「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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内需重視と地域自立型経済の選択を
TPP依存型の成長戦略は間違いだ

安原和雄
野田佳彦首相は10月28日、衆参両院の本会議で就任後2度目の所信表明演説を行い、TPPの交渉参加についてこう述べた。「引き続きしっかりと議論し、できるだけ早期に結論を出す」と。いかにも官僚答弁という印象だが、首相のハラはすでに交渉参加に決まっている。
TPP参加は何をもたらすか。日本の「国のかたち」を<壊す>のか、それとも<新たに築いていく>のか。望ましい選択は<新たに築いていく>路線である。これはTPP依存型の成長戦略は間違っているという認識に立って、国内需要重視、地域自立型経済、反グローバル化を選択する路線である。(2011年10月29日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 毎日新聞「記者の目」に学ぶこと

 毎日新聞(10月27日付)「記者の目」(筆者は東京地方部・位川一郎記者)が目下、日本の政治・経済最大のテーマとなっている環太平洋パートナーシップ協定(TPP=Trans Pacific Partnership Agreemen。環太平洋経済連携協定ともいう)参加問題について読み応えのある正論を述べている。その主見出しは「輸出依存 もう見直す時だ」で、このほか「TPP交渉参加は本当に必要か」「農業、医療などリスクが大きい」「内需重視し地域自立型に」などの見出しが並んでいる。TPP問題を学ぶ上で有益な「目」を提供している。
 以下、その大要を紹介する。

 政府は「アジア太平洋の成長を取り込む」として参加を決めたいようだ。しかしこれ以上海外に依存した成長を目指す戦略は間違っている。国民の大多数にとって、TPPのリスクは大きく、メリットはわずかだろう。野田首相が参加を思いとどまることを願う。

*農業、医療などリスクが大きい
慎重派は多くのリスク、問題点を挙げている。
・関税撤廃で打撃を受ける農業
・「混合診療」の全面解禁や株式会社の参入による公的医療保険の縮小
・遺伝子組み換え作物の表示、残留農薬などの食品基準の緩和
・公共事業の発注ルールや日本郵政の簡易保険への影響など
 影響を受けるのは日本だけではない。TPP加盟国は、ビジネスの「障壁」を除くために国内規制の緩和を求められる。推進論者は「アジア太平洋のルールづくりに日本がかかわるべきだ」と声をそろえるが、誰のためのルールなのかと問いたい。

 そもそも輸出や海外進出に依存した経済成長はもはや国民を幸福にしないのではないか。輸出主導で景気が回復した03~07年度の間に、企業の経常利益は48%増え、株主への配当金は94%増えた(財務省の法人企業統計)。しかし同じ期間に労働者の賃金は0.3%下がった(厚生労働省の毎月勤労統計)。輸出企業が、新興国などの安い製品と競争するために人件費をカットしたからだ。
 経済連携を広げ、輸出と対外投資を増やしても、利益を得るのは輸出企業とその株主だけで、賃金と雇用は増えない構造といえる。

*内需重視し地域自立型に
 中長期的な政策の方向としては、国内の需要に注目することの方が重要だろう。供給過剰(需要不足)の日本経済だが、環境、自然エネルギー、福祉、食などのように供給が足りない分野はまだ多い。むやみに海外へ販路を求める前に、国内で必要な製品、サービスが十分に提供され、雇用も確保される経済が望ましい。同時に税などによる所得再配分で格差を是正すれば、中間層の厚味が戻り、個人消費が増え、景気回復の力にもなる。

 特にグローバル化の対極にある「地域」の役割はもっと評価されていい。原発やショッピングセンターに象徴される外部からの大規模投資は、あちこちで地域の自立を損ない、コミュニティーを破壊し、人と人との絆など国内総生産(GDP)の数字に表れない便益が失われた。もう一度、地場の企業や自治体などが主役になって、身近なニーズに応える自立経済を築いてほしい。その際、経済評論家の内橋活人氏が提唱する「FEC自給圏」、つまり食料(Food)、エネルギー(Energy)、福祉(Care)の自給という考え方が指針になるだろう。

 貿易には資源を浪費し地球に悪影響を与えるというマイナス面があることも、忘れてはならない。食品の遠距離輸送が大量の化石燃料を消費することを示す「フードマイレージ」が知られているが、同じ問題はあらゆる物品に存在する。消費者は生産地が遠いほど、そこで起きる資源・環境問題を実感しにくい。安く輸入すればそれでハッピーなのか、改めて考えるべきだ。
 「鎖国」の勧めを述べているのではない。日本はすでに国は開かれ、海外からの果実も十分得ている。言いたいのは、もっと自国の足元を見つめようということだ。

▽ <感想> 「新しい国のかたち」(1) ― 王道としての内需主導型

 TPP参加問題をめぐる目下の布陣は、反対派と推進派が相対立しており、21世紀版「関ヶ原の決戦」ともいえる天下分け目の戦いを思わせる雰囲気となってきた。どういう「国のかたち」を創っていくのか、言い換えれば<壊す>のか、それとも<新たに築いていく>のかをめぐる決戦ともいえる。

 上述の「記者の目」の主張からキーワードを引き出せば、「輸出・海外投資依存時代の終わり」「内需主導型経済への転換」「賃金・雇用の保障」「反グローバル化」「地域自立型」「コミュニティーの再生」「人と人との絆の復活」 ― などを挙げることができる。これらのキーワードからも推察できるように「記者の目」は、「国のかたち」を<壊す>のではなく、<新たに築いていく>視点に立ち、その旗幟(きし)鮮明である。その旗印には大書された「国民の幸せ」という文字を心眼で読み取ることさえできる。しかしそこへ至る道程は決して平坦とはいえない。

 「内需主導型経済」は経済のあり方として王道であり、そのすすめ自体は珍しいわけではないが、「輸出・海外投資依存時代の終わり」という認識と抱き合わせで、「内需主導型経済への転換」を力説しているところが新鮮である。「賃金・雇用の保障」のためにも「内需主導型経済への転換」は大前提であり、しかも特に大企業は巨額の内部留保を吐き出す必要がある。これこそが「世のため人のため国のため」、すなわち企業の21世紀版社会的責任の実践であり、企業を今後存続させるのに不可欠の要件でもあるだろう。

▽ <感想> 「新しい国のかたち」(2) ― 反グローバル化と地域自立型

 ここで「反グローバル化」について説明しておきたい。このグローバル化の時代になぜ反グローバル化なのかという疑問が生じるに違いない。上述の「記者の目」は末尾で<「鎖国」の勧めではない>とわざわざ断っている。その配慮に着目したい。
 グローバル化には二つの意味が混在している。
 一つは企業や投資家が世界を股にかけて私利追求に余念がない行動を指している。進出先の現地の低賃金などがグローバル化の誘因であり、私利追求に支障が生じると、躊躇なく引き揚げるのが彼らの身勝手な習性である。これは企業や富裕層などのグローバル化である。もう一つは一人ひとりの市民レベルの自由な海外への旅行・移動であり、国境を越える国際化=国際交流とも呼ばれる行動である。
 反グローバル化は、前者の私利追求を第一とするグローバル化を抑制することを意味する。一方、後者の国際交流は尊重されるべきであり、今後一層盛んになることが望ましい。「目」が<「鎖国」の勧めではない>というのは、後者の国際交流を重視していると理解したい。
 
