「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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新自由主義路線からの転換を
福田「背水の陣」内閣に望む

安原和雄
福田康夫自民党総裁を首相とする福田自公政権は07年9月26日午前、正式に発足した。前日の25日に事実上発足した新内閣を首相自身、「背水の陣内閣」と性格づけた。先の参院選で惨敗した自民党は、一歩間違えば、政権から転落するという危機感を表明したものである。転落を避けたいのであれば、小泉・安倍政権が実施してきた新自由主義路線から思い切って転換する以外に妙手はない。その転換が先の参院選で示された民意からみて評価できない程度の中途半端なものであれば、福田政権も短命に終わるほかないだろう。(07年9月26日掲載、同日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽大手6紙の社説はどう論じたか

 福田自公政権の発足に当たって大手6紙の社説(産経のみ「主張」、9月26日付)はどう論じたか。まず各紙の主見出し(Ⅰ段目)と文中の小見出し(2段目)を紹介しよう。

*朝日新聞=福田新内閣 「1月解散」のすすめ
 「古い自民」の懸念も、政治の信頼回復を、予算案で競い合え
*読売新聞=福田政権組閣 政策実行へ難局を乗り越えよ
 仕事師内閣の陣容だ、不可欠な与野党協議、構造改革はどうなる、後景にある憲法だが
*毎日新聞=福田新政権 政治の漂流止める強い決意を 改革の影に光を当てよう
 次期総選挙が正念場、政権浮揚は世論がカギ
*東京新聞=福田康夫内閣が発足 最後かも、の現実味
 「選挙管理内閣」色濃く、給油の壁に野党の壁、引きずる「政治とカネ」
*産経新聞=福田新内閣 「内向きの競争」を排せ 改革と国際的責務の遂行を       財源で民主と論戦を、補給活動の延長貫け
*日本経済新聞=手探りで船出する福田「協調」内閣
 改革路線の根幹維持を、民主は大局的判断を

 以上の主見出しと文中の小見出しをみていると、社説の内容も自ずから浮かび上がってくるが、以下でインド洋での給油継続問題と新自由主義路線(新聞は通常、構造改革と呼んでいる)手直しへの各紙の主張を紹介する。

▽給油継続―疑問派は朝日、東京、中立派は毎日、推進派は読売、産経、日経
*朝日=焦点のテロ特措法の延長問題では、海上自衛隊がイラク戦争向けの米軍艦船に給油していた疑惑が発覚した。イラクへの自衛隊派遣も含め、実情をきちんと説明しない限り、道は開けない。

*東京=福田首相は直面するインド洋での給油活動の継続へ、高村正彦外相、石破茂防衛相、町村信孝官房長官という経験豊富な陣を敷いた。小沢民主との論点は、日米同盟や国際貢献の見直しにも発展するはずである。
 政府が米国のイラク戦争を支持した時の官房長官であった首相は、それが妥当であったか、総括を問われよう。

〈安原のコメント〉 朝日、東京ともに疑問は提起しているが、明確な反対論を主張しているようには読めない。

*毎日=今国会での最大の争点は、インド洋に展開する海上自衛隊給油活動の継続問題だ。防衛庁長官(当時)を経験した石破茂氏を防衛相に登用した。だが、参院は野党が多数の「ねじれ国会」での審議は容易ではない。
 一般法案は衆院で可決されても、参院で野党の同意を得なくては、成立させられない。賛同を得られないまま、給油継続を図ろうとすれば、与党が3分の2以上を占める衆院で再議決するしかない。

〈安原のコメント〉 賛否を明確にしない中立派ともいえる立場でありながら、与党を支援するニュアンスがにじみでている。「曖昧で、主張しない毎日」という印象が残る。

*読売=(民主党との)政策協議の最初のテーマとすべきは、インド洋での海上自衛隊の給油活動継続問題だ。政府は、活動継続のため新法案を提出し、今国会中の成立を図る方針だ。(中略)海上阻止活動に対する先の国連「謝意」決議が示すように、国際社会の要請と期待は大きい。テロとの戦いなど、国際平和協力活動自体は、民主党も重視している。接点を見いだす努力をすべきだし、また可能なことではないか。

*産経=海自の補給活動延長問題が最初の試金石となる。政府は民主党の出方にかかわらず、確実に延長を実現する方針を固めておくべきだろう。

*日経=海自の給油継続問題のメドがつけられずに安倍前内閣は行き詰まった。福田首相はこの問題を打開するため、民主党との話し合い協議を呼びかけている。同盟国の米国だけでなく、国際社会もテロとの戦いのため給油継続を日本に求めている。
 給油活動をやめれば日本の国際的な地位や発言力にも影響が出てくる懸念がある。

