「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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主要8カ国首脳会議が残した課題
1%と99%の不公平、格差の行方

安原 和雄
 主要8カ国首脳会議が残した課題は何か。「世界の難題をショーケースに並べてみせた。でも、その処方箋は示せなかった」(朝日新聞社説)、「G8は世界でますます指導力を低下させるだろう」(毎日新聞社説)などの指摘は適切である。主要8カ国が世界を牛耳る時代はもはや過去の物語にすぎない。
 とはいえ取り組むべきテーマは山積している。特に見逃せないのは「1%と99%の不公平、格差」という新自由主義路線の悪しき現状をどう打開していくかである。そのためには軍事化、憲法改悪路線の推進をめざす安倍政権が掲げるアベノミクス=新自由主義路線に反旗を掲げる必要がある。(2013年6月21日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 英国・北アイルランドで開かれた主要8カ国首脳会議(=G8サミット、2013年6月18、19両日開催)には日本をはじめフランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシアの各国首脳が参加した。

 まず大手5紙のG8に関する社説の見出しを紹介する。次の通りである。
毎日新聞(6月19日付)=G8と世界経済 先進国が混乱招いては
朝日新聞(6月20日付)=G8と世界 課題を並べるだけでは
讀賣新聞(同上)=G8首脳宣言 日本経済が久々に示す存在感
日本経済新聞(同上)=G8が英国で首脳会議(サミット)を開いた。世界経済の安定に           向けた「確固たる行動」の必要性を確認したのはいい
東京新聞社説(同上)=海外へ逃げる税 問題は企業だけでない

 5紙社説を繰り返し読んでみたが、論評に値する社説をあえて一つに絞るとすれば、東京新聞社説に軍配を挙げたい。そこで以下、東京新聞社説に限って紹介し、安原のコメントをつける。

<東京新聞社説>(大意)
 主要八カ国(G8)首脳会議が多国籍企業による課税逃れを防ぐルール作りで合意したことは歓迎したい。背景の租税回避地や法人税引き下げ競争、富裕層の納税回避にもメスを入れる必要がある。
 G8で議論された「税逃れ」は、身近に存在する話である。高額所得者や大企業はうまく納税義務を免れ、ツケは中・低所得者が負っている実態。経済界の「税金が高いから海外に脱出する」との要求で法人税を優遇する国家戦略特区をつくる、といったことと同じだ。

 問題の本質は、税逃れの術(すべ)を持つ金持ちはますます富み、術のない弱者はますます重税に苦しむという不公平な社会である。
 G8での議論のきっかけは、スターバックスやアップル、グーグルといった多国籍企業が法人税の低い租税回避地(タックスヘイブン)に設立した子会社を利用し、税負担を低く抑えていたことだ。
 低成長で税収が伸び悩む中、各国の政府や議会、さらに世論が、こうした実態に不満を抱き始めたのだ。ロシアの富裕層が資産を移したキプロスの経済危機も、租税回避地に焦点を当てさせた。

 G8は、企業や個人の資金の流れを把握するため、金融機関が保有する口座情報を他国が自動的に共有する枠組みや、多国籍企業が世界のどこで利益を挙げ、どこで税を支払っているかを税務当局に報告させることを決めた。
 一歩前進ではあるが、問題はそう簡単でない。税も規制も緩い租税回避地がどこかに存在するかぎり、カネはそこを目指すからだ。テロ資金や不透明なカネの温床であるため、米国は対策に力を入れている。だが、金融立国の英国はケイマン諸島など世界有数の租税回避地を多く抱え、それが金融業の生命線ゆえ国際協調には面従腹背を通すと見られている。

 各国の法人税引き下げ競争も、税負担の圧縮を狙う企業や富裕層の課税逃れに手を貸している。企業には社会的使命があるはずだ。株主の利益ばかりを優先し、納税をコストのように考えて減らすのは、社会や消費者への背信行為である。
 言うまでもなく所得税は所得に対して応分の負担が原則である。1%の富裕層は税を逃れ、99%の国民がその割を食う。それでいいはずはない。