 内需主導型経済の柱の一つが地域自立型経済の建設である。現下の課題は地域経済の疲弊をどう打開していくかである。「記者の目」は次のように指摘している。
 グローバル化の対極にある「地域」の役割はもっと評価されていい。原発やショッピングセンターに象徴される外部からの大規模投資は、あちこちで地域の自立を損ない、コミュニティーを破壊し、人と人との絆など国内総生産(GDP)の数字に表れない便益が失われた。もう一度、地場の企業や自治体などが主役になって、身近なニーズに応える自立経済を築いてほしい、と。
ここでは「地域の自立」「コミュニティーの再生」「人と人との絆の復活」を視野に収めている点を評価したい。特に「人と人との絆」のような「GDPの数字に表れない便益」の重要性に触れていることに着目したい。私(安原)はかねてからGDP(お金で入手できる市場的、貨幣的価値)のほかに非GDP(マーケットでお金を出しても購入できない非市場的、非貨幣的価値)の重要性を提唱してきた。ここで挙げられている「絆」などはその一例である。この「絆」のような心の通い合いをもっと大切にしなければ、それこそ日常の暮らしに潤いや精神的ゆとりが期待できない。

こう見ると、まさに21世紀版「決戦」の時といえる。私自身はむろん「国のかたち」を<壊す>陣営ではなく、<新たに築いていく>陣営の一員であることを自任している。

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「99%の反乱」が狙う相手は何者?
正体は貪欲な新自由主義者たちだ

安原和雄
日本を含めて地球規模に広がった「99%の反乱」が狙う1%の相手はそもそも何者なのか? 「超リッチ」と呼ばれる富裕層であることは間違いない。しかしただの大金持ちという認識にとどまっているなら、街頭デモは貧者のねたみとも誤解されかねない。
1%の正体は貪欲な新自由主義者たちにほかならない。彼らは対外侵略戦争を行使して恥じないだけではない。弱肉強食、不平等、格差拡大、貧困層増大 ― という巨大な不公正を広げながら私利をほしいままにしている。日本では多様な不公正はもちろん、「原発」も批判の的になっている。(2011年10月23日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽ 「我々は99%」の仲間だ ― 都心で「反貧困、反原発」の集会

 米国の「ウオール街を占拠せよ」のデモに始まり、世界に広がった「99%の反乱」日本版は、これまで情報不足の印象が否めなかったが、毎日新聞(2011年10月19日付)夕刊の<特集ワイド 「我々は99%」の仲間だ>(主見出し)がかなり詳しく伝えているので、紹介(要旨)する。脇見出しは<「怒れる若者たち」集会>、<世界と連動 約100人>、<都心で反貧困、反原発>など。

 「貧乏人はカネも権力もないけれど、仲間はいるぞ! 集まるぞ!」
 六本木ヒルズなど高層ビルが建ち並ぶ東京都港区六本木。15日正午すぎ、ビルの谷間の公園にツイッターなどの呼びかけに応じた約100人が集まった。20代から40代ぐらいが大半だ。
 公園の中央には野菜カレーの大鍋やコーヒーポット、スローガンを書くための段ボールとペンがあった。従来のデモや集会にはない光景。手ぶらできた人たちも空腹を満たし、主張を訴えられるようにする工夫だ。
 東京都内では同日、別の2カ所でデモが呼びかけられていたが、ここではできるだけ参加者に発言してもらいたいと、集会にした。

 集まった人たちが一番多く掲げたのは「WE ARE THE 99%(我々は99%)」というウオール街発のスローガンだ。格差是正、特権批判などさまざまな意味が読み取れる。この「99%」がキーワードらしい。
 「若者も怒っているよ!! 怒!怒!怒!」「格差是正・反失業」「富はすべての人のために」「原発輸出反対」「兵器より社会保障を」と手書きされた段ボールも掲げられた。政党や労組が呼びかけるデモや集会にはみられない多彩さ。つまりは、あいまいさやまとまりのなさが特徴だ。

 集会が始まった。この日の集会を呼びかけたNPO「アジア太平洋資料センター」の事務局長(40)が語りかけた。「先進国の市民が<我々は99%>と言い始めた。アジアやアフリカなどの途上国でも貧困は解決されてこなかった。途上国と先進国の貧しい人たちがようやく同じ地平に立てた記念すべき日です。 一 人ひとりが声を上げることから始めたい」と。
 「反貧困・反被ばく労働」と英語で掲げた東京都在住の女性フリーター(27、高校時代は福島市)は「この瞬間も原発で被ばく労働に従事している人たちがいる。原発事故は止まっていない。福島県民は被ばくし続けている。原発は止めなければならない」と声をふり絞った。「貧しい人たちが原発産業を支えている。貧困と原発は一直線でつながっている」と主張する。「アメリカの人たちが<反原発で連帯しよう>と言ってくれて心強かった。ここに来て、世界とつながるきっかけができた。何かが始まるような気がする」と目を輝かせた。

 集会会場で仲間たちとドラムをたたいていた中央大学の準教授(アメリカ経済論)に「99%」の意味を聞いた。
 「99%と1%の間に線を引くことで階級的な区別を示しつつ、同時に99%の中のいろんな階層や立場の人々すべてが仲間なんだというメッセージにもなっている。多様性を受け入れることは運動の創造性を高めるだろう」
 その流れは日本にも波及するのだろうか。
 「日本では集会やデモに対する規制がアメリカ以上に厳しい上、日本人は学校でも自分の意見を積極的に表明するよう教育されていない困難さがある。しかしユニークな街頭デモをする東京・高円寺の<素人の乱>など、日本でも似たスタイルの運動が芽生えている。広がる可能性はある」

▽ 「米の反格差デモ」の背景と今後の展望

 ここでは毎日新聞(10月21日付)のオピニオン面「論点」の「米の反格差デモ」を読んで、反格差デモを促している背景、今後の展望について紹介する。この論点には高祖岩三郎さん(翻訳家・米ニューヨーク在住で、今回の運動に準備段階から関わっている)、青木冨貴子さん(ジャーナリスト・作家、ニューズウイーク日本版ニューヨーク支局長を務めた。ニューヨーク在住)、村田晃嗣さん(同志社大教授・国際関係論、米ジョージ・ワシントン大留学)の3人が登場している。

