「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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刺殺された浅沼稲さん最後の演説
日米安保、米軍基地、金権を告発

安原和雄
浅沼稲次郎・元日本社会党委員長の名を知る人はもはや少数派であるに違いない。その浅沼さんが東京・日比谷公会堂で演説中に暴漢に刺殺されてから来年2010年でちょうど半世紀を迎える。演説できなかった部分も含めて当時の演説草稿をこのほど入手した。浅沼さんにとっては最後の演説で、当時の自民党政治への手厳しい告発状ともなっている。その内容は日米安保、米軍基地、さらに金権政治、国民生活悪化など今日的テーマと共通するところが多い。
 折しも政権交代によって誕生した民主党連立政権は自民・公明政権の悪しき遺産の改革に取り組んでいる。半世紀という時代の隔たりはあるにせよ、浅沼さんの告発状は、民主党政権の改革路線への助言・激励状ともいえるのではないか。(09年10月23日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 女たちが語る「平和といのちの集い」

 浅沼稲次郎さんの遺志を受け継ぐために、女たちが語る「平和といのちの集い」が先日(10月9日)、東京・千代田区の総評会館で開かれ、参加者は200人を超えた。
 その女たちとは、四谷信子(元都議会議員)、石坂 啓(漫画家)、新谷のり子(歌手)、中原道子(早大名誉教授)、吉武輝子(評論家)、古今亭菊千代(落語家)、内海愛子(早大大学院客員教授)、チェ・ソンエ(ピアニスト)、吉岡しげ美(音楽家)、上原公子(前国立市長)、星野弥生(翻訳家、「軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和をつくる会」世話人)らの皆さん。四谷さんが「ヌマさん」の想い出を語り、石坂さんが「平和といのち」と題して講演、司会進行役は星野さんが務めた。

 福島瑞穂社民党首(消費者・少子化担当相)、辻元清美社民党国会対策委員長(国土交通副大臣)も参加し、あいさつした。

 今から半世紀前の1960年10月12日、当時の日本社会党委員長、浅沼稲次郎さん(注1)は東京・日比谷公会堂で開かれたNHK主催の三党党首立ち会い演説会で、演説中に右翼の暴漢山口二矢に刺されて絶命した。このため演説は中断を余儀なくされた。
(注1)浅沼さんは1898(明治31)年三宅島生まれ。早稲田大学経済学部卒後、戦前は農民労働党書記長、衆議院初当選などを経て、戦後は日本社会党書記長、同委員長を歴任。1959年の訪中演説「アメリカ帝国主義は日中両国人民の敵」は有名。
 狭いアパートで長年暮らし、多くの庶民に「ヌマさん」と呼ばれて親しまれた。愛犬家でもあり、飼っていた秋田犬ジローは、ヌマさんが刺殺された後、餌を食べずに死亡した。「まあまあのヌマさん」といわれたように調整役が得意で、社会党右派でありながら共産党からも信頼された。刺殺直後の抗議デモには全国で40万人が参加した。

 「平和といのちの集い」の席上、配布された浅沼演説(演説されなかった予定稿も含む要旨)を以下に紹介する。

▽ 浅沼演説 ― 米軍基地の返還こそが独立国家の条件

 諸君、政治とは、国家社会の曲がったものを真っ直ぐにし、不正なものを正しくし、不自然なものを自然の姿に戻すのが、その要諦である。しかし現在のわが国には、曲がったもの、不正なもの、不自然なものが沢山ある。
 第一は池田内閣が所得倍増(注2)を唱える足元から物価はどしどし上がっている。月給は2倍になっても、物価が3倍になったら、実際の生活程度は下がる。
 最近は社会保障と減税は、最初の掛け声に比べて小さくなる一方である。他方、大資本家を儲けさせる公共投資ばかりが脹らんでいる。

 第二は日米安全保障条約(注3)の問題である。アメリカ軍は占領中を含めて、今年(1960年)まで15年間日本に駐留しているが、今回の安保条約改正によってさらに10年駐屯しようとしている。外国軍隊が25年の長きにわたって駐留することは日本の国はじまって以来の不自然な出来事である。
 インドのネール首相は言っている。「われわれは外国の基地を好まない。外国基地が国内にあることは、その心臓部に外国勢力が入り込んでいることを示すもので、常にそれは戦争のにおいをただよわせる」と。私どももこれと同じ感じに打たれるのである。(拍手)

 日本は戦争が終わってから偉大なる変革を遂げた。まず主権在民の大原則である。つぎに言論・集会・結社の自由、労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権が憲法で保障されている。さらに憲法9条で戦争放棄、陸海空軍一切の戦力の不保持、国の交戦権の否認を決めている。これによって日本は再軍備はできない、他国に対し、軍事基地の提供、軍事同盟は結ばないことになったはずである。ところが日米安保条約によって日本がアメリカに軍事基地を提供し、その基地には日本の裁判権が及ばない。(拍手)
 これは完全なる日本の姿ではない。沢山の外国基地(水面利用も含めれば全部で350カ所)があるところに日本がアメリカに軍事的に従属している姿が現れているといっても断じて過言ではない。(拍手)
 だから日本が完全独立国家になるにはアメリカ軍隊には帰って貰う、基地を返して貰う、その上、積極的中立政策を実施することが日本外交の基本でなければならない。

 安保条約の改正によって日本がアメリカに対し、防衛力拡大強化の義務(注4)を負うことによって増税という圧迫を受け、言論・集会・結社の自由も束縛されるという結果を招いている。
 さらに防衛力増大によって憲法改正、再軍備、徴兵制が来はしないかを心配する。われわれはこの際、アメリカとの軍事関係を切るべきだと思う。そうして日本、アメリカ、ソ連、中国の4カ国が中心になって、新しい安全保障体制をつくることが日本外交の基本でなければならない。(拍手)
 この新しい安全保障体制は、お互いの独立と領土を尊重すること、内政干渉をしないこと、侵略をしないこと、互恵平等の原則に立つこと ― を基本としなければならない。

 第三の問題は、日本と中国の関係である。(略)
 第四は、議会政治のあり方である。重大なことは、新安保条約のような重大案件が選挙で国民の信を問わないで、ひとたび選挙で多数をとったら、公約しないことを多数の力で押しつけることに大きな課題がある。(拍手、場内騒然)

(ここで演説はいったん中断し、司会者から「会場が騒々しい。静粛にお話をうかがいたい」旨の発言があり、浅沼さんが演説を再開した。「選挙の際は国民に評判の悪いものは全部捨てて、選挙で多数を占めると・・・」と述べたとき、暴漢が壇上に駆け上がり、浅沼委員長を刺した。再び場内騒然)

 つぎの(注)は私(安原)が付記した。
(注2)新安保条約を強行採決によって成立させた岸内閣は総辞職し、池田内閣が発足(1960年7月)、国民所得倍増計画を決定(同年12月)した。10年間で所得を倍増させるプランで、俗に「月給倍増プラン」とも呼ばれた。
(注3)日米安全保障条約とは、旧安保条約に代わる新安保条約のことで、1960年6月発効した。10条(条約の終了)「10年間効力を存続した後、いずれの締約国も条約終了の意思を相手国に通告することができ、その1年後に条約は終了する」などの規定が新たに盛り込まれた。つまり1970年6月以降はいつでも条約を一方的に破棄できる規定である。
(注4)「防衛力拡大強化の義務」とは、新安保条約3条(自衛力の維持発展)の「締約国は武力攻撃に抵抗する能力を維持し発展させる」という規定を指している。この規定を受けて日本は軍事力増強への道を突き進み、現在、世界有数の軍事強国となっている。このため日本国憲法9条(非武装)の理念は空洞化している。

▽ 幻に終わった浅沼演説内容 ― 金権政治を正すとき

 以下は浅沼さんが倒れたため、聴衆に向かって語り、訴えることができず、幻に終わった演説(予定稿要旨)である。

 新安保条約にしても、調印前に衆議院を解散し、主権者の国民に聞くべきであった。しかしやらなかった。(1960年)5月19日、20日に国会内に警官が導入され、安保条約改定案が自民党の衆議院単独審議、単独強行採決がなされた。あの強行採決がそのまま確定しては、憲法の大原則、議会主義を無視することになるから、解散して主権者の意志を聞けと2000万人に達する請願となった。しかし参議院で単独審議、自然成立となり、批准書交換となった。かくて日本の議会政治は、5月19、20日をもって死滅したといっても過言ではない。