<安原のコメント> 1%の富裕層と悪質な新自由主義路線
 G8論議での中心テーマとなったのが企業、富裕層の「税逃れ」対策である。「税逃れ」は多様な形で広がっている。上述の東京新聞社説末尾の「所得税は所得に対して応分の負担が原則である。1%の富裕層は税を逃れ、99%の国民がその割を食う。それでいいはずはない」は正論である。しかし現実はこの正論に反している。
 東京新聞社説が説くように「問題の本質は、税逃れの術(すべ)を持つ金持ちはますます富み、術のない弱者はますます重税に苦しむという不公平な社会である」― ここに税負担のいびつな現実がある。

 これは新自由主義路線の推進でもある。規制改革を大義名分としながら、その実、貧困、不公平、格差を拡大再生産していく、あの悪名高い路線の旗を振ったのが小泉純一郎政権(2001年4月~2006年9月)であった。
 この新自由主義路線は小泉政権退場とともに消え去ったわけではない。いまの安倍晋三政権下でアベノミクス(3本の矢=公共事業重視の機動的財政出動、物価上昇をもたらす金融緩和政策、成長戦略)という新しい装い、化粧を施して、笑みを浮かべながらよみがってきている。
 同じ新自由主義路線でありながら質的に変化していることに注目したい。アベノミクスは小泉時代の新自由主義路線よりもさらに悪質化していることである。その実体は軍事化・憲法改悪路線の推進である。表面の微笑に幻惑されないように心を整(ととの)え、対応したい。


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病む現代文明を超えて持続可能な文明へ
今こそ江戸期のモデル=自己抑制を

安原和雄
21世紀の現代をどういう視点で捉え、変革していくか、このテーマは多様な論議を呼ぶに違いない。<病む現代文明を超えて、持続可能な文明へ>という視点は常識のように見えながら実は、新鮮そのものである。持続可能な文明への転換は果たしてどこまで可能なのか。
 転換のカギを握っているのが<日本の江戸期のモデル=自己抑制(知足)>の実践である。もう一つ、忘れてはならないのが日本国憲法の平和・反戦理念である。世界の大国の現状を大局的に観察すれば、アメリカの没落、日本の行き詰まり、中国の台頭という新たな勢力地図が浮かび上がってくる。行き詰まりを超えて日本が貢献できるのは、自己抑制さらに平和・反戦の実践であるだろう。(2013年6月8日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 落合栄一郎(注)著『病む現代文明を超えて 持続可能な文明へ』(2013年5月刊、本の泉社・東京都文京区本郷)の要点を以下に紹介し、<安原の感想>を述べる。

(注)落合氏は東京都出身、東京大学助教を経て、1969年より海外へ。2005年、米ペンシルバニア州ジュニアータ大学を退職後、カナダ・バンクーバーに定住。「バンクーバー9条の会」などで平和運動に関与。著作に『原爆と原発』(鹿砦社、2012年刊)ほか多数。

▽ アメリカ的文明はもはや持続できない

 今の大勢であるアメリカ的文明は持続させるに値しないし、持続もできない。なぜ持続できないのか。資源の有限性、財政破綻、市民の疲弊 ― の三つの視点から考える。

(1)資源の有限性:限りない拡大信仰の果てに
 消費社会とそれを推進する市場主義経済は、資源が無限にあるかのごとく仮定し、振る舞っている。というより、資源が有限であることを無視するか、無知なのかも知れない。資源の無限性を仮定することは企業が儲けるための成長経済の必須条件である。
 人類の大多数が消費の限りない拡大を信仰し、成長経済を続けていると、地球上の資源は遠くない将来に枯渇することは必定である。成長経済ではなく、定常経済に向かうべきだろう。定常経済規模は、多くの先進国では現状よりもかなり小さく、発展途上国では現在より成長して然るべきところが多いだろう。

(2)財政破綻:戦争への無駄金
 アメリカの軍事費は現在、他の国の軍事費総計よりも大きい。このことは国民の富が戦争という破壊行為(人、人工物、環境)に無駄に使われていることを意味する。2001年に始まったアフガン戦争とイラク戦争だけで、総額約1.05兆ドル(日本円にして約90兆円)と推定されている。
 この無駄金の一部は、軍事産業などの懐に入り込み、彼らを肥え太らせるが、これは浪費されたカネのほんのわずかでしかない。このような浪費は、遠からずアメリカの財政を破綻に導く。なぜ無駄を続けるのか。それによって儲ける輩(企業)がおり、それが政治を左右しているからであるに違いない。

