「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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経済界が唱える「安保の再構築」
アジア太平洋で日米同盟の強化へ

安原和雄
 安倍政権の右傾化に歩調を合わせるかのように、経済界も急速に右旋回の動きを見せ始めている。財界の一翼を担う経済同友会が公表した提言「安全保障の再構築」はその具体例である。提言は「アジア太平洋での日米同盟の強化」を軸に「集団的自衛権行使」の解釈変更、さらに「武器輸出三原則」の緩和拡大など、財界得意の算盤勘定にも遠慮しない。
さらに見逃せないのは「人間中心の安全保障」を唱えながら、実態は「軍事中心の安全保障」へと傾斜していることである。「日米同盟の強化」つまり「軍事同盟化」にこだわる余り、「人間中心の安全保障」は単なるお題目に堕している印象が強い。(2013年5月27日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 企業経営トップら経済人の集まりである経済同友会・安全保障委員会(委員長・加瀬 豊=双日取締役会長)は2013年4月、提言<「実行可能」な安全保障の再構築>を公表した。以下、その大要を紹介し、批判的視点から<安原の感想>を述べる。

(1)日本の安全保障の現状と問題点
わが国では憲法や「専守防衛」など独自の安全保障概念による制約もあり、国際情勢や世界における日本の立場の変化を反映し、現実に即した安全保障論議が行われてこなかった。この背景として、日米安全保障体制という強力な「盾」の存在とともに、安全保障政策が党派間の対立軸の一つに位置づけられ、超党派的・国民的合意が成り立たなかったことが挙げられる。
戦後60年余を経て、日本は各国との相互依存関係を世界中に拡大し、その人材や資本、資産、権益もあらゆる地域に広がっている。日本の国益(注)は、日本固有の領土・領海と国民の安全のみではなく、地域、世界の安定と分かちがたく結びついており、この流れはグローバル化の中で、一層進展していくだろう。
(注)国益は、広い意味で以下のものを含む。①狭義の国益(領土、国民の安全・財産、経済基盤、独立国としての尊厳)、②広義の国益(在外における資産、人の安全)③日本の繁栄と安定の基盤をなす地域と国際社会の秩序(民主主義、人権の尊重、法治、自由主義、ルールに則った自由貿易)

(2)日本の繁栄・成長の基盤である安全保障体制の再構築を
国際情勢、地域情勢の不確実性とリスクの多様性という現実を前に、わが国が日本の国益に対する責任、その基盤となる世界・地域の平和と繁栄に対する責任、さらに米国の同盟国としての責任を果たすためには、わが国の安全保障体制の刷新に今すぐ取り組むことが不可欠だ。目指すべき姿は以下のようである。
*国民の安全・財産、主権や国土の安全等の国益の保護、何らかの攻撃に対する自衛は、自ら責任を持って対応することを基本とする。
*日米同盟を日本の安全保障の基軸、アジア太平洋地域における公共財と位置づけ、その維持・深化に取り組む。特に安全保障面では、日本の主体的な防衛努力を前提に、アジア太平洋地域における役割についても柔軟性、戦略性をもって米国との連携を確立する。

(3)「集団的自衛権行使」の解釈変更と「武器輸出三原則」の緩和拡大
*集団的自衛権行使に関わる解釈の変更
自衛権とは、国連憲章上、個別的、集団的の別を問わず国家の「固有の権利」と位置づけられているが、わが国では個別的自衛権と集団的自衛権を峻別し、集団的自衛権の行使は「わが国を防衛するための必要最小限度の範囲」の自衛権行使の範囲を超えるもの、との政府解釈に立脚し、安全保障政策が議論されてきた。
同時に集団的自衛権を過度に危険視し、現実から乖離した議論が続けられてきた。わが国が独自の防衛力のみではなく、日米同盟と友好国との国際協調を通じた平和の実現を志向する以上、この制約を解かない限り、柔軟性と実効性ある安全保障協力はもはや不可能であろう。政治的決断によって政府解釈を変更し、集団的自衛権行使を認めるべきである。

*武器輸出三原則の緩和拡大
本来、武器や関連技術の供与は、安全保障の一環として検討されるべきもので、そうした観点からの三原則の見直しは時宜を得た取り組みであろう。三原則の緩和は、高性能地雷探知機や、荒海での離着陸能力の高い水陸両用機など、人道的活動にも有益な日本のハイテク製品の供与・輸出や、自衛隊が平和維持活動で使用した建設機械の相手国への提供など、日本の国際貢献の幅を広げることにもつながる。法の支配、民主主義、自由主義経済という価値観を共有する国に限り、一定の歯止めを設けつつ、一層の緩和を進めることが望ましい。
また武器輸出三原則の緩和拡大は、先端技術の開発が著しい防衛分野で、日本の防衛力の技術基盤を強化し、それ支える中小を含む企業の存続や技術革新につながることから、日本の防衛力の向上にも寄与する。

