「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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今昔の文民統制違反にみる質的相違
第1号解任事件から30年を経て

安原和雄
 「わが国が侵略国家だったというのは、濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)」という懸賞論文を書いて、シビリアン・コントロール(=文民統制)違反として田母神俊雄前空幕長が更迭されたのは、自衛隊首脳陣の文民統制違反としては第2号である。30年も前に第1号違反があった。1978年、当時の制服組トップの栗栖弘臣統幕議長がいわゆる「超法規発言」で解任された事件である。
 その栗栖氏は2年後の1980年参院選(東京地方区)に立候補し、「ソ連脅威論」を訴えたが、落選した。当時その敗戦の弁をまとめた私(安原)のインタビュー記事をこの機会に紹介したい。解任後も2人は持説を頑固に主張しているところが共通している。しかし2つの解任には、日米安保の変質を背景に質的相違があることを見逃してはならない。(08年11月27日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽栗栖氏が説いたソ連脅威論と有事法制

栗栖氏は陸上幕僚長を経て、1977年第10代統合幕僚会議議長に就任、翌78年7月「わが国が奇襲攻撃を受けたとき、自衛隊は現行の法律が不備なため超法規的行動をせざるを得ない」と発言、シビリアン・コントロールへの挑戦として更迭された。
 同氏が1980年参院選で強調したソ連脅威論の台本となったのが同氏の著作『仮想敵国ソ連 ― われらこう迎え撃つ』(講談社、1980年刊)で、その中でつぎのように指摘した。

 まずソ連の日本への侵攻コースとして、北海道東部地帯または同北部地帯へ上陸、津軽・室谷の2海峡の制圧、東北の三沢・八戸航空基地への急襲、日本海沿岸への強襲 ― の5つをあげている。
 さらにいざというとき、米軍は頼りになる存在ではないとして、有事に備えて割り当て、配給、言論統制などを含む国家総動員体制を研究しておく必要を強調した。

 以上の著作で説いたソ連脅威論は1990年代初めのソ連崩壊によって消えたが、有事法制の方はその後整備されてきた。なお同氏は2004年84歳で死去。

 私(安原)が28年前、参院選落選直後に行った栗栖氏との一問一答の内容(要旨)はつぎの通り。その主見出しは「敗軍の将 兵を語る」(毎日新聞1980年7月7日付夕刊=東京版から)。

▽「敗軍の将 兵を語る」(1)― 参院選で拒まれたソ連脅威論

― まず敗戦の原因は何だと考えていますか。ソ連脅威論を唱えたわけですが、それが受け容れられなかった?
栗栖:それが直接受け容れられなかったのかどうか。反対派が私を軍拡論者、徴兵制論者といった。これが先に浸透して、私の変なイメージが出来上がった。こちらの方が大きかった。

― 落選して、自衛隊の人たちは何といっていますか。
栗栖:私を支持してくれたOBの人たちは残念がっています。今度の落選は、2つのことを教えてくれたといっている。一つは、軍拡、防衛力増強が最近ブームのようになっているが、これが国民に受け容れられなかった。もう一つは、だからこそ防衛問題に本腰を入れて取り組まなければならない。しっかりしなければならないぞ、と。
 
― ところで著書『仮想敵国ソ連』では、ソ連軍の日本への侵攻コースとして5つあげてある。たとえば北海道では北部コースと東部コースの2つを指摘しているが,当の北海道では迷惑に感じているという話も聞きます。つまりどの程度可能性があるか分からないのに、いたずらに危機感をあおっている、と。
栗栖:そこの感じが違うんですよ。私はソ連とは仲良くしようという論者だ。その前提としてソ連の能力を知らねばならない。現実に目をつむるな、といっている。

― しかし仲良くするということと、侵略のコースを想定して検討するということは(矛盾していませんか)― 。
栗栖:各国みなそうですよ。ヨーロッパだってソ連と仲良くしている。しかし彼らはソ連を仮想敵国だとはっきりいっており、いざというときにはミサイルで攻撃するぞ、といっている。これが現実の世の中で、お互いに相手の弱点、長所を認め合って仲良くすることが必要だ。日本だけですよ、こういう世界の常識から外れているのは。そこを訴えたい。