〈安原のコメント〉 読売、産経、日経の3紙は、従来から自民党政権擁護派の色彩が濃く、給油問題でも3紙は「よいしょ」の掛け声とともに政権支援の役回りを演じている。将来、自民党と対立している民主党が政権党になったとき、どういう主張を展開するのかが興味深い。

▽構造改革の手直し―バラマキ型を懸念する朝日、読売、産経

*朝日=構造改革の方向性は変えないというものの、総裁選の公約に福祉切り下げの見直しを掲げた。バラマキ予算への圧力も強まっている。改革の手直しといいつつ、行きすぎれば「古い自民党」に戻ってしまいかねない。

*読売=安倍政権から福田政権への交代によって、小泉政権以来の構造改革路線にも微妙な変化が生まれようとしている。
 組閣に先立つ自民党と公明党との連立政権合意は、構造改革路線を継続しつつ、「改革から取り残された人たちや地域、弱者」のために、負担増・格差の緩和などの政策断行をうたっている。
 具体的には、地域活性化のためのインフラ整備や、高齢者の医療費負担増の凍結などだ。(中略)公共事業など歳出増の圧力が強まれば、バラマキになりかねない。

*産経=究極の構造改革である財政再建では、目の前に来年度予算の編成がある。だが、参院選大敗や公明党との政権協議を受け、早くも高齢者医療費自己負担問題などで財政規律に緩みがみられるのが心配だ。
(中略)「政治の安定」を重視するあまり財源の裏付けを欠く政権公約が目立つ民主党との場当たり的妥協を重ねれば、ばらまき競争に陥りかねない。

*毎日=グローバル化の波は、今後は一段と大きくなることは間違いない。小泉純一郎首相当時からの「構造改革」路線は、一つの解答であったと私たちは考えている。しかし、参院選で示された民意は改革の影に光を当てるよう求めた。

*日経=従来の構造改革路線の根幹は基本的に維持すべきである。

*東京=安倍氏は、歴代政権が封印してきた改憲意欲と教育基本法改定、集団的自衛権の行使容認の姿勢で右派勢力の期待を集めながら、小泉政権が持ち込んだ、市場経済至上主義の「負の果実」処理に手をこまぬいて、挫折した。
 気負う新保守主義路線も、多くの国民の共鳴を得られなかった。福田政権はその反動で誕生したといってもいい。

〈安原のコメント〉
小泉・安倍政権が進めてきた構造改革を大筋で是認しているのが東京を除く5紙といえそうだ。5紙のうちバラマキ型への懸念を表明しているのが朝日、読売、産経の3紙である。残る東京だけは「安倍政権は小泉政権が持ち込んだ、市場経済至上主義の〈負の果実〉処理に手をこまぬいて、挫折した。(中略)福田政権はその反動で誕生した」という分析、認識から察するに、市場経済至上主義に批判的姿勢をうかがわせている。

 ところでここでの構造改革と市場経済至上主義は同じなのか、それとも違うのか。様々な用語が多用されているので整理しておきたい。私は主として新自由主義という用語に新保守主義(米国のいわゆるネオコン=neo-conservative)、自由市場原理主義を含めて使っている。恐らく東京新聞の「市場経済至上主義」という用語は、私の使う「自由市場原理主義」と重なっているだろうと理解している。

 一方、構造改革とは何を意味するのか。多くの新聞が使っている「構造改革」は、新自由主義のうちの経済分野にかかわるものと同義だと理解できる。産経新聞の「究極の構造改革である財政再建」という表現からも分かるように、いわゆる構造改革は「小さな政府」(社会保障の削減などによる財政再建をめざす政府)の実現が1つの重要な柱になっている。
 もちろん無駄な歳出の削減は必要であり、バラマキ型歳出も避けたい。しかしバラマキ型への批判者が、憲法25条(生存権の保障)を軽視して、必要な社会保障費の削減まで主張しながら、一方で軍事費(日本では年間5兆円)の無駄(これも税金のバラマキ型の変種)に批判の矢を向けないのは公正ではない。これは構造改革を経済、社会、軍事も含めて広くとらえないで、軍事を視野の外に置いているためであろう。