(4)経済基盤の安全確保に向けた施策:経営者の視点から
*エネルギー・資源安全保障に関する考え方
エネルギー資源のほぼ全量を輸入に頼る日本にとって、その安定的確保は持続的な経済成長の基盤であり、死活的な重要性を持つ。
万が一の輸入途絶やエネルギー価格暴騰等のリスクに備える上ではエネルギー自給率の向上という観点も重要である。そのため本会が主張してきた「縮原発」(注)の方向性を踏まえつつ安定的エネルギー源として、原子力発電を維持していくことは、安全保障上も重要な意味を持つ。
(注)中長期には、老朽原発を廃炉する「縮・原発」が望ましいが、原発全廃で技術を絶やすのでなく、安全性の高い原発実用化により世界に貢献する。国内では再生可能エネルギー、原発、省エネルギーの技術開発を進めながら発電比率を見直していく。

*食料安全保障に関する考え方
国民の生命を支える食料の安全保障については、自由貿易の推進と国内農業の強化・高度化を両輪と捉え、わが国の戦略的選択肢を拡大する方向で推進する。
日本は、現在でも高品質の農産品を世界に輸出しており、単位面積当たりの収穫量も決して外国にひけを取らない水準にある。自由化と平行して、農業改革を推進し、国際競争力のある産業に変革することが必要である。

*シーレーンの安全確保に向けて
沿岸警備体制の強化と並んで、アジア太平洋地域を中心とする多国間連携も重要である。自由で安全な海上交通路(シーレーン)の確保は、成長を続けるアジア太平洋諸国にとっても極めて重要であり、いわば各国の共通利益といえるだろう。こうした利害や価値観を共有する各国との間で、共同訓練・演習を含む協力を行っていくことを念頭に、海上自衛隊の能力について質・量の充実や、部隊配置や運用の柔軟化を図ることが必要である。

(5)アジア太平洋地域における平和構築に向けた日本の役割:日米同盟の強化
*安定の礎としての日米同盟の強化
わが国の防衛、アジア太平洋地域の安全保障にとって、日本が主体的かつ双務的な役割を果たし、日米同盟を強化していくことが極めて重要である。
日米双方に財政制約がある中で、費用対効果の高い防衛体制を確立し、機動的で柔軟な 防衛力の展開により、同盟の抑止力を高めることが求められている。

(6)節度ある防衛力整備
近隣諸国の防衛費の増大傾向からみて、日本の防衛予算規模についても、検討すること。1991年から2011年にかけて近隣諸国の防衛費の規模は中国の590%を筆頭に、倍増またはそれ以上の伸びをみせている。その間、日本の防衛費は、米国ドル建てで1991年に初めて500億ドルを超えて以来、2011年の545億ドルに至るまでの20年間で7.9%の増加にとどまっている。
これは「防衛費のGDP1%枠」という制約の結果といえるが、国際情勢などの変化を顧みず、過去の政治決定を絶対視するような対応は適切ではない。地域的な防衛力のバランスや抑止力の視点から、必要な予算規模を検討し、節度ある防衛力整備を促進すべきである。

(7)「人間の安全保障」のための日本のコミットメント
安全保障の目的は、国家の安全を保障することに加え、一人ひとりの人間の安全を保障すること、すなわち「人間の安全保障」にある。しかし現実には著しい貧困、内乱や紛争等により、人間の安全保障が達成されていない国や地域も残されている。このような現状に対し、日本は「人間の安全保障」という価値を追求し、貧困削減、グローバルヘルス(国際保健)の推進、生活水準の向上のために、積極的なコミットメントを示していくべきである。
こうして紛争、テロ等のリスク低減、人々の生活水準の向上、経済という各国の共通利益の共有と拡大が進むことも期待される。特に日本の成長の源泉、経済活動の基盤があらゆる地域・国と深く結びついているからこそ、世界の平和と安定に積極的に貢献することが日本の責務である。

<安原の感想> 危険な「軍事中心の安全保障」を批判する
 かつて財界(経団連、経済同友会などの企業経営者集団)は安全保障問題への積極的な関与を避けてきた印象がある。私(安原)は現役の経済記者時代、財界を担当した経験もあるが、彼らは「経済で発言」という発想を超えようとすることにはいささかの躊躇が見受けられた。しかし変われば変わるものである。
 今回の経済同友会提言「安保の再構築」を一読した印象では、「図に乗りすぎている財界」とはいえないだろうか。言い換えれば、平和憲法改悪、右傾化、軍事化の推進を視野に収める安倍政権の登場を好機ととらえて、「この際、本音を」という作戦なのだろう。この種の「悪乗り」(その場の調子や勢いに乗って、度の過ぎたことを言ったり、したりすること)はいただけないし、危険な選択である。
 もっとも<(6)節度ある防衛力整備>にわざわざ言及していることは何を意図しているのか。どの組織にも過激派と穏健派が並存していて必ずしも足並みが揃わないのが常であり、財界も例外ではない。一本調子の防衛力増強論に難色を示すグループへの配慮なのか。