 最後に日本の政治は金権政治であることを申し上げたい。この不正を正さなければならない。現在わが国の政治は選挙で莫大なカネをかけ、当選すれば、それを回収するために利権をあさり、カネを沢山集めた者が自民党総裁、総理大臣になる仕組みである。
 その結果、カネ次第という風潮が社会にみなぎり、希望も理想もなく、その日暮らしの生活態度が横行している。戦前に比べて犯罪件数は十数倍にのぼる。これに対し政府は道徳教育とか教育基本法改正とか言っているが、必要なことは、政治の根本が曲がっているのを直してゆかねばならない。

 政府みずから憲法を無視して再軍備を進めているのに、国民に対しては法律を守れといって、税金だけはどしどし取り立ててゆく。これでは国民は黙ってはいられない。
 政治の基本はまず政府みずから憲法を守って、清潔な政治を行うこと、そして青少年に希望のある生活を、働きたい者には職場を、お年寄りには安定した生活を国が保障する政策を実行しなければならない。日本社会党が政権を取ったら、こういう政策を実行することをお約束する。社会党を中心に良識ある政治家を糾合した、護憲、民主、中立の政権にして初めて実行しうると思う。

▽ 浅沼さんの「遺言」=マニフェストは生かされるか

 私(安原)事になるが、実は大学生だった頃(1957=昭和32年)、創刊間もないある総合月刊誌が浅沼さん(当時、社会党書記長)を囲む座談会を企画し、大学生3人の出席者のうちの1人として参加した。テーマはたしか「社会党が政権の座についたら」で、学生の立場から率直にもの申してほしいというのが雑誌編集者の狙いであったように記憶している。
 そういう縁で浅沼さんとは直に接した体験があるだけに「浅沼さん、刺殺される」のニュースには暗澹(あんたん)たる想いであった。浅沼さんの「遺言」ともいうべき最後の演説を今読んでみて、感慨もひとしおというほかない。この「遺言」は今日どこまで生かされるのか、そこに大きな関心を抱かないわけにはゆかない。

 浅沼演説は当時の現状認識についてつぎの諸点を挙げている。半世紀も前の演説だが、今日の状況をほぼそのまま言い当てているといっても見当違いではあるまい。ついこの間まで自民・公明政権が推進してきた政策と大差ない。
*社会保障は小さくなる一方であり、他方、大資本家を儲けさせる公共投資ばかりが脹(ふく)らんでいること
*日本の政治は金権政治であること。このためカネ次第という風潮が社会にみなぎっていること
*政府みずから憲法を無視して再軍備を進めていること
*政府は税金だけはどしどし取り立ててゆくこと
*希望も理想もなく、その日暮らしの生活態度が横行し、犯罪も増えていること

 以上のような当時の自民党政治の現状認識に立って浅沼委員長は、「日本社会党が政権を取ったら」として、つぎのことを約束した。これは遺言となったが、今風にいえば、浅沼さんのマニフェスト(政権公約)でもあった。
*政治の基本として政府みずから憲法を守って、清潔な政治を行うこと
*青少年に希望のある生活を、働きたい者には職場を、お年寄りには安定した生活を国が保障する政策を実行すること

▽ 基地撤去論を今どう受け止めるか(1) ― 穏健派の気迫

 浅沼演説の主眼は日米安保への批判に置かれている。具体的には日米安保条約の破棄、在日米軍基地の撤去、さらに日本、アメリカ、ソ連(当時)、中国の4カ国を中心とする新しい多角的安全保障体制の創設 ― である。

 特につぎの指摘に着目したい。「アメリカ軍は占領中を含めて、今年(1960年)まで15年間日本に駐留しているが、今回の安保条約改正によってさらに10年駐屯しようとしている。外国軍隊が25年の長きにわたって駐留することは日本国はじまって以来の不自然な出来事」と。
 文中の「安保条約改正によって(米軍が)さらに10年駐屯しようとしている」の含意はつぎのように理解したい。新安保条約10条は「この条約は10年間効力を存続した後は、条約を終了させる意思を相手国に通告することができる」と定めている。これによって1970年までの10年間は米軍駐留は我慢するとしても、それ以降はお引き取りを願おうと考えていたのではないか。ところが現実には10年どころか今日まで半世紀も続いている。この現実を浅沼さんが知ることになったら、あの世で「日本人の独立国家としての気概はどこへ消え失せたのか」と慨嘆するに違いない。

 当時、浅沼さんは決して急進派であったわけではない。社会党内では左派ではなく、右派に属していた。気迫は人一倍であっても、思想的には穏健派であった。その人物にしてすでに日米安保破棄・米軍基地撤去論者だったのだ。

▽ 基地撤去論を今どう受け止めるか(2) ― 腹が据わっている琉球新報

 さて半世紀後の今、米軍基地の再編成が日米間の大きな焦点として浮上している。ゲーツ米国防長官がこのほど来日し、沖縄の普天間基地の辺野古への移設を主張し、この計画が実行されなければ在沖米海兵隊のグアム移転もない旨を述べたと伝えられる。
 この問題について新聞社説はどう論じているか。ここでは大手5紙と沖縄の琉球新報を紹介する。各紙の見出しはつぎの通り。

*朝日新聞社説(10月22日付)=普天間移設 新政権の方針を詰めよ
*読売新聞社説(10月22日付)=米国防長官来日 普天間問題を先送りするな
*日本経済新聞社説(10月22日付)=日米同盟の危機招く「安保摩擦」を憂う
*東京新聞社説(10月22日付)=普天間移設 あらゆる選択肢を探れ
*毎日新聞社説(10月23日付)=「普天間」移設 政権の意思が見えない
*琉球新報社説(10月22 日付)= 国防長官来日 交渉はこれからが本番だ

 各社説を熟読した上で感想を述べると、読売と日経の主張は、見出しから察しがつくように米国防長官の代理人かと勘違いさせられるような主張である。浅沼さんが生存していたら、仰天するのではないか。
 一方、朝日の「方針を詰めよ」、東京の「選択肢を探れ」、毎日の「政権の意思が見えない」などの見出しから推察できるように明確な独自の主張を述べているわけではない。単純化して言えば、「あーでもない、こうでもない」という類の一時逃れの解説である。ただ東京は「国民の意思」「国民の理解」を重視しており、その点で抜きん出ている。

 沖縄地元紙の琉球新報は他の5紙とは切実感が異なっている。それに米軍基地の実態にもくわしい。だから腹が据(す)わっている印象である。社説を以下のように結んでいる。
 「基地への反発の強い沖縄に基地を新設するのは、不満の爆発を準備するようなもので、解決策には程遠い。県内移設は見直した方が持続可能な日米関係になる。政府は毅然(きぜん)とそう主張してもらいたい」と。
 開き直りの印象さえ受ける。しかしそうだとしても、正当な開き直りといえよう。「持続可能な日米関係」という着想に注目したい。望ましい着地点は米軍基地の日本列島からの撤去以外に妙策はない。基地存続にこだわるための脅迫のような言動も、それに屈する卑屈な姿勢もどちらにも持続性はない。この琉球新報社説を読めば、浅沼さんも「日本はまだ健在なり」とあの世で安眠できるかもしれない。


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なぜか敗軍の将、「将」を語らず
自民党再生は脱・新自由主義が鍵

安原和雄
 谷垣禎一自民党総裁は、総選挙での惨敗を受けて、「再生こそ、私の使命」のスローガンを掲げて、自民党再生に乗り出した。しかしその前途は楽観できない。新聞メディアから「将」としての資質を聞かれて、十分な返答ができないままで、これでは敗軍の将、「将」を語らず、というほかない。なぜ「将」について語らないのか。自民党の再生は果たして可能なのか。
 自民党が先の総選挙で多くの有権者に顔を背けられたのは、長すぎた政権党時代に飽きられたという事情もあるが、何よりも小泉政権以来、顕著だった新自由主義路線(=市場原理主義路線)が多くの国民の生活に犠牲と災厄をもたらしたためである。だから再生には脱・新自由主義が鍵であり、それ以外の妙手はあり得ない。(09年10月17日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ 自民党総裁 「大将の資質 難しいな」 ― とは、なに ?

