「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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憲法9条を世界に輸出しよう
「9条大事に」がアジアの願い

安原和雄
 日本国内はもちろん、世界中からもノーベル平和賞受賞者を含む心ある多くの人びとが馳せ参じた9条世界会議以降、「平和憲法9条を世界に輸出しよう」が新しい一つの合い言葉になってきた。そこには「軍隊なき世界」の実現も決して夢物語ではないという思いが込められている。だが憲法9条で軍備を棄てたはずの日本が強大な軍備を持っている。だから「9条は看板に過ぎない」という批判がある。その一方で、だからこそ「9条を大事に守ってほしい」が多くのアジアの人びとの願いともなっている。ともかく「武力で平和は実現しない」という認識がアメリカ主導のイラク攻撃の大失敗を背景に世界中に急速に広がりつつある。(08年7月17日掲載、同月19日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽「軍隊なき世界」の実現は可能だ

 「軍隊なき世界」の実現が可能であることを説く力作、吉岡達也著『9条を輸出せよ!』(08年4月、大月書店刊)を紹介したい。
 著者の吉岡さんは国際交流NGO「ピースボート」の共同代表。世界80カ国以上を訪問、07年国連総会にNGO代表の一人として公式出席。08年5月、千葉・幕張メッセで開かれた「9条世界会議」の共同代表を務めた。著作のあらすじは以下の通り。

 「いまこそ平和憲法9条(戦争放棄、軍備及び交戦権の否認)を輸出せよ。これこそが現実的な主張だ」という視点で本書は貫かれている。現実的といえるのはつぎの事実認識に基づいているからである。
 「イラク戦争の泥沼化によって、世界最強の軍隊でさえ、中規模程度の都市たったひとつの治安維持もできないということが明らかとなった。いま、私たちはこの事実認識に立ってこれからの安全保障を考えている」
 EU(欧州連合)本部の安全保障問題担当官のこの発言を、著者が06年秋、聞いたとき「ついに9条の時代が来たか」という感慨を覚えた。

 「世界最強の軍隊」、つまり米軍が「中規模程度の都市」、すなわちバグダッドの治安維持ができないという「事実認識」とは、「武力で平和は実現しない」ことを意味している。平和活動家でも、日本の護憲派でもなく、最前線の安全保障問題に日夜向き合っているヨーロッパのエリート官僚でさえ、「武力で平和は実現しない」という認識に変化した。この現実をふまえて著者は、「九条は非現実的」という議論こそがかなり「時代遅れ」であり、だから「いまこそ9条を輸出せよ!」と実感したのだ。

◆9条輸出のセールスポイント
 さて本書は国際社会へ9条を輸出するための9つのセールスポイントを挙げている。その柱はつぎの通りである。

①9条は日本の軍事大国化を抑止する。
②東アジアにおける紛争予防メカニズムである。
③紛争地域での非武装地帯建設など新しい平和構築メカニズムたりうる。
④武力によらない「人間の安全保障」を推進する。
⑤各国政府の軍事費を削減し、国連ミレニアム開発目標(貧困、飢餓の根絶など)達成に予算を振り向けるよう促す。
⑥アメリカ型の軍産複合体国家ではなく、非アメリカ型の非軍事産業によって経済発展する国家を創り出す。
⑦災害救援、人道支援といった国際社会が必要としている非軍事的国際貢献を推進する。
⑧日本の非核三原則や武器輸出三原則といった先進的平和政策を世界に広める。
⑨9条は平和で持続可能な地球社会実現に向けての「象徴」として機能する。

 9条を世界に輸出するためには、各国が自国の憲法に9条条項を採択しなければならない。最終的には国連憲章に9条条項を盛り込む必要がある。著者はクラスター爆弾禁止条約を実現させた軍縮交渉「オスロ・プロセス」から学び、世界規模での9条条項の採択を果たす「東京プロセス」として提案している。
 この「東京プロセス」が将来、成功すれば、本格的な非武装時代の幕開けとなる。そのための最低必要条件は何か。

◆日本とコスタリカの協力がカギに
 まず戦争で死ぬ側の市民が戦争の決定権を取り戻すことである。なぜなら「NGOのような権力を持たない市民の集まりが何もできない社会は、戦前の日本がそうだったように、戦争に対する抑止力が弱い。戦争で儲かる人に戦争の決定権があれば、確実に戦争は起こる」からである。「戦争で儲かる人をつくってはいけない」と著者は力説している。正論というべきである。