 提言は表面では「人間の安全保障」の視点を強調しているが、本音は「軍事中心の安全保障」に傾斜している。私の安全保障観では「軍事中心の安全保障」のほかに、「人間の安全保障」、「いのちの安全保障」も含めて三つに大別できる。現行の日米安保体制はいうまでもなく軍事中心の安全保障である。提言はその内容からみて、実態は米国流の「軍事中心の安全保障」を補強する安全保障観となっている。
 真面目に人間の安全保障を唱えるからには、「軍事中心の安全保障」観を批判しなければならない。それにとどまらず、「いのちの安全保障」こそ今、強調しなければならない。いのちの安全保障論が立脚する基盤は現行の「日本国憲法」すなわち平和憲法である。その前文は次のように宣言している。

 「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会ににおいて、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と。
ここでうたわれている平和生存権の保障を打ち出している日本国憲法の理念をどう生かしていくか。いうまでもなく平和生存権は「日本の宝」であり、大事に育てていかなければならない。ところが愚かにも葬り去ろうとしているのが安倍政権であり、経済界である。そういう悪しき衝動をどう封じ込めていくかが今後の大きな課題である。


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今の平和憲法を守るのが現実的だ
2013年憲法記念日と大手紙社説

安原和雄
 安倍政権の右傾化は、平和憲法に対するメディアの姿勢にどう影響しているか。メディア、特に新聞の役割は本来、権力批判にあるはずだが、安倍政権の登場とともに大きな変化をみせている。特に大手紙では平和憲法について堅持派、条件付き擁護派、改定派の三つに分けることができる。
 私(安原)の主張、立場は堅持派である。主見出しの「今の平和憲法を守るのが現実的だ」は堅持派の東京新聞社説の中から汲み上げた。言い換えれば、軍事力の強化によって国民の安全・暮らしを守ることはできないと考える。安倍政権の右傾化は国の在り方をも危うくするだろう。(2013年5月4日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽憲法記念日と大手紙社説

 2013年5月3日の憲法記念日に大手紙社説はどう論じたか。

 大手5紙の社説見出しはつぎの通り。
*東京新聞=憲法を考える 歴史がつなぐ知恵の鎖
*朝日新聞=憲法を考える 変えていいこと、ならぬこと
*毎日新聞=憲法と改憲手続き 96条の改正に反対する
*讀賣新聞=各党は参院選へ具体策を競え 改正論議の高まりを生かしたい
*日本経済新聞=改憲論議で忘れてはならないもの
なお毎日新聞は5月4日付社説で「憲法と国会 違憲の府を再生しよう」という見出しで、論じているが、これは論評しない。

 昨年と違って今年は改憲派の安倍政権下にあるだけに新聞社説も改憲の流れと無関係ではない。そういう悪しき潮流の中で護憲派の立場を堅持する姿勢を見せているのが、上記の大手紙のなかでは東京新聞である。その主張の大要は後述する。

 さて朝日社説は「憲法には、決して変えてはならないことがある」としてつぎの諸点を挙げている。
・近代の歴史が築いた国民主権や基本的人権の尊重、平和主義などがそうだ。こうした普遍の原理は守り続けねばならない。
・安倍首相が憲法改正を主張している。96条の改正手続きを改め、個々の条項を変えやすくする。日本では両院の総議員の3分の2以上の賛成と国民投票での過半数の承認が必要だ。自民党などの改正論は、この「3分の2」を「過半数」に引き下げる。これでは一般の法改正と同じように発議でき、権力の歯止めの用をなさない。朝日新聞としては96条改正には反対する。

 毎日社説も「96条の改正に反対する」という大見出しでつぎのように指摘している。
・その時の多数派が一時的な勢いで変えてはならない普遍の原理を定めたのが憲法であり、改憲には厳格な要件が必要だ。ゆえに私たちは、96条改正に反対する。
・健全な民主主義は、権力者が「多数の暴政」(フランス人思想家トクビル)に陥りがちな危険を常に意識することで成り立つ。改憲にあたって、国論を分裂させかねない「51対49」ではなく、あえて「3分の2」以上の多数が発議の条件になっている重みを、改めてかみしめたい。

<安原の感想> 平和共存こそ追求するとき
 憲法擁護派の朝日、毎日と違って、讀賣と日経は現行憲法批判の視点から平和憲法に風穴を開けようと考えているらしい。いうまでもなく「言論、思想の自由」は日本国憲法で保障されているのだから軍事力増強論を唱えることも自由ではあるだろう。しかし日本国憲法の前文の次の一節をいま一度玩味したい。