 見出しの〈敗軍の将、「将」を語らず〉について説明したい。ご存じの方には今さら指摘するまでもないが、中国の『史記』にある有名な言葉は、正しくは「敗軍の将は兵を語らず」である。戦争で負けた将軍は、兵法のことを語る資格がないという意で、「将」を語らず、ではない。それを承知で、私が勝手にひねってみた表現である。
 それというのも毎日新聞夕刊(09年10月13日付・東京版)に掲載の特集ワイド「09 天下の秋」と題する、谷垣自民党総裁とのインタビュー記事(聞き手は遠藤 拓記者 )を読んで思いついたことである。つぎのような大文字の見出しが並んでいる。

難問山積 自民党 谷垣禎一総裁 に聞く
大将の資質 難しいな

 この見出しの「大将の資質 難しいな」をみて、なに ? と首をひねるほかなかった。自民党総裁の言うべきセリフか ? というのが率直な印象である。これでは語るべき肝心の「将たる者の器」について逃げているのではないか。再生を図るためのリーダーシップはいかにあるべきかが中心テーマであるときに、逃げ腰では勝負にならない。相撲でいえば、土俵に上がる前に転んでいるのに等しい。

▽ 「民主党政権の性格がハッキリしないし、対立軸は言いにくい」

 インタビュー記事(要旨)を記者と総裁との一問一答形式に組み直して、以下に紹介する。谷垣さんは趣味がサイクリングで、日本サイクリング協会会長である。東大法学部卒で、弁護士でもありながら、どちらかというと、体育会系の人物らしい。

記者:谷垣さん、自転車のように、自民党を自在に乗りこなせますか。
総裁:はっはっはっ。自民党という自転車、といわれても答えようがないですね。
 自民党は草の根、といっていい大勢の日本人の支持の上に乗ってきた政党です。その気持ちを選挙で十分くみ上げられたのかという反省はうんとしなければいけない。草の根の思いをどう吸い上げられるか。そこでしょうね。
記者:今度はほかならぬ谷垣さんが〈大将〉。その資質、どう考えていますか。
総裁:難しい質問だなあ。大将に必要な資質ねえ。平凡だけども、先頭に立って頑張るという気持ちがなきゃいけませんよね。できるだけね、先まで見通す努力をしなければいけない。それと戦う時は闘志を持って、不退転の決意を持って戦うとか。挙げればきりがないですね。
記者:その資質、ご自身にはあるのですか ? ないのですか ?
総裁:考えたことないです。皆さんがご覧になることであって、私は今このポジションだから、そんなこと考えているゆとりはないですよね。
(記者の陰の声:あっさりしている。このキャラクターを〈保守〉し、ここまで上りつめたのだ。変えるつもりもないのかもしれない。)

記者:ある政治学者によると、谷垣路線と民主党の違いが見えにくく、ともすると自民党が完全に埋没してしまう恐れがある、と。
総裁:うーん。どうでしょうかねえ。民主党が何をしようとしているのか。ハッキリしているのは、選挙で言えば相当程度、労働組合に依存した党だと思うんです。我が党と明らかに違うところ。
記者:実は民主党と、目指すところが近いのでは ?
総裁:民主党が何を目指しているのかよく分からないんですね。
(記者の陰の声:大将なのに、敵を知らずして戦うというのか。)

記者:先の総選挙で最大の争点は、政権交代の是非にあった。現実に政権が変わった今、民主党との間にどんな対立軸があるのでしょう ?
総裁:例えば民主党が子ども手当などいろんなことを手がければ、税金もたくさんいただきますよ、となるはずです。でも今後4年間は消費税に触れない。無駄を省いてやると言う。大きな政府で行くのか、小さな政府なのか。民主党政権の性格がはっきりしないと、対立軸は非常に言いにくいところがある。
(記者の陰の声:谷垣さん、与党時代に堂々と「消費税10%」を唱えていた。それこそが対立軸になりそうだが、相手の出方待ちに聞こえる)

記者:野党としてあるべき姿勢は ?
総裁:野党の主たる戦場は国会論戦。政策を錬磨して与党と向かい合っていくのが大事です。政争のための政争では、多くの国民に愛想を尽かされる。是々非々では弱い、との意見もあるかもしれない。でも、根本にあるのは国民生活をよくするということです。
(記者の陰の声:党内をまとめ、巨大与党と対抗する。谷垣さんを待つのは、まさしくいばらの道になりそうだ。)

記者:総裁任期は3年、やりきる覚悟はありますか ?
総裁:そらあ、当然でしょう。任期をしっかり全うして、できることはピシッとやると。
(記者の陰の声:まずは重責を放り出さない、こんな当たり前のことを淡々とこなすだけでも、今の自民党にとっては再生の第一歩かもしれない。)

▽ 〈安原の感想〉― 自民党は果たして再生できるのか

 上記のインタビュー記事を読んでの率直な感想として、大学運動部キャプテンの「頑張ります」のひとこと以上のものは何も伝わってこない、といえば、いささか酷な批評になるだろうか。自民党は総選挙で大敗した結果、放心状態に今なお陥っているのではないか。長い間の政権党時代の甘えと惰性から頭を切り換えて、さっと立ち直るということが難しいように思える。

 毎日新聞(10月14日付・東京版)は、〈「再生こそ使命」 自民新ポスター〉の見出しでつぎのように報じた。
 自民党は13日、2種類の新しい政治活動用ポスターを発表した。谷垣総裁を大きくあしらい、それぞれ「再生こそ、私の使命。」、「歩く。聞く。応える。」とキャッチコピーを付けた。地域に足を運んで対話を重ね、党再生につなげたいとの谷垣総裁の思いを込めたという。「谷垣で、再起動。自民党」となるか ― と。

 再起動、再生のための必要条件は何か。インタビュー記事に出てくる総裁の現状認識、主張を素材として診断すると ― 。
(診断・その1)
 「民主党は労働組合に依存した党だ。我が自民党と明らかに違う」について
 民主党が労組「連合」と近い関係にあることは事実だろうが、それを「依存」と認識しているのは、感覚がずれている。民主党が大勝したのは、かつての自民党支持者、多くの無党派有権者などの票が民主党へ流れたためではないか。その背景には政権党・自民党を軸とする、あの「政官業」三者の癒着関係と利権構造が存在することへの疑問がある。だから自民党が飽きられ、有権者の拒否反応となったと理解したい。
 民主党のマニフェスト(政権公約)すべてを支持していなくとも、今回は「自民党にはノー」という選択であった。新総裁は、その点がよく分かっていないのではないか。「癒着と利権」に慣れすぎている自民党が、それとは無縁の自民党として果たして再生できるのか。

(診断・その2)
 「大きな政府で行くのか、小さな政府なのか。民主党政権の性格がはっきりしない」について
 財政規模と行政権限の大小によって計る「大きな政府」か「小さな政府」か、という二分法自体がすでに古くなっている。「大きな政府」とは、福祉国家を指しており、それへの批判として打ち出されたのが「小さな政府」論で、これは医療、福祉など社会保障費の削減、さらに国民負担(税金、保険料など)の増大へ向かう。これが特に小泉政権時代以来の自民党政権が強要してきた新自由主義(=市場原理主義)路線である。この路線は「小さな政府」を掲げながら、その実、「大きな政府」を志向するもので、日米同盟強化、軍事力重視、憲法9条(戦争放棄、非武装、交戦権否認)改悪 ― などを目指す一方、高速道、ダム、地方空港などコンクリートづくめの無駄な公共事業にこだわり続ける。それが政権交代によって目下のところ変革の波に洗われている。

大切なのは、谷垣総裁も指摘しているように「国民生活をよくすること」にほかならない。そのためには新自由主義路線の失敗に学び、反省してきっぱりと縁を切ることである。逆に多少修正した新自由主義といえども、それに執着し続けるようでは自民党の再生はとても無理だろう。


