「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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人の役に立つ「利他」こそ、幸せ
知的障害者に学び、生かす企業経営

安原和雄
 人間が生きていくうえで最も大切なことは何か。それはとてもシンプルなこと。人の役に立つこと、すなわち「利他(りた)のこころ」で生きれば、必ず幸せになれる。 ― こういう経営理念を掲げる企業が話題を呼んでいる。社員の約7割を知的障害者が占めているのも異色で、小企業ならではの独自性を発揮しながら業界トップのシェアを維持している。知的障害者たちに学び、それを生かす企業経営のモデルとして評価は高い。
 私(安原)が構想する仏教経済学のキーワード・八つの一つに「利他」があるが、その見事な実践版ともいえる。目先の小利に右往左往し、従業員を冷遇し勝ちな大企業が多い現在、このユニークな小企業に学ぶことは少なくない。(2011年5月26日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 大山泰弘(注)著『利他のすすめ ― チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵』(WAVE出版、2011年4月刊)は仏教思想を企業経営にどう生かすか、その実践録である。企業経営に限らない。個人一人ひとりが自らの人生をどう歩むか、幸せとはなにかを考え、実践するための優れた案内書ともなっている。
 障害者雇用促進法では障害者雇用を事業主の義務と定め、民間企業(従業員56人以上)の法定雇用率は全従業員の1.8%とされている。しかしこの法定雇用率を達成している企業は4割強にとどまっている。
 (注)著者の大山氏は1932年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、病身の父の後を継ぐため小さなチョーク工場主体の日本理化学工業(株)に入社、現在同社会長。1960年、養護学校から2人の知的障害者を受け入れたのをきっかけに障害者雇用に取り組み、現在74人の社員のうち55人が知的障害者。その経営が評価され、渋沢栄一賞、東京商工会議所の「勇気ある経営大賞」を受賞した。この障害者雇用は、鳩山由紀夫・前首相の所信表明演説で「友愛」の象徴として紹介された。

 『利他のすすめ』は「お釈迦さまの知恵」から始まる「18の知恵」を説いている。そのうち「11の知恵」(要点)を紹介し、読後感を記したい。

(1)人間の究極の幸せとは
私(大山)はある日、禅寺の住職と偶然隣り合わせに座り、思わず質問した。「うちの工場には知的障害をもつ二人の少女が働いている。施設にいれば、楽ができるのに、なぜ工場で働こうとするのか」。一瞬、間があり、住職はこうおっしゃった。
「人間の幸せは、ものやお金ではない。究極の幸せは次の四つ。人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされること。愛されること以外の三つの幸せは働くことによって得られる。障害をもつ人たちが働こうとするのは、本当の幸せを求める人間の証(あかし)なのだ」

(2)待つことで、人は必ず成長する
人を育てる ― 。これは実に骨の折れること。辛抱もしなければならない。それでも「待つ」ことを大切にしたい。人は、誰かの役に立つ幸せを求めて、必ず仕事に真剣に向き合うようになる。周りの人が、その小さな成長に眼を向け、励まし、支えることで、その人は必ず育っていく。そして「待つ」ことによって私たちは「絆」という大きな果実を得ることができる。

(3)人のせいにしないから、自分が磨かれる
健常者も、障害者との付き合い方に戸惑(とまど)いを覚える。しかし「障害者のせいにはできない」ことを理解できたとき、健常者も自然に成長しはじめる。
 私たちは、ついつい自分にとっての「当たり前」を相手に押しつけようとする。相手が理解してくれなければ、それを相手のせいにしてしまう愚を犯しがちだ。しかし相手のせいにしても何の解決にもならない。他人を変えることはできないが、自分を変えることはできる。自分が変われば、相手も変わり始める。この普遍的な真理を知的障害者に教わった。

(4)常識にしばられず、自由に考える
 私たちがいかに「常識」にとらわれているか ― 。私も学生時代には「正しい解き方」を懸命に覚えたものだ。ここに落とし穴がある。単なる手段にすぎないにもかかわらず、教わった解き方を唯一絶対のもの、という思考法を身につけると、現実社会ではむしろ足かせとなる。「答え」に至る方法には無限の可能性がある。
 仕事で大切なのは「結果」だ。「手段」にこだわりすぎるのではなく、「どうすれば結果を出すことができるか」を考え抜く。そうすれば、きっと新しいやり方を見つけることができるはずだ。これこそ「常識」から自由になる方法なのだ。

(5)本気で相手のためを思う。それが「強い絆」を生む
 知的障害者は自分の身を守るために、本当に自分のためを考えてくれている人かどうかを本能的に見分ける嗅覚(きゅうかく)を研ぎ澄ましている。その感性は非常に鋭いものがあり、嘘やごまかしは通用しない。彼らのご機嫌をとるために、表面的に褒めているだけの人についていくことはない。健常者も同じことではないか。
本気で生きること。本気で相手のためを思うこと。それ以外に強い絆をつくる方法はない。

(6)人のために動くから「働」と書く
「働」にはどういう意味がこめられているのか。「人のために動く」から「働」と書く。「人のために動く」から人にほめられ、人の役に立ち、人から必要とされ、愛までも手にすることができる。それが「お金のため」「自分のため」では、そうはいかない。
 人間の脳は「自分がやったことで人に喜んでもらうことが心地よい」と感じるようにできているそうだ。人間は「利他の心」をもつことで幸せになる存在としてつくられている。

(7)そばにいる人の役に立つ。それが生きる原点
 文部科学省の資料によると、「生きる力」として次のように記されている。
*さまざまな問題に積極的に対応し、解決する力
*自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性
*たくましく生きるための健康や体力
 どれも大切な力だ。しかしより根源的なもの、それは「人の役に立つことが自分の幸せ」ということ、つまり「利他」こそが自分のためになることを知ること。その気持ちこそが「生きる力」の根っこになる。そのためには、子どものうちから、できるだけたくさん「人の役に立つ経験」を積むこと。

(8)人の役に立つことで、個性が育まれる
 私なりの「経営観」として、利益第一主義をとらない。もちろん、会社は利益を出さなければ、存続できない。しかし利益を最大化しようとすると、お客様、社員、地域への貢献をなおざりにしかねない。それでは長期的に企業の力をそいでしまう。私にすれば、「当たり前のこと」と思うが、「実に個性的な経営」といわれることがある。
 どうすれば人の役に立てるのかと、目の前の仕事に一所懸命に取り組んでみる。その努力を積み重ねるうちに、仕事が上達し、技術が磨かれ、周りから大切にされる存在になる。それが「個性」と呼ばれるのだ。

(9)「私」を離れて「公」に至る
 人の成長とは何か? ひとりでも多くの人の役に立てるようになることと考えている。多くの人の役に立つとは、多様な人々の利害をどう調整するかに行き着く。ここで大切なことは、「四方一両得」、つまりできるだけ多くの人が得をするにはどうすればよいかを考え抜く。
 一部の人に迎合することなく、全体のことを考える。ひとりでも多くの人の役に立とうとする。そのことによって私たちは「私」を離れて「公」に至ることができる。これこそ成長の本質なのかもしれない。

(10)一隅を照らす
 平安時代に比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)を開いた、天台宗の宗祖、最澄(さいちょう)の遺した『山家学生式』(さんげがくしょうしき)にこう記されている。

 国宝とは何物ぞ  宝とは道心(どうしん)なり  道心ある人を名づけて国宝と為す
(中略)径寸(けいすん)十枚是れ国宝に非(あら)ず  
一隅を照らす  此(こ)れ則(すなわ)ち国宝なり 

「径寸」とは金銀財宝のこと。「一隅」とは私たち一人ひとりがいる場所を指している。
つまり最澄は「金銀財宝が国の宝ではない。一人ひとりが今いる場所で精一杯がんばることが国の宝なのだ」と言っている。「一隅を照らす」とは、「その立場、立場で世のため人のために貢献すること」という意である。

