くのママさんたちからの励ましに支えられてきた。試合後の最後の言葉は感謝だった。「日本で応援してくれたみなさん、会場に駆けつけてくれたファンのみなさん、有り難う」と。

*「私の仕事ですから精一杯やりました」
男子柔道66㌔級で「金」の内柴正人選手は2連覇。柔道の五輪連覇は史上8人目で、日本選手では斉藤仁、野村忠宏、谷亮子につづく4人目の快挙。

*「日本の柔道をみせたかった」
女子柔道63㌔級で、連覇を果たした谷本歩実選手は2大会ですべて一本勝ちの快挙を成し遂げた。柔道の五輪連覇は日本選手では5人目。
つぎのようにも語った。「一本を取る柔道を貫いてよかった。一本を取る柔道がなくなってきていることに納得できない。誰かが守らないと。自分ができるのなら、背負っていきたい」と。アテネ五輪以来、世界の柔道は(一本ではなく)ポイントを取る柔道に向かっていることに疑問を抱いての発言である。

*「この日のために今までの苦労があった。いろんな人たちの支えがあって、ここまで来られた。私を支えてくれた人たちへの金メダルだと思う」
女子柔道70㌔級の上野雅恵選手が五輪2連覇を達成した。柔道の五輪連覇は日本選手では6人目。世界全体では10人目となった。

*「優勝はみんなのお陰。決勝が自分の柔道。冒険せずに勝ちにいった。全日本選手権の優勝者が負けることは、日本の柔道が負けることだと耳にたこができるぐらい聞かされていた。今は遊びたい。いや練習したい」
男子柔道100㌔超級で、五輪初出場の石井慧(さとし)選手(国士舘大)が「金」を獲得した。準決勝まで4試合連続の一本勝ちで勝ち進んだ。

*「母に一番迷惑をかけた。恩返しをしたい。父には首にかけてあげたい」
女子レスリング72㌔級で2大会連続の「銅」を獲得した浜口京子選手。

▽きつくても我慢すること、ガマン、ガマン

*「金メダルを狙っていたので、男として悔しい」
フェンシングの男子フルーレ(フェンシング3種の1つ)個人で「銀」を獲得した太田雄貴選手。日本として初のメダル。「欧州発祥の伝統スポーツで、僕みたいな日本人が勝ったら痛快じゃないですか」とも語った。

*「世界で2番は自信になります。これからは自分が(日本の体操を)引っ張る存在になれればと思っています」
体操男子個人総合決勝で内村航平選手(19歳)が「銀」を獲得した。あん馬から2度も落下し、24人中23位に急降下したが、鉄棒で離れ技を演じて21人抜き、急上昇した。
10歳代でのメダルは「体操ニッポン」史上初めてのこと。

*「勝った。・・・本当に楽しかった。」
女子ソフトボール決勝戦で米国チームに勝った日本チームの上野由岐子投手。最後の2日間で3試合行い、計413球を投げ抜いた。
こうも語った。「最後まで投げさせてもらって満足。まだまだ投げられる感覚があった」と。

*「最高の舞台で最高に気持ちよかった。夢のような空間を走った。これまで一緒に走ったすべてのメンバーに感謝したい」
男子陸上400㍍リレー決勝で日本(塚原直貴、末続慎吾、高平慎士、朝原宣治)が「銅」に輝き、最終走者の朝原選手が語った言葉。トラック種目でのメダルは男子では初めて。1928年アムステルダム五輪女子800㍍2位の人見絹枝選手以来2度目で、80年ぶりのメダルとなった。

*「とてもいい気持ちです。きつくても我慢すること。ガマン、ガマン」
五輪最終日の男子マラソンで優勝し、「金」を勝ち取ったサムエル・ワンジル選手(ケニア)。駅伝の強豪として知られる仙台育英高(仙台市)に留学するなど日本で育っただけに日本語も上手く、恩師の教え、「ガマン」を繰り返していた。さらに「日本がボクを育ててくれた」とも。

▽世界を驚かせて最高だ

*「両親がいなければ、私は五輪の舞台に立つことはできなかった」
体操女子個人総合で「金」を手にしたナスティア・リューキン選手(18歳、米国)はロシア生まれで、2歳の時米国に渡った。父は88年ソウル五輪体操男子の2冠で、母は新体操世界選手権女王。
「ロシア生まれで米国のために戦っていることをどう思うか」と聞かれて、ほほ笑みながら「ロシア人もアメリカ人も、私のことを誇りに思ってくれたら、うれしいわ」と。

*「世界を驚かせて最高だ」
陸上男子100㍍で「金」のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)は9秒69の世界新記録を樹立したときの言葉。同選手は200㍍も世界新記録で優勝。さらに第3走者として走った400㍍リレーでも、ジャマイカは世界新で優勝し、ボルト選手は合わせて3冠を勝ち取った。
「うまくやろうとすると、プレッシャーがかかる。重圧を感じると焦って、ばかげたことになる。だから自分にはプレッシャーをかけないことだ」がボルトの走者哲学という。

*「金メダルはすばらしいけれど、自分の記録を更新できたことが一番うれしい」
水泳男子400㍍の自由形で「金」をつかんだ韓国の朴泰桓(パク・テファン、18歳)は少年の頃、ぜん息を克服するために水泳を始めた。