▽「敗軍の将 兵を語る」(2)― スイス型の国民総抵抗は疑問

― あなたの立会演説会、街頭演説会も聞きました。国を守る気概、心構え、そして祖国防衛を強調された。この点に関連して日本ではスイスがよく引き合いに出される。あの国は中立だが、武装している、と。しかしスイスでは予備役に編入されると、みな小銃、弾丸を自宅へ持ち帰って保管している。これこそ祖国防衛、国民総抵抗の精神の表れとはいえませんか。あなた方が侵略ではなく、祖国防衛を本気で考えるならスイスのように国民一人ひとりに銃を持たせたらどうですか。
栗栖:国民の抵抗意志はそういうものだとは考えていない。たとえば国内治安を維持するのに、みんなお巡りさんになる必要はない。みんなが生業にしっかりつく。しかし25万のお巡りさんに治安維持をしっかり頼むよ、という意識を持つことが重要だといっているわけで、みんな鉄砲を持てというのではない。

― 国民総抵抗という発想を経済界の人たちにぶっつけてみると、それでは国内秩序が保てなくなるという答えが返ってくる。つまり、下手に国民に銃を持たせたら、それがいつ、だれに向けられるかわからないという懸念を抱いている・・・。
栗栖:そういう話なら、お巡りさんの場合だって同じでしょう。いつピストルをだれに向けるかわからない。

― あなたはソ連脅威論の一つとして、ソ連は国論の分断をねらってくる、いま日本の国論は分裂しており、その背景の一つに汚職があると指摘しています。そうであれば、ソ連侵攻を説く前に、汚職など腐敗をなくすことが先決とはいえませんか。
栗栖:それはその通り。しかし私が汚職のことを今度の選挙であまりいわなかったのは、汚職が悪いことはみんなわかっているからです。私は、みんなが知らないことを訴えたかった。

▽「敗軍の将 兵を語る」(3)― 米国要求の防衛力増強では国民は遠のく

― 少し長期的にみて、日本は防衛力増強への道を歩むと・・・。
栗栖:大平内閣は今年度(1980年度)予算編成のとき、財政再建が急務だからあまり増やせないといいながら、米国から要求されると、途端に防衛費を増やす。大平さんがカーター米大統領に会いに行くと、防衛力増強を約束してくる。こういうやり方は、民主主義とは逆だ。私は自衛官OBだから、防衛費を増やしてもらうことはうれしいが、日本全体としてはマイナスだと思う。国民がまだ防衛意識を持っていないのにカネだけをつける。そうすると、国民はますます遠のく。何だ、アメリカの方ばっかり向いて勝手に防衛費を増やして、と。

― いまの段階でいたずらに防衛力を増強することは、兵器メーカーに利益を与えるだけで、国民からはむしろ不信の目でみられる、と。
栗栖:そう、その危険性は大いにある。米国から防衛費増額の要請があったら、その必要性をまず国民に説かねばならない。それをやらないで防衛費を水増しするようなことはすべきではない。政府は仮想敵国がどこだとはいえないので、せめて私がソ連だといい続けたいと思っている。

― しかしその考えが(参院選挙では)支持されなかった。天の時、地の利・・・に恵まれなかった、と。
栗栖:まあ、そういうことでしょう。

〈安原の感想〉― 「世界の中の日米同盟」への変質と文民統制違反
 28年も昔の1980年のインタビュー記事をいま読み返してみて、やはり今昔の感に堪えない。当時は米ソ冷戦の最中でソ連脅威論一色に塗りつぶされていた。当時の自衛隊制服組のトップ、栗栖氏の思考範囲もソ連脅威論とそれに備える有事法制で占められていた。祖国防衛という感覚も存在していた。これは日米安保の対象が極東地域に限定され、わが国の安全保障のあり方として専守防衛の枠組みがまだ生きていたのと照応している。
 それに10年後の1990年代初めにソ連崩壊という事態が生起するとは夢想もしなかったのだろう。

 通常は「敗軍の将は兵を語らず」(中国の『史記』=戦いに敗れた将軍は兵法を語る資格はないという意)だが、あえて語ってもらった。私の率直な質問にもそれなりに丁寧な答えが返ってきた記憶がある。確信的タカ派ではあったが、これが軍拡路線を走り始める前の「軍人、制服組の気概と節度」ともいえるものなのだろう。

しかし1982年中曽根康弘政権の登場とともに事態は急速に変化していく。当時の中曽根首相のキャッチフレーズ「日米運命共同体」、「日本列島不沈空母」がその変化を物語る。その後、軍拡への衝動が強まり、日米安保体制下での日米同盟の質的変化へとつながっていく。その画期となるのが1996年の日米首脳会談(橋本龍太郎首相とクリントン大統領との会談)で合意した「日米安保共同宣言 ― 二十一世紀に向けての同盟」で、「地球規模の日米協力」をうたった。

 この「安保宣言」を足場に小泉純一郎政権時代(2001~06年)に従来の「極東における日米同盟」から「世界の中の日米同盟」へと急旋回していく。「安保の再定義」といわれる日米安保の変質が憲法9条の解釈改憲と同じ手法で進行する。祖国防衛、専守防衛はどこかへ吹っ飛んで、米国に追随する海外派兵が中心テーマとなり、テロ対策、人道支援の名目で前面に登場してくる。