(11)利他の積み重ねが、「幸せな自分」をつくる
 「人間の欲求五段階説」を唱えたアメリカの心理学者、マズローは、最高の五段階目に自分の能力や可能性を最大限発揮したいと思う「自己実現の欲求」を挙げて、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きもの」と述べた。
 自己実現に向かう根本原理は「利他の心」ともいえるのではないか。それに利他に生きるほうが、「自分が、自分が」と我をはって生きるよりも、むしろ安心して生きることができる。「利他の心」は愛を求める心にほかならない。他者を真に愛すれば、その人の愛も得られる。「愛他の心」こそ幸せの源なのだ。

<安原の感想> 「利他の心」で大震災後の日本再生を
 著作『利他のすすめ』に一貫しているのは企業経営者としての自慢話でもなければ、成功物語でもない。むしろ失敗をどう克服してきたか、その悪戦苦闘の自己批判物語といえる。だから読む人をして腕を組ませ、座り直させ、「自分ならどこまでできるか」という自己反省を迫る。
 もの知りをめざして知識を求めるだけなら無用の著作だが、生き方を多少なりとも深めたいと願う人には汲めども尽きない泉のような魅力がある。外野から「少し褒めすぎではないか」という声も聞こえてくるが、読後感は、評価、採点という次元を超えて「清々しい境地」といえば、納得して貰えるだろうか。

 「世のため人のための利他」が望ましい行為であることは、分かってはいても、いざ実践となると、自分中心の利己主義を抑えなければ、至難に近い。著者は告白している。「知的障害者に偏見を持っていた私は、すっかり折伏(しゃくぶく)されてしまった。人間が入れ替わってしまったといってもいい。それで私は幸せになることができた。これこそ<学び>なのかもしれない」と。<利他=幸せ>は学びとともにある。
 本書の結びの言葉は「知的障害者が教えてくれた<利他の心>を忘れることなく、助け合う日本人でありたい」である。たしかに東日本大震災と原発大惨事を境に今こそ求められるのは「利他の心」であり、それが日本の再生につながるに違いない。

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都心から自宅まで歩いて帰る
首都直下型大地震の日に備えて

安原和雄
 私はすでに後期高齢者2年生である。住まいは東京都のはずれであるが、都心にはしばしば出掛ける。たまたま都心に居て、予想されている首都直下型大地震に遭った場合、どうするか。「いのちあっての物種」だが、大破壊と大混乱、交通機関完全麻痺の中で果たして自宅まで帰ることが出来るかどうか。これは今後の人生を左右しかねない大テーマではある。
 そこで自らに訓練を課すことを思いついた。歩いて帰ってみよう、と。思いつきは直ちに実行しなければ意味がない。しかも誰か連れがいないかなどと思案していては、「まあ、そのうちに」と怠け癖に捕まりかねない。一人旅に限ると、ハラを決めた。(2011年5月20日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 上野駅前から歩き始めて、日光街道へ

 自宅まで歩いて帰るという思いつきは、毎日新聞5月9日付夕刊(東京版)の特集ワイド<頻発する大地震 地球全体が警戒期 足音高まる「首都直下」>を読んだことによる。この記事は次のように指摘している。

 首都直下地震の足音も高まっている。地震調査委員会の推計では、1923年の関東大震災と同タイプの地震(M7.9程度)は、30年以内の発生確率は0~2%だが、南関東で起こるM7程度の直下型地震となると、70%にはね上がる。
 河田恵昭・関西大学教授(巨大災害)は、「関東大震災級の地震は約200年周期だが、その前に直下型地震が発生している。発生確率70%は無視できない数字だが、意識していない住民が多い」と嘆く。
 国の被害想定では、このタイプの一つ「東京湾北部地震」で最大1万1000人が死亡し、建物や生産額低下などの経済被害は112兆円にも及ぶ、と。

 さて都心から歩き始めるとすると、東京駅前辺りということになるが、今回は上野駅前からに歩行距離を縮めた。それでも自宅までなら20㌔近くを歩くことになる。
 5月16日(月曜日)、天気は快晴で、遠足に最適の日和である。午前10時半、リュックサック姿で上野駅前の昭和通り歩道を出発、やがて日光街道(国道4号線)へと脚を踏み入れて、順調に進めば、5時間足らずで我が家に着くはずである。
 普段は都心の銀座につながる地下鉄日比谷線(東武伊勢崎線へ乗り入れ)を利用しているので、このコースを歩くのは初めてであり、クルマで走ったこともない。私はマイカーは持っていないし、地方ならともかく、公共交通(山手線、地下鉄、バスなど)の発達している東京では日頃、クルマで移動する必要はないと考えている。だから公共交通のほかには歩くことが私にとっては自然な移動手段である。
「3.11」大震災後は東京では多くの駅でエスカレーターが止まったままてあるが、以前から私はエスカレーターには依存しない流儀で、原則として階段(深い地下鉄では70段程度ある)を一段一段踏みしめて利用してきた。

▽ 歩きながら観察し、思い、考えたこと

*クルマ中心、歩行者軽視の道路事情
 千住方面へ向かって歩道を歩き始めて間もなく交通標識に気づいた。「宇都宮104km 春日部28km 三ノ輪3km」とある。車道ではクルマが騒音を撒き散らしながら次々と走り抜けていく。
今さら指摘するまでもなく、周知のことだが、車中心の道路づくりから一歩も抜け出そうとしない行政の姿勢を痛感する。ヨーロッパでは自転車道づくりに積極的だが、これに反し日本では特に過密東京では消極的といえる。道路を渡るには歩道橋を上り下りする以外に手はない。それに公衆トイレがない。クルマが走り抜けるためだけの「車中心、歩行者軽視」の道路事情というほかない。
そこへ「首都直下」が襲ったら、どうなるか。「3.11」の東日本大震災のときでさえ、クルマの流れは停滞し、地下鉄など交通機関は数時間も完全停止となり、疲れた足どりで近郊へ帰宅をめざす人並みが道路を埋めつくした。「首都直下」X日には想像を絶する大混乱となるに違いないだろう。

*日本人の皆さん、もっと歩こう!
 隅田川をまたぐ千住大橋のかなり手前で前方からよろよろと歩いてきた80歳代と思われるご老人に道を確認するために声をかけた。
 「北千住方面へ行くにはこの道を進めばいいのですか」と。「そうだ。歩いて行くの?」と逆に聞かれたので「そうです」と答えたら、「ふ、ふ、ふ」と小さく笑った。感心したのか、それとも物好きな、と思ったのかそこはわからない。
 幹線道路脇の歩道をリュックを背負って歩いているのは、私以外には誰一人いない。それにそもそも歩いている人が少ない。「日本人の皆さん、もっと歩こう!」と大きな声で叫びたくなったが、その衝動を抑えながら苦笑するほかなかった。

*松尾芭蕉と徳川家康と
 やがて千住大橋に辿り着いた。橋の脇の立て札に橋の由来が次のように記されている。

千住の大橋とも呼ばれている。最初の橋は徳川家康が江戸城に入って4年目の文禄3年(1594年)に架けられた。隅田川では一番先に架けられた橋である。(中略)松尾芭蕉が奥州への旅で、見送りの人々と別れたところもここである。
 現在の鉄橋は関東大震災の復興事業で昭和2年(1927年)に架けられ、近年の交通量増大のため、昭和48年(1973年)新橋がそえられた。
 昭和59年3月 東京都

千住大橋を渡った対岸脇に大きな「おくのほそ道行程図」が掲げてある。都心から我が家までわざわざ大地震に備えて歩いてみるのは、粋狂ともいえるが、同じ粋狂なら「おくのほそ道行程図」をいつの日か踏破してみたいと心に夢を描きながら、再び歩き始めた。