 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と。
 つまり対立・抗争ではなく、平和共存こそ追求すべき「崇高な理想」であると同時に現実的な目標でもあるだろう。それに背を向けるかのように、安倍政権の登場とともに「力への依存症」が強まりつつあるのは危険というほかない。

▽ 平和憲法を守る方が現実的

 東京新聞社説(5月3日付)の大意を以下に紹介する。

 憲法改正を叫ぶ勢力の最大目的は、9条を変えることでしょう。国防軍創設の必要性がどこにあるのでしょうか。平和憲法を守る方が現実的です。
 選挙で第一党になる、これは民主的な手法です。多数決で法律をつくる、これも民主的です。権力が憲法の制約から自由になる法律をつくったら・・・。

*「権力を縛る鎖」という知恵
 日本国憲法の役目は、むろん「権力を縛る鎖」です。立憲主義と呼ばれます。大日本帝国憲法でも、伊藤博文が「君権を制限し、臣民の権利を保障すること」と述べたことは有名です。
 たとえ国民が選んだ国家権力であれ、その力を濫用する恐れがあるので、鎖で縛ってあるのです。
 憲法学者の樋口陽一東大名誉教授は「確かに国民が自分で自分の手をあらかじめ縛っているのです。それが今日の立憲主義の知恵なのです」と語ります。

 「国民主権といえども、服さねばならない何かがある、それが憲法の中核です。例えば13条の『個人の尊重』などは人類普遍の原理です。近代デモクラシーでは、立憲主義を用い、単純多数決では変えられない約束事をいくつも定めているのです」(樋口さん)

 自民党の憲法改正草案は、専門家から「非立憲主義的だ」と批判が上がっています。国民の権利に後ろ向きで、国民の義務が大幅に拡大しているからです。前文では抽象的な表現ながら、国を守ることを国民の義務とし、9条で国防軍の保持を明記しています。

*9条改正の必要はない
 しかし、元防衛官僚の柳沢協二さんは「9条改正も集団的自衛権を認める必要性も、現在の日本には存在しません」と語ります。旧防衛庁の官房長や防衛研究所所長、内閣官房の副長官補として、安全保障を担当した人です。
 「情勢の変化といえば、北朝鮮のミサイルと中国の海洋進出でしょう。いずれも個別的自衛権の問題で、たとえ尖閣諸島で摩擦が起きても、外交努力によって解決すべき事柄です」
 9条を変えないと国が守れないという現実自体がないのです。米国の最大の経済相手国は、中国です。日中間の戦争など望むはずがありません。
 「米国は武力が主な手段ではなくなっている時代だと認識しています。冷戦時代は『脅威と抑止』論でしたが、今は『共存』と『摩擦』がテーマの時代です。必要なのは勇ましい議論ではなく、むしろブレーキです」

 安倍晋三首相の祖父・岸信介氏は「日本国憲法こそ戦後の諸悪の根源」のごとく批判しました。でも、憲法施行から66年も平和だった歴史は、「悪」でしょうか。改憲論は長く国民の意思によって阻まれてきたのです。

<安原の感想> 安倍首相の思考は時代錯誤
 岸信介元首相の「日本国憲法こそ戦後の諸悪の根源」という認識はいかにも彼らしいが、孫の安倍首相を理解するのに「なるほど、この祖父にして、この孫あり」とうなずくほかない。だからこそ安倍首相は戦後の民主主義的なるものをことごとく葬り去ろうとしているのではないか。祖父・岸信介の暗黙の遺言なのかも知れないが、時代錯誤の思考というほかない。
 東京新聞社説のように<憲法施行から66年も平和だった歴史は、「悪」でしょうか>と疑問を提起したくなるのは当然であろう。

 ここで元防衛官僚3人組の「志」に注目したい。その3人とは、防衛省元幹部の箕輪登政務次官(1924年生まれ)、竹岡勝美官房長(1923年生まれ)、小池清彦教育訓練局長(1937年生まれ)で、共著『我、自衛隊を愛す故に、憲法9条を守る ― 防衛省元幹部3人の志』(かもがわ出版、2007年3月刊)が知られる。
 著作中の小見出しを紹介すると、「もう一つの疑義 米国追随」、「アジア・中東覇権のための米軍基地」、「安保条約を友好条約へ」、「平和な日本が続くことを願って」、「イラク派兵は戦争参加そのもの」、「自衛官は海外で戦争するために志願したのではない」、「過去の戦争を繰り返さぬために新憲法ができた」、「反対意見に耳を傾けたら戦争は起きない」、「戦争は惨めだ 軍事国家になってはならない」などが並んでいる。
 平和憲法支持の観点からの反戦思想そのものとはいえないか。安倍首相の時代錯誤の思考とは180度異質である。


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