 私は「小泉・安倍政権の構造改革」に対し「もう一つの構造改革」という用語も使う。前者は「悪い構想改革」であり、後者は「良い構造改革」という意味を込めている。以下に述べる「新自由主義路線からの転換」のすすめは、「良い構造改革」のすすめにほかならない。

▽新自由主義路線からの転換を(1)―インド洋での給油中止を

 衆院総選挙を控えた福田新政権の前途は多難そのものであるだろう。福田氏は自民党総裁選を通じて「自民党の再生」の重要性を強調した。また「私を信じてついてきてください」とも言った。これを実のあるものにするためには何が必要だろうか。
 結論からいえば、小泉・安倍政権から継承しようとしている新自由主義路線から大きく舵取りを転換させること、これ以外に妙策はありえない。いいかえれば新自由主義路線こそが諸悪の根源であり、程度、ニュアンスの違いはあっても、この路線を継承する限り、福田政権は長期政権とはなりにくいだろう。新自由主義路線からの転換とは何を指しているのか。

 新自由主義は別名、新保守主義とも自由市場原理主義ともいわれる。1980年代初めのレーガノミックス(レーガン米大統領による軍事力増強、規制の緩和・廃止、民営化推進など)、サッチャリズム(サッチャー英首相による規制緩和・廃止、民営化推進など)、中曽根ミックス(1980年代前半の中曽根首相時代にみる軍備拡張、日米同盟路線の強化、規制緩和・廃止、民営化推進など)に始まり、日本では小泉・安倍政権が「構造改革」と銘打って本格的に取り組んだ。

 しかも日本の場合、この新自由主義路線の土台になっているのが日米安保=日米同盟(軍事同盟と経済同盟)である。ここで特に指摘しておきたいのは、新自由主義路線には2つの側面、すなわち1つは日米軍事同盟の強化、もう1つはグローバル化の名の下に強行されてきた弱肉強食、不公正、不平等、多様な格差拡大、貧困層増大―という2つの側面が表裏一体の関係で構造化している点である。
(新自由主義路線と日米安保=日米同盟とがどうつながっているか、その仕組みなどは、ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に9月13日付で掲載した「日米同盟の見直しが必要な時―安倍政権破綻後の日本の針路」を参照)

 さて新自由主義路線からの転換の具体的事例としては、まずインド洋での海上自衛艦による米艦船などへの給油継続を中止することを挙げたい。
 この給油継続は日米軍事同盟強化の重要な柱として実施されてきただけに福田首相も給油 ― 仮に一時的に中断しても―にこだわっている。しかし国民の信頼を取り戻し、「自民党の再生」を本気で模索するのであれば、ここは今臨時国会最大の焦点であるテロ対策特別措置法(11月1日で期限切れ)を延長せず、また福田首相が唱えている新法による給油継続も断念するほかないだろう。

 なぜなら世論調査によると、多くの国民は給油継続に疑問を抱いている。それに米国主導の「テロとの戦い」そのものがすでに大義名分を失っているからである。「対外公約」だからといって、給油に執着する必要はない。
(その理由などは、「安原和雄の仏教経済塾」に9月12日付で掲載した「給油継続に執着するのは愚策―行き詰まり深まる安倍政権」を参照)

▽新自由主義路線からの転換を(2)― 「自立と共生」の真意を問う

 福田首相は自民党総裁選で打ち出した政権構想(公約)に「くにづくりの基本理念~改革を進め、その先にめざす社会」として「自立と共生の社会」を掲げた。この自立と共生は一体何を意味しているのか。メディアもほとんど解説を加えていない。民主党の小沢代表が1993年、自民党を飛び出して新たに結成した新生党の理念に「自立と共生」があった。
 そこで小沢代表が「ずっと昔から僕が使っていた言葉だ」と皮肉めいたコメントをつけたほかには福田本人からも格別の説明はない。ここで福田首相の「自立と共生」の真意を問うてみたい。

*自立について
日米安保=日米同盟からの自立、つまり安保破棄(日米安保条約第10条に「日米のうち一方の国が条約終了の意思を通告すれば、1年後に条約は終了する」と定めてある)という選択もあり得る。この日米安保=日米同盟のために多くの日本人の自立心が蝕まれている。「米国と喧嘩するのは得策ではない」という日米安保依存症の虜となっている政財界人、さらに研究者、メディアも少なくない。