* 占拠運動は誰も予想しえなかった成功=高祖岩三郎さん
ますます勢いを増し、全世界に伝播(でんぱ)しつつあるウオール街占拠運動は、8月の準備段階では誰も予想しえなかった成功を収めている。
 参加者は日々の生活、抗議行動、教育文化活動を共有し、新しい共同体の構築を目指している。内部に差異と対立がないわけではない。だが議会政治に信を失った民衆が自らの生を変容させ、相互交換を通して下からの新しい政治を創出し、世直しに着手するという地平は共有している。
私個人にとっては何が変わったか? 決定的なのは、普段同じ場面で会わない異なった分野の友人たちが、一堂に会するようになったことである。さまざまな活動家、知識人、アーティストらが、場を同じくし始めている。信じがたいほどうれしい。この事実が、新しい社会関係の深く広い形成を物語っている。

* 1%と99%の間の信じられない不平等=青木冨貴子さん
 彼らの抗議活動がたった4週間で全米150都市以上に拡大したのは、米経済に対するいらだちや怒りが市民の間で大きなうねりとなって広がってきたからだ。「潰すには大きすぎる」との理由で市民の税金を注ぎ込んで救われた大銀行会長が数百万ドルの高収入を得る一方、職を失いマイホーム・ローンも焦げ付いた市民には何の救済策もない。
 1%のスーパー・リッチは景気後退に入る前、すでに所得の23.5%を独占。全米資産の半分以上、金融資産の70%以上を所有していた。さらにブッシュ前大統領の大型減税策の恩恵を受け、彼らの支払う所得税率は中間層より低いという信じられない不平等が横行している。
 「昨年、私の払った連邦税はたった17%。下で働く20人より低かった」とニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したのは1%に属する投資家のウオーレン・パフェット氏。もっと税金を払いたいと提案し、超リッチのなかに賛同する声もあると記している。

* 日本でも反乱の可能性=村田晃嗣さん
 米国での「小さな政府」を唱道する茶会運動が、すでに保守派の中で大きな広がりをみせている。「ウオール街占拠」運動は、貪欲への規制強化を求める点で茶会運動とは正反対のベクトル(大きさと向きをもつ量)にある。茶会運動が1980年代のレーガン主義へのノスタルジアだとすれば、「ウオール街占拠」運動はレーガン主義の帰結への異議申し立てである。しかし両者とも明確な組織と指導者を持たない点では共通している。再選をめざすオバマ大統領への痛烈な批判でも、両者は一致する。
 わが日本ではどうか。日本の政治も、与野党が強さを競うより弱さを争う事態になっている。多くの企業が新卒一括採用にこだわるため、大学生の就職は卒業前の景気に大きく左右される。やがて日本にも怒れる若者の反乱が起こるかもしれない。

▽ 「99%の反乱」が狙う1%の正体(1) ― 貪欲な新自由主義者たち

 「99%の反乱」を伝えるニュースやその論評を読みながら、隔靴掻痒(かっかそうよう)の感が否めない。痒(かゆ)いところに手が届きにくいという印象が残る。なぜなのか。地球規模のデモにまで広がった「99%の反乱」が怒りを燃やしている相手が例えば「超リッチ」であることは間違いない。しかしその正体がニュースや論評からは見えにくいのだ。
 問題は、その「超リッチ」とは何者なのか? ただの大金持ちにすぎないのか。それだけの認識にとどまるなら、大金持ちに対する貧乏人の怨(うら)み、ねたみ、その憂(う)さをはらすためのデモにすぎない。それでは持続性は期待できない。
 ここでは標的にすべき相手は、「超リッチ」とそれを可能にしている政治、経済、社会の構造にかかわる悪しき政策路線とその担い手として捉えたい。これが世界のデモが狙うべき「貪欲の群れ」であり、新自由主義者(=市場原理主義者)たちである。これこそが「99%の反乱」を歴史的必然としている1%の正体である。

 新自由主義(=市場原理主義)は、別名新保守主義とも呼ばれ、1980年代以降の主流派経済思想として市場原理にこだわり、「小さな政府」(福祉や教育にも市場原理の導入を図る)を徹底させることをめざした。この新自由主義の主唱者はシカゴ大学を拠点とするシカゴ学派で、そのリーダー、M・フリードマン(1912~2006年、1976年ノーベル経済学賞受賞、著書に『選択の自由―自立社会への挑戦』など)が著名である。
 この新自由主義登場の背景には経済の急速なグローバル化(地球規模化)という事情がある。多国籍企業など大企業が地球規模での生き残り競争に打ち勝つためのイデオロギーであり、支援策を意味している。

 その具体例はサッチャリズム(イギリスのサッチャー首相は1979年就任と同時に鉄道、電話、ガス、水道など国有企業の民営化、法人税減税、金融や労働法制の自由化などを実施)、レーガノミックス(1981年発足した米国・レーガン政権の軍事力増強、規制の緩和・廃止、民営化推進など)、さらに中曽根ミックス(1982年発足した日本の中曽根政権にみる軍備拡張、日米同盟路線の強化、規制の緩和・廃止、民営化推進=電電公社、国鉄の民営化など)から始まった。
 特に2000年以降、米国のブッシュ政権さらに日本の小泉・安倍政権による新自由主義路線は市場原理主義と軍事力強化とが重なり合っていた点を見逃してはならない。
 ブッシュ政権は、「テロとの戦い」「大量破壊兵器の保有」などを名目にアフガニスタン、イラクへの攻撃・占領支配を続けて、これまで巨額の戦費(約1兆ドル=約76兆円)を浪費し、米国内の貧富の格差を一層拡大させただけではない。米兵の犠牲者だけですでに4000名を超え、開戦の名目にした「9・11テロ」による犠牲者約3000名をはるかに上回っている。イラクの民間人死者は11万人超にのぼる。
 オバマ米大統領は2011年10月21日、イラク駐留米軍を年内にすべて撤退させることを表明、これで9年近く続いた無謀なイラク戦争(2003年3月開戦)はようやく終結する。しかし米国の新自由主義路線に大きな変化はみられない。

▽「99%の反乱」が狙う1%の正体(2)― その日本版は野田政権

 日本の場合、「構造改革」という名の新自由主義路線の土台になっているのが日米安保体制=日米同盟(軍事同盟と経済同盟)である。特に指摘すべきことは、新自由主義路線には一つは日米軍事同盟の強化(沖縄の米軍基地強化など)、もう一つはグローバル化の名の下に利益、効率追求第一主義に立って強行されてきた弱肉強食、不公正、不平等、多様な格差拡大、貧困層増大 ― という二つの側面が表裏一体の関係で構造化している点である。

 民主党政権の誕生によって新自由主義路線が変化するのではないかという期待も一時広がったが、野田政権の登場とともにその期待は消え失せた。新自由主義路線の完全な復活といえる。野田政権は日米軍事同盟の強化を是認・推進しようとしているだけではない。