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米大統領にノーベル平和賞授与の波紋
軍産複合体をどう封じ込めるかが課題

安原和雄
 オバマ米大統領に09年ノーベル平和賞の授与が決まり、世界中に大きな波紋を広げている。大統領の「平和の実績」はまだないだけに「平和をつくる意欲」への後押しとして評価する声も大きいが、一方、疑問や批判の声もお膝元の米国内でさえ少なくない。授与対象となっている「核兵器なき世界」、「多国間外交」、「対話と交渉」、「地球の気候変動への挑戦」は、いずれも大いに後押ししたいところである。
 しかしそれを阻もうとする勢力の存在を軽視してはならない。その主役は軍事力優先主義、単独行動主義、地球環境問題の無視などによって世界に大きな災厄をもたらしてきた米国軍産複合体にほかならない。オバマ大統領は、この軍産複合体を巧みに封じ込めることができるか。折角の平和賞を生かすことができるかどうかのカギがここにある。(09年10月12日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 オバマ大統領に対するノーベル平和賞授与の理由はノルウェー・ノーベル賞委員会によると、つぎの諸点である。
・オバマ氏の核なき世界に向けた理念や取り組みを重視する。核なき世界の理念は、軍縮や軍備管理交渉に力強い刺激を与えた。
・大統領として国際政治の中で新たな機運を作りだし、多国間外交が中心的な位置を取り戻した。
・紛争解決の手段として対話と交渉が優先されるようになった。
・世界が直面する気候変動の挑戦に立ち向かう上で米国はより建設的な役割を果たしている。
・オバマ氏は「今こそ、私たち全員が、グローバルな課題に対してグローバルな対応をとる責任を分かち合う時だ」と強調している。

 要約すれば、「核兵器なき世界」への取り組み、「多国間外交」の推進、「対話と交渉」の優先、「気候変動」での建設的な役割、地球規模で「責任を分かち合う」姿勢 ― などである。ブッシュ前米大統領時代(軍事力優先策、単独行動主義、対話と交渉の無視、気候変動への取り組みを拒否、地球規模での無責任主義)とは異質の望ましい「変革」のリーダーシップを発揮しつつあることが高く評価された。だからこそ就任から1年もたたない政治指導者に贈られるのは「極めて異例」と言われる授与となった。

▽ 大手5紙の社説は平和賞授与をどう評したか ― 5紙ともに大きな拍手

まず5紙社説(いずれも10月10日付)の見出しはつぎの通り。
*朝日新聞社説=ノーベル平和賞 オバマ変革への深い共感
*毎日新聞社説=オバマ氏平和賞 さあ次は理想の実現だ
*読売新聞社説=ノーベル平和賞 オバマ「変革」への大きな期待
*日本経済新聞社説=「核兵器なき世界」への行動促した平和賞
*東京新聞社説=オバマ氏平和賞 理想主義へのエールだ

 以上の見出しから分かるように、5紙ともにオバマ大統領への平和賞授与に「変革」への期待を寄せながら大きな拍手を送っていることが読み取れる。社説全文を一読した印象では各紙の主張内容はかなり重複しているので、ここではアフガニスタン戦争、米軍増派にどう言及しているかに限って紹介する。

〈朝日社説〉
 アフガニスタン戦争も出口がなかなか見えない。ノーベル平和賞を受賞したからと言って、国際社会の複雑な利害対立が解けるわけでもない。
〈毎日社説〉
 オバマ氏へのノーベル賞を苦々しく思う人々のことも忘れてはならない。中東和平は進展せず、「オバマのベトナム」とも言われるアフガニスタン情勢は悪化する一方だ。(中略)オバマ政権下で世界は平和の果実を必ずしも味わっていないのだ。
〈読売社説〉
 米国が最重視するアフガニスタン情勢は混迷を深める一方だ。タリバンが攻勢を強めるなか、今後の対応については、一層の増派か戦略の転換か、政府部内でも見解が割れている。
〈日経社説〉
 オバマ氏が外交の柱に掲げ米軍を増派したアフガニスタンも安定化にはほど遠い。
〈東京社説〉
 就任以来、高い支持率を維持してきたオバマ政権も、最近は伸び悩みを見せている。外交政策で最大争点だったアフガニスタン紛争では、米軍増派を求める現場司令官と政府の見解が食い違いを見せ、未(いま)だに合意に達していない。

 以上のように各紙ともにアフガニスタン戦争を「米国にとって悪戦苦闘の戦争」として描いている。なかでも着目すべきは毎日社説の「オバマのベトナム」という指摘である。
 いうまでもなくベトナム戦争(正確には米国によるベトナム侵略戦争)はベトナム側に数百万人の犠牲者を強いる一方、米兵も約5万人が死亡するという悲劇を残して、米軍が1975年敗退した。「オバマのベトナム」とは、アフガニスタン戦争(これも正確にはアフガニスタンへの米軍を主体とする侵攻戦争)もやがてベトナム同様に侵攻軍を撤退させるほかないだろうという暗示と読める。ここではオバマ大統領は「平和の使者」どころか「戦争屋」として、折角のノーベル平和賞の名に恥じる対極に位置にある。

▽ 祝賀ムードにほど遠い米国 ― 「戦時大統領」への「平和賞」

 もう一つ、冷静な観察眼で授与決定日のワシントン周辺の雰囲気をつづった記事(毎日新聞・10月10日付夕刊=東京版、ワシントン駐在の草野和彦・小松健一の両記者。見出しは「冷ややか米国世論 〈平和〉への実績これから ― アフガン増派と矛盾も」の要旨)を紹介したい。

 オバマ米大統領の平和賞受賞が決まった9日、米国内の雰囲気は祝賀ムードにほど遠く、驚きと戸惑い、さらには批判の声さえも聞かれた。最大の理由は、米国民が喜びを共有できる「実績」が大統領にないためだ。「戦時大統領」への「平和賞」というイメージのギャップも大きく、支持層のリベラル派までが祝福を控えた。
 大統領の受賞声明(要旨は後述・安原)を受けて始まったホワイトハウスの定例記者会見。「おめでとう」の声もなく、質疑応答では、容赦のない質問も出た。折しも政権内ではアフガニスタンへの米軍増派をめぐる議論が進行中である。
記者「大統領は受賞の辞退を考えたか」
大統領報道官「私が知る限りでは、ない」

 ホワイトハウス前は、いつも通り、観光客でにぎわった。「オバマ・サポーター」の白人男性は「正直に言うと、なぜ? だね」
 反戦・核軍縮の米最大規模の団体「ピース・アクション」の声明は、アフガン増派を検討する最中の受賞を「皮肉なことだ」と指摘した。受賞理由の「核兵器のない世界」についても「平和賞に値する業績がない」とし、「平和を推進する力」を示すよう求めた。

〈大統領の受賞声明〉(要点)はつぎの通り。
 私はノーベル賞委員会の決定に驚き、大変謙虚な気持ちになっている。私自身が達成したことが認められたのではなく、世界中の人々が抱く希望に対する米国の指導力が確認されたものと考える。
 直面するいくつかの課題は、私の任期中に完遂しないかもしれない。いくつかは核廃絶のように、私の生存中に終結しないかもしれない。
 この受賞は私の政権だけのものではなく、世界中の人々の勇気に贈られたものである。私たちは正義や尊厳を分かち合わなければならない。

▽ 在日米軍基地の本拠地、沖縄の声を聴く ― 「授賞に違和感」

 ここでは巨大な米軍基地の存在に苦しむ沖縄の代表的な新聞メディア、「琉球新報」社説の主張に耳を傾けたい。まず見出しを紹介する。
*琉球新報(10月11日付)=オバマ氏平和賞 米国が『核の傘』畳んでこそ 率先し模範示せば賞も輝く

 以下に同紙社説の大要を紹介する。文中の「具体的な行程表必要」、「在沖基地も縮小を」は小見出しである。

 バラク・オバマ米大統領へのノーベル平和賞授賞が決まった。
 核保有大国の大統領に、世界を変えてもらうため一層の努力を促す狙いがあるとしても、ノーベル賞委員会の決定には違和感を覚える。
 米国は今なお6万人を超える軍隊をアフガニスタンに展開し反政府武装勢力タリバンとの戦闘を続けており、イラク戦争以降駐留している米軍もまだ全面撤退に至っていないからだ。

