「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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社会科学者・高島善哉に今学ぶこと
激動の「昭和」を生き抜いた生涯

安原和雄
 ヨーロッパ近代の経済思想に学びつつ、激動の「昭和」を生き抜いて、日本独自の社会科学の構築に生涯をかけた社会科学者・高島善哉に今、遺された後世の我々が学ぶべきことは少なくない。そこに一貫しているのは、国家権力にそれなりの批判的な姿勢を持続させたことである。二つの具体例を挙げたい。
 一つは、あの戦時中、出陣学徒に向かって「生きて帰ってこい」と励まし、当時の潔(いさぎよ)く死を選ぶ「常識」に抵抗する姿勢を変えようとはしなかった。この反権力の姿勢は今のテーマに翻訳すれば、反「日米安保」に通じるのではないか。
 もう一つ、戦後になって、高島は「経済学の父」として名高いアダム・スミスの自由競争論を正しく理解することに貢献した。特に21世紀に入って日米両政府の旗振りによって大きな災厄をもたらし、破綻したあの市場原理主義(=新自由主義)はスミスの自由競争論の誤解に基づくところが大きい。その市場原理主義はここへきて復活を策しているだけに今こそ、スミスの自由競争論の真意を学ぶ必要がある。その意味では高島は身近なところで今なお生き続けている。(2010年6月25日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 <演題:「高島善哉 研究者への軌跡」>、<講師:上岡修>による如水会(一橋大学卒業生の同窓会)定例午餐会が2010年6月24日、東京・千代田区一ツ橋の如水会館で開かれた。去る3月出版された上岡修著『高島善哉 研究者への軌跡 孤独ではあるが孤立ではない』(新評論)の出版記念会で、発起人役の長田五郎横浜市立大学名誉教授ら一橋大学高島ゼミ出身者を中心に多数参加した。

 席上、著者の上岡(注1)から「高島先生は生前、人生を知るためには100歳まで生きねばならない、と語っていた」ことが披露された。現実には86歳であの世へ旅立ったが、時代を見据える社会科学者であるためには、書斎に閉じこもる本の虫であってはならない、という信念に基づく発想である。音楽、歌舞伎、映画、演劇に限らず、落語にも関心を広げていた。最近は学界だけでなく、あらゆる分野で器量の小さな専門家が多いという印象があるだけに、このエピソードには参加者の多くがうなずいていた。

 (注1)著者・上岡修(1946~)は成城大学経済学部卒、関東学院大学院経済学研究科(高島ゼミ)修士課程修了。元都立高校教諭、「日本子どもを守る会」理事。1978年から高島教授逝去直前の89年末まで、加齢とともに視力を失った高島の「目と手」の助手を務めた。成城大時代の指導教授、上野格(現在成城大名誉教授)は高島ゼミ出身である。

▽ 高島もついに検挙され、留置場に拘束

以下では上岡の著作を手がかりにして、「社会科学者・高島に今学ぶこと」を考える。その一つはあの戦争下での高島の言動である。

 高島(注2)は1945年8月14日(終戦日の前日)、学生たち(戦争のための学徒動員をかけられなかった居残りの学生たちは、当時「勤労学生報国隊」と呼ばれていた)を前に語りかけた。

 「今日明日というごく短時間の将来に、私たちは日本の運命を決するきわめて重大な出来事に遭遇するかもしれない。しかし諸君は度を失ってはいけない。社会科学の学徒として諸君はそれをいかに受け止めるかということがわかっているはずだ。私たちの学問がその力を試される日が来たのである」と。

 日本の敗戦をこのような間接的な言葉でしか語ることができなかった、その発言の含意を理解するためには、特に最近の若者たちには若干の補足説明が必要だろう。敗戦後の日本国憲法(1947年5月3日施行)は学問、思想の自由を建前としては保障しているが、敗戦までの明治憲法下ではその自由はなく、抑圧されていた。真実をそのまま語ることは許されなかった。当時は警察権力(思想犯は警視庁特別高等課が担当)によって多くの教授たちが治安維持法(注3)違反として検挙、起訴された。

 高島(当時は講師)も例外ではなかった。1933(昭和8)年12月自宅を杉並署特高係に襲われ、検挙された。共産党中央機関紙の購読者、などが理由として挙げられた。数時間留置場に拘束された後、釈放されたが、当時の新聞は「高島講師召喚」、「赤化教授の温床 商大を清掃 ― 高島講師を最後に」などと、国家権力に抵抗する学者たちの拘束を肯定する立場から派手に書き立てた。

 (注2)高島善哉(1904~1990年)は岐阜県生まれ。東京商科大学(現・一橋大学の前身)卒後、講師、助教授、教授を経て、1966年一橋大学退職後、関東学院大学大学院などの教授(1981年まで)を歴任。著書は『経済社会学の根本問題』、『社会科学入門』、『社会思想史概論』(共著)、『アダム・スミス』、『民族と階級』、『マルクスとヴェーバー』、『現代国家論の原点』、『社会科学の再建』、『時代に挑む社会科学 ― なぜ市民制社会か』ほか多数。これらの著作は渡辺雅男(一橋大学教授)責任編集「高島善哉著作集」(全9巻・1997~98年刊、こぶし書房)にほぼ収められている。独自の日本的社会科学論の構築に努め、メディアでの時論、評論も話題を集めた。
 実は私(安原)も学生時代、高島ゼミの一員で、当時(1956~58年)はマルクス著『資本論』を読んだ。「資本論は、音楽でいえば、ベートーベン作曲の交響曲第九のような壮大な物語」が高島教授の口癖だったように記憶している。

 (注3)治安維持法は国体(明治憲法下での天皇制)の変革、私有財産制度の否認を目的にする結社活動や個人的行為を処罰する法律で、1925(大正14)年公布、28(昭和3)年、最高刑として死刑が追加された。敗戦とともに1945(昭和20)年10月廃止された。

▽戦時中、出陣学徒に「生きて帰ってこい」と激励

 太平洋戦争(=大東亜戦争)が始まった1941年12月8日、高島は次のような「学生補導課長としての訓辞」を行った。
 「諸君は、今日から始まった大東亜戦争の最後の戦士である。遠くない日に諸君は戦場に征(ゆ)くであろう。戦地において卑怯未練といわれてはならぬ。青白いインテリと笑われてはなりません。しかしその時まで諸君はこの大学で今まで同様にしっかりと勉強してほしい。諸君の任務は戦後の経営にある」と。
高島が一番言いたかったことは、末尾の「諸君の任務は戦後の経営にある」であった。ここでの「戦後の経営」とは、単に企業経営を指しているのではなく、「戦後日本再建の経営」を意味していたはずである。これを聴いた当時の学生の一人、平田清明(注4)は「忘れがたい言葉」であったという回顧談を遺している。
 (注4)平田清明(1922~95年)は、高島ゼミ出身、経済学者。京都大学教授、鹿児島経済大学長などを歴任。著書に『市民社会と社会主義』など。

 1943(昭和18)年9月、戦局の悪化とともに政府は理工系を除いて学生の徴兵猶予の停止を決定し、学生たちは満20歳になると、徴兵検査を受けて軍隊入りしなければならなくなった。学業半ばで徴兵されるいわゆる「学徒出陣」である。同年10月21日、明治神宮の外苑競技場で出陣学徒壮行大会が行われた。
 当時の「一橋新聞」(同年11月10日付)は出陣学徒の「壮行特輯号」を編み、高島の「社会学徒の自覚を持って戦い抜け」と題する一文(要旨)を載せた。
 