仮に日米安保からの自立を選択すれば、その先に何が見えてくるか。1つは自主防衛論、つまり軍事力増強と核武装への衝動である。しかしこの選択は多くの国民の望むところではない。もう1つは、中米のコスタリカ(1949年憲法で常備軍の廃止を明記し、今日に至っている)にならって非武装中立への道を自立的に選択することである。私は中長期展望としては後者のこの選択が最善と考えるが、福田首相の自立への道にこの選択が含まれているわけではない。

 ここで指摘しておきたいのは、財源論の新しい視点についてである。財政再建策とからんで消費税増税が新たな財源として次第に既定路線となりつつあるという印象があるが、この消費税増税の代わりに、なぜ軍事費(年間約5兆円)の大幅な削減を提起しないのか、私には不思議である。多くのメディアも軍事費の削減を触れてはならない聖域とみなしているらしいことは「言論、思想の自由」からいっても恥ずかしいことではないか。

では福田首相にとって自立とはどういう含意なのか。どうも最近、流行の「自己責任論」と同義らしい。くだいていえば、自分のことは自立して自分で面倒を見よ、という意味で、これは一面では自己負担(税と保険料)の増加、他面では福祉など社会保障費の削減を含意している。何のことはない、これでは大幅な自己負担増、不公正、格差拡大、貧困を招く新自由主義路線と大差ないのではないか。

*共生について
共生には本来多様な意味が込められている。人と人との共生、人と企業との共生、世界の中の国と国との共生、さらに人と地球・自然との共生―などである。こういう多様な共生を実現させるためには、単に民間のボランティアだけにゆだねるのでは十分ではない。相互扶助、連帯にしても、単に個人同士や民間企業依存型のそれでは、限界がある。やはり公的支援が不可欠であろう。

 上記の多様な共生を実のあるものに育てるために必要な公的=社会的施策として次の諸点を挙げたい。
1)年金、医療など高齢者対策を含めて十分なセーフティネットを整備すること
2)労働条件の悪化(失業、低賃金、長時間労働、非正規労働の増大など)を改善すること
3)新自由主義に顕著な「軍事力中心の安全保障観」から脱・新自由主義をめざす「命・人間中心の安全保障観」へ転換すること
4)「持続可能な発展」を軸に地球環境保全(地球温暖化防止など)にもっと本腰を入れて取り組むこと
特に強調したいのは、この4本柱は憲法9条(戦争放棄、軍備及び交戦権の否認)と25条(生存権、国の生存権保障義務)の理念を生かすことにほかならないという点である。

 福田首相がどういう共生観をもっているのか、またこれらの4本柱をどう実行するのか、それともその意志はないのかは明確ではない。「国民の生活を守る」と繰り返し強調しているところをみると、自立、共生ともに多少手心を加えるハラなのだろう。しかし手心程度では小泉・安倍政権の構造改革という名の新自由主義路線を転換させるにはほど遠い。

▽「民意を離れた国益」とは?― 民意の尊重こそが民主主義の原点

 自民総裁選最中のテレビ(テレビ朝日)討論で福田氏の次の発言に違和感を覚えた。司会者からインド洋での給油継続問題に関連して、「国益と民意が異なった場合、どちらを選択するか、国益か民意か」と聞かれたとき、福田氏はこう答えた。「それは国益だ」と。国益が民意から支持されなくとも、国益を重視する、という意味である。
 この発言はメディアはあまり取り上げていないように思うが、「民意を離れた国益」とは一体何なのか。国益を論じるのは、政治家や官僚たちであり、一般国民ではない。その国益なるものは、通常、どういう文脈で議論されているのか。

 広辞苑(岩波書店)など辞書によると、「国の利益」、「国家の利益」とあり、それ以上の説明はない。
 インターネットでフリー百科事典『ウィキペディア』をのぞいてみると、「国益(英national interest)とは国家の利益」とある。また「何を国益と定義するのかは曖昧な部分も多い。ただし国益とは本来的に政府の利益であり、個人、特定団体の利益ではない」との説明もある。
 さらに「19世紀の欧州では侵略を目標とし、世界大戦時は各国とも軍国主義により国益を増進させていった経緯もある。米国では国家安全保障戦略として、自由、民主主義、人権、市場経済を機軸とした国家戦略を規定した文書がある。米国が重んじる価値は、自由、民主主義、人権、市場経済体制などであり、これに基づく米国の国益とは、米国の国際社会でのリーダーシップ自体である」という記述も載っている。

