「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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気づきと癒しの言葉
〈折々のつぶやき〉39

安原和雄
 想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに〈折々のつぶやき〉として記していきます。今回の〈つぶやき〉は39回目。題して「気づきと癒しの言葉」です。(08年8月21日掲載)

 知人の清水秀男さんから8月前半、いくつもの「気づきと癒しの言葉」がメールで届いた。この言葉の発信者は、環境と平和のNPO法人、「ネットワーク地球村」代表の高木善之さん。高木さんは、瀕死の交通事故に会い、奇跡的に回復したのを契機に、人生に気づくところがあった。
「本当の幸せとは自分だけでなく、みんなが幸せになること」
「生きる意味とは〈みんなの幸せ〉のために、環境と平和の実現のために生きること」―など。

 清水さんからは「心の杖言葉の一つになれば幸いです」というメッセージが届いている。
折角の素敵な言葉を私(安原)が独り占めするのは「もったいない」ことなので、ここで紹介したい。

▽幸せを感じられる心を手にいれよう

*自分が幸せだって知らないから、不幸なんじゃない?
 目の見える人は、見えるという幸せを知らずにいるんだよ。

*一生懸命やったとき、誰もほめてくれなくても、自分で自分をほめてあげよう。
 「よくやったね!おめでとう!」って。

*まず、自分を好きになること。そこから元気になるよ。そこから始まるよ。

*いつから、始める?明日から? 明日は来ないかもしれないし、気が変わるかもしれな いよ。今日から始めたら、すてきな明日を迎えられるよ。

*幸せを手に入れるんじゃないよ。 幸せを感じられる心を手に入れようね。

*愛すること、愛されること、どっちが大事だろう。まずは、自分を愛することじゃない かな。

▽みんなの幸せのためには、どうすればいいか

*迷ったとき、考えてみて。みんなの幸せのためには、どうすればいいか。
 自分がそうすれば、どうなるか。みんながそうすれば、どうなるか。

*幸せって、むずかしいものじゃないよ。 気づくか気づかないかだけ。気づけば、一瞬で幸せになれるよ。

*仲の良い友達や家族にも、気に入らない面があるよね。そんなことに目くじら立てちゃ いけないよ。
 友達や家族は、いてくれるだけで素晴らしい!

*自分のことを理解してもらう前に、相手の事を分かってあげよう。そのほうが、お互い うまくいくみたい。

*苦しんだり、悩んだりしてるの? 前向きに向上しようとする人なら、当たり前のこと。 そういう自分も受け止めよう。

〈安原の感想〉光ってくる一つひとつの言葉

 一つひとつの言葉は一見平凡にも思えるが、味わうほどに光ってくる。
 例えば「幸せを手に入れるんじゃないよ。 幸せを感じられる心を手に入れよう」をどう受け止めるか。「幸せを手に入れる」、つまり幸せは他から与えられるもの、他からつかみ取るもの、という発想に縛られていると、とかく物、形あるもの、金銭価値のあるものしか目に見えてこない。心に映ってこない。
 発想を少し変えて「幸せを感じられる心」に軸足を移してみる。例えば「友達や家族は、いてくれるだけで素晴らしい」ことが理解できるのではないか。友達や家族の絆(きずな)という、物でもなく、形もないが、素晴らしい価値(市場では入手できない非金銭価値)があることを感得できるのではないだろうか。

かつて「くれない族」という言葉が流行した。「愛してくれない」、「やさしくしてくれない」、「面倒みてくれない」― など主として女性の他者依存症の哀しさを表現したものだ。しかしこれを女性に限定しては失礼だろう。男性だって無自覚のまま、この依存症にかかっている者が少なくないのではないか。「私が不幸なのは、あなたのせい」という依存症から脱出するにはどうしたらよいか。
 「くれない族」から「あげる族」へと心の位置をほんの少し動かせてみる。上記の「気づきと癒しの言葉」の中から拾えば、「誰もほめてくれなくても、自分で自分をほめてあげよう」、「相手の事を分かってあげよう」である。こうして「あいつが悪い」という依存症につきものの不平、不満が消えていく。こころ晴れ晴れへの道である。

 物や形はそれはそれで重要であり、だから無視していいというのではない。さらに金銭価値も市場経済のもとでは必要である。
 肝腎なことはそれらに執着するな、であるにちがいない。執着すれば、幸せを感じる「心」がどこかへ消えてしまう。「くれない族」から卒業できない。不平、不満が溜まり、幸せも逃げていく。癒しとも無縁となる。そこに気づこう、という気づきの勧めと読みたい。


(寸評、提案大歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です)
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コメント
この記事へのコメント
「あげる族」のすすめ
そういえば、「くれない族」が一時流行語になりました。あれはいつ頃だったでしょうか。当時、甘ったれるな、という気分にもなりました。しかし昔話ではなく、ご指摘のように男女ともにいまなお「くれない族」は氾濫しているのではないか。
むしろ男性の方に多いかも知れません。

例えば政治、経済界です。アメリカ合衆国の一つの州になった方がいいという意見を大まじめに唱えたこともありました。それに日米安保のお陰で日本は平和を享受できるのだという声もいまだに少なくありません。かつてあの大戦中は「鬼畜米英」と言っていたのも知らぬ顔で、今では「神様、仏様、アメリカ様」というわけですかねー。他者依存症も相当の重症であり、独立自尊の精神をすっかり投げ捨てて、奴隷根性も極まれり、というほかありません。
利他主義の実践者ともいうべき「あげる族」の隆盛をひたすら願いたいところですが、このニッポン国で「あげる族」が多数を占める日が果たしてくるのでしょうか。米国による戦乱、世界規模での地球環境問題、国内外の貧困・格差問題などは「してあげる」という心遣いなくしては打開不可能のように思います。
2008/08/23(土) 15:20:36 | URL | へそ曲がり #-[ 編集]
「あげる族」への期待
へそ曲がりさん、コメントに感謝します。「独立自尊」という言葉はしばらく聞かなかったような気がします。ここまで依存症がはびこると、忘れていた感じの「独立自尊」が輝いてみえます。気概としての「独立自尊」ということでしょうか。
そういう気骨のある「あげる族」=利他主義的生き方をどう広めていくことができるか、どこまで期待できるか、これはなかなか大きなテーマです。
2008/08/24(日) 13:32:00 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
自利利他円満
●本当の幸せとは自分だけでなく、みんなが幸せになること

この言葉の発する意味をホンネのところでどこまで気づくことができるかが鍵だと思います。
ホンネのところでは自分の利益・楽しみは他人の利益・楽しみと分離しており、自利優先の姿勢に流されるのが普通の人間だと思います。
しかし、自分が今生きていられるのは天地の恵みと縁ある人の情けのおかげということ(縁起の理法)に気づくことによって、エゴイズムの殻が破れ、自利利他円満という心の状況が生まれて、〈みんなの幸せ〉のために、環境と平和の実現のために生きようという気持ちが生まれてくるのではないかと思います。(元エゴイストの独り言です)。
2008/08/24(日) 14:04:22 | URL | isoroku0723 #-[ 編集]
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