 「職業的な戦士、技術的な戦士、発作的な戦士、盲目的な戦士は諸君には相応しからざるものである。あくまで社会学徒たる自覚をもって大事に臨め。これが私の諸君に熱望する主たる眼目である。(中略)私はこの際諸君にあらゆる形態の敗北主義を警告する。最後の瞬間まで社会を学び研めよ。そして戦いに勝ち帰れ。そのとき諸君は初めて真の闘士となることができる」と。
 高島がここで強調したかったのは、一つは「あくまで社会学徒たる自覚をもって大事に臨め」であり、もう一つは「戦いに勝ち帰れ」である。この二つの文言を約(つづ)めれば、「社会学徒の自覚をもって、戦いに勝ち帰れ」となる。高島は1943(昭和18)年ころからすでに日本の敗戦必至を見通していたというから、「戦争に勝って帰ってこい」ではなく、「無駄死にしないで生きて帰ってこい。社会学徒としての仕事が待っている」と願ったのである。

 著者の上岡修は次のように書いている。
高島はあくまで戦争をプロセスとして捉え、戦後にこそ真の闘士としての仕事があることを訴えた。高島は出陣学徒には繰り返し次のように言って励ましの言葉としていた。
「必ず生きて帰ってきてほしい。諸君のほんとうの仕事は戦後にあるのだからだ」と。

▽ 「生きて帰ってこい」は当時の「常識」に反していた

 これ以降高島は繰り返し学生たちに向かって「生きて帰ってこい」と言い続けた。
 1943年12月1日の入隊の日を前にして高島に挨拶に行った韮澤忠雄(注5)は次のように想い出を語っている。
 (注5)韮沢忠雄(1922~2007年)は、高島ゼミ出身、ジャーナリスト。新聞「赤旗」編集長などを歴任。著書に『マスコミ信仰の破たん』ほか。

 「先生は『生きて帰ってくれ』と言ったのでおどろいた。出陣学徒の壮行会(1943年10月)でも出陣学徒代表が『生等もとより生還を期さず』と答辞で述べたように、兵隊にいくからには生きて帰らない覚悟というのが当時の常識になっていた。その常識と正反対の、『生きて帰ってくれ』という高島先生の言葉は奇異に聞こえたからである」と。

 たしかに当時の常識とは180度異なっていた。ただし常識といっても、それは奇怪な常識であった。当時の多くの日本人を「常識」の虚名で精神的な金縛り状態にしていた具体例として「戦陣訓」(せんじんくん)を挙げることができる。これは1941年1月当時の陸軍大臣・東條英機(注6)が出した訓令で、軍人としての行動規範を示した文書として知られ、その中に次のような文言がある。(フリー百科事典『ウィキペディア』・戦陣訓から)
(注6)東條英機は開戦時(1941年12月8日)の首相。敗戦後東京裁判で「A級戦犯」として絞首刑に処せられた。

 「恥を知る者は強し。常に郷党(きょうとう)家門の面目を思ひ、いよいよ奮励(ふんれい)してその期待に答ふべし、生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿(なか)れ」と。
 この大意は以下のようである。
 「郷党家門の面目を思い、捕虜となって恥をさらしたり、捕虜として相手に協力して、後でその罪を問われるようなことがないように覚悟している者は強い。だから強くあるためには、そのような覚悟をしておけ」と。

 特に「生きて虜囚の辱めを受けず」が軍人、民間人の大量の無駄死(特別攻撃機による自決や集団自決など)を招く精神的束縛となった。

<安原の感想> 「生きて帰ってこい」と21世紀の反「日米安保」と

 「いのちを大切にしよう」というスローガンに今どき疑問をはさむ人はいないはずである。しかし悪法・治安維持法が死刑を掲げて睨みを利かせていた戦争下では「生きて帰ってこい」と出陣学徒を励ます正しい姿勢は、強い信念と勇気を要することだった。
終戦の1945(昭和20)年夏、私は小学5年生で、それなりの軍国少年だった。山本五十六連合艦隊司令長官が戦死した時、「これで日本は負ける」と思い、やがてルーズベルト米大統領が病死すると、「これで日本は勝つぞ」などと、状況追随型の単純思考を超えることはなかった。

 ここで考えてみたいことは、戦争中に「生きて帰ってこい」と世の大勢に抵抗した姿勢はこの21世紀の今なら、どういう生き方につながるのかである。端的に言えば、反「日米安保」ではないか。日米安保体制は戦争のための暴力装置であることを忘れてはならない。しかし反「安保」を堅持したからといって、かつてのような死刑が待っているわけでもない。むしろ反「安保」の世論は増えつつある。
 にもかかわらず大手メディアは事実上、安保批判の精神を失っている。これは何を意味するのか。あえていえば、権力批判を忘れて、目を曇らせ、状況追随型の単純思考に囚われているのではないか。これでは軍国少年だった私の小学生時代の思考と大差ない。

▽ 「誤解の中のアダム・スミス」から「正しいスミス理解」へ

 古典的著作『国富論』で知られるアダム・スミス(注7)が今生きていたら、「私は誤解されている」と抗議するに違いない。高島の学問、思想上の功績として今こそ高く評価すべきことは、このスミスへの誤解を正しい理解に導くためにエネルギーを注いだことである。これが「社会科学者・高島に今学ぶこと」の、もう一つである。
 以下は<ブログ「安原和雄の仏教経済塾」>(08年11月7日付)の記事「自由競争と自由放任を混同するな スミスが今生きていたら異議を」が下敷きになっている。

 (注7)アダム・スミス(Adam Smith 1723~90年)は「経済学の父」とうたわれたイギリス(スコットランド生まれ)の経済学者であり、同時に道徳哲学者であった。主著として『道徳感情論』(初版・1759年)と『国富論』(または『諸国民の富』初版・1776年)が著名。

 スミスはどのように誤解されているのか。典型例は、スミスといえば自由放任、自由放任といえばスミス、というイメージがかなり定着していることで、これは日本に限らない。例えばスミスの母国イギリスで編纂された『岩波・ケンブリッジ 世界人名辞典』(岩波書店、1997年)は、スミスについて「『国富論』の中で、分業、市場機能、自由放任主義経済の国際的な意味など、経済活動の自由を生み出すものを考察した」と書いている。
 自由放任主義という表現を使っていることからも分かるように、スミスすなわち自由放任という理解が世界に広がっているといっても過言ではない。しかしこれは大いなる誤解である。

 「自由放任は誤解」という意見を紹介しよう。
 イギリスの著名な経済学者、ジョン・M・ケインズ(1883~1946年、主著は『雇用、利子及び貨幣の一般理論』)は論文「自由放任の終焉」で「自由放任という言葉はスミスの著作の中には見当たらない」と述べている。
 スミス研究家として知られる高島も著作『アダム・スミス』(岩波新書)で次のように繰り返し指摘している。
 「スミスは人間の利己心の意義を説き、自由放任主義の元祖だったのではないのかと思いこんでいる人には、それは一知半解のスミス観で、現代のスミス像としては、もはや古くさいかびのはえてしまったものだということをいっておきたい」
 「著作の『道徳感情論』、『国富論』のどのページを開いてもただの一度も自由放任という文句にお目にかかることはない。スミスの自由思想を自由放任という合い言葉で語るようになったのは、スミス自身ではなく、後の亜流や解説者たちだった」
 「スミスの書物のどこを探しても、自然的自由、自由競争という言葉はいたるところでお目にかかるが、自由放任という言葉はついに出てこない。スミスの社会哲学原理からいって当然のこと」など。