*脚のしびれで中途で断念
 ところが脚が思うように前に出なくなってきた。歩けば歩くほど脚が重くなる。実は今年始めから脚にしびれを感じるようになり、専門医の見立てによると、「腰部脊柱管狭窄症」だそうで、リハビリに取り組んでいる最中である。今回の歩く試みは、友人の助言もあり、歩きながら病を克服できないか、実験してみようという心積もりもあった。
しかし思いのままにはなりにくいのがこの世の常でもある。これでは中途で断念するほかないと考えて北千住駅へたどり着き、電車に乗った。午後1時過ぎであった。上野駅前から地下鉄ならわずか10分ちょっとのところを2時間半(休息を含めて)かかったことになる。
 一夜明けて翌日、脚の調子はどうなるか、気がかりであったが、幸い脚の重さはどうにか消えた。機会を見つけて今度は都心からの全行程を歩き通してみたいと思っている。

▽ あの「3.11」と私の行動 ― 友人への手紙

3月11日の東日本大震災の余波で東京でも死者が出るなどさまざまな被害が発生した。以下は、当日、地下鉄にたまたま乗っていて、8時間も地下に閉じこめられるという苦痛を味わった友人からの便りに対する私の返信(大要)である。

 「3.11」の大地震の折、東京の地下鉄に乗っていて、「8時間も地中で過ごした」そうで、未経験の者には想像を絶する難儀を体験されたわけで、その苦衷のほどは察するに余りあるところです。しかし見事に無事帰還となった次第で、安堵感と喜びを共有させていただきます。

 さて拙宅では本が書棚から崩れたり、食器が棚から墜ちて壊れるなどにとどまって、幸い格別の大きな被害はありませんでした。
 実は当日夕刻から都心での会合が予定されていましたが、脚にしびれを感じていたため、出席を断って、地元の図書館で調べ物をしていたとき、グラッと大揺れが来ました。揺れが収まって、図書館員が余震に備えて図書館脇の広場に避難するよう指示しました。
 30人くらいが指示に従って集まりました。しかしマニュアル通りの指示に従う必要はあるだろうか、いったん指示に従うと、避難場所から自由に抜け出すのがむずかしくなるだろうと考えて、直ちに近くのバス通りに向かい、タクシーを拾いました。何年ぶりかのタクシー利用です。大揺れの直後でバス通りはがら空きであり、10分ほどで帰宅できました。バスを利用すると、30分は十分かかる距離ですが、地元のタクシーで地理や道路事情に明るい運転手だったのが助かりました。

 今にして思えば、都心での会合出席を事前に断っていたこと、住まいの地域にいたこと、タクシーの運転手に恵まれたこと、などが良循環となって働き、結果として大事に至りませんでした。これも脚のしびれのお陰といえます。脚が健在であれば、都心での会合に参加するために、大揺れの瞬間は地下鉄に乗っていたかも知れません。
 「運が良かった」の一語に尽きるように思います。中国の「人間万事塞翁が馬」の故事を思い出させます。「禍福は糾(あざな)える縄の如し」とも言います。次の災難のときは果たしてどうなるか? 「福」が続くか、それとも「禍」に転じるか。それこそ「人智の及ぶところではない」のでしょう。自然体で生きるほかないということでしょうか。

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「簡素な暮らしと経済」を合い言葉に
大惨事後の新聞投書にみる意識変化

安原和雄
 あの「3.11」大震災と原発惨事から2か月が経った。大惨事後の新聞投書から見えてくるものは何か。脱原発・自然エネルギー重視をひたすら望む声であり、同時に安全神話に安住して原発惨事を招いた政官財を厳しく批判して止まない姿勢である。これらの声や姿勢は、大惨事をきっかけに突如現れてきたわけではない。少数意見にとどまっていたとはいえ、かなり以前から健在であった。それが「3.11」を境に奔流として広がりつつあり、日本人の大きな意識変化と理解したい。
 脱原発と自然エネルギー重視は、合い言葉「簡素な暮らしと経済」につながっていくほかない。この賢明な路線は原発推進派の貪欲・破滅型路線と明らかに対立している。どちらの路線の一員として人生を全うするか、一人ひとりの望ましい生き方の選択が問われている。(2011年5月12日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 以下、新聞投書欄(朝日、毎日両紙)に映し出された「9.11」大災害と原発惨事にかかわる「世論」を追跡する。投書者の氏名と掲載紙名は省略する。

▽ 中部電力浜岡原発の停止を歓迎する

菅直人首相が5月6日、大地震の可能性を理由に中部電力浜岡原発(静岡県)の全炉停止を要請したことに対し、中部電力は臨時取締役会議を開いた末、停止を受け入れた。新聞投書は「停止歓迎」の反応を示した。ここでは投書者の職業、年齢、住所のみを記す。

*浜岡原発停止機に脱原発せよ(主婦 67歳 神奈川県伊勢原市)
 中部電力が要請を受け入れたのは喜ばしい。政府はこれを機に脱原発を進めてほしい。(中略)もし東海地震が発生し、震源域にある浜岡原発の事故が起きれば、人口密集地域の数千万人が影響を受け、多数の被災者が出て、経済活動も滞る可能性がある。国土は汚染され、政治・経済の中枢がまひし、国家の存亡にもかかわりかねない。
 推進派は原発がないと電力が不足し、経済が混乱すると言う。だが福島の補償問題をみても、原発は超高額エネルギーだ。水、空気、土などの汚染も手に負えない。政府は今こそ代替エネルギーを推進し、脱原発を進めるべきだ。
私は「危険・便利」より「不便・安心」を選ぶ。愛する子や孫、今と未来に育つすべての子どもたちに、清らかな水や空気や土を伝えていくために。

*反原発、まだ間に合うのなら(主婦 59歳 広島県廿日市市)
 チェルノブイリ(旧ソ連領)原発事故の1年後に一主婦が、原発の恐るべき影響の深刻さを学び、思いを手紙形式でつづった小冊子「まだ、まにあうのなら」(地湧社)は私の原発を考える原点だ。チェルノブイリ事故から25年、私は原発に強い意識を持ってきただろうかと自問する。
 国と電力会社の絶対安全というPRに疑問を抱かず、うのみにしてきたのではなかったか。山口県上関(かみのせき)町に中国電力が原発を建設しようとしているが、その予定地沖の祝島ではお年寄りが力を振りしぼり反原発の声を上げている。穏やかな自然豊かな瀬戸内海に、果たして原発は本当に必要なのか。
 今こそ私は、瀬戸内海を愛する一人として、反原発に立ち上がる人々の姿に、多くの人が真剣に目を向けてほしい、と訴えたい。まだ間に合うのなら・・・。

<安原の感想> 望ましい選択は「不便・安心」、「豊かな自然」
 なぜ反原発・脱原発なのか。その実現のためにどういう選択があるのか。その答えは二つの投書に盛り込まれている心情が余すところなく語っているのではないか。
 一つは<「危険・便利」より「不便・安心」を選ぶ。愛する子や孫、今と未来に育つすべての子どもたちに、清らかな水や空気や土を伝えていくために>である。特に「危険・便利」より「不便・安心」を ― という選択は、これからの日本人としての生き方、暮らし方、ひいては経済のあり方も含めて、その望ましい方向を示唆している。
 もう一つは<穏やかな自然豊かな瀬戸内海に、果たして原発は本当に必要なのか>という疑問である。実は私自身、瀬戸内海に面した地域で生まれ、育ったという事情もあり、この投書の願いを共有したい。

