「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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故・平田精耕禅僧に心から感謝
「知足の経済学」のヒントを得て

安原和雄
 私は毎日新聞(08年1月10日付)のつぎの見出しの記事に注目した。特定の人の死亡ほど関係者にとって衝撃的な出来事はない。毎朝できるだけ死亡記事は目を通すようにしているが、この記事はしばし注視するほかなかった。ご縁を思い出し、その縁が足早に去っていくのを感じた。(08年1月15日掲載)

平田精耕住職 死去
禅の国際化に尽力

 禅の国際化に向け行動した臨済宗天龍寺派管長で天龍寺住職の平田精耕(ひらた・せいこう)さんが9日午後5時39分、多臓器不全のため亡くなった。83歳だった。
 1961年秋から1年半、西独(当時)留学、ハイデルベルグ大で禅を講義。花園大教授のほか、禅文化研究所長などを歴任した。日本の禅僧と欧州の修道士の精神的交流をはかろうと79年以来続く「東西霊性交流」の推進役。「外国へ出て行くことで禅、仏教とは何かを自己確認できる。国際化とは自己に帰るということ」と喝破した。

 なぜ以上の死亡記事が目に留まったかというと、実は平田禅僧とは、ある機会にご縁をいただき、私の「知足の経済学」を構想する上で重要なヒントを得たからである。そのいきさつを紹介して、ご冥福を祈りたい。

▽『知足の経済学』の「はじめに」で

 縁あって私は足利工業大学(仏教系の工業大学)で2005年春まで15年間、経済学講義を担当した。その間の1995年に『知足の経済学』(新書版)を著し、その「はじめに」でつぎのように書いた。

 禅僧の平田精耕氏が数年前、テレビで「これからは知足の経済学といったものを考えられないか」といったことがある。ただそれだけの指摘にとどまったが、私はそれを観ていて、「なるほど」と深くうなずくものがあった。それ以来、この一言ヒントを何らかの形で活かすことができないだろうかと折りにふれ考えてきた。それをまとめたのが本書である。
 題名はずばり「知足の経済学」をそのまま活かした。副題の「文化志士のすすめ」の文化志士は私の造語で、もちろん志士というからには幕末の志士のイメージが念頭にある。しかし時代が異なる現代にあっては、幕末の志士そのままではありえない。21世紀版志士といえば、それなりのイメージが浮かんでくるだろうか。

 知足の経済学の特色は3つある。
 1つは人生をいきいきと面白く全うしていくための経済学だということである。だからこそ文化志士のすすめなのである。精気の乏しい志士では格好がつかないではないか。
 最近は経済学部の大学生の間でさえ経済学はあまり評判がよくないらしい。細分化され、しかもひからびた分析の用具としての既存の経済学に魅力があるはずはあるまい。私には経済学といえども、人生論を視野に収めない経済学はナンセンスに近いという思いがある。人生論とはここでは一人ひとりのライフスタイルのあり方を考え直し、実践していくことであり、そのための経済学だということである。
 知足の経済学を身につければ、どういう功徳があるか。とりあえずは精神的に若返ること請け合いである。私自身、すでに還暦を迎えたが、気持ちとしては一回り若い48歳のつもりになっている。

 2つ目に経済社会の構造改革、企業改革、分散型国土づくりのための指針となりうる経済学だということである。
 1995年は第2次世界大戦における日本の敗戦からちょうど50年目に当たる。この年を境にポスト戦後期に入ったというとらえ方もできよう。戦後期の50年間にさまざまな制度疲労が蓄積し、その根本からの変革なしにはもはや前に進めない地点にきてしまっている。
 そういう1995年の初頭に阪神大震災の衝撃に見舞われたことは、きわめて象徴的な出来事であった。ここから引き出すべき最大の教訓は、新規蒔き直しで一から世直しに取り組むことではないだろうか。
 こうして知足の経済学に関心を抱けば、変革への意欲が湧いてくる。

 3つ目に地球環境時代の経済学だということである。
 第2次大戦後の長い間、経済成長時代と呼ぶにふさわしい時代があった。しかしそれも日本でいえば、1990年頃を境に終わりを告げた。経済成長時代の終焉を印象づけたのがかのバブル経済の破綻であった。
 これから21世紀は地球環境時代というこれまで経験したことのない新しい時代に入る。中国古代の哲人・老子の「足るを知る」思想を21世紀に汲み上げていかなければ、地球環境時代に対応していくことは困難であろう。経済成長時代の既存の「貪欲の経済学」に代わって新しい「知足の経済学」が求められる歴史的背景がここにある。
といっても決して「我慢の経済学」ではない。むしろ「活力の経済学」であり、「充足の経済学」ともいえよう。こういう知足の経済学的な感覚を磨けば、21世紀の望ましい姿が見えてくる。

1995年陽春  安原 和雄


以上の「はじめに」から始まる著作『知足の経済学』はもちろん平田禅僧に謹呈した。早速丁重なお礼状をいただき、それに「知足の経済学への精進と発展を祈る」旨の激励の言葉が添えられていた。平田禅僧の一言ヒントがなければ、私は『知足の経済学』を構想していなかったかもしれない。ここに改めて心から感謝申し上げる。

▽「知足の経済学」から「仏教経済学」へ

 著作『知足の経済学』は足利工業大学の経済学講義の教科書として活用した。やがて内容をもう少し充実させる必要を感じるようになり、それを新たにまとめたのが拙論「知足の経済学・再論 ― 釈尊と老子と〈足るを知る〉思想」(足利工業大学研究誌『東洋文化』第20~21号、2000~2001年)である。参考までにこの拙論の柱を以下に紹介する。従来の経済学教科書とはかなり異質であると自負している。

第 一講 二十一世紀を担う文化志士―新時代のライフスタイル
第 二講 「知足の経済学」を求めて―「貪欲の経済学」を超えて
第 三講 生活者主権の確立をめざして―非市場的価値の尊重
第 四講 「持続可能な発展」とは―地球環境時代の課題
第 五講 歩く人こそ文化志士―くるま社会の構造変革
第 六講 ごみ列島ニッポンの大掃除―循環型経済社会の構想
第 七講 田園の貴重さを見直すとき―世界の食糧不足の中で
第 八講 低負担型高齢社会の設計―新しい健康観を身につけよう
第 九講 拝金教よ、さようなら―人間はカネの奴隷ではない
第 十講 生き残る「良い会社」の条件―「社会分配率」導入のすすめ
第十一講 景気観のコペルニクス的転換―ゼロ成長経済だからおもしろい

 この「知足の経済学・再論」から数年を経て今では呼称として「知足の経済学」よりも「仏教経済学」を多用している。友人の間では「知足の経済学」の方がよいという意見も少なくない。いささか迷うところもあるが、《仏教経済学(=別称・知足の経済学)》で通そうかと考えている。
 最近では仏教経済学の国際交流も広がりつつある。英語名は「Buddhist Economics」(仏教経済学)であり、「知足の経済学」ではないことも理由の一つである。
 どちらの呼称をとるにせよ、中身が質的に異なっているわけではない。だから仏教経済学の呼称を多用しても平田禅僧からお叱りをこうむることはないだろうと秘(ひそ)かに考えている。


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