 例えばTPP(Trans-Pacific Partnership Agreement=環太平洋経済連携協定。現在参加しているのは米国など9カ国)である。これは従来の貿易自由化と違って、関税ゼロによる完全自由化、徹底した規制緩和をめざすものである。対象となる分野は農林魚業、食糧、食品に限らない。医療の自由化による保険のきかない診療の増加、さらに労働ルールの規制緩和によって低賃金、非正規労働の増加も避けがたい。
 野田首相は米国主導のこの協定参加に積極的であり、日本の「99%の反乱」の火に油を注ぐ所業に等しいといえるのではないか。

 例えば原発推進である。菅前首相は退陣直前に「脱原発」を唱えた。これに対し野田首相は「原発推進」の立場である。もちろん「原発増設」は禁句らしいが、「脱原発」は拒否している。原発を推進してきた政・官・財・学・メディアなどからなる「原発推進複合体」の解体が急務となっているにもかかわらず、野田首相を含む「複合体」の面々はいまなお抵抗を続けている。新自由主義者たちの懲(こ)りない残党というほかない。

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「99%の反乱」がめざすもの
「反格差」から「反資本主義」まで

安原和雄
「反格差」の街頭デモが世界に広がった。前例のない地球規模の広範なデモである。1%(富裕層)に立ち向かう99%(貧困層)が打ち出したデモであり、「99%の反乱」ともいえよう。
 スローガンは「格差是正」にとどまらない。見逃せないのは「資本主義反対」、「資本主義と戦う」などの資本主義体制そのものを批判するスローガンまで掲げられたことである。このデモは「新時代の先駆け」となるかもしれない。(2011年10月17日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 世界に広がるデモ(1) ― 新聞メディアはどう伝えているか

 10月15日東京をはじめ世界各地で市民参加のデモが行われた。アジア、欧米など世界82カ国、951の都市でデモが実施されたと伝えられる。これは米ニューヨーク・ウオール街で一カ月も続いている「格差是正」などを求めるデモがインターネット上での呼びかけに応じて世界に拡大したものである。以下、日本の新聞メディア(10月16日付)の報道振りを見出しを中心に紹介する。

*東京新聞=一面トップ記事で東京のほか、ソウル、ローマ、ロンドン、ニューヨークでのデモ風景をそれぞれの写真付きで伝え、かなり派手な紙面づくりとなっている。
見出しは、以下の通り。
「反格差」に世界呼応 約80カ国、暴徒化も 
反TPP 反原発も 東京も声を束に
*朝日新聞=記事量が多いのは朝日で一面から二面にまで及んでいる。
見出しは以下の通り。
一面=世界80カ国「反格差」デモ 失業不安、ネットで連携
二面=生きるため街へ出る @マドリード=「仕事もない。家もない」 @ニューヨ-ク=「アメリカは不公平だ」 @東京・六本木=学費・原発・TPP 
*毎日新聞=一面と社会面で扱っている。
一面=反格差デモ 欧州騒然 ローマでは一部暴徒化
社会面=「参加に意義」 反核差デモ東京は500人
*読売新聞=二面で扱っている。見出しは反格差デモ、世界に拡大
*日本経済新聞=五面で写真(15日、ローマの観光名所コロッセウム=古代の円形闘技場=の前で金融機関を批判するデモ隊)をあしらって記事もかなり詳しい。
見出しは以下の通り。
反ウオール街デモ、世界に波及 「格差」「反緊縮」・・・主張は様々 香港・ロンドン・ローマなどで 東京でも集会 

 なお朝日新聞(10月15日付)は<外務省「行かないで」>という見出しで次のように報じた。
 外務省は14日、経済格差是正などを求めるデモが続いているニューヨーク・ウオール街に行かないよう呼びかける渡航情報を出した。外務省は、デモに遭遇したら、すぐにその場から離れ、興味本位で近付かないよう求めた。

 この記事を読んで私(安原)は思わず苦笑してしまった。万一の場合、外務省の雑用(邦人保護)が増えるから、とでもいう懸念があるのだろうか。日本人の海外渡航者は一人前の市民ではない、という外務官僚の意識が垣間見える。それに「反格差」デモ自体を危険視しているらしい。この程度の市民感覚では、その外務省自体がやがてデモの対象になりかねないことを覚悟する必要があるのではないか。

▽ 世界に広がるデモ(2) ― 何を訴えているのか

 世界の各地でのデモは何を訴えているのか。新聞見出しだけではうかがえない市民の声を10月17日付までの新聞メディアの報道記事から拾い出してみたい。なおそれぞれの記事について掲載の新聞紙名は省略する。

・台北では約1000人の若者が超高層ビル「台北101」の周りで「仕事が欲しい」などと書いたプラカードを手に行進した。また格差拡大は来年1月の総統選挙の争点でもあり、「資本主義反対」と一斉に唱える人々もいた。
・韓国ではソウル市内で約600人が市役所近くの広場で合流し、横断幕には「1%(の富裕層)を代弁する資本主義は壊れた」の文字も見られた。また「1%に税金を、99%に福祉を」「私たちは1%に立ち向かう99%だ」、さらに保険会社員の女性は「高層ビルで働き、高級を稼ぐ1%の富裕者がいる一方、食べることにも事欠く人々がたくさんいる」と訴えた。
・香港では香港取引所前広場に約500人が集まり、大学講師が「世界の抑圧された人々と連帯し、資本主義と戦う」と話した。
・シドニーの豪準備銀行(中央銀行)前に集結した市民らは「企業の強欲ではなく人間的な要求を」などとシュプレヒコール(一斉の唱和)した。

・マドリードでのデモに集まる大学生主体のグループ「将来なき若者」のスローガンは「家もない。仕事もない。年金もない。ただ、我々には恐れもない」だ。「政治は金融市場の声しか聞かない。私たちが欲しているのは、生身の人間の声が届く政治だ」の声も。スペインの失業率は21%、若者に限れば、45%にのぼる。
・ローマにはイタリア全土からデモに約10万人が集まり、「我々は銀行の資産ではない」などと金融機関や政権を批判した。イタリア下院が14日、ベルルスコーニ内閣の信任案を可決したことや財政悪化に憤慨した一部参加者が暴徒化し、国旗を燃やしたり、車に放火したりした。
・ロンドンでは1000人以上が金融街シティーの中心に終結、「ノー・カット」と書かれたプラカードを掲げ、緊縮財政を批判したほか、「銀行は我々の経済をギャンブルの対象にした」と金融機関や巨大企業を批判した。建設作業員の男性(28)は「大勢の若者が失業に苦しむ中、公的資金に助けられた銀行の行員は高額のボーナスをもらっている。あまりに強欲だ」と怒りをぶつけた。

・ニューヨーク・ウオール街近くの公園の「占拠」が始まって1カ月(10月17日)になる。昼間は連日1000人以上でにぎわい、夜も数百人が野営する。シカゴから来た野営組の一人(28)は「初めて私たちの世代が団結して<アメリカは不公平だ>と声を上げた。アメリカは変わるかもしれない。参加しなければ一生後悔すると思った。資産次第で地位や接し方まで決まる米国の<拝金社会>を変えたいと願う」と。
カリフォルニア州から来た男子大学生(19)は訴えたいことが山ほどある。「人間はなぜ差別するのか。ソマリアで多くの人々が飢えているのに米国では毎日多くの食料品が廃棄されている。親も友達も、僕をクレージーと思っている。でも、今よりましな世界をつくるにはどうしたらいいか、ここでは議論できる」と。