具体的な行程表必要
 オバマ大統領は今年4月、チェコの首都プラハで演説し、国家安全保障戦略における核兵器への依存度を下げ「核兵器のない世界に向けた具体的な措置を取る」と宣言、核拡散阻止や核テロ防止策も打ち出し、核の脅威に立ち向かう包括的な核構想を初めて示した。
 さらに「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」とも言明している。オバマ氏の姿勢は画期的であり、期待が持てる。

 日本としても「核廃絶」の実現に向け、強力に後押ししなければならない。
 とはいえ、ノーベル平和賞は国際的な平和活動や軍縮など人類全体の平和に貢献した人物・団体に授与される賞だ。
 核軍縮に後ろ向きだったブッシュ前政権から大きく舵(かじ)を切ったのは間違いないが、「人類全体の平和に貢献した」と過去形で評価するのは少々早すぎる観がある。世界を動かすトップリーダーの今後の活躍に期待したがゆえの授賞決定であるのは間違いない。オバマ氏には賞の名に恥じない行動が求められる。

 そのためには、米国が保有する核兵器の廃絶に向けて具体的な行程表を示すべきだ。ロシア、英国、フランス、中国をはじめ、すべての保有国が共同歩調を取り、地球上から核兵器をなくせれば、これ以上のことはない。
 率先して「核の傘」を畳み、世界に模範を示してこそ、ノーベル賞は輝きを増す。
 「核兵器のない世界」を空念仏に終わらせないためには、ただ実行あるのみだ。できるだけ早く被爆地である広島、長崎を訪問し、犠牲者のみ霊に「核廃絶」を誓ってほしい。

在沖基地も縮小を
 米国の大統領は、沖縄にさまざまな基地被害をもたらしている軍の最高司令官でもある。それだけに、ノーベル平和賞を単純に喜ぶわけにはいかない。
 沖縄では米軍関係の事件・事故や騒音被害が後を絶たず、住民は危険な基地と隣り合わせの生活を余儀なくされている。県民の大多数が基地の整理縮小を求めているのは各種世論調査の結果を見ても明らかだ。
 とりわけ、市街地の中心に位置する普天間飛行場は、駐留するヘリなどの航空機が住宅地上空を飛ばずには発着できない。危険性が高く、早急な返還・撤去が求められている。
 普天間飛行場は県内ではなく県外・国外へ移すのが最善の道だ。鳩山由紀夫首相の意向を踏まえ、在日米軍再編の日米合意を抜本的に見直してもらいたい。
 この問題で、オバマ政権側が「日本側の話には耳を傾けるが、日米合意の実現が基本。再交渉するつもりはない」との姿勢を示しているのは誠に遺憾だ。
 軍の駐留を欲しない地域に基地を展開するのは米国にとっても決して得策でないはずだ。オバマ大統領は県民の声に真剣に耳を傾けてほしい。
 ノーベル平和賞受賞を機に、戦後64年間も続いてきた米軍基地の過度な集中を是正するならば、多くの県民がもろ手を挙げて称賛するだろう。
 栄えある賞を汚さないよう、大統領として正しい選択をすることを切望する。

〈安原の感想〉 ― 沖縄として当然の主張
 琉球新報社説は、オバマ大統領の「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」(チェコの首都プラハでの演説)などの発言を「画期的」と高く評価しながらも、つぎのように率直な注文を指摘している。巨大な米軍基地を抱える沖縄ならではの当然の主張であり、願いである。

・率先して「核の傘」を畳み、世界に模範を示してこそ、ノーベル賞は輝きを増す。
・「核兵器のない世界」を空念仏に終わらせないためには、ただ実行あるのみだ。できるだけ早く被爆地である広島、長崎を訪問し、犠牲者のみ霊に「核廃絶」を誓ってほしい。
・米国の大統領は、沖縄にさまざまな基地被害をもたらしている軍の最高司令官でもある。それだけに、ノーベル平和賞を単純に喜ぶわけにはいかない。
・沖縄では米軍関係の事件・事故や騒音被害が後を絶たず、住民は危険な基地と隣り合わせの生活を余儀なくされている。県民の大多数が基地の整理縮小を求めているのは各種世論調査の結果を見ても明らかだ。
・とりわけ、市街地の中心に位置する普天間飛行場は、駐留するヘリなどの航空機が住宅地上空を飛ばずには発着できない。危険性が高く、早急な返還・撤去が求められている。

▽ 米国軍産複合体の影(1) ― オバマ政権の「変革の限界」

 オバマ大統領への平和賞授与に拍手喝采を寄せるのに異議を唱えるつもりはない。ただ私(安原)にとって気がかりなのは、同大統領の〈受賞声明〉の中のつぎの指摘である。
直面するいくつかの課題は、(中略)核廃絶のように、私の生存中には終結しないかもしれない ― と。
 なお(中略)以降の原文(英文)はつぎの通り。
Some, like the elimination of nuclear wepons, may not be completed in my lifetime.

 これと同じ趣旨の発言は4月のプラハ演説にもあった。これは何を示唆しているのか、そこが気がかりである。多様な解釈が可能だろう。
 一つは、それほど核廃絶は困難な課題だということを強調したいこと。しかし核廃絶に困難が伴うことは専門家でなくても十分予測できることであり、新時代を切り開こうとする政治家がわざわざ困難さを指摘する必要があるだろうか。
 もう一つは突発事件の発生によって廃絶実現への努力が中断を余儀なくされる可能性があること。ここであのケネディ米大統領(在職中)の暗殺事件(1963年11月)を思い起こすことも可能であるだろう。ケネディ暗殺の真の背景は今なお闇に包まれたままだが、ケネディ大統領のベトナム戦争撤退の方針が軍産複合体の利害と対立していたこと、など多様な説が存在する。

 私自身の解釈は、まずオバマ大統領の就任演説を思い起こすことから始めたい。こう述べた。「世界はすでに変わっており、我々もそれに合わせて変わらなければならない」と。「変革」(チェンジ)のオバマ氏にふさわしい当然の発言である。ところが就任演説の中のつぎの言葉の意味が不可解であった。「我々は責任を持ってイラクから撤退しはじめ、イラク人に国を任せる。そしてアフガニスタンに平和を築いていく」と。

 問題は後半の「アフガンに平和を」の意味である。アフガンには米軍を増派する方針は当時すでに明らかになっていた。「軍事力増強によって平和を築く」という、あの陳腐な「平和のための戦争」という論理がまたもや借用されたのだ。ここだけは「変革」とは無縁であり、目下米兵のアフガンへの増派が進行中である。この増派を中止しない限り、「変革」には限界がある。その背景に何が潜んでいるのか。
 私(安原)はそこに米国軍産複合体の影を観る。イラクからは軍を引くとしても、アフガンには軍の増派を進め、戦争ビジネス拡大の余地を保証しているのは、軍産複合体との取引ではないのかという印象が消えない。

▽ 米国軍産複合体の影(2) ― 複合体を封じ込めることができるか

 オバマ政権と軍産複合体とはどうつながっているのか。まずオバマ政権での国防人事である。ロバート・ゲーツ国防長官がそのまま留任した。彼は米中央情報局(CIA)長官を経て、06年からブッシュ前政権の国防長官になり、今日に至っている。ジェームス・ジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障担当)は海兵隊総司令官(大将)であった。
 見逃せないのは国防総省(ペンタゴン)ナンバー2の国防副長官にウイリアム・リン元国防次官が座っている人事である。同氏は米軍需大手レイセオン社の上級副社長(政府担当)で、08年夏まで政府相手のロビー活動をしていた。これは一例にすぎないが、要するにオバマ大統領は米国軍需産業と緊密な関係にある人物をペンタゴンの枢要ポストに据えている。