▽「正義の法」の下での利己心と自由競争

 「スミスすなわち自由放任」という捉え方が誤解だとすれば、なぜそういう誤解が生じたのか。自由競争と自由放任とはどう違うのか。ここが問題である。
 日本での誤解の一因になっていると思われる岩波文庫『諸国民の富』(大内兵衛・松川七郎訳、第一刷1965年)のつぎの一節(〈三〉502ページ)を紹介したい。
 「あらゆる人は、正義の法を犯さぬかぎり、各人各様の方法で自分の利益を追求し、(中略)完全に自由に放任される」

『諸国民の富』の中で「完全に自由に放任される」つまり「自由放任」と受け取ることができる訳語はここ一カ所である。私的利益と自由競争を強調するスミスのイメージと重なって、スミスすなわち「laissez faire レッセ・フェール(自由放任)の主張者」というイメージが日本で定着したのは、この日本語訳にも一因があるのではないか。

 参考までにこの一節の原文・英文を紹介すると、つぎのようである。
 Every man , as long as he does not violate the laws of justice , is left perfectly free to pursue his own interest his own way , ・・・・・

 旧訳から36年振りに新訳として出版された岩波文庫『国富論』(水田洋・注8=監訳 杉山忠平訳、第一刷2001年)によると、上記の部分はつぎの日本語訳(『国富論』3・339ページ)となっている。
 (注8)水田洋(1919~)は東京商科大学・高島ゼミ出身、社会思想史家。名古屋大学教授、名城大学教授などを歴任。現在学士院会員。著書に『アダム・スミス研究』ほか多数。

 「だれでも、正義の法を犯さないかぎり、自分自身のやり方で自分の利益を追求し、(中略)完全に自由にゆだねられる」
 旧訳の「完全に自由に放任される」から新訳では「完全に自由にゆだねられる」に修正されている。これなら「自由放任」という誤解は生じないのではないか。

これで「自由放任」に関する誤解は解消するが、もう一つ重要なことは、上記の同じ一節から分かるようにスミスは無制限なしかも勝手気ままな利己心=私的利益の追求のすすめを説いたわけではないという点である。「正義の法を犯さぬかぎり」という厳しい条件を付けている。これは単に法律を犯さなければよいという意味ではなく、倫理、道徳上の制約とも理解できる。いいかえれば利己心の発揮には「正義の法」の遵守が前提であり、不可欠であることを強調している。この一点を見逃してはならない。

<安原の感想> (1)スミスに還ることの今日的意義

 重要なことは、スミスは無制限の自由放任を説いたのではなく、「正義の法」の範囲内での自由競争を説いたという事実を適正に理解することである。これを今の時点でスミスに還って確認することはどういう意義を持つだろうか。 

 第一に米国発の世界金融危機(2008年発生)をもたらしたのは、「市場は万能」という旗を掲げて、一切の規制も倫理もモラルも排除し、自由放任路線を暴走した市場原理主義(=新自由主義)である。いいかえれば世界金融危機の責任は、スミスの経済・道徳思想にはない。

 第二に、このことは市場原理主義破綻後の市場経済の望ましいあり方に深くかかわってくる。2つの路線選択が考えられる。一つは自由放任(レッセ・フェール)型市場経済の復活であり、もう一つは「正義の法」型市場経済の構築である。
 前者の性懲りもない復活の可能性が消えたわけではない。市場原理主義者たちはむしろその再生の機会をうかがっている。しかしもはやこれは望ましい選択ではない。望ましいのは、21世紀にふさわしい「正義の法」型市場経済をどう構築していくか、である。

<安原の感想> (2)21世紀版「正義の法」のイメージは?

さて新しい21世紀版「正義の法」はどういうイメージだろうか。その柱は以下のように考えることができる。

 第一の柱は同感(sympathy)である。
 これはスミスの『道徳感情論』に出てくるキーワードである。自分あるいは他人の行為の是非を判断するときの原理となるもので、「中立的かつ公平無私な見物人あるいは観察者」の立場からなされる。
 例えば高い地位をめざす競争で、競争相手を追い抜くために力走していいが、もし競争相手を踏みつけたり、引き倒したりすれば、同感の原理に反し、フェア・プレーの侵犯として「公平無私の見物人」は許さない、とスミスは述べている。
 この同感は、野放図な市場原理主義路線のために乱れきった企業モラルを是正する原理として、そのまま21世紀の今にこそふさわしい。

第二は地球環境の汚染・破壊を食い止めるための社会的規制など市場をコントロールするための新しい枠組みである。
 これは21世紀最大の課題である「持続可能な経済社会」づくりに不可欠である。市場原理主義者たちには自己利益、私利への関心は異常なほど強いが、地球環境への関心は皆無に等しい。その意味でも、市場原理主義者はもはや21世紀の経済を担う資格はない。

 第三は脱「経済成長主義」をめざす「知足の精神」も必要なときではないか。
 資本主義的市場経済下での経済成長主義がもたらす資源・エネルギーの過剰浪費と過剰廃棄をどう抑制するかが大きな課題となってきた。経済成長すなわち生産・消費・廃棄の「量的拡大」ではなく、国民生活の「質的充実」をめざすときである。質的充実は知足の精神と両立しうる。

 第四は経済のグローバル化にともなう巨大な「負の影響」の是正策である。
 例えば証券・為替市場における投機化と暴力化(=カジノ資本主義化)を封じ込めるための規制、さらに地球規模で広がる飢餓、貧困、疾病、水不足などへの対策も不可欠である。これは地球規模での生存権をどう保障するかという課題である。

以上の21世紀版「正義の法」のうち第二から第四までは18世紀のスミスの視野にはない。それはスミスの時代が求めていなかったからである。スミスの責任ではない。だから今日、スミスに学び、生かすためにはスミスに還り、そしてスミスを超えなければならない。
 どう超えればよいのか。結論だけ言えば、市場原理主義破綻後の新しい「自由競争」、「市場経済」は、「市場の欠陥」(市場の投機化、地球環境の汚染・破壊、資源エネルギーの浪費、飢餓、貧困、格差、人間疎外など)を補正するための社会的規制(自然環境、土地、都市、医療・福祉、教育、労働などの分野での公的規制)と共存できるものでなければならない。


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「もうやめよう!日米安保」に参加して
安保条約の自然成立から50年目の日

安原和雄
 現行日米安保条約が「反対の声」で囲まれた国会で自然成立してからちょうど50年目の2010年6月19日、集会「もうやめよう! 日米安保条約」が開かれた。その集会に参加して講演「日米安保体制の問題点と目指すべき日米関係」を聴いた。講演の要点は3つにまとめることができる。すなわち<「平和をもたらすオバマ米大統領」は誤解>、<民主党政権はなぜ沖縄の民意を無視するのか>、<今後目指すべき日米関係のあり方> ― である。
 いずれも見のがされやすい視点である。今後のオバマ米政権、日本の民主党政権の行方はもちろんのこと、軍事基地反対の沖縄の民意は実現できるか、さらに日米軍事同盟とは異質の望ましい日米関係のあり方をどう考えるか ― など斬新な分析と主張には学び、かつ実践していくべきことが少なくない。(2010年6月20日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 集会「もうやめよう! 日米安保条約 ― 米国・日本・沖縄の新しい関係をめざして」(正式名称)は「2010安保連絡会」(注)主催で、社会文化会館(東京・千代田区永田町)に約500名を集めて開かれた。
(注)2010安保連絡会は首都圏を中心に戦争反対、軍事基地反対、安保反対に取り組んでいる団体や個人が集まってつくった組織で、日米安保破棄を目指している。