・東京都内では日比谷、新宿、六本木の各会場でそれぞれ200人前後の人が練り歩き、「格差をなくせ」「東京を占拠せよ」と叫んだ。東京電力本店や経済産業省の前では「原発反対」「福島を返せ」の声も。TPP(環太平洋連携協定)反対を訴えた品川区の料理講師(45)は、「世界中で一緒に立ち上がろうという声に呼応してみようと思った」と笑顔で話した。
手作りのプラカードには「みんなに家を! 職を!」、「原発も格差も根っこは一つ」、「だれかを犠牲に安穏と生きるのは卑怯な生き方だ」など多様な声が映し出されている。

▽ 過去の大規模な米国市民運動とどう異なるのか

 今回の反格差運動と、過去の米国で発生した大規模な市民運動はどこが異なるのか。毎日新聞(10月17日付)は「アメリカの文化戦争」などを著した作家、1960年代に学生活動家で、現在コロンビア大学のトッド・ギトリン教授(社会学)の見解を載せている。その大要は次の通り。

 60年代に米国では二つの大きな市民運動が発生した。人種差別撤廃を訴えた公民権運動と、ベトナム反戦運動だ。いずれも隆盛となった後に一部は先鋭化または武装化して、運動は分裂した。今回は初めから分裂しており、経緯が逆なのが新しい。
 各地の運動は、地域ごとにその形態が異なるようだ。米国の文化的な多様性のためだが、何が起きているのか分かりにくくしている原因でもある。
 「我々は99%」のフレーズは、さまざまに受け止めることができる。私はこれを「米国には富裕層があり、それは廃止させなければならない」と読んだ。他の読み方をする人もいるだろう。つまり運動が普遍的で参加しやすいのだ。
 明確さを好む私のような人間は当初、この運動を「すぐ終わる」と疑っていた。だが1カ月続いた。虚心に注目していきたい。
 60年代の運動から得るべき教訓はまず「非暴力」の重要性だ。これはとてつもない力となる。運動組織内の融合を図ること、一時的な熱狂に支配されず、長続きする運動とすることだ。

<安原の感想> 世界に広がるデモは「新時代の先駆け」か

 上述のギトリン教授の見解は興味深く読んだ。特に次の2点に着目したい。<この運動を「すぐ終わる」と疑っていたが、1カ月続いた。虚心に注目したい>であり、もう一つは<「非暴力」の重要性>である。
 前者はかつての学生活動家も今回の運動の持続性を読み誤ったことを意味する。それだけ運動に過去とは異なる質的変化がみられるということだろう。後者の非暴力の重要性は、いくら力説しても、過ぎるということはない。ローマで一部参加者が暴徒化したと伝えられるが、「一時的な熱狂」にすぎないのか、それとも陰で操る「反デモ」工作が存在したのか。

 さて問題は、世界に広がるデモの波は新しい時代の始まりなのか、どうかである。結論を急げば、私は「新しい時代の先駆け」ではないかという思いを棄てきれない。もちろんデモの波がいつまでも続くわけではないだろう。しかしデモのスローガンに書き込まれた要求、希望、期待は、やがて雲散霧消するという性質のものではない。
 正面に掲げられたスローガンは「反格差」である。それは当然の要求として、世界に広がったデモでは「反格差」のほかに「資本主義反対」、「資本主義と戦う」、「原発も格差も根っこは一つ」などが掲げられた。これは格差は表面に出てくる現象であり、それをもたらす根っこにあるもの、つまり現資本主義体制そのものに目を向けようとする姿勢である。かつての米国での公民権運動、ベトナム反戦運動などの市民運動の枠を踏み越えようとしているようにもみえる。「新しい時代の先駆け」とはそういう意味である。

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対米戦に勝利した総司令官100歳に
新しい平和(=非暴力)観を求めて

安原和雄
 ベトナム解放戦争の総司令官だったあのボー・グエン・ザップ将軍が健在で、100歳を迎えたというニュースがインターネット上で飛び交っている。ザップ将軍は私(安原)にとって実は忘れがたい思い出がある。ベトナム戦争中、私は経済記者として戦争の行方に大きな関心を抱いていた。ザップ将軍の論文の一つ、「ベトナム人民の解放戦争はかならず勝つ」を読んで、「アメリカは負けるのではないか」と直観した。事実その通りに歴史は動いた。
 ベトナム戦終了後30数年の歳月を経て、いま改めて考えるべきことは何か。それは平和とは何か、である。「平和=反戦」という従来の平和観を超えて「平和=非暴力」という新しい平和観をつくっていくときである。(2011年10月8日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 『早乙女さんと行くベトナム解放30周年記念ツアー』という題名の記録文集(執筆者約40名)がある。私(安原)が寄せた感想文の中から、ザップ将軍(1911年8月25日生まれ)の戦争観、アメリカのベトナム侵略戦争とその悲劇にかかわる記事(大要)を以下に紹介する。

▽ 解放戦争とボー・グエン・ザップ将軍

 作家、早乙女勝元氏を団長とする「ベトナム解放30周年記念ツアー」(2005年3月末から4月はじめにかけて)に参加する気になったのは、アメリカの侵略からベトナムを解放する人民戦争の総司令官だったボー・グエン・ザップ将軍と会談できると聞いたからである。将軍はどういう人物なのか、この目で確かめてみたいという誘惑に駆られた。そしてかつてのベトナム解放戦争の英雄がいまの日本、アジアそして世界をどう見ているのか、世界平和の将来図はどうかなどに関心があったからである。これには若干の背景説明が必要だろう。

1965年(昭和40年)頃、私は新聞社の経済記者としてベトナム戦争の行方にも大きな関心を抱いていた。当時「ベトナム特需」が話題になり始めていた。ベトナム戦争後をにらんだ復興需要のお陰で日本の経済界が潤うという虫のいい胸算用でもあった。経済記者としてベトナム戦争に無関心でいるわけにはいかなかったのだ。当時、将軍の人民戦争に関する論文はかなり読んだ。
 その一つ、「アメリカ帝国主義とその手先にたいするベトナム南部人民の解放戦争はかならず勝つ」と題する論文(ベトナム労働党中央機関紙『ニャンザン』、1964年7月19日付)は次のように述べている。

 「解放戦争の対象は、アメリカ帝国主義とその手先の新植民地主義である。彼らは物質的には強力であるが、精神的、政治的にはきわめて弱い(中略)。敵の力に比べてわが人民の力はいまのところ物質的にははるかに弱いが、政治的、精神的には逆にきわめて強い。(中略)アメリカ帝国主義は世界の進歩的世論からばかりでなく、同盟諸国からさえ非難を浴びる始末で、彼らは明らかに孤立している。(中略)解放戦争は長期にわたる激烈なものだが、最後には必ず勝利する。(中略)人民の戦争は新しく大きな大衆の創作であり、つねに勝ち、敗れることがない」