▽ 原発事故は「政官民=政官財の共同責任」だ

 ここでは原発事故の責任は「政官民=政官財の共同責任」という視点からの投書(見出しと要旨のみ)を紹介する。
*原発事故、政官民の共同責任=政府が経済産業省幹部の電力会社への再就職自粛を通知した。該当者は本省幹部や資源エネルギー庁部長以上、原子力安全・保安院の審議官以上を経験した職員ら数百人規模になる。天下りによって、電力会社の役員や役員含みの顧問などに就いており、官民癒着も甚だしい。(中略)今回の事故は、政官民の共同責任ではないか。
*原発推進勢力の責任を問う=自民党時代に通産相などを歴任した与謝野馨経済財政相は、謝罪するつもりはないのかと記者会見で問われ、「ない」と答えた。心の痛みを感じないのか。国の原子力政策に率先して協力してきた政官財の関係者も、学者も多数いる。(中略)甘い汁だけ長年吸い、重大事が起きてもろくに責任追及もされないのでは国民はやりきれない。

*自民党は自らの責任を自覚せよ=自民党政権下で推進された原子力発電。自分たちにも責任があると自覚している自民党議員はどれほどいるか。
*自民党は原発被害者に謝罪を=安全性を強調する余り「地震の際は原発に避難するのが一番安全」とまで口にした議員もいる。
*東電役員大半が辞めるべきだ=事故発生後の東電の対応のまずさも深刻化に拍車をかけた。東電の官僚的体質は改善されていない。人心を一新させる必要がある。
*原子炉メーカーの説明聞きたい=放射性物質の放出が続く原発の原子炉メーカーは米GE、東芝、日立などだ。メーカー側からみた現状の真相と見通しを生の声で聞きたい。
*反原発デモ なぜ報じないのか=東京・高円寺での反原発デモ行進(1万5千人参加)を新聞、テレビは報じなかった。ドイツなど外国の反原発デモは報道するのに。

<安原の感想>
 原発事故の責任は主として誰が負うべきなのか。これは決して軽視できないテーマである。結論を言えば、いうまでもなく原発への反対、疑問の声に耳を貸さず、「国策」と「安全神話」の旗を押し立てて強行してきた原発推進派の責任である。
 一口に原発推進派といっても、その構成メンバーは多様で、政官財=政官民(「民」には東電など電力会社はもちろん日本経団連などの経済団体、民間企業も含む)のほかに大学の学者・研究者、新聞・テレビなどのメディアまで含む。特にメディアへの不満・批判はかなり広がっており、上述の「反原発デモ なぜ報じないのか」などはその具体例である。

▽ 安全神話の崩壊、そして脱原発・自然エネルギーへ

 原発の安全神話が崩壊した以上、脱原発・自然エネルギー重視が次の重要な課題とならざるを得ない。ここでは自然エネルギーへ転換していく具体策を投書の中から紹介する。
*自然エネルギー重視に転換を(無職 63歳 奈良県田原本町)
 原発は一度事故が起こってしまえば、広範囲に、しかも長期間さまざまな被害をもたらすことが明らかになった。たとえ事故がなくても、原発は使用済核燃料や放射性廃棄物を生み出し、それが蓄積され続ける。この処理を未来の子どもたちに委ねたまま、現在の私たちの生活を続けていいものだろうか。
 太陽光発電設備の増設などにより、原発への依存軽減は十分可能である。我が家では14年前、屋根に3㌔㍗のソーラーシステムを取り付けたが、家庭の使用電力の約90%はこれで賄えている。国は本気になって自然エネルギー利用システムをさまざまな場所に設ける方向にかじを切る時だ。

*原発20㌔内 太陽光発電エリアに(元大学教員 79歳 東京都杉並区)
 もし福島第一原発の半径20㌔圏内の陸上に、可能な限り太陽電池パネルを敷きつめれば、私の試算では原発10基と同程度の発電量が得られる。「原発1基分の電力を賄うには東京の山手線内にパネルを敷きつめる必要がある」というが、20㌔圏内の立ち入り禁止区域はその10倍ほど広い。
 昼夜を問わず稼働する風力なら、日本では太陽光の10倍以上の発電が可能という。風は強弱もあるが、広範囲なら平均化し、問題はない。欧州には風力だけで電力の相当部分を賄っている国もある。また中小水力発電でも原発十数基分の発電量が得られるだろう。地域エネルギーの自立・活性化にも役立ち、適地の多い日本は真っ先に開発すべきだ。
 その他、地熱もバイオマス(生物資源)もある。「自然エネルギーだけで原発依存を脱することはできない」というのは思いこみにすぎない。日本のエネルギー政策が原発に偏りすぎ、自然エネルギーの開発を怠ってきたことから生じた誤解と思う。原発の電力は安いと言われているが、廃炉や放射性廃棄物の費用などを勘定に入れると飛び抜けて高い。

*団地屋上に太陽光パネルを=日本各地に大規模な住宅団地がある。その屋上の面積は膨大で、そこにソーラーパネルを設置することを提案したい。屋上を電力会社に賃貸し、パネル設置は会社が行えば、住民が高額の出資をすることは不要となる。

<安原の感想> 2011年を「自然エネルギー育成」元年に
 原発の安全神話は原発大惨事という事実によって崩壊した。ところが太陽光など自然エネルギーへの転換となると、思いこみや誤解が少なくない。特に上記の元大学教員の<「自然エネルギーだけで原発依存を脱することはできない」というのは思いこみにすぎない>という指摘に着目したい。こういう思いこみはかなり広がっているのではないか。現在の総電力供給量のうち自然エネルギーによる電力はわずかに3%程度にすぎない。
 特に欧州諸国に比べてなぜ低水準にとどまっているのか。理由は原子力推進派が自然エネルギー推進を怠ったからである。要するに毛嫌いして育てようとしなかったのだ。折角誕生した赤ん坊も懸命に育てなければ成長しないのと同じである。「3.11」という悲劇の2011年を「自然エネルギー育成」元年にすることを期待したい。

▽ 脱原発とともに暮らしをどう変えていくか

 脱原発をめざすとすれば、当然我々日本人としての日々の生き方、暮らし、経済のあり方も含めて変革を伴うことは避けられないだろう。どう変革していくのか。

(1)まず二つの投書から
*事故の一因、我々の生活にも(無職 75歳 長崎市)
 考えてみよう。電力会社に原発を造らせたのは誰だったのか。際限のない便利さや快適さを追求してきたのは誰だったのか。不必要に大きなテレビ、大型冷蔵庫、四六時中つけっぱなしのエアコン、夜通し稼働している自動販売機、派手なネオン、延々と連なる高速道路の電灯など、みんなが要求し続けた結果が、いまの事態とはいえないか。
 原発をなくすために私たちはどのような生活をしなければならないか、よく考えようではないか。
*私は原発造らせた覚えはない(無職 74歳 東京都板橋区)
 「事故の一因、我々の生活にも」に反発を感じた。私たちはエアコンなしでは暮らせぬ都会の家に住まざるを得なくてエアコンを買わされた。地デジテレビも要求したことはない。私は布団カバーやシーツ以外は手洗いだから、二槽式洗濯機で十分。それが壊れて買い替えようとしたら、店頭にあるのは、ほとんどが全自動、乾燥機付きである。業界の思惑で、ぜいたくな家電だらけの生活に追い込まれていると痛感した。
 原発をなくすためにはどのような生活をしなければならないか、よく考えようという意見には賛成だ。しかし原発を国策として推進してきた政官財の口車に二度と乗らないように心すべきだ。

<安原の感想> 内輪もめはこの際、返上しよう!
 一見相反するようにもみえる二つの意見は、実は入り口は違っていても出口は同じといえるのではないか。前者は自己反省が強く、自分自身の暮らしをどう変えていくかに重点がある。後者はすでにシンプル(簡素)な暮らしを心がけており、それだけに政官財への批判に傾斜している。
 私個人としての心情を言えば、日常生活も含めて後者に近い。大事なことは大局的見地に立って両者が握手することである。内輪もめはこの際、返上しよう! 内輪もめを歓迎するのは、それこそ政官財の曲者たちである。癒着関係にある政官財にこそ目を光らせて、「口車に二度と乗らない」だけの覚悟が求められる。