 つぎに軍事同盟である日米安保条約をどう改変するかという大きな課題がある。本書は9条を軸に据えた「日米〈人間の〉安全保障条約」に変えようと提案している。アメリカ人の多くは9条を知らない。しかしかつて「パールハーバー」と「カミカゼ」で辛酸をなめさせられた点では、日本の侵略で犠牲になった東アジアの人々と同一線上にある。
 だから9条をなくして日本が軍事大国化することを、アメリカ人もアジアの市民と同じように決して歓迎しないはずだというのが著者の期待である。「日米関係は大事である」、だからこそ9条改憲ではなく、9条を生かそう、という視点が本書の特色となっている。

 もう一つ、著者は日本(の市民)と中米の小国・コスタリカ(の政府と市民)との協力関係を強化するよう呼びかけている。コスタリカは1949年憲法改正で軍隊を廃止し、今日に至っている。「9条世界会議」が採択した「9条世界宣言」はつぎのようにうたっている。
 「日本国憲法(1947年施行)9条・・・につづいてコスタリカは軍隊を持たなくても国家は平和的に存在できるという例を示した」と。両国は軍隊廃止という憲法上の規定では世界の最先端を走っている。その2国の人々の緊密な協力こそが「9条輸出」にとって重要なカギになるだろう。

(以上は、〈「コスタリカに学ぶ会」つうしん・08年7月20日号〉に掲載の安原和雄の新刊紹介全文である。なお「コスタリカに学ぶ会」(略称)の正式名称は「軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和をつくる会」)

▽海外から見た憲法9条 ― 外国ジャーナリストの視点

 上述の『9条を輸出せよ!』の著者、吉岡達也さんが共同代表を務めた9条世界会議(08年5月)では9条をめぐる多様なシンポジウム、討論会が行われた。その一つにシンポジウム:「海外から見た憲法9条 ― 外国ジャーナリストが語る」があった。シンポジストは符祝慧(フー・チューウェイ)さん(シンガポール「聯合早報」東京特派員)、ゲプハルト・ヒールシャーさん(ドイツ「南ドイツ新聞」元極東特派員)、ジャン・ユンカーマンさん(アメリカ「映画・日本国憲法」監督)の3人で、コーディネーターは、杉田明宏さん(大東文化大学講師・心理学)。
 このシンポジウムの詳細な内容をまとめた著作『海外から見た憲法9条』(08年7月、日本機関紙協会刊)を紹介する。ただ全文は膨大な量なので「アジアのジャーナリストの目」に限定し、以下ではシンガポール出身の符さんの発言(要旨)のみとする。

◆「9条を大事に守って」がアジアの願い
 朝日新聞(08年5月3日付)の調査では66%の人たちが「9条を変えさせたくない」とか、「変えるのに反対している」とか報道された。これは朗報である。私は20年間、日本に住んでいるが、憲法9条に関心を持ち始めたのは、1991年のこと、私が日本留学を終えてシンガポールに戻り、テレビ局のディレクターをしていた頃だった。その時、湾岸戦争に日本はどんな協力をするのかという議論があった。最終的には海上自衛隊の掃海艇を湾岸地域に派遣するということを知った。
 日本の自衛隊が中東に行く途中、シンガポールに立ち寄って、隊員が街で買い物をした際、その映像を撮って、ニュース番組で放映した。その後で聞こえてきた反応は、とくにお年寄りの反応は大変なものだった。たとえば私の祖母は、「日本軍がまた来た!」と言った。

 シンガポールでは「日本軍」は恐いものと受け止められている。かつての戦争で中国やシンガポールなど、アジアの国々を「日本軍」が侵略し、駐留して沢山の人々を殺した。あのような戦争を体験した人々にとって、「日本軍」というのは、非常に辛い思いがある言葉なのである。戦後ずっと長い間「日本軍」という言葉が消えていたのは、アジア諸国にとってはとても安心できることだった。
 私が言いたいのは、日本の憲法9条は戦争を放棄した世界で唯一の憲法である。それを大事に守っていただきたい。それがアジアの願いだということ。