私は当時、この種の論文を読みながら「アメリカは負けるな」と直観した。そして取材先の経済人たちに「アメリカは負けるよ」と議論を吹っかけて歩いた。彼らの反応は「世界最強の軍事力を誇るアメリカが敗れるはずはない」、「しかし停戦はいつかはやってくる」であった。人民戦争の政治的、精神的な力量を視野の外におく誤りを正さないかぎり、また軍事力絶対主義にとらわれた固定観念を捨てないかぎり、「ベトナムの勝利」は見えてこない。しかしそれから10年後の1975年4月30日アメリカ軍は敗退し、人民戦争の勝利が歴史に記録された。
以上のような個人的ないきさつから私の胸中にずっと「アメリカの敗退 ― 人民戦争の勝利 ― ザップ将軍の英雄的指導、すなわちベトナム」という図式が大きな比重を占めていた。

▽ 世界最大のテロリストは誰か?

ベトナムを訪ねて認識がより鮮明になったのは、アメリカの侵略戦争による悲惨な後遺症がいまなお続いていることである。その一つは、後に世界中の話題となったベトナム中部のソンミ村における米軍の大虐殺である。1968年3月16日早朝、ヘリに分乗した約100人の米兵が村を急襲、無抵抗の幼子も含めて504人の村民を手当たり次第に虐殺して回った。奇跡的に生き残ったのはわずかに8名だった。後に有罪判決(注1)を受けたのは指揮した小隊長のカリー中尉だけである。
 「すべてを焼き尽くせ」、「皆殺しにせよ」、「すべてのものを破壊せよ」を合い言葉に米軍兵士たちは、1人殺すたびに「ワン スコア」(1点)、もう1人の命を奪うと、「ワン モア スコア」(もう1点)と数えたという証言を聞いた。これはまさしく虐殺ゲーム以外の何ものでもない。これが人間性を喪失した侵略兵の本性である。ソンミ村の破壊跡に建てられた記念館の追悼碑には犠牲者全員の氏名が刻みこまれている。
(注1)米政府はこの戦争犯罪を闇に葬ろうとしたが、明るみに出たため、1970年の軍事法廷で14人を起訴した。しかし有罪判決(終身刑)を受けたのは、小隊長のカリー中尉のみで、その後10年の刑に減刑され、74年に仮釈放された。

アメリカの侵略戦争の目的は「ベトナムを石器時代に戻せ」だった。第2次世界大戦の全爆弾量の4倍以上の爆弾をベトナム全土に投下し、それは日本の広島・長崎を攻撃した原爆の破壊力の756倍に匹敵する。当然ベトナム人の犠牲者は多数にのぼった。死者300万人、負傷者400万人、ベトナム戦終了後30年の時点で30万人が行方不明のままであった。
 もう一つ、米軍が空から撒いた8000万㍑の枯れ葉剤による犠牲とその後遺症には目を覆うものがある。枯れ葉剤には猛毒化学物質・ダイオキシンが含まれており、その毒性はわずかな量でもニューヨークの水道に入れれば、市民全員が死ぬほど強いという。このダイオキシンの悪影響を受けたベトナム人は300万人~500万人ともいわれる。このため数百万人が労働の能力を失い、さらに孫の代まで遺伝子の影響が及び、その最大の被害は脳性マヒである。「人間として生きる権利を奪われた」と訴えるベトナム人たちの心身の痛みが薄らぐことはないにちがいない。

 ベトナムの犠牲者たちはアメリカの枯れ葉剤メーカー(製薬会社)37社を相手取って損害賠償の訴訟をニューヨーク地裁に起こしたが、同地裁は05年3月「被害がアメリカのダイオキシンによるものという科学的証明がない」という理由をつけて訴訟を却下した。ベトナムの戦場にいた米兵の被害は認定し、賠償(注2)しているのに、ベトナム人の被害は認定しないのは不公平だとベトナム側が主張しているのは、正当な申し立てである。 「枯れ葉剤を含め大量破壊・虐殺の武器を持っているのはアメリカである。枯れ葉剤の訴訟を受け容れると、米大統領は戦争する権力を失うことになる。訴訟のニュースをアメリカのマスコミは報道しなかった。訴訟相手の製薬会社37社の年間売上げはベトナムの国全体のGDP(国内総生産)よりも大きい。一方、ベトナムの被害者は貧しい人々である。われわれは正義と、それを信じる世論との二つを武器に今後も戦いつづける」とベトナム諸国友好協会連合会のチャン・ダック・ロイ副会長は力説した。
 (注2)アメリカの枯れ葉剤メーカーは1984年、米退役軍人1万人に和解金として総額1億8000万ドル=約190億円(当時)を支払った。

 以上のようなベトナムを舞台にしたアメリカの軍事的暴力を具体的に追跡することから何が見えてくるだろうか。それは世界最大のテロリスト集団は、ほかならぬアメリカだという事実である。ベトナムでの人道に背く蛮行は一例にすぎない。過去半世紀にアメリカは外交上、軍事上の覇権主義の下に地球規模でどれだけの暴力を重ねてきたか。アメリカの軍事力行使と輸出されたアメリカ製兵器による犠牲者は数千万人に達するという説さえある。アメリカこそ世界最大のテロリスト集団と認定せざるを得ない。
 正確にいえば、その正体はホワイトハウス、ペンタゴン(国防総省)、兵器・エレクトロニクス・エネルギー産業、新保守主義的な研究者・メディアを一体化した巨大な「軍産官学情報複合体」である。これがアメリカの覇権主義に基づく身勝手な単独行動主義を操り、世界に人類史上例のない災厄をもたらしている元凶である。これをどう封じ込めることができるか ― 今でも私の脳裏から離れることのない宿題である。

▽ 「侵略戦争も終わり、平和が勝利する」ことを信じて  

 さてベトナムの平和政策はどうか。憲法で軍事力廃止をうたっているわけではないが、1992年憲法14条で「対外的な平和・友好政策、協力関係の推進、内政に対する不干渉」を強調している。ザップ将軍は、早乙女勝元団長の「最大の破壊兵器をもつアメリカは世界最大の暴力者ではないか。暴力のアメリカに対し、非暴力の知性が世界を平和にまとめることができるかどうか」という質問に次のように答えた。 
 「今後の行く道は大変難しい状況にあると予測している。しかし平和運動は世界に広がっていくだろう。将来の平和が勝利することを信じている。世界の人民が団結して独立と自由を掲げて戦えば、やがて侵略戦争も終わりを告げるだろう」と。

 ここで冒頭に紹介したザップ将軍の論文中の次の二つを考えてみたい。
(1)アメリカ帝国主義は物質的には強いが、精神的、政治的には弱い。
(2)アメリカ帝国主義は世界の進歩的世論だけでなく、同盟諸国からも非難されており、明らかに世界で孤立している。