(2)どう暮らしを変えていくか。
*文明に頼る生活を見直そう=いつの間に、人間は文明の利器がなければ生きていけない弱い動物になってしまったのか。我が家には車がない。夏や冬でも、できるだけエアコンのスイッチを入れないようにしている。単に省エネではなく、その方が身体に良いと思っているからだ。
*電力消費は元に戻さなくていい=自動販売機、トイレの手の乾燥機、一日中鳴り続けるBGM(バックグラウンドミュージック)・・・気が付くと、なくてもよいものがあふれている。原発事故の犠牲を明日への糧に変えるなら、節電の必要がなくなっても、元の生活に戻さなくてよいと思いたい。
*シンプルに暮らしたい=節電・節水・節約は財布にも優しく、地球にも優しい。人間の欲望にはきりがない。しかし欲しい物と必要な物は違うことを認識したい。世界には紛争が続き、飢餓に苦しんでいる国もある。そのことを思えば、平時であっても節約を心がけたい。必要なものだけに囲まれるシンプルな生き方を続けていきたい。
*新しい生活様式を模索しよう=ネオンやライトアップの廃止、屋外自販機の撤去、自動ドアの廃止など。可能な限り夜間は自宅にいて、「太陽と共に活動し、沈む太陽と共に休む」日常にしていく。

*感謝して「今」を存分に生きる=ありがたさを知ること。苦しんでいる人を忘れず、感謝の心で恵みを「頂いている」と思うよう努めている。
*計画停電で知った星の美しさ(中学生 東京都立川市)=停電で外も暗かったが、空を見ると星がすごく美しかった。感動した。夜のネオンが美しいという人もいるが、私はありのままの美しい自然が好きだ。地震は悲劇だけじゃなく、大切なことも教えてくれた。

<安原の感想>大惨事に教わった「簡素な暮らし」と「夜空の星の美しさ」
 「文明に頼る生活を見直そう」、「電力消費は元に戻さなくていい」、「シンプル(簡素)に暮らしたい」、「新しい生活様式を模索」など表現は多様だが、要するに簡素な暮らしに変えていくことでは一致している。ユニークなのは「太陽と共に活動し、沈む太陽と共に休む」である。現代の文明社会でどこまで可能か、その実践記をできれば読ませてほしい。
 <感謝して「今」を存分に生きる>にも注目したい。多くの日本人は「感謝の心」を見失っているのではないか。原発エネルギーに執着するのは、感謝とは無縁の貪欲な生き方であり、破滅への道でもある。「脱原発」と「感謝の心」は車の両輪ともいえる。
 もう一つ、<地震による計画停電が教えてくれた「星の美しさ」>(中学生)は素晴らしい。そのみずみずしい感性を自らの努力でさらに豊かに育んでいくことを期待したい。

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テロ根絶のためにこそ平和憲法を
2011年憲法記念日の社説を読んで

安原和雄
 本年2011年の憲法記念日の新聞社説はこれまでと違って憲法論議一色ではない。国際テロ組織アルカイダの指導者、ビンラディン容疑者が米軍によって殺害されたニュースが飛び込んできたためである。従来通りの憲法論議派とテロ論議派とに分かれた。しかも憲法論議とテロ論議とは水と油のように異質で交わらないという思いこみに立っている。果たしてそうだろうか。
考えてみれば、日本国憲法がめざすものは、平和=非暴力であり、一方、テロ論議もテロという名の暴力、脅威、恐怖をどう封じ込めるかがテーマである。平和=非暴力が広く根づいていけば、テロも自ずからその生成基盤を失うだろう。平和憲法論議と暴力テロ論議は密接に絡み合うのであり、そこに「テロ根絶のためにこそ平和憲法を」という新たな視点が浮かび上がってくる。(2011年5月5日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽ 憲法記念日に新聞社説は何を書いたか

 5月3日の憲法記念日に新聞社説は何を書いたか。沖縄の琉球新報、北海道新聞を含めて7紙についてまずその見出しを紹介する。

*毎日新聞=大震災と憲法記念日 生命を守る国づくりを
*東京新聞=憲法記念日に考える 試される民主主義
*琉球新報=憲法記念日 被災者の生存権回復急げ 憲法実践、沖縄を教訓に
*北海道新聞=希望の道しるべとして 憲法記念日
*朝日新聞=ビンラディン テロの時代に決別せよ/大震災と憲法 公と私をどうつなぐか
*読売新聞=ビンラーディン テロとの戦いは終わらない/補正予算成立 菅政権は大胆な政策転換急げ
*日本経済新聞=指導者倒しても「テロとの戦い」は続く/切れ目なく復旧・復興対策を

 今年の憲法記念日社説の内容は昨年までに比べて随分色合いを異にしている。上記の7紙のうち憲法問題のみに焦点を合わせたのは、毎日、東京、琉球新報、北海道新聞の4紙で、朝日はテロ問題と抱き合わせであり、読売と日経はテロ問題が中心である。
 ただ読売と日経は翌4日付社説で憲法改正に若干言及している。改憲派としての両紙の姿勢は変わらない。両紙の4日付社説の見出しは次の通り。
*読売新聞=非常時への対応 本来なら憲法の見直しが要る
*日経新聞=(新しい日本を創る)国力結集へ 2011年型政治の確立を

▽ 大震災と生存権と幸福追求権と

 ここでは大震災とからめて憲法問題を論じた毎日新聞社説「大震災と憲法記念日 生命を守る国づくりを」の要点を紹介する。

 ◇生存権と幸福追求権
 憲法では13条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」、25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とする生存権を再確認する機会である。いずれも平時を前提にしているとされるが、緊急時にこそ国が「生命と最低限度の生活」を支えるのが憲法の要請だろう。次の復興・再生の段階になって一歩進めて被災者の幸福追求権、生存権を十分に生かすことが課題になる。
 現状を見れば政府のより強力な被災者支援が急務だ。何とか「最低限度の生活」を確保すべきである。
 同時に、来るべき大地震・大津波から国民の生命を守る備えを進めなければならない。災害に強い日本を作ることだ。
 緊急に必要なのが原発の安全対策だ。地震・津波対策を格段に強化しなければならない。将来、原発で電力の半分を担うという計画も、原発の増設が現実的に困難になっている以上、転換する必要がある。
 政治、経済はじめ多くの分野で東京に一極集中しているのは危険すぎる。東京が被災すれば日本が立ち直れなくなり、膨大な犠牲者が放置されてしまう。首都機能などさまざまな機能の分散を考える時期である。

 ◇連帯の絆示された
 弱い政治とは裏腹に、国民の強い連帯の絆が示されたこと、被災地の自治体が首長を中心に力を発揮したことは不幸中の幸いだった。今回も活躍したボランティアがより有効に機能する枠組みも必要だ。経済界などさまざまな組織、団体の力も含め、民間のネットワークを育てていきたい。国のあり方と同時に社会のあり方も、広い意味での憲法の問題として考えていきたい。
 「この恐るべき強敵に対する国防のあまりに手薄すぎるのが心配」「戦争のほうは会議でいくらか延期されるかもしれないが、地震とは相談ができない」(「地震国防」1931年)。随筆家としても知られる物理学者、寺田寅彦は地震への備えを訴え続けた。「国民の生命を守る」という視点で、80年前の寺田の議論を改めてかみしめたい。

