「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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「体育の日」に健康を考える
〈折々のつぶやき〉34

安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。
 10月8日(10月の第2月曜)は体育の日である。この「体育の日」は東京オリンピック(1964=昭和39年)にちなんで設けられた。体育のあり方よりもむしろ健康について考えてみたい。〈折々のつぶやき〉34回目。(07年10月8日掲載)

この日、大手の新聞社説(10月8日付)も「体育の日」に寄せて、次のようにいろいろ主張しています。まず見出しを紹介しましょう。
*朝日新聞=体育の日―こどもの体力は遊びから
*読売新聞=体育の日 自分の「体力」を確かめてみては
*毎日新聞=子供の体力 まず運動の楽しさを教えよう
*東京新聞=体育の日 子供はもっと運動を

 これらの見出しをみて、読者は何を感じるでしょうか。この4紙を毎日読んでいる読者はほとんどいないはずだから、まあいいとしても、どうしてこうも画一的な発想しか生まれてこないのかという印象です。社説の筆者のみなさん、あなた方の発想の「体力?」はどれほどなのか、測定してみてはいかがでしょうか。そういう物言いをついしてみたくなるような気分でもあります。

 問題は社説の中味です。
*朝日=思い切り遊んで体を使うことの楽しさを知り、自然に体力をつけていく。スポーツの多くは、そもそも遊びから始まっている。原点の遊びに返ることから、こともの体力づくりを進めたい。
*読売=家庭や地域にも、今以上に子どもたちが運動やスポーツと触れあえる機会・場所をもっとつくりたい。子どもたちが、楽しみながら体力を向上させていくことが望ましい。
*毎日=(東京オリンピックから)40年余を経て社会もライフスタイルも大きく変わったが、体を動かす楽しさや効能に変わりはない。まして子供たちの体力・運動能力が長く低水準傾向にある今、これを将来への重大な「シグナル」と受け止め、問題意識を共有して取り組みを急がなければならない。

 こういう社説を読まされると、読後感として「ああ、そうですか」、「そうでしょうね」という感想しか浮かんでこないのは、私がへそ曲がりのせいでしょうか。わたし自身はごく普通の常識人だと自己認識していますが、見方はいろいろです。
 要するに子供に限らず、一人ひとりが具体的に何をどうすればよいのでしょうか。本日ただ今から日常生活のなかでできることは何か、です。

 次の東京新聞の主張は具体的です。
*東京=具体的にどんな運動がいいのか。「かつてエアロビクスが流行したが、心肺機能だけでなく、足腰も鍛えなくてはいけない。筋力は下半身から衰えてくる。効果的なのは『階段を上ること』だ」という。まずはエレベーターやエスカレーターを使わないことから始めたい。

 私もこの単純な具体策には賛成です。私自身、少し早足で歩くことが体力と健康を維持するための基本だと思っているし、実践しています。駅に備えつきのエスカレーターはできるだけ利用しないようにしています。私の観るところ、エスカレーター依存派は約9割、残りの1割が階段利用派です。階段を上がっていく人は生き生きとしている印象さえうかがえます。

 車社会の定着、つまり文明の浸透によって、歩行という基本的な移動手段が軽視され、それが体力、健康の低下の大きな要素になっているように思います。便利さを追求する文明の進歩が人間の体力と健康を阻害しているということでしょうか。だから車社会とは無縁だった江戸時代に一度返ったつもりで生き方、暮らし方を考え直してみる必要があります。シンプルライフ(簡素な暮らし)のすすめ、ともいえます。


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