 ベトナム戦争中のこの状況把握は21世紀初頭の今日でも大筋では通用するのではないか。むしろアメリカにとって状況は悪化している。ベトナム侵略の過程でいわゆるアメリカ帝国の衰微が始まったが、今日はイラク攻撃のため貿易、財政の「双子の赤字」がふくらみ、それを穴埋めするために資金面で日本、中国など海外に大きく依存せざるを得なくなるなど物質的にもかつてほどの強さはうかがえない。さらに世界におけるアメリカの孤立ぶりも、ドイツなど多くの同盟諸国がイラク攻撃に「ノー」と背を向けているので、一段と深刻になっている。このような世界情勢の変化が同将軍に21世紀における平和の勝利を確信させている根拠ではないかと私は感じ取った。

▽ 広がる平和運動 ― 平和の再定義(平和=非暴力)が必要

 上述のベトナム訪問記から6年余経った2011年秋の現在、ザップ将軍の発言をどう評価できるか。将軍は「平和運動が世界に広がり、将来の平和が勝利することを信じている」、「やがて侵略戦争も終わりを告げるだろう」と2005年に語った。残念ながら2011年10月現在では、「平和の勝利」、「侵略戦争の終わり」は実現していない。しかし「平和運動が世界に広がっていくだろう」という予測は実現しつつある。

 例えば「脱原発」運動である。
 それは「3.11」の大震災と原発惨事に見舞われた日本で顕著で、日本列島の各地で活発な脱原発デモが繰り広げられている。その代表例が作家・大江健三郎さんらの呼びかけで、全国から約6万人集まった「さようなら原発集会」(9月19日、東京・明治公園)である。
 反原発デモについて作家・雨宮処凛さんは「未来は私たちで決めよう」と題して次のように述べている(10月5日付毎日新聞)。
 長らく、この国の多くの人はデモという、誰もがもっている権利の存在を忘れていた。しかしデモは誰にだってできる。憲法で保障された権利なのだ。(中略)しかし他の国を見ると、当たり前に意思表示し、現実を変えている。(中略)福島の事故を受け、さまざまな国でデモが起こり、こうして現実を変えている。私たちは、どんな未来を望むのか。当事国の当事者が動かなければ、何も変わらない。

 例えば「ウオール街の占拠」運動である。
 10月5日付朝日新聞は、<「反ウオール街」全米へ拡大>、<ウオール街で「格差NO」>などの見出しでつぎのように伝えた。  
 経済格差や高い失業率に異議を唱える若者らによるデモが、米国各都市にに広がっている。震源地は、金融機関が集中するニューヨークのウオール街。大量の逮捕者(10月1日約700人が逮捕)が出た後も賛同者は増える一方で、芸能界や経済界からも支持を表明する声があがっている。
 「ウオール街を占拠せよ」が活動の合い言葉だ。不当に富が集中しているとして、大手金融機関を攻撃相手の象徴に掲げる。「1%の金持ち、99%は貧乏」、「富裕層に課税を! 貧困層に食べ物を!」。太いペンで殴り書きしたプラカードには、若者たちの怒りの言葉が並ぶ。
 「どれだけ長い間、金持ちが貧困層から搾取してきたか。いまの社会はおかしい。気づいていない人たちの目を覚ましたい」
 メディアの注目が高まる中、リベラル派を自任する著名人が続々と現場に駆けつけたり、デモへの共感を表明したりしている。

 以上の「脱原発」運動も「ウオール街の占拠」運動も今日的な新しい平和運動である。つまり「平和=反戦」に限定する平和運動はもはや古いタイプの平和運動になった。もちろん反戦も地球上から戦争がなくならないかぎり、必要不可欠であるが、「平和=非暴力」という平和の再定義が求められる。いのち、日常の生活、基本的人権を守り、生かしていくには、反戦は重要であるが、それにとどまらない。戦争のほかに日常の殺人、自然環境汚染・破壊、交通事故死、原発、貧富の著しい格差 ― などの多様な暴力を追放しなければ、新しい平和観「平和=非暴力」は実現しない。その意味ではザップ将軍の「平和=反戦」を超えなければならないだろう。そのことを21世紀の新しい時代が求めている。これが100歳の長寿を楽しむ尊敬すべき将軍への私からの贈り物である。

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ノーベル平和賞のマータイさん逝く
「モッタイナイ」を国際語に育てる

安原和雄
 ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんが亡くなった。マータイさんは2005年に初めて来日したとき、日本語の「モッタイナイ」に出会って、感激し、早速地球規模で普及に努め、今では「MOTTAINAI(もったいない)」は国際語にまで育ちつつある。
 私の唱える仏教経済学(思想)のキーワードの一つが「もったいない」で、本来の意味は、モノの価値を無駄にしないように使いこなす、である。だからこの「もったいない」精神は、日常生活の簡素、節約、共生にとどまらず、広く地球環境の保全にまでつながっていく。その自覚を日本人に促したマータイさんの功績は限りなく大きい。(2011年10月1日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 亡くなったワンガリ・マータイさん(注)について世界から悼む声が寄せられた。その一人、オバマ米大統領は06年、実父の故郷、アフリカのケニアを訪問し、マータイさんと一緒に首都ナイロビの公園で植樹したことがある。大統領声明で「世界はこの傑出した女性の特筆すべき生涯をたたえている。自然保護、民主主義、女性への力の付与、貧困撲滅の取り組みに無数の人々から尊敬を勝ち得た」と称賛した。

 (注)マータイさんは1940年ケニア生まれ。71年にケニアのナイロビ大学で生物分析学の博士号を取得、77年から植林と女性の地位向上を目指す草の根運動「グリーンベルト運動」に取り組む。これまでに8万人以上が参加し、4000万本以上を植樹した。 ケニアの国会議員、環境副大臣などを歴任し、04年にノーベル平和賞を受賞した。毎日新聞「MOTTAINAIキャンペーン」の名誉会長、国連平和大使などとして地球規模で活躍した。
 昨2010年2月、被爆地・広島を訪問、原爆慰霊碑に献花、さらに原爆資料館で被爆者の証言に耳を傾け、涙を流して抱き合ったと伝えられる。2011年9月25日深夜(日本時間26日未明)、ケニア・ナイロビの病院で子宮がんのため死去。71歳。

▽ 来日して日本語「モッタイナイ」に出会って

 毎日新聞社説(9月28日付)は、<マータイさん死去 「モッタイナイ」を永遠に>という見出しで哀悼の意を表し、同時にマータイさんの功績を讃(たた)えた。社説の大要は以下のとおり。

 環境分野で初、アフリカ女性としても初のノーベル平和賞を受賞した元ケニア副環境相、ワンガリ・マータイさんが亡くなった。
 受賞後の05年から昨年まで、毎日新聞はマータイさんを5回にわたって日本に招き、「MOTTAINAI(もったいない)」という言葉とその心を世界に広めるキャンペーンも共に繰り広げてきた。この人がいてこその成功だった。
 訃報に接し、心から冥福を祈るとともに、天に向かって「マータイさん、ありがとう!」と言いたい。