 この集会ではまず小林アツシさん(映像ディレクター)制作の「どうする安保」を上映、続いて浅井基文さん(広島平和研究所所長)の講演「日米安保体制の問題点と目指すべき日米関係」、さらに安次富浩さん(沖縄・ヘリ基地建設反対協議会共同代表)の報告「沖縄・辺野古の闘いと日米安保」などがあった。
 集会終了後、参加者は国会正門前、首相官邸前で「安保NO!」などのプラカードを掲げてアピールを行った。

 ここでは浅井さんの講演(要旨)を次の3点に絞って紹介する。
*「平和をもたらすオバマ米大統領」は誤解
*民主党政権はなぜ沖縄の民意を無視するのか
*今後目指すべき日米関係のあり方

▽ 「平和をもたらすオバマ米大統領」は誤解

 オバマ大統領のチェコの首都・プラハでの「核兵器のない世界」に関する演説(2009年4月)は誤解されている。彼の軍事政策はブッシュ前大統領と変わってはいない。「平和をもたらす大統領」という「オバマ神話」は誤解である。
 彼はプラハ演説では次のように述べた。
「核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道議的責任がある」と。
 しかし厳密に言えば、「行動する道義的責任」と言ったとき、「何について」「どのように」「どこまで」行動するのかを示してはいない。これは目標を言ったにすぎず、政策ではないことを認識する必要がある。

 さらに次のようにも述べた。
 「私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを明言する。私は甘い考えはもっていない。この目標はすぐに達成されるものではない。おそらく私の生きているうちには達成されないだろう」と。
 オバマ大統領はノーベル平和賞受賞決定に際して次のように述べた(09年10月9日)。
「核兵器廃絶などの課題は、私の生きている間には完成しないだろう」と。

 もう一つ、オバマ大統領は戦争肯定思想の持ち主である。ノーベル平和賞受賞演説(09年12月12日)で以下のように述べている。
 「我々は厳しい真実、すなわち我々が生きている間には暴力を伴う紛争を根絶することはできない、という真実を認めなければならない。武力行使が必要なだけではなく道義的に正当化されると国家が考える場合が出てくるだろう」、さらに「米国民への脅威に対して手をこまねいていることはできない。間違ってはいけない。世界には邪悪は存在する。非暴力の運動では、ヒトラーの軍隊を止めることはできなかっただろう。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を置かせることはできない。武力行使がときに必要だということは、冷笑的な態度をとることではない。それは人間の不完全さと、理性の限界という歴史を認めることだ」と。

<安原の感想> 「オバマ神話」は間違っている
 なぜわざわざ「核廃絶は私の生きている間には完成されないだろう」などと否定的な言い訳をする必要があるのか、疑問が消えなかった。困難なことは事実としても、大統領という地位にあるのだから、「いのちある限り廃絶に努力したい」というべきではないかとこれまで機会あるごとに指摘してきた。米国における軍産複合体という巨大な戦争勢力からの反平和的な圧力を感じていたのではないかと想像してもいた。
(ブログ「安原和雄の仏教経済塾」09年10月12日付=掲載の記事「米大統領にノーベル平和賞授与の波紋 ― 軍産複合体をどう封じ込めるかが課題」を参照)

 しかし浅井式分析ではオバマ大統領もブッシュ前大統領同様の戦争肯定思想の持ち主であり、平和主義者という「オバマ神話」は間違っていると強調している点に注目したい。アフガニスタンへの軍事的侵攻を継続していることなどからも、たしかに「オバマ神話」はすでに崩壊している。

▽ 民主党政権はなぜ沖縄の民意を無視するのか

 民主党政権はなぜ「米軍基地反対」という沖縄の民意を無視するのか。その背景に日米軍事同盟の変質強化が進んでいるという事実がある。
 まず武力攻撃事態対処法(2003年)など国内有事法制の整備がある。
 さらに「日米同盟:未来のための変革と再編」(2005年10月)は「世界をにらんだ日米軍事同盟」として次のようにうたっている。「日米同盟は日本の安全とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠な基礎」、「同盟に基づいた緊密かつ協力的な関係は世界における課題に効果的に対処する上で重要な役割を果たしており、安全保障環境の変化に応じて発展しなければならない」など。
 見逃せないのは、「未来のための変革と再編」に基づく日本全土の米軍への支援策で、「日本は、日本の有事法制に基づく支援を含め、米軍の活動に対して、事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供する」とわざわざ「切れ目のない支援」という文言を使っている。

 これを受ける形でつくられたロードマップ(2006年5月・具体的な実施日程を含む計画)に「兵力削減とグアムへの移転」「ミサイル防衛」などと並んで、普天間代替施設について「普天間飛行場代替施設を、辺野古岬とこれに隣接する大浦湾と辺野古湾の水域を結ぶ形で設置」と書き込まれている。

 このロードマップ合意の直後にまとめられたブッシュ・小泉共同声明「新世紀の日米同盟」(2006年6月)は次の3点を強調した。
・「日米の安全保障協力は、弾道ミサイル防衛協力や日本における有事法制の整備によって深化してきた」
・「両首脳は日米同盟を将来に向けて変革する画期的な諸合意が行われたことを歓迎した。米軍及び自衛隊の過去数十年間で最も重要な再編であり、歴史的な前進である」
・「両首脳はこれらの合意の完全かつ迅速な実施が、日米両国にとってのみならず、アジア太平洋地域の平和と安定にとって必要であることについて一致した」

 つまり「ロードマップ」の完全実施は米国の世界戦略上不可欠ということであり、これこそが民主党政権が沖縄の民意を無視してまでも対米約束の履行にこだわる理由である。

<安原の感想> 対等な日米関係は「夢のまた夢」か
 「ロードマップ」の完全実施は、世界をにらむ覇権主義に執着する米国にとっては不可欠であるとしても、歴史的に観て破綻状態に近い覇権主義は醜悪でさえある。問題はなぜ自民党政権に代わって登場した民主党政権がその覇権主義に100%に近い形で同調し、支援を重ねなければならないのかである。
 答えは単純である。それは民主党も日米同盟堅持が主流となっているからである。この点は自民党と変わらない。
 菅政権に居残った岡田外相、北沢防衛相らは自民党顔負けのタカ派ぶりともいえる。誰よりも菅首相自身が「日米同盟は国際的な共有財産」(所信表明演説)という日米同盟賛美観の持ち主で、そこに安保批判の入る隙間はうかがえない。これでは「従属的な対米関係」を克服して、新しい「対等な日米関係」の構築を民主党政権に期待することは「夢のまた夢」というほかないだろう。

 「米軍駐留は不可欠」という大見出しの記事が毎日新聞(6月20日付)に掲載されている。クリントン米政権の国防次官補などを努めたジョセフ・ナイ米ハーバード大教授との会見記事で、気になるのは以下の発言である。
問い:米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり日米間がぎくしゃくしたことについて
答え:困難な時期だったが、学習の時期だった。両国が日米同盟の重要性について再認識し、この時期を経て同盟関係は弱くなるどころか、強化されたと考えている。