<安原の感想> 脱原発なのか?
 東日本大震災と原発惨事に見舞われた日本が今直面している課題を網羅的に取り上げている。憲法に定める生存権、幸福追求権の重要性はもちろんのこと、災害に強い日本づくり、原発増設路線からの転換、さらに首都機能の分散にまで言及している。これらの提言に一貫しているのは「国民の生命を守る」という視点である。この「国民の生命を守る」という視点はゆるがせにできない基本で、そこには具体性が求められる。
 例えば目下最大のテーマである原発からの転換が新増設を見送るだけなのか、それとも中期的視野で脱原発へと進むのか、そこがはっきりしない。曖昧な論説で済む時勢ではない。私自身は脱原発への展望とその意志を語るときだと考えている。寺田寅彦が今健在であれば、脱原発を唱えるのではないか。そういう想像力もこれからの日本再生には必要なときである。

▽ 世界最大のテロリスト集団は誰か ― アメリカ軍産複合体

 私はあの「9.11」(2001年アメリカを襲った同時多発テロ)以降、「世界最大のテロリスト集団は誰か」という疑問を抱き続けてきた。その答えを発見できたのが、2005年春、「ベトナム解放30周年記念ツアー」(作家・早乙女勝元団長)の一員としてベトナムを訪ねたときである。
 その30年前の1975年4月30日、アメリカ侵略軍は敗退し、ベトナム人による人民戦争の勝利が歴史に刻まれた。ベトナムで戦跡などを歩いた末、私の認識が鮮明になったのは、アメリカの侵略戦争による悲惨な後遺症には想像を絶するものがあることである。
 その一つは、後に世界中の話題となったベトナム中部のソンミ村における米軍の大虐殺である。1968年3月16日早朝、ヘリに分乗した約100人の米兵が村を急襲、無抵抗の幼子も含めて504人の村民を手当たり次第に虐殺して回った。奇跡的に生き残ったのはわずかに8名だった。

 「すべてを焼き尽くせ」、「皆殺しにせよ」、「すべてのものを破壊せよ」を合い言葉に米軍兵士たちは、1人殺すたびに「ワン スコア」(1点)、もう1人の命を奪うと、「ワン モア スコア」(もう1点)と数えたという証言を聞いた。これはまさしく虐殺ゲーム以外の何ものでもない。これが人間性を喪失した侵略兵の本性である。ソンミ村の破壊跡に建てられた記念館の追悼碑には犠牲者全員の氏名が刻みこまれている。
 後に有罪判決(注)を受けたのは指揮した小隊長のカリー中尉だけである。
(注)米政府はこの戦争犯罪を闇に葬ろうとしたが、新聞記者の努力によって明るみに出たため、1970年の軍事法廷で14人を起訴した。しかし有罪判決(終身刑)を受けたのは、カリー中尉のみで、その後10年の刑に減刑され、74年に仮釈放された。

アメリカの侵略戦争の目的は「ベトナムを石器時代に戻せ」だった。第2次世界大戦の全爆弾量の4倍以上の爆弾をベトナム全土に投下し、それは日本の広島・長崎を攻撃した原爆の破壊力の756倍に匹敵する。当然ベトナム人の犠牲者は多数にのぼった。死者300万人、負傷者400万人、戦後30年の時点でなお30万人が行方不明のままであった。
 もう一つ、米軍が空から撒いた8000万㍑の枯れ葉剤による犠牲とその後遺症には目を覆うものがある。枯れ葉剤には猛毒化学物質・ダイオキシンが含まれており、その毒性はほんのわずかでもニューヨークの水道に入れれば、市民全員が死ぬほど強いという。このダイオキシンの悪影響を受けたベトナム人は300万人~500万人ともいわれる。このため数百万人が労働能力を失い、さらに孫の代まで遺伝子の影響が及び、その最大の被害は脳性マヒである。「人間として生きる権利を奪われた」と訴えるベトナム人たちの心身の痛みが薄らぐことはないにちがいない。

 以上のようなベトナムを舞台にしたアメリカの軍事的暴力を具体的に追跡することから何が見えてくるだろうか。それは世界最大のテロリスト集団は、ほかならぬアメリカだという事実である。ベトナムでの人道に背く蛮行は一例にすぎない。第二次大戦後の過去半世紀余にアメリカは外交上、軍事上の覇権主義の下に地球規模でどれだけの暴力を重ねてきたか。アメリカの軍事力行使と輸出されたアメリカ製兵器による犠牲者は数千万人に達するという説さえある。アメリカこそ世界最大のテロリスト集団と認定せざるを得ない。
 正確にいえば、その正体はホワイトハウス、ペンタゴン(国防総省)と軍部、国務省、CIA(中央情報局)、保守的議員、兵器・エレクトロニクス・化学・エネルギー産業、新保守主義的な研究者・メディアなどを一体化した巨大な「軍産官学情報複合体」(通称「軍産複合体」)である。これがアメリカの覇権主義に基づく身勝手な単独行動主義を操り、世界に人類史上例のない災厄をもたらしている元凶である。これをどう封じ込めることができるか。私の脳裏から離れることのない宿題である。

▽「テロ根絶」を「平和憲法」とつなげる視点

(1)高まる報復テロの可能性 
 憲法記念日の5月3日の社説で、国際テロ組織アルカイダの指導者、ビンラディン容疑者が米軍によって殺害されたニュースを取り上げた朝日、読売、日経は何を書いたのか。以下にその要点を紹介する。
*朝日新聞
 これでイスラム過激派のテロが終息すると考えるのは早計だ。各地の過激派にゆるいネットワークが作られている。これを断ち切らぬ限り、第2、第3のビンラディンが生まれる。今や貧困地域だけでなく、欧州や米国にも、テロに共感する若者が育っているのは大きな問題だ。
*読売新聞
 これでテロが終息するわけではない。殺害に反発して、むしろ報復テロの可能性は高まる恐れがある。(中略)大統領自身が認めた通り、テロとの戦いは今後も続く。米国人を殺すことがイスラム教徒の義務だとするビンラーディンの考えを信奉するテロ組織は、北アフリカから東南アジアにまで広がっている。
*日経新聞
 これでテロの脅威が消えるわけではない。(中略)その背景には人口増が続くイスラム諸国の若年層の失業問題や、米同時テロ後に米欧で強まったイスラム教徒排斥の社会潮流もある。

 以上の3紙社説に共通している認識は、「これでテロの脅威が消えるわけではない。むしろ報復テロの可能性は高まる」である。なぜ報復テロの可能性は高まるのか。
 3紙は触れてはいないが、米軍によるベトナムへの軍事的侵略に象徴される第二次大戦後の「アメリカのテロ」という認識が不可欠である。アメリカがベトナムで敗退したのは、アメリカ側に正義が欠落していたからである。言語学者として著名なノーム・チョムスキーMIT(マサチューセッツ工科大学)教授は「アメリカこそならず者国家」という認識に立って、「ホワイトハウスの行状は世界残虐大賞に相当する」と指摘している。つまり「アメリカのテロ」が報復テロを誘発していると認識したい。

(2)「テロの悪循環」を「いのちと平和の良循環」に転換を
 その「アメリカのテロ」に対抗する「イスラムの報復テロ」という悪循環をどこでどう断ちきるか、そこが問題である。いいかえれば、「テロの悪循環」を「いのちと平和の良循環」にどう転換していくかである。そのためには「テロの根絶」と「平和憲法」を連結させる視点が不可欠となる。求められるのは「テロ根絶のためにこそ平和憲法を」という視点である。上述の7紙の社説にはそういう視点がうかがえないところが物足りない。

 ここでテロそのものを広く脅威、恐怖と捉えれば、いのちや暮らし、安心安全を壊すものはすべてテロと捉え直すこともできる。だから広い意味のテロを封じ込める変革のためには日本国平和憲法に定める生存権、幸福追求権はもちろん、憲法9条、憲法前文の平和生存権などの存在価値を再認識し、その定着を図っていく必要がある。