 以上をまとめると、国益とは次のような特性を備えているといえるのではないか。
1)国家(政府)の利益であり、国民(市民あるいは民衆)の利益あるいは福祉ではない。
2)国益は戦争によって守るべきものであること、いいかえれば国益は戦争と深くかかわっている。
3)国益の根幹をなすのは自由市場経済体制の擁護である。

 上記の3点は 昨今の米国の外交・軍事政策に顕著にうかがうことができる。米国が重視する価値として自由、民主主義、人権、市場経済体制(もう一つ「法の支配」が米国との共同声明にしばしば登場する)が挙げられているが、アフガニスタン、イラク戦争にのめり込むことによって、いいかえればアフガニスタン、イラクさらに米国の民意を無視あるいは軽視することによって自由、民主主義、人権、法の支配などは事実上空洞化しつつある。
 その一方でのさばっているのは市場経済体制であり、それが資本、企業の利益追求の「自由」と結合して「自由市場経済体制」の旗を高く掲げる新自由主義として、「弱肉強食、不公正、不平等、格差拡大、貧困層増大」をもたらす猛威を振るっている。その猛威ぶりは米国に追随する日本の新自由主義路線も例外ではない。

 福田首相は新内閣発足後初の記者会見(9月25日夜)で「国民生活」と「国家の利益」(つまり国益)を明確に分けて使ったのが印象に残った。これは国民生活に関する民意は尊重するが、国益と民意は関係ないといいたいらしい。つまり国益に関する判断は国家(政府)の専権事項という認識らしい。
 私はこの国家主義的色彩の強い福田発言に危険な思考を感じないわけにはいかない。国益という発想自体がいまや陳腐で、砲艦外交時代の悪しき遺物でしかない。仮に国益なるものがあるとすれば、それは民意を離れては存在し得ない。
 民意の尊重こそが民主主義の原点であり、自民党の再生にもつながるはずだが、福田新政権もしょせん民意を軽視する新自由主義路線の呪縛から抜け出せず、民意を汲み上げることは困難ではないか。

 福田首相は自民総裁選で公表した政権構想(公約)に「民意を大事にし、国民の意見が的確に反映される社会の構築」を掲げている。この公約と「民意よりも国益を重視」の発言とはどう両立するのか、民意を重視する立場からは不可解である。


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所信表明演説の読み方
福田首相が10月1日、国会で行った初の所信表明演説の読み方を考えてみたいと思います。これはブログに9月26日付で掲載した「新自由主義路線からの転換を」の追記でもあります。(安原記)

▽所信表明で多用された言葉は?
まずどういう言葉が多用されているのでしょうか?小見出しの文言も含めると、次のようです。

改革(構造改革を含む)18、安心13、安定10、信頼9、成長(経済成長を含む)8、日米同盟(関連のテロ特措法、インド洋での支援活動などを含む)6、持続可能社会5、自立5、共生4、北朝鮮(拉致を含む)4―が上位の10語となっています。
どういう使われ方をしているかというと、「改革の継続と安定した成長」、「政治と行政に対する信頼の回復」さらに「日米同盟の堅持はわが国外交の基本」―などです。

ここから何がみえてくるでしょうか。
小泉・安倍政権時代の「構造改革と成長」路線は継続する。つまり新自由主義路線は大筋で持続する。だが、それは「政治への信頼回復」を伴うものでなければならない、いいかえれば参院選での自民党惨敗の痛手をどう癒すか、です。
一方、日米同盟はあくまで堅持し、そのためにインド洋での米軍艦船などへの給油は継続する、という考えを示しています。

▽「自立と共生」について
福田首相が政権構想(公約)として打ち出した「自立と共生」についてもかなり言及しています。次のようです。

*年金、介護など社会保障制度は(中略)自立と共生の理念に基づき、将来にわたり持続可能で、お年寄りにも、若者にも、皆が安心できるものとなることが必要です。
*自立と共生の理念に基づき、地球環境や貧困といった問題に対する支援を、自助努力を基本としながら、政府開発援助などの活用により積極的に進めます。
*改革の続行に当たって、自立と共生を基本に(中略)老いも若きも、大企業も中小企業も、都市も地方も自助努力を基本にしながらも、お互いに尊重し合い、支え、助け合うことが必要であるとの考えの下、温(ぬく)もりのある政治を行ってまいります。

網羅的に説いてはいるが、むしろ「自助努力」という表現が目立ち、具体策はうかがえません。

▽格差問題への対応は?
格差問題にはどう立ち向かうのでしょうか。格差という文言は2回しか出てきません。次のように指摘しています。
「構造改革を進める中で、格差といわれる様々な問題が生じています。私は、実態から決して目をそらさず、改革の方向性は変えずに、生じた問題には一つ一つきちんと処方箋を講じていくことに全力を注ぐ」と。