 発言の中の「学習」とは日米双方にとっての学習、という意だろうが、日米政府ともに「沖縄の民意」を学習したとはとても言えない。覇権主義はそもそも民意とは両立不可能であろう。しかも「日米同盟は強化された」という認識だから、現実を願望と混同する超楽天主義とでもいえようか。

▽ 今後目指すべき日米関係のあり方

 目指すべき日米関係のあり方について次の項目が挙げられている。
(1)国際的に恵まれた視点:日本国憲法という座標軸を出発点にできる日本の私たち
(2)私たちが日米関係を動かすことを可能にする条件
(3)日米関係を健全なものとするために私たちが克服すべき課題
 (イ)日本という国家の国際的重みを正確に理解し、健全な国家観を育むこと
 (ロ)曖昧な平和観を鍛える
(4)私たちの運動のあり方に対する私見

 ここでは(1)、(2)に絞って紹介する。(3)、(4)も興味深い視点であるが、割愛する。

 まず(1)の内容は以下の通り。
*平和憲法9条のよって立つ根拠
・2度と戦争をしないという不戦の誓い(国際公約)
・原爆体験に基礎を置く非核・反戦の思想
・人間の尊厳を最重視する「力によらない」平和観
*21世紀の人類の歩むべき方向性を指し示す先駆性
・人権、民主と「力によらない」平和観を両輪とする日本国憲法
・人類の歩みに対して基本的方向性を提起している憲法前文と25条を含む人権条項

 次に(2)について
*核廃絶の先頭に立つ使命と責任
・米国の原爆投下責任を問いただす:このことなくして、米国をして核抑止肯定論を最終的に断念させることはできない。日本が本気になることによってのみ米国核政策の根本的転換を導くことが可能となる。
・核兵器につながり、放射能被害をもたらす原子力発電を清算する必要性
・朝鮮半島の非核化

*「力によらない」平和観による新たな国際平和と安全の体制の構築
・「力による」平和観(権力政治)による旧国際秩序構想に対する「力によらない」平和観による新国際秩序構想の提起
・人間の尊厳を普遍的価値として承認、国際的相互依存の深まり、現代の戦争の破壊性や非人間性を認識の根底に据えた時の「力によらない」平和観の21世紀的説得力
・平和大国日本が担うべき軍事超大国アメリカに対する代替軸提起の役割

*大国であること(経済力、科学技術力、人的資源)
・「大国」論は事実認識の問題であり、価値判断の問題ではない。
・国際関係において大国が担う客観的役割:過去の大国が軍事的覇権に走った事実を認めた上で、平和憲法に基礎を置く平和大国・日本の担いうる国際的役割を認識する。
・私たちがその気になりさえすれば、米国に根本的変化を促す力量を備えていること。その条件として次の2点が必要である。一つは旧思考(北朝鮮・中国脅威論)を清算し、アジアの中の日本という「立ち位置」を明確にすること、もう一つは経済大国・日本が新自由主義を清算することで、これによって米国に政策転換を強いる巨大な力となる。

<安原の感想> 「日米関係の未来図」実現に必要な条件
 これほど多角的視点に立つ日米関係の望ましい未来図はあまりお目にかからないような印象がある。要点は以下の4つに整理できる。その実現に必要な条件を考える。

① 日本国憲法の理念(平和、反戦、人権、民主)に基づく「力によらない」平和観の実践=憲法の平和理念と根本的に矛盾する日米軍事同盟の破棄・解体が必須条件である。

② 核廃絶の先頭に立つ使命と責任=核廃絶は日本にとっては歴史的な使命と責任である。そのためには核抑止力論を否定する立場から、中国と北朝鮮を含む東アジアの非核化推進が不可欠といえる。同時に日本の国是「非核3原則」が事実上「非核2.5原則」(核搭載艦などの一時寄港を容認する核密約のため)に後退している現状を改める必要がある。 
さらに浅井提案では「原子力発電の清算」も挙げられているが、当然の指摘であり、その代替策として再生可能な自然エネルギー(太陽光など)への中長期的な転換策が不可欠である。

③ 平和大国日本が担うべき軍事超大国アメリカに対する代替軸提起の役割=これは平和憲法の理念を生かす理想的な姿といえるが、日米同盟信者が多い現状の民主党政権には期待できない。ただ憲法9条本来の理念(戦争放棄、非武装、交戦権の否認)への期待は世界で高まってきており、21世紀の新しい潮流でもあり、決して夢物語ではないという展望を持ちたい。

④ 経済大国・日本が新自由主義を清算すること=ブッシュ・小泉時代に頂点に達し、大きな災厄をもたらした新自由主義(=自由市場原理主義)には「軍事・安全保障」と「経済」の2つの顔がある。前者では軍事同盟を足場とする軍事力信奉主義であり、後者は弱肉強食、格差拡大、貧困を招く競争促進主義である。
 前者は沖縄での強い抵抗を受けてぐらついたが、菅政権の登場とともに立て直しを策している。一方、後者は2008年の世界金融危機をきっかけに破綻したが、決して消滅したわけではない。政・官・財・学・メディアなどの分野でつねに復活の機会をうかがっている。新自由主義の清算も時代の要請であるが、決して手軽な仕事ではない。


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「閉塞状況の打破」というけれど
菅首相の所信表明演説を採点する

安原和雄
 菅首相は初の所信表明演説で重要な柱として「閉塞状況の打破」を掲げている。その姿勢は評価したいが、残念ながら肝心要の視点が欠落している。それは日米安保体制(=日米軍事同盟)こそが日本の閉塞状況をつくり出している元凶という視点である。ところが首相は、日米同盟を「国際的な共有財産」という美辞麗句で飾り、「日米同盟の深化」さえ打ち出している。日米同盟の呪縛にからめとられて身動きできない状態ともいえる。
これでは沖縄の米軍基地撤去を求める民意を無視したも同然であり、閉塞状況をむしろ広げる役割を自ら果たしつつあるというほかないだろう。沖縄のメディアは菅政権の行方について早くも「いずれ行き詰まる」と論じており、所信表明演説に合格点を差し上げることはとてもできない。(2010年6月13日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 新聞社説の読み方(1) ― 首相の所信表明演説をどう論じたか

 菅直人首相の初の所信表明演説(6月11日)を受けて新聞メディアの社説はどう論じたか。まず主要紙の社説見出しを紹介する。
*朝日新聞(6月12日付)=7.11参院選へ 否定のパワーを前向きに 
*毎日新聞(同)=所信表明演説 指針裏付ける戦略示せ
*読売新聞(同)=所信表明演説 超党派で財政再建に取り組め
*日本経済新聞(同)=首相演説の決意を実行につなげよ
*東京新聞(同)=菅首相所信表明 具体策なき現実主義だ
*沖縄タイムス(同)=[所信表明演説(上)]「対等」を問い直すとき
同上(6月13日付)=[所信表明演説(下)]一にも二にも実行力だ
*琉球新報(6月12日付)=首相所信演説 「感謝」よりも差別解消を 普天間解決の覚悟伝わらず