 テロを封じ込める変革構想に生かす平和憲法の理念と条文は、以下を指している。
*憲法前文の平和的生存権
*9条「戦争放棄、軍備及び交戦権の否認」
*13条「個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重」
*18条「奴隷的拘束及び苦役からの自由」
*25条「生存権、国の生存権保障義務」
*27条「労働の権利・義務、労働条件の基準、児童酷使の禁止」

 憲法前文には「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。恐怖とは戦争という暴力であり、欠乏とは貧困、飢餓などの暴力である。
 前文でうたわれている平和的生存権と9条の理念を生かすためには世界の核兵器廃絶はいうまでもなく、日本の非武装への転換、さらに「暴力装置」である日米安保体制(=軍事・経済同盟)の解体を視野に入れる必要がある。
 以上のように捉えれば、日本国憲法の存在価値は地球規模に広がっていくだろう。日本の平和憲法から世界の平和憲法へ、と。

<参考資料>
安原和雄著『平和をつくる構想 石橋湛山の小日本主義に学ぶ』(澤田出版、2006年刊)

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社会福祉国家・デンマークをモデルに
『世界一幸福な国の人づくり』に着目

安原和雄
 北欧の小国、デンマークが熱い視線を浴びている。明治・大正期の宗教家、内村鑑三は、著書『デンマルク国の話』(岩波文庫)で「侮(あなど)るべからざる国」と指摘し、今、その社会福祉国家としてのあり方が「世界一幸福な国」として高く評価されている。注目に値するのは、充実した福祉国家としてだけではない。自立心、自己決定力、共生、連帯感も社会に根づいている。しかも原子力発電はゼロで、風力発電など再生可能な自然エネルギー生産に積極的に取り組んでいる。
 日本では目下、「3.11」後の再生・創生モデルをどう描くかをめぐって模索が始まっている。その有力な現実的モデルとしてデンマークの国造り、人づくりに着目したい。それは公式風にいえば、「脱・成長+自然エネルギー=幸せ」の実現である。(2011年5月1日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 <著者と語る 『格差と貧困のないデンマーク ― 世界一幸福な国の人づくり』(PHP新書、2011年3月刊)>が4月下旬、日本記者クラブ=東京・千代田区内幸町=で行われ、著者千葉忠夫氏(注)の講話をじかに聞く機会があった。
(注)千葉氏は1941年東京都生まれ。67年渡欧、デンマークで社会福祉を学び、現地で社会福祉活動に従事する。97年日欧文化交流学院を設立し、現在同院長。2008年「社会福祉における国際協力の推進」の功績で外務大臣表彰。著書は上記のほかに『世界一幸福な国デンマークの暮らし方』(PHP新書、2009年刊)などもある。

▽ デンマーク人と日本人はどのように異質なのか

 千葉氏の講話を聞き、著作も読んだうえで、印象に残った点を以下に紹介する。日本人とデンマーク人の生き方、発想、行動がどのように異質で、隔たっているかがここでの中心テーマである。

(1)過保護では自立心は育たない
*食事の仕方、マナーの相違点
日本では食事の際、酢の物やお浸しなど、母親が一人ひとりの小皿に盛りつけてからテーブルに並べる習慣がある。しかしデンマークではすべてが大皿に盛って出される。ここで日本人とデンマーク人の違いが出てくる。
 日本人留学生は自分の分を取ったら、お皿を元の位置に戻す。デンマーク人はお皿を隣の人に回す。日本人留学生のほとんどは、大皿料理の食べ物のシェア(分け方)の方法がわからない。自分以外の人のために、どうすればいいのかを考える習慣がない。またみんなの小皿を受け取って料理を取り分けてみんなに戻す人がいる。
 これはデンマーク人から見ると、過剰サービスで、自分のは自分で食べたいだけ取ればいいのだ。

*「自分のことは自分で決める」自立心
 デンマークが世界に冠たる社会福祉国家でいられるのは、過保護や過剰サービスをしないからで、国民全員で税金を納め、社会的弱者を支援しているからだ。自分の世話も出来ないのに、他人への思いやりが生まれるだろうか。過保護はいい結果を生まない。自分のことは自分で面倒を見る。自分のことは自分で決める。そういう自立心が生きていくうえで必要だ。

(2)民主主義は与えられるものではなく、闘って勝ち取るもの
*民主主義と主権在民は同義語
 デンマークの国民学校(日本の小中学校に相当)法では「学校は親と協力して生徒個々の個性と素質を育み、自国の文化や他国の文化を理解させ、自立心や責任感などの社会性を身につけさせ、自由と民主主義を徹底して教える」となっている。民主主義とは、民が主体で、すべての国民がどのような生活を送るのかを選ぶのは国民である。だから民主主義と主権在民(=国民主権)は同義語であるが、日本では主権在民意識が弱い。
 民主主義を因数分解すると、「民主主義=自由+平等+博愛(=共生+連帯)」となる。デンマークでは子どもたちは、「教育の義務」(日本では義務教育と表現するが、デンマークでは「教育の義務」という)期間中にこの自由、平等、共生、連帯という民主主義のキーワードを言葉の意味だけでなく実践として教わり、身につける。
 自由とは、自分の好き勝手なことが許されるわけではなく、必ず責任が伴う。
 この世で生を受けた人間は、性別、年齢、学歴、障害の有無にかかわらず、人間としての価値は平等である。
動物も植物も人間も、一つの社会で共生している。人間社会では子どもや高齢者、貧困者やお金持ち、障害がある人やない人 ― すべての人が同じ社会で生きている。さまざまな人が同じ社会で生きていくためには連帯感がなければならない。これらのことを言葉の意味だけでなく、実践として教わり、10年間で民主主義を身につける。

*民主主義は少数意見を尊重する
 民主主義は多数決とか絶対多数とかで総意を決めるように定義づけられていると日本では思われがちだが、本当の民主主義は少数派(マイノリティ)の意見も尊重する柔軟性が必要である。デンマークの子どもたちは、異質な人を排他的に見るのではなく、自分とは異なる個性を尊重しながら、個人と個人のつながり、社会性を身につけていく。
 ところが日本では民主主義のキーワードは日本人自身によって否定されている。例えば多数決で決めることは学んでいても、少数派の考えにも正しい意見があることを学んでいない。なぜ日本では民主主義が根づいていないのか。それは戦後、アメリカから棚ぼた式に「今日から民主主義ですよ」と与えられたからではないか。民主主義とは、与えられるものではなく、闘って、勝ち取ってはじめてその意義を理解、実感するものである。

(3)自己決定力と連帯感を育むことの大切さ
*子どもは国の資源
 デンマークには日本と同様、地下資源がない。社会福祉国家は多種多様な職業で構成されており、それを担うのは人材で、いわば子どもが資源となる。子どもは将来の労働市場の担い手だから、国は教育を重視する。GDP(国内総生産)に占める学校教育費の比率は、デンマーク6.7%で世界第2位、一方日本は3.3%でOECD(経済協力開発機構)各国平均4.9%を下回って27位である。
 知り合いの国民学校校長は教育の目標について次のように語った。「みんながエリートになってほしいとは思わない。美容師であれ、修理工であれ、人間味のある人に育ってもらいたい」と。

*自己決定力と連帯感
 日本の小学校の教師の口癖は、「先生の話を聞きなさい」だが、デンマークの教師の口癖は「どんどん自分の意見を言いなさい」だ。この違いはどういう意味を持つか。自己決定力を身につけることが出来るかどうかにつながっていく。
 自己決定力は、持って生まれてきたものではない。何度も繰り返し自己決定をすることで学んでいく。だから大人は、そのような場、機会を子どもに与えなくてはいけない。デンマークでは幼稚園から意思表示をすることを教わる。「歌を歌いたい」、「外で遊びたい」などと意見が分かれたらどうするか。何をするかは自由であること、やりたいことを発言すること、しかし譲り合うことも大切、と教える。譲り合うことから、そこに連帯感も育っていく。