 さて「アイクの警告」を思い出したい。半世紀近い昔のことだが、1961年1月、アイクこと軍人出身のアイゼンハワー米大統領がその任期を全うして、ホワイトハウスを去るにあたって全国向けテレビ放送を通じて有名な告別演説を行った。
 その趣旨は「アメリカ民主主義は新しい巨大で陰険な勢力によって脅威を受けている。それは〈軍産複合体〉とでも称すべき脅威であり、その影響力は全米の都市、州議会、連邦政府の各機関にまで浸透している。これは祖国がいまだかつて直面したこともない重大な脅威である」と。

 軍部と産業との結合体である「軍産複合体」の構成メンバーは、今日ではホワイトハウスのほか、ペンタゴンと軍部、国務省、兵器・エレクトロニクス・エネルギー・化学などの大企業、保守的な学者・研究者・メディアを一体化した「軍産官学情報複合体」とでも称すべき巨大複合体として影響力を行使している。これが特にブッシュ前米政権下で覇権主義に基づく身勝手な単独行動主義を操り、「テロとの戦争」を口実に戦争ビジネスを拡大し、世界に大災厄をもたらしてきた元凶といっても過言ではない。オバマ的変革に抵抗し、阻むものは、この軍産複合体の存在といえよう。
 日本にももちろん日本版軍産複合体が存在する。日米安保体制を軸にして米国軍産複合体と緊密に連携しており、今では米日連合軍産複合体に成長している。

 オバマ大統領は「アイクの警告」を生かして、軍産複合体と一定の距離を保ち、巧みに封じ込めることができるだろうか。これに失敗すれば変革路線も肝心なところで挫折に見舞われるだろう。大きな挑戦的課題というべきだが、焦点となるべき課題は3つ ― 核と沖縄とアフガン ― である。
 「核」には核兵器にとどまらず原子力発電も含まれる。その核廃絶に向かってどう進んでいくか。「沖縄」では米軍基地の整理・撤去にどう取り組むか。軍事力そのものが有効性を失っている今日、海外軍事基地に執着しているときではないだろう。「アフガン」も同様である。ベトナムの二の舞を演じないように、軍の増派ではなく、撤退こそ急務である。
 オバマ大統領殿、「栄えある賞を汚さないよう、大統領として正しい選択を」(琉球新報社説)という忠言に耳を傾けて欲しい。


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「鞆の浦」の景観は「国民の財産」
歴史的景勝地に車社会は似合わない

安原和雄
瀬戸内海・鞆の浦の景観を「国民の財産」と認定した広島地裁判決が大きな波紋を広げている。争点は歴史的景観の保護か、それとも車社会の利便性重視かであったが、原告側が訴えた「景観の保護」に軍配が上がった。高く評価すべき歴史的判決である。
 排ガスを大量に撒きながら自家用車が走り回る車社会そのものがすでに時代遅れである。そういう車社会は、なかでも歴史的景勝地には似合わない時代の到来と受け止めたい。観光地を車で忙しげに回っているクルマ依存症の人々が少なくないが、殊に歴史的景勝地であれば、ゆっくり歩きながら、その文化的価値を玩味したい。歩く価値の再生を今回の判決は示唆している。(09年10月7日掲載、公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽新聞社説は「鞆の浦」判決をどう評価しているか

 広島地裁(能勢顕男裁判長)が09年10月1日言い渡した判決「瀬戸内海の景勝地・鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て・架橋計画は認めない」について大手5紙の社説はどう主張したか。まず各紙社説の見出しを紹介する。
*毎日新聞(10月2日付)=鞆の浦判決 町づくりに景観生かせ
*日経新聞(10月2日付)=景観損ねる公共事業にはノーと言える
*東京新聞(10月2日付)=『鞆の浦』勝訴 ポニョも喜んでいる
*読売新聞(10月3日付)=「鞆の浦」判決 景観保護と地域振興の両立を
*朝日新聞(10月5日付)=「鞆の浦」判決 景観利益を根付かせたい

 5紙社説の要点をごく簡単に紹介すると、以下の通り。

〈毎日社説〉=鞆の浦の埋め立て・架橋計画について、広島地裁が原告住民の訴えを認め、県知事に埋め立て免許を出さないよう命じた。「景観利益の保護」を理由に公共事業を着工前に差し止めた初めての判決だ。ひとたび景観が破壊されれば「これを復元することは不可能」と判断した。「動き出したら止まらない」とされてきた開発行政のあり方に一石を投じるものとして評価したい。
 町づくりの主人公はあくまで住民である。景観か利便性かの二項対立に終わらせず、判決を契機とし、新しい発想で議論を深めてほしい。

〈日経社説〉=近年、景観を守ることへの社会的関心が高まっている。判決はその流れを一歩進め、民間の高層建築などだけでなく公共事業も景観保全のため中止の対象になる場合があることを法的に認めた。私たちの価値観にも沿ったものとして評価したい。
 判決は鞆の浦の景観を「国民の財産というべき公共の利益」と認める一方、渋滞解消など事業の必要性については「調査・検討が不十分」と断じた。そのうえで景観への損害と事業によって得られる利益を比較し、事業は不合理であり行政の裁量権の逸脱にあたると結論づけた。

〈東京社説〉=鞆の浦。昨年大ヒットした宮崎駿監督のアニメ映画「崖(がけ)の上のポニョ」の舞台になった。その海や町並みの歴史的景観価値が司法のお墨付きを得た。ポニョもきっと喜んでいる。
 歴史的景観価値の重要性は、世界遺産ブームを見れば明らかだ。ドイツ・ドレスデンのエルベ渓谷は、架橋のために世界遺産の登録を抹消された。観光価値だけではない。ソウル市の中心を流れる清渓川は、上を覆った高架道路を取り外し、暗渠(あんきょ)から自然河川に復元されて市民の憩いの場になった。景観重視は世界の流れだ。

〈読売社説〉=鞆の浦の街路は、車がすれ違えないほど狭い所が多く、観光客の車などで混雑が深刻だ。人口は減り、高齢化も進んでいる。
 県と市の開発計画は、港を横切る海上のバイパス橋で交通難を解消し、湾岸の埋め立て地に観光客用の駐車場やフェリーふ頭を整備し、地域の活性化を図ろうというものだ。
 山側にトンネルを通す代替案もあるという。「歴史的、文化的価値を有する国民の財産」である景観を保全しながら、地域を振興させていく。難しい課題だが、これを実現するために、自治体は計画を再検討することも必要ではないだろうか。

〈朝日社説〉=政権交代の結果、「いったん動き出したら止まらない」といわれてきた大型公共事業の見直しが進行中だ。今回の判決はそうした流れを加速させることにもなるだろう。市民には敷居が高いと批判されてきた行政訴訟が様変わりしたことにも注目したい。公共事業を事前に差し止める訴えができるようになったのも、司法改革の一環で行政事件訴訟法が改正されたからだ。住民の意思を早い段階から行政に反映させるために、こうした仕組みをもっと活用したい。
 開発重視から景観保全へ。かけがえのない景観は地元を潤す観光資源にもなる。

▽鞆の浦の歴史的景観価値のイメージ

 以上の社説を読む限り、いずれも鞆の浦の景観について判決が打ち出した「歴史的、文化的価値を有する国民の財産」、「国民の財産というべき公共の利益」、「景観利益の保護」という判断を高く評価している。東京社説の「歴史的景観価値の重要性は、世界遺産ブームを見れば明らかだ」という指摘からも分かるように、それが21世紀の時代の要請とも合致しているという認識を共有するときである。
 そのためにもここで改めて、鞆の浦の歴史的景観価値とは何か、そのイメージを整理しておきたい。

 各紙の記事からつぎの諸点を挙げることができる。
・万葉集にも詠まれた景勝地であること。大伴旅人の「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」など8首が万葉集に残っていること
・古くから「潮待ちの港」として栄え、江戸時代に寄港した朝鮮通信使が「日本で最も美しい」とたたえた港町であること
・階段状になった船着き場の雁木(がんぎ)、常夜燈、波止、船の修理をした焚場(たでば)、船番所という、近世の港を特徴づける五つの要素すべてが残る日本で唯一の港であること
・対岸の島々が織りなす瀬戸内の穏やかな風景は、盲目の箏曲演奏家・作曲家、宮城道雄(1894~1956年)の代表曲「春の海」のモチーフになったこと