 マータイさんは初来日の際、毎日新聞の編集幹部との対談で「もったいない」という日本語を知った。その意味を聞いて即座に「国際語にしよう」と提案したのは、ケニアで「グリーンベルト運動」を推進した実績ゆえだろう。
 これは農村女性に植樹を通じた社会参加を呼びかけたものだが、当時の政権が進めた森林伐採への反対や民主化運動と連動したため、厳しい弾圧も受けた。その過程で、自然の恵みである資源を適切に配分し、大切に使ってこそ、紛争を避けられると考えるようになった。

 この認識が節約、リサイクルなど資源の有効利用につながる「もったいない」の思想と共鳴した。マータイさんはさっそく、米、英など諸国訪問や各国メディアの取材を受ける際、この日本語とその意味を熱心に紹介してくれた。
 後には「もったいない」に込められた深い意味、生きとし生けるものとの共生を喜び、大自然を畏怖(いふ)し感謝する日本古来の感覚も理解していたと、本人を知る人は言う。
 マータイさんと二人三脚のキャンペーンは、もちろん日本国内でも大きな反響を呼んだ。読者の投書が次々に寄せられ、企業や地方自治体の協力も相次いだ。

 いま顧みると、東北地方の呼応ぶりが印象的だ。例えば小中高校生を対象に独自調査を実施した福島県。大都市の若者の間では「もったいない」など死語同然という見方が強いが、福島の調査では10代のほぼ全員が「もったいない」という言葉を知っており、多くは「もったいない」と思う体験もしていた。
 東日本大震災の際、世界を感動させた人々の忍耐と、周辺への思いやり。その根源にある「東北の心」を、マータイさんが元気だったら被災地を自ら訪れ、深く知ろうとしたのではないか。
 毎日新聞は今後も「MOTTAINAI」キャンペーンを続行する。

<安原の感想> 「もったいない」精神が東北から広がる
 上記の社説のつぎの一節に注目したい。<大都市の若者の間では「もったいない」など死語同然という見方が強いが、福島県の独自調査では10代(小中高校生)のほぼ全員が「もったいない」という言葉を知っており、多くは「もったいない」と思う体験もしていた>と。
 「もったいない」に無関心な大都市の多くの若者と違って、理解を示す福島の若者たちの存在は心強い。原発惨事からの再生はもちろん、日本文化の象徴の一つ、「もったいない」精神が生き返り、広がっていくのは「東北から」といえるかもしれない。

▽ 東京新聞コラム「筆洗」から

 東京新聞「筆洗」(9月28日付)はマータイさんの功績を振り返っている。その大要を以下に紹介する

 日本で最も有名なアフリカの女性が亡くなった。荒れ果てた南の大地に三千万本もの木を植え、虐げられていた女性の地位向上に尽くしたケニアのノーベル平和賞受賞者ワンガリ・マータイさんだ。
 MOTTAINAIを合言葉に、環境保護運動を広げたその人の半生は、国家権力との闘いでもあった。強権的な前政権の弾圧を受け何度も投獄されたが、決してくじけなかった。
 国も時代も違うけれど、凜(りん)としたマータイさんの生き方は、足尾銅山の鉱毒問題の解決に奔走し、明治天皇に直訴した田中正造の姿にどこか重なって見える。繰り返し投獄された正造も、民衆と生きることを選んだ人だ。
 <真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし>。約百年前に正造が残した言葉である(小松裕著『真の文明は人を殺さず』)。
 放射能が山や川を汚し、人が住めない「死の町」を生んだ原発事故に直面する私たちに、この言葉はずしりと重い。震災を経験した今、マータイさんが世界に広めてくれた「もったいない」の意味にも、あらためて気付かされたような気がする。
 はげ山になった足尾は近年、ボランティアの植樹活動も加わり、緑が少しずつよみがえっている。アフリカはどうなのだろう。緑に揺れる大地を想像すると心が弾む。

<安原の感想> マータイさんと田中正造と
 マータイさんと田中正造とを重ね合わせたところが新鮮である。二人は環境保護運動、国家権力との闘い、投獄、さらに民衆と共に、というその生き方が見事に重なり合っている。<真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし>という田中の言葉は至言というべきである。その含意は自然、地域、さらに人間を含む生きとし生けるもののいのちの尊重である。これも「もったいない」精神の節約、資源の有効活用、いのちの共生と密接な関係にある。
 マータイさんが「おんな田中正造」なら、田中正造は「おとこマータイ」と呼ぶこともできよう。二人は今ごろ天国でにこやかに握手を繰り返しているのではないか。そういう光景が浮かび上がってくる。

▽ 下野新聞の記事 <「もったいない」を心に> から

 「もったいない」を心に ― と題する記事(2005年3月20日付下野新聞)の一部を以下に紹介したい。これは当時足利工業大学(所在地は地方紙・下野新聞と同じ栃木県)で経済学を講じていた私(安原)の署名入り記事である。05年2月に初来日したマータイさんの「もったいない」説を仏教経済学との関連で紹介している。

 仏教経済学は仏教を経済に活かすことをめざす新しい考え方である。仏教のキーワードに知足(ちそく=足るを知ること)がある。これは「もうこれで十分」と考えて、簡素のなかに充実した生き方を求める知恵である。さらに聖徳太子の和の精神、今日風に翻訳すれば、人間と地球・自然・動植物との共生、平和共存を重視することも忘れてはならない。
 仏教経済学は、仏教の知足や共生の知恵を活かしながら、現実の経済社会をどう改革するかを模索する学問ともいえる。身近な例を挙げれば、「もったいない」というモノやいのちを大切にする心を生活や経済のなかで実践することである。これが地球環境の保全にもつながっていく。
 2月に来日したケニアの環境保護活動家でノーベル平和賞受賞者、マータイ女史は「日本文化に根ざした<もったいない>という言葉を世界語にしたい」と繰り返し語った。有難いことに彼女は仏教経済学の伝道者として行脚(あんぎゃ)していただいたことになる。

<安原の感想> 「もったいない」の再定義と仏教経済学
「もったいない」(勿体ない)の本来の意味は、モノの価値を無駄にしないように使いこなす、である。だから使い切らないで捨てるのはもったいない、という感覚である。このように我々日本人の「もったいない」観はややもすれば個人レベルの視点に閉じこめているともいえる。
 ところがマータイさんの場合、視点が一挙に地球規模にまで広がっていく。<MOTTAINAIを世界に広げたい>、<「環境と平和」に向けたメッセージ>、<(地球上の)「いのち」という一つのファミリーの絆>などの視点にそれが表れている。こうして「もったいない」の視点を広げる再定義が進んできた。仏教経済学はこの再定義を高く評価する。マータイさんのお陰であり、深く感謝したい。

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