 鳩山前首相退陣の最大の理由は沖縄普天間基地移設問題で民意に背いたことが挙げられる。そこでこの点に絞って主要紙社説がどのように言及しているかをみたい。
*朝日新聞=普天間問題で傷ついた日米関係の立て直しと沖縄の負担軽減をどう両立させるのか。
*毎日新聞=日米関係が揺らぐ外交は「『現実主義』を基調とした外交」を掲げた。普天間飛行場移設問題は辺野古沖に移設する先月末の日米合意を踏襲し、沖縄の基地負担軽減に努める基本を示すにとどめた。「現実主義」を強調したのは、鳩山内閣が沖縄基地問題で迷走した意識からだろう。では、前政権の「緊密かつ対等な日米同盟」の看板は外したのか。日米同盟を「国際的な共有財産」と強調するだけでは、いかにも説明不足だ。

*読売新聞=外交・安保分野では、新首相は「現実主義」の外交を唱え、日米同盟が「外交の基軸」と明言した。23日に沖縄を訪問し、米軍普天間飛行場の移設問題の前進に自ら取り組む決意を示した。
*日本経済新聞=外交政策で首相が、日米同盟を基軸とし、アジア諸国との連携を強める基本方針の堅持を表明したのは当然である。

*東京新聞=(外交・安全保障政策の)現実主義が現状固定の言い訳になってはならない。沖縄県民の基地負担を軽減するため、普天間飛行場の「国外・県外移設」など在沖縄米軍基地を抜本的に見直す、大胆で緻密(ちみつ)なビジョンを打ち出すべきだ。その構想力が現実を動かす力になる。
*沖縄タイムス=以下のように日本政府への批判的姿勢で一貫している。
・期待するほど失望も大きい。それでもなお期待し続けるのは、現実の負担が放置できないほど大きいからだ。
・米軍が「運用上必要だ」と言えば、日本政府は口をつぐむ。
・民主党が公約した「対等」な日米関係を具現化するなら、少なくとも基地管理をすべて米軍に委ねる現状を変えることから着手すべきだ。
(なお琉球新報社説は別途詳しく紹介する)

▽ 新聞社説の読み方(2) ― 「国際的な共有財産」について

 以上から分かることは、政府への批判的立場を打ち出しているのは、東京新聞と沖縄タイムスである。読売と日経は、従来通りの「日米同盟」基軸を推進する立場である。
 一方、朝日、毎日はどうか。両紙ともに日米同盟そのものへの批判的視点はうかがえない。沖縄の負担軽減に一言触れる程度である。首相の現実主義と同様に「現実主義」的社説なのだろう。ジャーナリズムの原点であるべき「権力批判」の看板はすっかり色あせている。

 さて見逃せないのは、毎日が、日米同盟を「国際的な共有財産」と強調するだけでは、いかにも説明不足だ、と指摘している点である。所信表明演説では次のような言い回しになっている。
 「日米同盟は、日本の防衛のみならず、アジア・太平洋の安定と繁栄を支える国際的な共有財産といえる。今後も同盟関係を着実に深化させる」と。

 世界に関する政治経済論の一つとして「国際公共財」という考え方がある。世界の中での特定の政治経済体制、秩序を指すもので、日米安保体制がその具体例とされる。首相が言及している「国際的な共有財産」は、この国際公共財と同類のものだろう。公共財といえば、例えば道路である。私有財と違って誰でも自由に利用可能で、その恩恵を受けて便宜、豊かさを提供してくれるというイメージがある。

 しかし日米安保体制を国際公共財と捉えて美化するのは、企業の粉飾決算と同類で、実態は赤字であるにもかかわらず、黒字と見せかけるようなもので、悪質な手口である。日米安保体制、すなわち日米軍事同盟は、米国主導の覇権主義のための軍事的暴力装置である。沖縄を中心とする在日米軍基地を足場に米軍はベトナム、アフガニスタン、イラクなどへの侵攻作戦を展開したし、米軍が軍事的に敗退したベトナムを除いていまなお続行中である。こういう日米安保体制を「国際的な共有財産」などと詐称するのは、ベテランの詐欺師もびっくりのはずで、いい加減に終止符を打った方が賢明であろう。

 最善の策は何か。今の軍事同盟としての日米安保条約を近い将来、非軍事の日米平和友好条約に切り替えて、米軍基地を日本列島から全面撤去すれば、「国際的な共有財産」(=国際公共財)と呼んでも、詐称にはならない。その場合には日米二国間ではなく、中国なども含めて多国間平和友好条約に発展させることができれば、その時こそ、真の「国際的な共有財産」となり得るのではないか。

▽ 琉球新報社説(1) ― 軍事優先の日米同盟を根本から見直せ

 琉球新報社説を以下に紹介する。「軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期」、「普天間基地の機能を国外に移す選択こそが解決への近道」などと指摘している。このように沖縄の米軍基地問題と日米同盟の本質にずばり切り込んでいるところが、本土の主要紙が日米同盟に賛成あるいは気兼ねしているのと大きな違いである。いずれその正邪をめぐって歴史の厳しい審判を受けることになるが、どちらに軍配が上がるかは自明のことといえよう。

<琉球新報社説>(大要、◆印は文中の小見出し)
 菅首相が初の所信表明演説を行った。経済・財政・社会保障の一体的立て直しや、戦後行政の大掃除の本格実施などを根幹に据え、政治的リーダーシップを発揮したい姿勢は感じ取れる。
 一方で、外交・安全保障政策については「責任感に立脚」の枕ことばを、裏打ちする明確なビジョンが読み取れない。多用する割には「覚悟」も伝わらず、いささか拍子抜けとなった。
 退陣に追い込まれた鳩山前政権の失敗に学ぶなら、少なくとも外交・安保分野で政策転換を鮮明にするのが政権トップの務めであろう。覚悟なくして改革なしと心すべきだ。

◆勇断か、懲戒免職か
 首相の演説は、随所に改革の続行、閉塞(へいそく)状況の打破など民主党が看板とする「国民生活が第一」を意識した表現が織り込まれている。
 鳩山政権挫折の第一は政治とカネの問題、二つ目が普天間問題である。
 政治とカネの問題では、普天間問題への対応も含め「政権への期待が大きく揺らいだ」と指摘した。自身も「前内閣の一員として、こうした状況を防げなかった責任を痛感している」と反省したまではいいが、退陣を「前首相の勇断」と評価するような姿勢はうなずけない。
 鳩山氏の退陣は、二つの難題に解決の道筋すら付けられなかったことに対し、国民が「ノー」を突き付けたのであって、懲戒免職にも等しい。これを勇断と意味付けるなら、菅氏が誓う「挫折を乗り越え、信頼回復を回復する」ことなどかなうまい。

 首相が掲げた三つの政策課題のうち、問題は、第三の政策課題である「責任感に立脚した外交・安保」だろう。
 所信演説で首相は「相手国に受動的に対応するだけでは外交は築かれない」と説きながら、自国のために代償を払う覚悟を国民に求めている。実に分かりづらい。代償とは何か。沖縄の犠牲が念頭にあるなら、筋違いというほかない。世界平和という理想を求めつつ「現実主義」を基調とした外交を推進すべきだとの主張も、歴代政権のスタンスと大筋で変わりなく、新鮮味に乏しい。