*「食べて、寝て、泳ぐ」
北京五輪で五輪史上最多の1大会8冠(4つの水泳個人種目と3つのリレーで計7個の世界新)を達成し、アテネ五輪の6個と合わせて計14個の「金」を手にしたマイケル・フェルプス選手(米国)のモットー。
1大会記録としては1972年ミュンヘン五輪でのマーク・スピッツ選手(米国)の7冠を超えた。身長193㌢、足のサイズ35㌢と並はずれている。アテネ五輪直後に未成年(19歳)で飲酒運転し、現行犯逮捕の履歴もある。モットーはシンプルそのものだが、多様な意味合いで競泳界の「怪物」として知られる。

*「空だけが唯一の限界」
女子棒高跳びで「金」のエレーナ・イシンバエワ選手(ロシア)が自身の世界記録を1㌢超える5㍍05の世界新記録を達成した。

*「このメダルが平和へのメッセージになってくれればいい」
テコンドー(空手に似た格闘技)男子58㌔級で「銅」のロフラ・ニクバイ選手(アフガニスタン)は戦乱の地、アフガニスタンの選手として史上初のメダルを獲得した。

〈安原の感想〉― 美しく勝って欲しい

 ひと言集が日本選手中心になるのは当然としても、五輪開催国、中国の選手の声が日本メディアに載らないのはいかがなものか。総メダル獲得数では中国は100個(金51、銀21、銅28)で、米国の110個(金36、銀38、銅36)を下回り、2位だが、金では51個で、米国を上回り、トップである。
日本はメダル獲得総数25個(金9、銀6、銅10)で、世界8位である。

 さてひと言それぞれに選手達のお国柄が表現されているように感じた。
 例えば「世界を驚かせて最高だ」。これは陸上男子100㍍で「金」を勝ち取ったボルト選手(ジャマイカ)のセリフである。「自分自身の努力と実力でメダルをつかみ取った」という思いがあふれている。米国をはじめ外国選手にはこういうタイプが多い。

 これと対照的なのが日本選手達である。
 男子200㍍平泳ぎでも連覇した北島康介選手は、「感謝しています。多くの人に支えられてきたお陰です」と語った。日本選手はほとんどこの「感謝」「お陰」というセリフを口にした。これは仏教的な考え方で、日本社会から次第に廃(すた)れてきている傾向にもあるので、代表選手達が唱える価値に注目したい。

もう一つ、「その通り」と思わずうなずいたのが「日本の柔道をみせたかった」と言った女子柔道63㌔級で、連覇を果たした谷本歩実選手である。谷本選手はすべて一本勝ちの快挙を成し遂げ、つぎのように語った。
 「一本を取る柔道を貫いてよかった。一本を取る柔道がなくなってきていることに納得できない」と。同じ勝つにしても、日本人らしく美しく勝ちたいという心意気とはいえないか。

 「感謝」、「お陰」にしても、「一本勝ちの日本柔道」にしても、そこに共通しているのは「日本的なるもの」への愛着であり、それを大事にしたいという心である。
 「何が何でも勝ってみせる」という執着心がいまひとつだから、日本はメダル獲得数が少ないのだ、という意見もあるだろう。敗北した日本野球チームの星野仙一監督は「敗軍の将、兵を語らず」と語ったが、負けるよりは勝った方がいいに決まっている。しかしやはり美しく勝ちたい。それにこだわる結果、仮にメダル数が少ないとしても、それはそれでいいではないか。


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コメント
この記事へのコメント
拝啓 安原さま

負けるより勝つ。

美しく勝つ。

結果は最後。

難しいけど

やりがいのある

目標ですね。

敬具
2008/08/25(月) 11:45:53 | URL | ボンドおじさん #-[ 編集]
一本勝ちの日本柔道
ボンドおじさん殿、早速の簡潔にして見事なコメントに感謝します。
スポーツの世界に限らず、政治経済の世界も「美しく勝つ」ことにこだわりたいですね。

毎日新聞(8月20日付)の投書欄「みんなの広場」に載った「一本にこだわる谷本選手に共感」と題する読者(無職 久野茂樹さん 59歳 鹿児島県霧島市)の声を紹介します。その要旨は以下の通りです。

女子柔道63㌔級金メダルの谷本選手の心根に共感した。「自分の柔道を貫き通しました。私の柔道が、後に続く子どもたちの励みになれば幸いです」。試合後にこんな意味のことを言っていた。「私の柔道」とは「一本勝ちにこだわる柔道」だ。ポイント稼ぎが主流のの中で見事だった。
勝ちにこだわるあまり、近年の国際大会ではルールにがんじがらめになっている選手たちが多い。選手自身に正々堂々さや潔さが欠落しているのではないか。そうした傾向は、ともすると審判の判定やルール自体への批判という不快な後味となってしまう。
勝っても負けても一本勝負。勝っておごらず、負けて相手をたたえる。彼女の貫く柔道に、日本柔道の明るい未来がある。(以上)

「美しく勝つ」ことによって「明るい未来」をつくっていきたいものです。
2008/08/25(月) 16:08:21 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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