 以上のように列挙してみると、世界遺産の選定に影響力を持つとされるユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)が「国際的な文化遺産の宝庫」と折り紙を付けて、埋め立て・架橋計画の中止を求める勧告を2度も決議しているのも「なるほど」とうなずける。

 そもそも広島県、福山市による埋め立て・架橋計画はなぜ持ち上がったのか。各紙社説も指摘しているが、ここでは読売社説を引用する。
 「鞆の浦の街路は、車がすれ違えないほど狭い所が多く、観光客の車などで混雑が深刻だ。県と市の開発計画は、港を横切る海上のバイパス橋で交通難を解消し、湾岸の埋め立て地に観光客用の駐車場やフェリーふ頭を整備し、地域の活性化を図ろうというものだ」と。
 要するに鞆の浦の交通渋滞を緩和し、車社会の利便性を高めるために湾岸埋め立てや架橋が必要だというもので、これに対して「鞆の浦の景観を守ろう」という反対運動が広がった。

▽景勝地に車社会は似合わない(1) ― 利便性にこだわるのは疑問

 画期的な判決後の展望はどうか。毎日社説はつぎのように指摘している。「町づくりの主人公はあくまで住民である。景観か利便性かの二項対立に終わらせず、判決を契機とし、新しい発想で議論を深めてほしい」と。
 この主張は、景観の価値保存と車社会の利便性をどう両立させるか、議論してほしいと言っているにすぎない。どうすべきかという具体的な提案はない。昨今の各紙の新聞社説の多くは、材料の提供や分析はあっても、ではどうしたらいいのかという改革のための提案が少ない。肝心なところを逃げている。これでは多様なメディアのなかで「主張する新聞」としての存在価値は低下していくほかないだろう。

 結論を先に言えば、私(安原)は歴史的景勝地に車社会は似合わない、と考える。こういう視点がメディアの多くに欠落している。有り体に言えば、景勝地では車社会としての石油文明の利便性を高めることにこだわるのは疑問、と言いたい。
 広島地裁判決文はつぎのように指摘している。
・道路整備効果について
調査は不十分である。県知事がコンサルタントの推計結果のみに依拠して、埋め立て架橋案の道路整備効果を判断するのは、合理性を欠く。
・駐車場の整備について
駐車場確保を目的として埋め立てをしようとするのは、鞆の景観の価値をあまりに過小評価し、これを保全しようとする行政課題を軽視したものというべきである。

 日経社説は、つぎのように書いている。
 判決は、渋滞解消など事業の必要性については「調査・検討が不十分」と断じた ― と。要するに交通渋滞の解消を目指す架橋工事や駐車場設置のための埋め立ての効果を認めない判決ということだろう。いいかえれば、歴史的な景勝地で排ガスをまき散らしながら自動車を乗り回す時代ではもはやないという趣旨の判決とも読みとれる。

 現下の自家用自動車中心の車社会の展望については、私はその終わりが始まりつつあると認識している。その基本的背景として我が国の総合交通体系をどう再編成していくかという課題がある。具体的には現在の車中心の交通体系から鉄道、バス、路面電車、自転車、徒歩などを組み合わせた新しい交通体系に改革していくことである。

 自家用車中心の社会が時代遅れになってきたのは、その弊害が大きすぎるからである。地球温暖化を進める二酸化炭素(CO2)の排出量が交通手段の中で最多であること、交通事故による死傷者数は年間100万人(うち死者は約6000人)を超えていること ― などのためだけではない。石油エネルギーが枯渇に向かいつつあることも軽視できない。
 車依存症のため、多くの人があまり歩かなくなって、寝たきり候補者が増えている。将来の寝たきりを希望する人は居ないはずで、自分自身の健康のためにも、日常的な徒歩を重視したい。

 厚生労働省によると、09年9月15日現在の100歳以上の高齢者数は、4万399人(男性5447人、女性3万4952人)と初めて4万人を突破した。
 男性の最高齢者、木村次郎右衛門さん(112歳)は、「定年退職後は90歳ごろまで田畑を耕す生活を送り、現在は毎日、縁側で自転車をこぐ動作を100回続けている」と伝えられる。「足を使って元気な毎日を」がモットーであり、車依存症への警告と受け止めたい。

▽景勝地に車社会は似合わない(2) ― 歩いて文化価値を玩味しよう

 景勝地における歴史的文化的価値も歩きながら玩味する時代とはいえないか。
 例えば小樽市の運河は観光価値としても名高い。私が訪ねたのは20年も昔だが、運河を景観として残すか、それとも埋め立てして道路を拡幅し、自動車時代に備えるかをめぐって大論議の末、運河を残すことになったと聞いた。その運河のお陰で観光都市として成長している。

 詩人、作家として著名な島崎藤村(1872~1943年)の生地、馬籠(まごめ・長野県)も訪ねてから15年以上も経つが、藤村の記念館がある通りは車走行禁止であったことが印象に残っている。自由に車が走れるようでは今頃は閑古鳥が鳴いているのではないか。
 天下の景勝地として多くの人が訪れる上高地(長野県)にしても同じである。観光バス以外の車は乗り入れ禁止となっている。だからこそ魅力を保ち続けているのだろう。改めて訪ねてみたいと思案している。

鞆の浦は居住者が多いという点では小樽市と似ている。上高地などと同類として観察するわけにはいかないだろう。しかし私(安原)事になるが、車が乱暴に走り回るような鞆の浦には魅力を感じないし、訪ねる気もしない。
 実を言うと、私は鞆の浦には何度も訪ねたことがある。JR福山駅からバスで鞆へ行き、町内を歩きながら歴史的景観を含めて名所を回る。それほど広い街ではないので、車に頼る必要はない。歩くことで十分堪能できる。観光客も歩くことを原則にして、街への出入りはバスに限るような手だてを工夫する必要もあるのではないか。その方が景勝地としての価値も一段と高まるに違いない。

 テレビで見る限り、広島県や福山市の埋め立て・架橋計画の担当者は「事業は続行」と判決後もこだわっているが、何のためなのか。名目は「車利用の利便性」で、実体は公共事業につきものの政官業三者による癒着と利権構造が仮にも絡んでいるとすれば、将来、「歴史的景観」転じて、見向きもされない「廃墟」と化す恐れも少なくないことを指摘しておきたい。


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時代錯誤のダム建設の中止は当然だ
「始めたら止まらぬ」悪弊の一掃を 

安原和雄
 「過(あやま)ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」とは、論語の言葉である。しかしこの「過ちをためらわないで改める」ことを実践するのがいかに難しいかを考えさせる具体例が民主党連立政権が打ち出した八ツ場ダム建設中止問題である。
 ここには「いったん動き出したら止まらない」大型公共事業の悪弊がひそんでいる。こういう悪弊を一掃するためにもダム建設は中止するときである。そのダムが用をなさず時代錯誤と化しているからには建設中止は当然のことである。遅きに失したともいえるが、過ちを続けるよりは評価に値する選択である。(09年10月1日掲載、公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽ ダム建設中止を新聞社説はどう論じたか

 民主党連立政権が打ち出した八ツ場(やんば)ダム(群馬県)建設中止問題について、新聞社説はどう論じているか。大手新聞社説の見出しと主張の内容を紹介しよう。

*朝日新聞(9月18日付)=八ツ場ダム 新政権の力量を見せよ 
*毎日新聞(9月23日付)=八ッ場ダム中止 時代錯誤正す「象徴」に
*読売新聞(9月24日付)=八ッ場ダム中止 公約至上主義には無理がある

 朝日社説は、「八ツ場ダムなどの建設中止は、全国で約140の計画中や建設中のダムにも影響を及ぼすだろう。しかし、問題はダムに、さらには公共事業だけにとどまらない。政権が代わったことを国民が実感できるか。矢継ぎ早に新政策を繰り出す鳩山政権の力量が試されている」と論じた。
 一方、読売社説は見出しの「公約至上主義には無理がある」からも分かるように中止に批判的であり、「周辺1都5県も建設続行を求めている。公約に掲げたからといって、中止を強行できる状況ではない」と主張している。