<安原の感想> 自立心、自己決定力を身につけられるか
 以上のデンマーク人に見る「過保護では自立心は育たない」、「民主主義は与えられるものではなく、闘って勝ち取るもの」、「自己決定力と連帯感を育むことの大切さ」― などの感覚、意志は必ずしも多くの日本人の得意とするところではない。ただ「3.11」(東日本大震災と原発大惨事)以降、被災地への支援の輪が広がっており、日本人の連帯感は健在であることを物語っている。
 しかし必ずしも日本人一人ひとりに自覚されてはいない自立心や自己決定力は育つだろうか。原発の危険性に早くから強い批判が寄せられていたが、残念ながら少数派にとどまっていた。矛盾が噴き出している日米安保体制にしても、批判勢力が多数派にはなっていない。いずれも権力や大勢への依存症を克服できないからだろう。今デンマークに学ぶべき最大のテーマは自立心、自己決定力をどう身につけるかである。そこから本物の民主主義(=自由、平等、共生、連帯)が日本にも育っていくのではないか。

▽ 「豊かな国」ではなく、「幸せな国」がキーワード

 デンマークといえば、そのキーワードは「世界一幸福な国」である。冒頭紹介した千葉氏の著作2冊の書名はいずれも「世界一幸福な国」であり、このほかケンジ・ステファン・スズキ著『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』(角川SSC新書、2010年11月刊)、高田ケラー有子著『平らな国デンマーク ― 「幸福度」世界一の社会から』(NHK出版、2005年8月刊)も同じである。判で押したように表題の意味は「世界一幸せな国」である。

 注目したいのは「豊かな国」ではなく、「幸せな国」となっている点である。「豊かさ」と「幸せ」とは明らかに異質である。
 「豊かさ」は量的な大きさを示す尺度で、大量生産・大量消費・大量廃棄の経済構造の上に成り立っている。量的拡大を意味するにすぎない経済成長主義を是認し、その旗を振り回し、その結果、ゴミが街にあふれ、環境汚染、健康障害、様々な格差も著しい。表面上は豊かにみえるが、幸せとは縁遠い社会である。東京電力福島原発の大惨事は、原発依存型の電力エネルギーによる経済成長主義が巨大な虚構であったことを明白にした。
 これに対し「幸せ」は質的な良さを示す尺度で、その経済は適正な生産・消費と少量廃棄の構造となっている。経済成長主義に執着するわけでもない。ゴミが街にあふれることもなく、環境汚染も少なく、格差も余りうかがえない。たしかに量的な増大という意味での豊かさには縁遠いとしても、上質の生活や生き方、精神的な充実感などの意味での幸せを感じさせる。

<安原の感想> 脱・原発型の「幸せ」へ変革を
 デンマークのような「世界一幸せ」な小国(人口は兵庫県程度)こそが日本などの経済大国にとっても見習うべきモデルとなり得る時代だと認識したい。大国の時代から小国の時代へと世界は急展開しつつある。
 ドイツ生まれの仏教経済学者、E・F・シューマッハー(1911~1977年)は、その著作『スモール イズ ビューティフル』(講談社学術文庫、原文は1973年刊)で「人間は小さい。だからこそ小さいことは素晴らしい(Small is beautiful)。巨大さを追い求めるのは自己破壊に通じる」と指摘した。
 この「巨大さ」の典型が原子力発電で、40年も昔のシューマッハーの警告が現実となって日本列島に未曾有の「自己破壊」をもたらしている。自己破壊から教訓を引き出すとすれば、原発依存型の「豊かさ」ではなく、脱・原発型の「幸せ」への変革以外の選択肢はあり得ない。

▽ 「幸せな国」を支える「高福祉高税」とエネルギー自給策

 「豊かな国」・日本が原発エネルギー依存型の経済成長主義に執着しているのに対し、「幸せな国」・デンマークを支えている政策は何か。そこに一貫しているのは「高福祉高税」政策であり、脱・原発であり、自然エネルギーの完全自給政策である。

(1)「高福祉高税」政策という名の国民への還元
 世界主要国の国民所得に対する租税負担率(2007年度)をみると、デンマークは69.0%でトップ、日本は24.6%で28位。世界の消費税の現状をみると、トップのアイスランド25.5%は別格で、2位にデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、ハンガリーの25%が並んでいる。日本の5%に比べていかに高い税率であるかが分かる。
 しかしデンマーク人は、この高い消費税を「高税」と受け止めるが、「負担」とは思っていない。世論調査によると、約85%の国民が納得している。なぜなのか。それはデンマークは世界一の社会福祉国家であり、国民が納めた税金を、国民が納得できるように再配分しているからである。税金は国民全員にきちんと還元されている。教育費や医療費は無料であり、高齢になれば生活に十分な年金が支給される。しかも「強者が弱者を助ける」という気持ちを誰しも抱いているからこそ、高税を払っても「政府に取られてしまう」という不満にならない。(著作『格差と貧困のないデンマーク』から)

<安原の感想> 高い消費税は「自分のための貯蓄」
 デンマーク人は高い消費税を「負担」と受け止めていない。日本の納税者の多くが「税金は取られ損」と考えるのと大きな違いである。なぜなのか。デンマークの高い税金は、日本流にいえば、「自分のための貯蓄」に相当する。教育費、医療費は無料で、高齢者の年金も十分であれば、暮らしに困ることはない。消費税という名の「貯蓄」が自分のために返ってくるわけで、だから高税にも納得できる。
 デンマークなど北欧の社会福祉国家は、こういう仕組みの上に成り立っている。社会保障のための消費税引き上げと宣伝しながら、実はそれが利権がらみで無駄な軍事費や公共事業費などに化ける日本との質的な違いといえる。

(2)エネルギー自給率は超100%
 デンマークのエネルギー自給率は中東戦争などの影響で1972年にわずか2%に落ち込んだ。このため石油の国外依存を見直し、2009年にはエネルギー自給率は100%を超えて124%に達した。これは1985年に原子力発電計画を放棄し、風力発電やバイオガス(家畜のふん尿や有機廃棄物を原料とする燃料)などの自然エネルギー生産と北海油田の開発に取り組んで実現した。風力発電でのエネルギー自給率は現在21%で、議会はこれを2020年までに50%に引き上げる決議をしている。(著作『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』から)

<安原の感想> 「脱・成長+自然エネルギー=幸せ」へ転換を
 東京電力の福島第一原発事故による惨事は、過去最大のチェルノブイリ原発事故(1986年旧ソ連で発生)の被害を上回るともいわれる。もともと根拠のなかった安全神話が完全崩壊した今、展望としてはもはや脱・原発しかあり得ない。石油もピークオイル問題(原油の年間掘削量が上限に達し、減少に向かうこと)があり、将来は期待しにくい。
 今後の成長株として太陽光・熱、風力、小水力、地熱など再生可能な自然エネルギーが注目されるのは当然である。この点はデンマークに学ぶ必要があり、ドイツも脱・原発へとエネルギー政策転換に踏み切っており、ドイツにできることが日本には不可能とはいえない。日本と同じ地震国、イタリアの政権も2008年、原発の復活を打ち出したが、福島原発事故をきっかけに原発復活プランを無期限の凍結に転換した。

 さて目下のところ日本では自然エネルギーによる発電量は全体の3~4%で、ごくわずかであり、今後どう取り組むかが課題となる。自然エネルギー重視への転換は、真の幸せを保証しない経済成長主義を捨てて、「脱・成長+自然エネルギー=幸せ」という新しい公式が多数派の共通認識となって広く定着していくかどうかがカギとなる。

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