まず「格差といわれる」という表現が気になります。首相としては「格差」という認識はないが、世間がそう呼んでいる、とでもいいたいのでしょうか。他人事のような感覚です。
次に「改革の方向性は変えずに」と従来の構造改革の路線は変えないことを明言しています。従来の弱肉強食のいわゆる構造改革路線(方向性)を変えなければ、格差の縮小あるいは解消は不可能のはずですが、首相にはそういう認識はないようです。だから「格差といわれる」という温もりのない表現も出てくるのでしょう。

▽日朝国交正常化について
全文を読んでみて、「おやっ」と感じたのは次の北朝鮮に関するくだりです。
「朝鮮半島をめぐる問題の解決はアジアの平和と安定に不可欠です。北朝鮮の非核化に向け、(中略)「不幸な過去」を清算して日朝国交正常化を図るべく、最大限の努力を行う」と。

長い所信表明演説の中で「最大限の努力」という表現はこの一カ所だけです。特別の思い入れがあるように感じます。折しも演説の翌日2日から4日まで7年ぶりの韓国と北朝鮮の南北首脳会談が開かれます。
私(安原)は今、2日正午ころ両首脳が握手を交わしている光景のテレビ中継を観ながら、この記事を書いています。
福田首相は両首脳会談から、これまでにない大きな変化が期待できることを予感しているのでしょうか。「最大限の努力」という表現の裏にはそういう含みも読み取れます。
2007/10/02(火) 12:37:48 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
所信表明演説の読み方(続き)
所信表明演説の読み方(続き・安原記)

先にコメント欄に書いた「所信表明演説の読み方」で触れなかった点をここで補足しておきます。

▽「安心」について
所信表明で多用された言葉として、「改革」に次いで2番目に「安心」が多くありました。この「安心」について首相は「自立と共生」を説明した後、次のような文脈で指摘しています。
「その先に、若者が明日に希望を持ち、お年寄りが安心できる、〈希望と安心〉の国があるものと私は信じます」と。
この「希望と安心」の国とは、どういう国のあり方でしょうか。様々な具体例を挙げています。そのいくつかを紹介すると―。

*「生産第一という思考から、国民の安全・安心が重視されなければならないという時代になったと認識」
*「毎日の食卓の安全・安心は暮らしの基本」
*「十分な育児休業を取り、その後も仕事を継続できるようにするなど、安心して子どもを産み育てることのできる環境の整備。長時間労働の是正」
*「安全・安心な食を生み出す日本の農林水産業が、活力を持ち続けることが必要」
*「高齢者や小規模な農家も安心して農業に取り組める環境を」

なるほどこれらが実現できれば、安心のできる社会や暮らしを期待できるでしょう。問題はこれをどう具体化していくのかです。そのためには小泉・安倍政権時代の構造改革路線(これを私は新自由主義、自由市場原理主義と呼んでいます。弱肉強食のすすめで、多様な格差拡大、新たな貧困層を生んでいます)を根本から変更しなければなりません。
しかし首相は「改革の方向性は変えずに」と明言しています。一部の修正、つまり手心を加える程度で突如「安心」が保証されることになるわけではありません。
観客が拍手喝采するような手品はここでは期待できません。

▽消費税引き上げに要注意
「安心」に関連して気になるのが、次の指摘です。要注意です。
「今後、早急に、国民的な合意を目指して、本格的な議論を進め、消費税を含む税体系の抜本的改革を実現させるべく取り組んでまいります」と。回りくどい表現となっていますが、要は、「早急に消費税を上げたい」という意味です。

長い所信表明の中で「消費税」の文言はこの1回だけですが、1回しか触れていないところが曲者(くせもの)です。大事なことは、さりげなくひと言ささやくという手法は有力です。
愛する相手に「好きだ、好きだ」と何度も言うのは漫画です。さりげないひと言の方が効果があるのと同じですね。(「相手次第」という陰の声が聞こえてきました)。

そのうち首相から「安心できる暮らしのために消費税上げにご協力を」と「安心」をうたい文句に頭を下げられる可能性大という気配です。警戒水域に入ってきたといえます。
2007/10/03(水) 12:49:09 | URL | 安原和雄 #-[ 編集]
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2007/10/05(金) 00:08:47 | | #[ 編集]
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