(3)市民の疲弊:雇用機会は激減し、低賃金雇用へ
 アメリカ市民の大部分の収入は減り続けている。主な原因は高収入の製造業が、安い人件費と規制の少なさを求めて海外に移設されたからである。その代わりに、利潤が目に見える形で得られる「金融業」が幅を利かせるようになった。この結果、一般市民の高収入の雇用機会は激減し、低賃金雇用が多くなってしまった。夫婦二人で稼いでも、生活を維持できない家庭が増えている。
 こうした経済的、精神的に疲弊した市民の、消費能力が落ちることは目に見えている。資本主義市場経済は、国民の消費に依存していて、アメリカでは市民消費が国内総生産の70%も占めていた。ところが多くの市民が消費できない状態になりつつあるということは、この退廃した資本主義(新自由主義)の根本的な自己矛盾である。

<安原の感想> ニクソンの有名な演説「文明の滅亡」
 落合氏の著作が力説しているのは「アメリカ的文明は持続させるに値しないし、持続もできない」という認識である。これは今から40年ほど昔の1971年、当時のニクソン米大統領が初の訪中直前に試みた次の歴史的演説を想起させる。
 「われわれは世界の最強国であろう。だが基本的な問題は果たしてアメリカは健全な国であろうか。健全な政府、経済、環境、医療制度をもつだけでなく、道義的力でも健全な国であろうか」と。これは「アメリカ文明の滅亡」への洞察というほかない。そして今、限りない拡大信仰、戦争による財政破綻、市民の疲弊とともにアメリカそのものが行き詰まっている。「世界のリーダー・アメリカ」はもはや過去の物語でしかない。

▽ なぜ江戸社会は持続できたのか

 江戸時代の日本はかなりの人口と文化を、2世紀半にわたって持続した稀な例である。なぜそれが可能であったのか。その条件、理由は以下のようである。
(1)地理的条件:日本は中緯度、モンスーン地帯に位置し、海洋に囲まれ、比較的温暖で、生態系は豊かで強靱であること。
(2)平和(徳川統治下の):人的、物質的、エネルギー資源の浪費を必要としなかったこと。
(3)菜食主義:植物性食品はエネルギー効率が高い栄養源であること。その一方、肉食のためには大量の家畜(ヤギや羊)の飼育(地中海地方などで)が必要だが、それに伴って牧草地を食い荒らされ、荒廃する例が多い。日本ではそういう荒廃・環境破壊がなかった。
(4)高い識字率と教育程度:環境や社会への関心と理解があったこと。
(5)政治形態:江戸時代は封建制・世襲制だったが、長期政権であり、現在の民主主義的政治体制下の短期政権と比較して長期的視野を持ちやすいこと。
(6)文化的要素:「自己制御」精神(知足も含む)― 人々や自然環境との調和を尊重し、生態学的知恵を経験から学び、実施したこと。

 以上の理由のうち特に見逃せないのは、江戸期の日本は、エコロジーと自己抑制の精神が根強かったことである。このことが江戸時代を持続させた基本的な背景といえる。

<安原の感想> 「江戸時代に今学ぶこと」とは
 江戸時代に学ぶという視点は今こそ重要とはいえないか。上述の6条件は21世紀の今、どう変化しているかを考えてみたい。
・地理的条件のうち「生態系は豊かで強靱」は過度の消費文明を背景にかなり痛んでいる。
・平和はどうか。多様な資源の浪費が進んでいる。病人が増えるなど人的資源の「酷使による損傷」が目立つ。特に安倍政権下での戦争をも辞さない日米安保体制は、「平和を創る」のではなく、「平和を脅かす」元凶である。
・菜食主義よりも肉食への嗜好が高い。
・環境や社会への無関心が広がり始めている。
・短期政権の連続で政治家の質的劣化が目立つ。
・経済不況、失業、低賃金を背景に、自覚的な「自己制御」(=知足)というよりは「我慢=忍耐」を余儀なくされている。