◆非現実な「現実外交」
 冷戦終結から20年。軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている。にもかかわらず、変革を旗印とする政権が「軍の論理」の呪縛(じゅばく)から抜け出せないでいる。普天間の機能にしても、国外に移す選択こそが解決への近道ではないのか。首相の説く現実外交こそ非現実であろう。
 「感謝の念」のくだりも気になる。首相は今月23日の沖縄全戦没者追悼式に参加し「長年の過重な負担に感謝の念を深めることから始めたい」と表明した。謝罪ならまだしも感謝とは理解に苦しむ。感謝の言外に「今後とも負担をよろしく」と聞こえてならない。要警戒だ。
 県民が求めているのは感謝の言葉などではない。沖縄に対する差別の解消であり、これ以上犠牲や痛みを出さないという抜本的な政策の立案、実行である。
 首相は国民と共に培うリーダーシップを目標に掲げた。それには一地域を切り捨てる形があってはならない。数におごらず、呪縛にひるまず、民意に寄り添って改革を断行し、国民が等しく平和と安定を享受できる社会を築き上げてほしい。

▽ 琉球新報社説(2) ― 首相の思考法を読み解く

 言葉は思想を表す、というが、ここではその人の思考法を読みとる手がかりとしてみたい。言葉遣いから観る菅首相寸評とでもいえようか。上述の日米軍事同盟を「国際的な共有財産」と言い直す美辞麗句はその典型的な具体例である。

<その1> 前首相の退陣と「勇断」
 琉球新報社説は次のように指摘している。
 (鳩山)退陣を「前首相の勇断」と評価するような姿勢はうなずけない。退陣は、二つの難題(政治とカネ、普天間基地問題)に解決の道筋すら付けられなかったことに対し、国民が「ノー」を突き付けたのであって、懲戒免職にも等しい ― と。

 事実は「勇断」ではなく、「懲戒免職」であるという指摘がおもしろい。言われてみれば、「なるほど」で、菅首相は「懲戒免職」というマイナスの要素を「勇断」というプラスの要素として評価するという思考法の持ち主ということなのか。政治家に必要な気質ともいえるが、黒を白と言いくるめるような手法が昨今の市民、大衆に果たして効果を発揮できるかどうか。

<その2> 「現実外交」という名の非現実外交
 社説の指摘はつぎの通りである。
 世界平和という理想を求めつつ「現実主義」を基調とした外交を推進すべきだとの主張も、歴代政権のスタンスと変わりなく、新鮮味に乏しい。冷戦終結から20年。軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている。にもかかわらず、変革を旗印とする政権が「軍の論理」の呪縛(じゅばく)から抜け出せないでいる。普天間の機能にしても、国外に移す選択こそが解決への近道ではないのか。首相の説く現実外交こそ非現実であろう ― と。

 ここでは社説の「軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている」と認識するかどうかが焦点となる。私(安原)はこの認識に同意する。平和に反する軍事同盟の終わりが世界の新しい流れとなっている。日米軍事同盟に固執していると、世界の流れから取り残されるだろう。だからこの流れを洞察することが現実主義といえる。
 ところが菅首相の認識は逆で、口では変革を唱えながら、「軍の論理」の呪縛から自由になりきれない。これでは「現実外交」を唱えながら、その実、「非現実外交」となるほかない。その出口は遠く霞(かす)んでいる。

<その3> 感謝か謝罪か
 首相は所信表明で「今月23日、沖縄全戦没者追悼式に参加し、沖縄を襲った悲惨な過去に思いを致すとともに、長年の過重な負担に対する感謝の念を深めることから始めたい」と述べた。
 これに対し、社説は次のように記している。
 「感謝の念」も気になる。謝罪ならまだしも感謝とは理解に苦しむ。感謝の言外に「今後とも負担をよろしく」と聞こえてならない。要警戒だ ― と。

 たしかに「感謝」と「謝罪」では、その姿勢に天地の開きがある。この「感謝」発言は、失言というよりは本音の表出といえるだろう。

▽ 日米安保(=日米軍事同盟)こそ閉塞状況の元凶

 もう一つ、琉球新報社説で注目すべきことは、次の指摘である。
 菅政権も国会で圧倒的勢力を誇る巨大政権であればこそ、謙虚であるべきだ。数の力で民意を押し切る政治手法は、いずれ行き詰まる ― と。

 菅政権は発足早々に沖縄の民意から引導を渡された形である。なぜ行き詰まるのか、その理由は首相の所信表明演説に発見することができる。
 所信表明は、次の3本柱からなっている。
*改革の続行 ― 戦後行政の大掃除の本格実施
*閉塞状況の打破 ― 経済・財政・社会保障の一体的立て直し
*責任感に立脚した外交・安全保障政策

ここで重要な柱として「閉塞状況の打破」を掲げているのは正しいし、理解できる。まさに日本は閉塞状況の最中(さなか)にある。問題はこの「閉塞状況の打破」と外交・安全保障政策とを切り離している点にある。これでは沖縄の民意に反する日米安保体制も含めて、閉塞感が広範囲に及んでいる日本の現実が認識されていない。ほかならぬ日米安保体制こそ閉塞状況をつくり出している元凶である。この点に目が曇って、日米安保(=日米軍事同盟)の呪縛から自由になることができなければ、鳩山政権同様に短期政権に終わる可能性も決して小さくないことを指摘しておきたい。


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「信なくば立たず」を生かすとき
「鳩山」後の新首相に不可欠な条件

安原和雄
 「鳩山」後の新首相に要望したいことがある。それは『論語』で知られる「信なくば立たず」、つまり民(たみ)の信頼を第一とする政治姿勢を貫いて欲しいということである。これを怠れば、新首相も短命に終わるほかないのではないか。
 鳩山退陣の真因は何か。カネ疑惑も重要だが、それ以上に沖縄の民意を軽視したことにある。沖縄の民意は世論調査によれば、脱「日米安保」であり、脱「米軍基地」である。鳩山政権と同じ失敗を繰り返さないためには、この民意を誤りなく汲み上げていく以外に妙手はない。そのための第一歩として首相自身が日米安保体制の呪縛から自らを解放することである。そこから日本再生への道が開けてくるだろう。(2010年6月4日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

まず「信なくば立たず」の昨今の日本的風景について感想を記したい。それは責任の重い立場の人物であるにもかかわらず、その日本語表現に違和感を抱かないわけにはいかない事例が少なくない。以下にその具体例を挙げたい。

▽ 違和感のある語法(その1) ― 鳩山首相の辞意表明から

 その一つは鳩山首相が6月2日午前の民主党両院議員総会で行った辞意表明である。テレビで一部始終を観た感想では評価できる部分も少なくなかったが、気になるのは次の発言である。

 残念なことに、政権与党のしっかりとした仕事が、必ずしも国民の皆さんの心に映っていない。国民の皆さんが徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。そのことは残念でならないし、まさにそれは私の不徳の致すところ、そのように思っている ― と。

 違和感を覚えたのは、上記発言の中の「国民の皆さんが徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった」という部分である。この発言はその後も記者団を相手に繰り返しているところをみると、本人は違和感を感じていないらしい。
 しかしこの言い回しでは「首相としての私と政権与党の政策は正しいにもかかかわらず、国民の皆さんの誤解によって聞き入れてもらえなくなった」と、国民に責任を転嫁するニュアンスが残る。これでは民意をしっかり理解することはできない「お坊ちゃん宰相」らしい傲慢さが顔をのぞかせてもいる。
 ここはこう言い直すべきだろう。「国民の皆さんのお心に徐々に届かなくなってしまった。まさに私の努力不足と不徳の致すところ」と、首相としての自らの責任を明確にして国民に謝らなければならない、と考えるが、どうだろうか。。