◆9条に誇りを持つ日本を見たい
 8月15日は、日本では終戦記念日だが、日本に侵略されていたアジアの人たちにとっては「解放の日」である。中国に対する15年にわたる侵略戦争、その他のアジア諸国に対する戦争は、今でも一部の人たちが言っているような解放戦争では決してない。
 「憲法9条を変えてもいい」という人たちの多くは、日本による侵略戦争を知らないか、または深く考えていないと思う。

 9条が今の日本ではただの看板になってしまっていることがすごく残念である。とくに小泉元首相が任期中にやってきた様々なこと、アメリカでの「9.11」以降のことについて、9条があるにもかかわらず、日本は全然平和のために役に立っていないんじゃないかと、私自身、憲法9条を持つ日本に失望を感じた。 日本の憲法に対するアジア諸国からの関心は9条だけです。9条だけがアジアにかかわっているのだから。

 私は9条をどうやって日本のものにするのかがすごく大事だと思う。日本とアジア諸国の間に信頼関係を築こうとするのであれば、歴史問題、反省の問題、9条問題の3つを日本が自分のものにしなければならない。
 9条を世界に向かって誇りを持って宣言するという日本を見たい。憲法を改正して自衛隊を派遣するという日本ではなく、9条を持つ平和な国で、自ら戦争をしないといえる日本の誇りを見たい。

〈安原のコメント〉― 9条の理想と誇りを再認識すること
 シンガポール出身のジャーナリスト、符さんの発言、「9条が今の日本ではただの看板になってしまっていることがすごく残念」には日本人の一人として私(安原)もそう思う。9条の理念、非武装に反して強大な軍事力をすでに保有しているのだから、「ただの看板」と言われれば、返す言葉もない。
 問題は理念としての9条の「非武装」をいかにして現実に取り戻すかである。彼女も「9条を世界に向かって誇りを持って宣言する日本を見たい」と期待している。それに応えなければならないと考える。

 そのためには彼女も指摘しているように日本が「3つの問題」を無視しないで、自分のものにしなければならない。まず日本が侵略し、植民地にしたという歴史を認識する問題である。つぎはそれに対する心からの反省の表明である。そして9条を大切にしていく心構えとその実践である。
 いうまでもなくこの3つは相互に関連し合っている。過去の侵略への事実認識と厳しい反省がなければ、9条を大事に育てていこうという正しい姿勢は期待できないからである。

 歴史に無知であってはならないし、反省を拒否する傲慢さも棄てなければならない。その先に理想としての9条が輝いてくる。そこに誇り高き日本人が登場してくる。理想と誇りを抱けないまま、右往左往するのは、やはり悲しすぎる。その現状から脱出するためには、9条に込められている理想と誇りを「世界の非武装化」に向けて再認識することから出直す以外に秘策は見出せない。


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コメント
この記事へのコメント
日本人の誇り
符さんの次の発言はその通りだと思います。
 「9条を世界に向かって誇りを持って宣言するという日本を見たい。憲法を改正して自衛隊を派遣するという日本ではなく、9条を持つ平和な国で、自ら戦争をしないといえる日本の誇りを見たい」という発言です。
ただ残念ながら日本人は誇りを失っています。符さんの発言もそういう思いから出ているように思います。いつからこういう無様な姿になったのでしょうか。それに恥の精神も投げ捨ててしまったといえます。誇りをいかにして取り戻すか、これがこれからの大きな課題というべきです。
2008/07/20(日) 10:17:25 | URL | UH. #-[ 編集]
日本人は誇りを取り戻せるか
UH.さん、コメントを頂戴しました。日本人が誇りを失うという無様な姿になったのはいつからなのか、というのは重要な問題提起です。

これは私の持論でもありますが、その背景に日米安保体制があると考えています。平和憲法体制と日米安保体制との間に根本的な矛盾があります。つまり戦争放棄、非武装、交戦権の否認をうたった憲法9条を真っ向から否定しているのが安保体制です。
具体的にいうと、日米安保条約第3条で日本の「自衛力の維持発展」を明記しています。歴代保守政権はこの条項を優先させて9条を空洞化させ、事実上死文化させてきました。

このように国のあり方の大本が狂っており、偽装されているわけです。こういう国の根本のあり方に果たして日本人としての誇りを持てるでしょうか。恥の精神が希薄になるのも当然でしょう。