 以上のように江戸時代と21世紀の現代日本とを比べると、「昔は良かった」という類の懐古趣味にとらわれやすい。取り組むべき課題はやはり「自己制御」を一つの軸として21世紀の現代をどう生きるか、どう変革を進めるか、さらに「持続可能な文明」をどのようにして築いていくかである。

▽ 「持続可能な文明への道のり」をどう築くか

 長期的視野で「持続可能な文明」を築くためには、「世界観・価値観の変革」から「経済通念と経済産業構造の変革」にまで長期的、構造的、多面的な取り組みが求められるが、ここでは「目前の問題とその対応」について考える。以下、「平和憲法改悪を阻止」などのテーマについて落合説を紹介する。

(1)平和憲法改悪を阻止
持続可能な社会の第一の要件は「平和」である。武力による人間、環境、モノの破壊は人類文明の存続を不可能にする。人類が戦争依存体質から抜け出すには、時間がかかるだろうが、その間、日本の平和憲法は、戦争を仕掛けようとする人たちへの歯止めになる。日本のあるセクションの好戦的態度も、憲法9条のおかげで、今のところ、暴発せずに済んでいる。憲法改悪の試みは、国民多数の総意で阻止しなければならない。
 世界帝国をめざし、世界中から非難されているアメリカの片棒を担ぐことに執心する日本の政治家、企業家たちに目を覚ましてもらわねばならない。片棒を担ぐ根拠となる日米安保を破棄しなければならない。平和憲法を維持する決意を世界に示すためには、日米安保の廃棄がぜひ必要である。世界に先駆けて大国日本が軍備を縮小する意思を表明することは世界中から喝采を受けるだろう。

(2)脱原発
脱原発の重要性というより、脱原発はぜひ実現しなければならないことは多言を要しない。

(3)メディアの変革を
 現在の商業的メディアは、広告収入など市場経済への依存度が高いため、広告主の企業から体制(政治、経済、軍事、司法など)に関する報道へ横やりを入れられる。アメリカでは暴力賞賛的な番組が幅を効かせていて、アメリカ人の好戦意識を支えている。日本の現状は、一億総白痴化につながると指摘されて久しいにもかかわらず、ますます退化しているようである。
 教育の低劣化と相まって、日本国民、とくに政治家たちの低劣性という評判はますます増大するだろう。ただ現在のテレビ番組にも質の高いものが皆無ではないから、報道の仕方によっては、市民の資質向上に寄与することは充分に可能だろう。  

(4)経済危機への対処は公平に
特にアメリカで2008年後半から急激に悪化した経済に、さしあたりどう対処すべきか。この危機の影響で生活を脅かされている人々に、救済の手を差し伸べる。その財源は、不当に儲けて、税制の逃げ道を巧みに使って脱税していた人々から正当に税を徴収することから始める。さらに経営者と労働組合との話し合いで、雇用を減らさずに給与をより公平に多くの人に分配する。

(5)資源獲得競争に問われる人類の英知
 資源(水、石油、金属原料など)が人類の大量消費によって激減している。このため多くの国、とくに中国は資源獲得にあらゆる手を打っている。中国が現在の日米欧レベルの消費を獲得するには、資源はいくらあっても足りない。先進国レベルの物質消費は不当であることを中国に認識してもらわねばならない。
 ただしそのためには先進国は率先して消費レベルを下げることを石油から始める必要がある。生ぬるい消費制限程度ではとても間に合わない。資源獲得競争に基づく国際紛争は、今後増えることはあっても減ることはない。これにどう対処するか、人類の英知が問われる。

<安原の感想> 平和憲法改悪の阻止が最重要テーマ
 上述のテーマはいずれも重要だが、あえて一つを選ぶとすれば、平和憲法改悪の阻止を挙げたい。平和憲法改悪阻止がなぜ最重要テーマなのか。日本国憲法前文の次の「決意」と「誓い」は何度も読み返し、玩味し、実践するに値する。

*決意=「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と。
*誓い=「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と。

 安倍政権は、この「決意」と「誓い」を手軽に投げ捨てて、日本を「戦争国家」へと変質させようと目論んでいる。それは後世に悔いを残す歴史的罪悪といえるだろう。


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