▽ 違和感のある語法(その2) ― 朝日新聞主筆の<信なくば立たず>

 もう一つは、朝日新聞本社主筆の舟橋洋一氏の「<信なくば立たず>の教訓」という見出しの記事(朝日新聞6月2日付朝刊)である。気になるのは次の文章である。

鳩山首相は、沖縄県名護市の「辺野古周辺」への移設を閣議で決定、米大統領との約束を形の上で果たした。(中略)連立から社民党が離脱したことで、政権の体力と求心力は一気に衰えている。日米首脳間の信頼関係、さらには日米間の信頼関係がこれで修復されるかどうかはなお不透明である。
 「最低でも県外」「トラスト・ミー」「海兵隊の抑止力を学んで知った」 ― 民主党政権は、日本の外交・安全保障にとって死活的に重要な日米同盟について、あまりにも言葉が軽かった。情勢分析と見通しが甘かった。認識が浅かった。そのことによって、日米同盟に深い亀裂をもたらした。同盟は「信なくば立たず」を基とする。日米「トラスト・ミー」危機はなお進行中である ― と。

 上記の記事中、違和感を抱かざるを得ないのは次の指摘である。
 日米同盟に深い亀裂をもたらした。同盟は「信なくば立たず」を基とする ― と。

 ここでは「日本の外交・安全保障にとって死活的に重要な日米同盟」は日米相互の信頼関係があって初めて成り立つのであり、信頼関係が崩れれば、日米同盟は機能しなくなる、という文脈で「信なくば立たず」が使われている。 
 この「信なくば立たず」は古代中国の聖人、孔子(BC551~479)の『論語』に出てくる有名な文句で、「民に、政府に対する信頼がなければ、世の中は立たず」、つまり政府に対する民衆の信頼こそが第一、という意である。だから論語のこの言葉を二国間の軍事同盟に応用するのには疑問を感じるが、いかがだろうか。

 最初、「<信なくば立たず>の教訓」という見出しをみて、沖縄の民の信頼を失った鳩山政権のありようを批判する記事だと受け取った。ところが読み進むにつれて、米国政府の信頼を失っては日米同盟は立ち行かないという趣旨と分かって正直言って驚いた。しかも米国政府の視点から日本政府にもの申すという調子の記事なので、この記者の国籍はどこなのかと一瞬戸惑ったほどである。
 最近は日本国籍でありながら、米国籍ではないかと錯覚させられるような人物が横行するという不思議な現象が目につく。しかし考えてみれば、これも日本国憲法によって言論、思想の自由が保障されているお陰であり、有り難さなのだろう。

▽ 20年前の記事、「日本、亡国の淵に立てり」

 ここで一つの記事を以下に紹介したい。

 『論語』の有名な文句として(中略)、「民信なくば立たず」もよく知られている。これを現代風に理解するためには、その前段にある孔子と弟子との問答が重要である。
 「食、兵、信の三つのうち、捨てなければならないとしたらどれか」と問われて、孔子はまず兵を、と答えている。兵つまり軍事力がなくても、食が足りて民が政治を信じていれば、大丈夫という意味である。
 次になにを捨てるかと聞かれて、食をあげた。食糧がなくなれば、死を待つほかないが、しょせん人は死から免れない。国民の政治への信頼はそれ以上に大切なことだと孔子はいいたいのである。
 日本の現実はどうか。米ソ、米中の急接近と軍縮への潮流の中でひとり日本だけが軍事力を増強するのに忙しい。一方、食は満ちたりていまや飽食の時代といわれる。ところがいちじるしく欠けているのが信すなわち政治への信頼である。
 これでは話があべこべである。一番重要で不可欠であるべきものだけが実はないのだから、もし孔子が生きていたら、この日本をなんと評するか。「日本、亡国の淵に立てり」ということにでもなるだろうか。

 この記事は、今から20年ほど前の1989年5月23日付毎日新聞「道標」欄に「今様孔子のたまわく」という見出しで載った署名記事の一部で、筆者は当時論説室の一員であった私(安原)である。昔の新聞切り抜き帳を引っ張り出して、この記事に目を通しながら、「歴史は繰り返すのか」という感慨が湧いてくるのを抑えることができない。

▽ 「信なくば立たず」を今どう生かすか ― 脱「日米安保」へ

 政治の要諦はまさに「信なくば立たず」であろう。これは昔も今も変わらない。では21世紀初頭の今の時点で「信なくば立たず」を生かすとは、具体的に何を意味するのか。鳩山首相退陣の理由として、首相自身、カネ(政治資金)と沖縄・米軍普天間基地移設の二つの問題を挙げた。
 カネ疑惑もむろん重要なテーマだが、むしろ在日米軍基地撤去を求める沖縄の民意の方が大きいと考える。しかも沖縄の民意は「日米安保体制=日米軍事同盟」そのものを疑問に思っていることに注目する必要がある。

 参考データとして沖縄の世論調査(5月31日付毎日新聞)を紹介したい。これは毎日新聞と琉球新報が沖縄県民を対象に実施(28~30日)した合同世論調査で、主な内容はつぎの通り。
・米軍普天間基地の辺野古移設=反対84%、賛成6%
・反対の理由=「無条件で基地を撤去すべきだ」38%、「国外に移すべきだ」36%で合計7割超
・鳩山内閣の支持率=8%(昨年秋の63%から大幅に下落)
・米海兵隊の沖縄駐留=「必要がない」71%、「必要だ」15%
・米軍の日本駐留を定めた日米安保条約=「平和友好条約に改めるべきだ」55%、「破棄すべきだ」14%、「米国を含む多国間安保条約に改めるべきだ」10%、「維持すべきだ」7%

 この世論調査で見逃せないのは、日米安保条約の改廃を期待する意見が多国間安保を含めれば約8割にも達していることである。これは現在の日米安保が在日米軍基地を前提にしているのと違って、米軍基地の撤去を求める安全保障構想といえる。もはや沖縄の民意は米軍基地を抱える日米安保是認へと逆戻りすることはあり得ないのではないか。これを読み取れなかった鳩山首相は日米安保体制の金縛りから自由になれないまま、自滅したというほかないだろう。鳩山政権崩壊の真因はここにある。

 以上のように考えると、新首相に必要不可欠な条件として次の二点を挙げることができる。これを怠れば、端的に言って新首相は鳩山政権同様に短命に終わるほかないだろう。

*日米安保体制=日米軍事同盟を絶対視せず、脱「日米安保」を志向すること
 二国間軍事同盟の時代は終わりつつあり、それが世界の新しい潮流となっている。特に日米安保=軍事同盟は「米国の覇権主義」という名の「私欲」を追求するための軍事的暴力装置にすぎない。すでに大義を失っている。脱「日米安保」を視野に入れて日本の再生策を追求するときである。そうでなければ、沖縄に象徴される脱安保の「民意」を生かすことはできない。
*21世紀版「信なくば立たず」を実践していくこと
 鳩山流の「国民が聞く耳を持たなくなってきた」という、自説を絶対視して国民に押しつけるようなもの言いは、本来の「信なくば立たず」の政治姿勢とは異質である。むろん「信なくば立たず」の勝手な拡大解釈もいただけない。民(たみ)の信頼を得るには民意を正しくしっかり汲み上げて、それを実行していく以外に妙手はない。


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