ではいかにして誇りを取り戻すか。日米安保体制を解体する以外の策はありえません。もちろん容易なことではありません。歴史的大事業というべきでしょうが、これ以外に日本新生の道はないと考えます。
それにこういう論議自体が少なすぎることも考えてみれば、大きな問題です。市場原理主義の横行とともに金銭万能主義がはびこり、「誇り」とか「恥」などの非貨幣価値(=非市場価値)には目もくれないという風潮が広がっているせいでもあるでしょう。
しかし短期悲観、長期楽観主義でゆけば、やがて展望が開けてくるだろうと考えます。
2008/07/20(日) 22:06:29 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
符祝慧(フー・チューウェイ)さん(シンガポール「聯合早報」東京特派員)の言葉は、私も「9条世界会議」の分科会「海外から見た憲法9条 ― 外国人ジャーナリストが語る」の会場で聞き、とても心に残っていました。

ここに書かれているように、湾岸戦争直後、日本の海上自衛隊がペルシャ湾へ向かう途中シンガポールに立ち寄ったとき、彼女のおばあさんは「日本軍がまた来た!」と言ったということ。また、仕事で日本に行くことが決まった彼女に強く反対したそうで、どうしても行くなら仕方ないが「日本人とだけは結婚するな」と言ったということ。

グサッときましたし、やはりそうかという気もしました。

戦後50年の時、私が住んでいた埼玉県新座市では市民有志による教科書展が開かれました。そこで初めてアジア各国の教科書に日本軍のことがどのように書かれ教えられているのかを知りました。
日本軍がその国の人々を刀で串刺しにしている様子の挿絵があったり、その日本語訳を読むと憎悪感むき出しで書かれているような教科書もたくさんあり、かなりショックを受けました。そんな中、シンガポールの教科書は比較的冷静に書かれていたように記憶します。
が、それでも手元にある資料をみると、シンガポールの中学校初級「現代シンガポール史」(1985年版)には、第12章で日本軍がコタバルに上陸してからシンガポールが陥落するまでの経緯が10ページ以上にわたって詳細に書かれているし、次の第13章「日本占領下のシンガポール」では、<イギリス軍が降伏してからすぐ、シンガポールは恐怖の都市と化した・・・婦人や少女たちは日本の兵士を恐れて暮らした>など略奪、暴力、監禁のことが書かれ、特に中国人の処刑については、<彼らのほとんどがチャンギ海岸や他の東海岸地域に連行され、そこでグループごとに一緒に縛られた。それから彼らは撃たれ、死ななかった者は銃剣で死にいたるまで刺された>と書かれています。また、「ケンペイタイの恐怖」という項目もあって、人々の記憶に焼きつけられた残虐な日本人像が思い知らされます。

しかし、このような機会に巡り合わなければ、私たち日本人はアジア人の記憶を知ることも想像することもなく、したがって、彼らと心を通わすのが難しいのは当然でしょう。過去の日本軍の非道さを暴き立てるのは、中国や朝鮮半島の一部の人々だけで、多くのアジア人は経済大国日本を尊敬しているというような雰囲気の報道の中で私は育ってきたように思います。
だから、はじめ、この教科書に出会ったときは、一瞬目を疑ったほどでした。その後も日本の政府やマスメディアにとって、過去の日本に対する東南アジアの人々の感情や思惑などは眼中になかったようで・・・ほとんど知る機会はありませんでした。
だから、符さんの話を聞いた時、やっぱりそうだったのかと思ったのです。

安原さんが最後に書かれているように、「歴史に無知であってはならない」ことを痛感します。それがまず出発点で、その大切さを多くの人々と共有し、無知からの脱却の道を探りたいと思います。
2008/07/25(金) 00:38:55 | URL | M・M #-[ 編集]
無知という名の罪
M・Mさん、実にご丁寧なコメントに感謝します。しかも体験に根ざしたコメントの内容に感銘を受けました。
結論で指摘されている「歴史に無知であってはならない、を共有していくこと」は、大仕事ですね。現実は残念ながら我等が同胞の少なくない人たちが、その歴史に関する無知の病にかかっているように思います。「無知という名の罪」とも言えるのではないでしょうか。
かくいう私もその罠に落ち込まないように心したいと思っています。

今後もいつでも気軽にコメント下されば有り難く思います。
2008/07/25(金) 11:30:41 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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