 毎日社説は、見出しにあるようにダム中止を「時代錯誤正す象徴」としてとらえている。腰の据わった正論というべきであり、以下、要点を少し詳しく紹介したい。

・計画から半世紀以上、住民を翻(ほん)弄(ろう)し苦しめてきたことを謝罪するとともに、中止の理由について意を尽くして説き、不安を取り除くのは政治の責任である。
・時代にあわない大型公共事業への固執がどんな問題を招くかを広く知ってもらい、こうした時代錯誤を終わりにすることをはっきり示す「象徴」としてほしい。

・治水と利水を兼ねた八ッ場ダム計画は、1947年の台風による利根川決壊で浮上した。吾妻川沿いの温泉街をはじめ340戸の水没が前提で、首都圏住民のための犠牲を強いられる地元に激しい反対運動が続いた。苦渋の末、地元が同意に傾いたのは90年代に入ってからだ。時間がかかったため事業費は当初の2倍以上の4600億円に膨らんだ。
・この間、首都圏の水需要は減少傾向にあり、洪水対策としてのダムの有効性に疑問が示された。しかし、そもそもの目的が疑わしくなり、悪影響が指摘されながら完成した長良川河口堰(ぜき)、諫早湾干拓、岐阜県の徳山ダムを追うように、ダム湖をまたぐ高架道路、移転住民のための用地造成などが進み、ダム本体の着工を残すだけになった。まさに「いったん動き出したら止まらない」大型公共事業の典型である。

・これ(中止)に対して利水・治水のため建設費を負担してきた1都5県の知事は「何が何でも推進していただきたい」(大澤正明・群馬県知事)などと異論を唱えている。すでに約3200億円を投じており、計画通りならあと約1400億円で完成する。中止の場合は、自治体の負担金約2000億円の返還を迫られ、770億円の生活再建関連事業も必要になるだろう。ダム完成後の維持費(年間10億円弱)を差し引いても数百億円高くつく。単純に考えれば、このまま工事を進めた方が得である。

・だが、八ッ場だけの損得を論じても意味はない。全国で計画・建設中の約140のダムをはじめ、多くの公共事業を洗い直し、そこに組み込まれた利権構造の解体に不可欠な社会的コストと考えるべきなのだ。
・「ダム完成を前提にしてきた生活を脅かす」という住民の不安に最大限応えるべく多額の補償も必要になるが、それも時代錯誤のツケと言える。

▽ 「動き出したら止まらない」公共事業の利権解体を

 八ツ場ダムの建設中止は、ダムが必要であるにもかかわらず、資金不足などの理由で中止に追い込まれた、などという性質のものではない。もっと大事な視点が含まれている。それは上記の毎日社説も指摘しているように2つある。

 ひとつは建設の目的そのものが疑わしくなり、だから時代に合わなくなり、時代錯誤と化した公共事業は、たとえ巨額の財政資金を投じているとしても、きっぱりと手を引くこと、そういう事例の「象徴」として位置づけられること。
 中止によって生じる地域住民の生活不安にはもちろん適切な補償によって応えなければならない。それは当然のことである。

 もうひとつは、ダムに限らず、公共事業全体に組み込まれた政治家、官僚、業者の利権構造にメスを入れ、利権構造そのものを解体すること。
 公共事業の多くは「いったん動き出したら止まらない」ことが、特質となっているが、その裏には自民単独政権時代から自民・公明連立政権時代へと続くいわゆる政官業三者の相互癒着と利権構造がひそんでいる。公共事業の発案と推進者は、ほかならぬ政官業三者であり、そこに癒着と利権がからんでいるため、自己制御は不可能であるだけではない。反対意見を抑えつけながら計画続行に執着するわけだから、「いったん動き出したら止まらない」のも容易に想像できるだろう。そういう悪弊を一掃するときである。

▽ 計画遂行への執着 ― 太平洋戦争時代と平成時代と

 この〈自己制御能力の喪失〉と〈計画遂行への執着〉というメカニズムの作動は日本の現代史上、決して珍しいことではない。一例を挙げれば、中国への軍事侵略に続く、あの太平洋戦争の地獄のような悲惨な結末も、自己制御不能に陥り、しかも戦争続行に執着したためといえる。自慢にもならない「勝ち戦(いくさ)」は、開戦(1941=昭和16年12月)からわずか半年間で、それから終戦(1945年8月)までの3年余は「負け戦」の連続で、310万人が犠牲となっって尊い生命を失った。
 歴史に「もしも」はあり得ないとしても、早めに講和の手を打てば、東京大空襲など各都市への空襲、沖縄地上戦、広島・長崎への原爆投下などは免れたにもかかわらず、軍部の「本土での徹底抗戦」という馬鹿げた作戦思想のゆえに惨劇を招いた。
 かつてのそういう軍部に匹敵するのが今日の政官業の癒着と利権構造とはいえないか。

 当時の示唆に富む事実を指摘すれば、終戦直前まで軍国主義下での聖戦遂行という幻想から自由になれなかった多くの人々が、終戦後は、一斉に「自由と民主主義」を唱え始めたことである。私(安原)は、終戦時、小学5年生だったが、やがて明治憲法が捨てられ、新憲法(現在の平和憲法)が公布・施行され、学校の授業風景もがらりと変わった。毎日のように「民主主義とは、人民の、人民による、人民のための政治」と説明もないまま、繰り返す教師の姿を昨日のことのように記憶している。

こういう変わり身の速さは、昔も今も変わらないのではないか。ダム中止に関連づけていえば、テレビでみる限り、推進派の県知事などが「建設続行」を声高に叫んでいるが、中止が既成事実となれば、「中止も当然」などに変化するだろう。これが信条よりも利害に左右される群像の正体である。

▽ ひとつの投書から学ぶこと ― 自然と地域経済の再生を

 朝日新聞(9月30日付)「声」欄に掲載された「ダム巡る多様な声を報じて」と題する投書を紹介したい。投書の主は、東京都小金井市在住の大学院生(25歳)である。

 ダム建設中止をめぐり水没予定地住民と国土交通相との対立が報道されている。そこでの住民は一様に「長年翻弄(ほんろう)されてきた。ダム建設中止を望まない」と訴える。その事実に胸を痛めつつも、そうしてつくられる「地元住民」像に違和感を覚えてもいる。
 ここ5年ほど川辺川ダム(熊本県)などの水没予定地で、長期化するダム計画と住民の生活をテーマに住民のお話を伺い、手記を読んできた。私が見聞きしたのは報道されているような地元住民ばかりではない。
 生活再建のため中止を求めたいが、公言できないという人も多い。声高の有力者の主張ばかりが報道され、そのイメージが定着することを嘆く住民の言葉が印象的だった。
 長年ダム計画と向き合ってきた地域社会では多様な声があった。そうした地元のリアルな姿を伝えない限り、メディアに取り上げられない多数の住民が困ると思う。

  この投書を一読して、大学院生という若い研究者の公正な観察が綴られているような印象を得た。つぎの諸点を訴えている。
・「ダム建設中止を望まない」という「地元住民」像はメディアによって作られたイメージで、違和感を覚えること
・生活再建のため建設中止を求めたいが、公言できない地元の人も多いこと
・声高の有力者の主張ばかりが報道され、それを嘆く住民もいること

 この投書は、ダム建設のため水没予定地となっている地域を足で歩いてみて、自分なりに地元の声を調査した結果では、〈中止を明言する国土交通相〉と〈中止を望まない地元住民〉との〈対立〉というメディアのとらえ方は単純すぎるという苦言である。その通りであろう。八ツ場ダムの場合、当初から反対派が多かった。今も反対のための裁判も行われている。

 計画中あるいは建設中のダムは全国で約140もある。政権が変わったのだから、これらすべてのダムについて、その是非を検討するときである。同時に新自由主義路線=市場原理主義路線とグローバル化の大きな流れの中で埋没し、疲弊している地域をどう建て直していくかが大きな課題として浮かび上がってきた。
 その柱となるべきものは地域の豊かな自然を生かすこと、農林水産業、観光など地域経済を再生させること ― である。この二つを車の両輪として地域の立て直しを図るときである。多様ないのちが息づいている自然を壊しながら巨大なコンクリートや鉄骨を打ち込む時代はとっくに終わっている。


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