 そういう状況下で今回の田母神前空幕長の文民統制違反が生じた。表面的には同じ違反であっても第1号と第2号との間には大きな質的差異があることを見逃すわけにはいかない。今回、解任された田母神氏は「日本の侵略戦争と植民地支配」を肯定する歴史観に立っているところをみると、海外派兵を正当化させ、その方向で自衛隊員を教育しようという意図が歴然としているのではないか。そこには制服組としての節度は消え失せて、歪められた気概、つまり戦争への意気込みだけが突出しているような印象さえある。
これを陰に陽に助長しているのが、米国版軍産複合体と連携する日本版軍産複合体(タカ派の国会議員・官僚、自衛隊幹部、兵器・情報などの関連企業、保守的な研究者・メディアなどを主要メンバーとして構成)であることも指摘しておきたい。


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自由放任から規制への転換が焦点
緊急金融サミット後の世界の課題

安原和雄
ワシントンで開かれた第1回緊急金融サミットが打ち出した課題は何か。最大のテーマはいうまでもなく目下進行中の米国発世界金融危機への対応策であり、金融市場改革のために規制を導入することになった。従来の野放図な自由放任から規制への転換を明確にしたもので、2009年4月末までに開かれる第2回金融サミットを目指して、規制をどう具体化し、実行するかが焦点となった。米国を震源地とする世界金融危機は、東西冷戦後の米国一極支配の時代が終わることも意味しており、世界は新しい時代へ足早に踏み込みつつある。(08年11月20日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽首脳宣言が意味するもの ― 新自由主義の破綻

 11月16日朝(日本時間)閉幕した第1回緊急首脳会議(金融サミット)が採択した首脳宣言の要点はつぎの通り。
*金融市場と規制の枠組みを改革し、当局の国際連携を強化する
*すべての金融市場・商品・参加者が適切に規制されることを誓約する
*保護主義は拒否し、今後1年間は新たな投資・保護障壁を設けない
*金融市場の改革・規制で行動計画を採択する

 以上のような宣言は、規制のない自由放任型から規制を織り込む経済、特に規制型金融市場 ― 過剰規制は抑えるとしても ― への転換をうたったもので、これは米国を本拠地とする野放図な新自由主義すなわち市場原理主義への批判と新自由主義からの転換を意味している。今回の「100年に一度の危機」といわれる米国発の世界金融危機をもたらした新自由主義の破綻を宣言したに等しいともいえよう。

 現地、ワシントンで取材した毎日新聞の清水憲司記者はつぎのように書いている(毎日新聞11月17日付)。
 米国発の金融危機にどう対処するかが最大のテーマだった金融サミットを主導した欧州と新興国はサミット前から規制強化・拡大を要求。これに対しブッシュ大統領はサミット直前まで「自由な市場は経済繁栄のエンジン」と抵抗していたが、会議で噴出した米国批判の前に妥協せざるを得なかった。
 首脳宣言には総論的とはいえ、広範な規制強化が盛り込まれ、米国流の市場原理主義が修正を迫られる形になった。首脳宣言は「いくつかの先進国は、高利回りを求める不健全なリスク慣行など市場に積み上がったリスクに対処しなかった」とも指摘。国際金融を大混乱に陥れた米国が名指しに近い形で断罪された ― と。
適切な評価といえるのではないか。

▽大手メディアの社説はどう論じたか―弱い批判的視点

 ところが大手紙の社説には「新自由主義」を批判する視点が弱いという印象が残る。

 朝日新聞社説(11月17日付、主見出しは「G20緊急サミット この結束を緩めるな」)はつぎのように指摘している。
 大きな課題は、国際的な金融監督・規制の立て直しだ。国境を越えて活動する金融機関を監視する枠組みづくりなどで合意したが、その具体策では先進国間にも意見の違いがある。例えば、世界的な監督機関の創設といった規制強化を指向するフランスなどの欧州勢と、なお自由な市場を原則としたい米国との対立だ ― と。
 この社説は欧州と米国との対立を描いている。しかし断罪する側の欧州と金融危機の責任を断罪される側の米国とが平等対等の立場で客観的な議論を重ねる金融サミットだったのかどうか。

 その一方でつぎのようにも書いている。
 議長のブッシュ米大統領が読み上げた共同宣言は、危機の原因について「いくつかの先進国の当局はリスクを適切に評価せず、金融の技術革新についていけなかった」と総括した ― と。
 この総括は、規制のない「金融の技術革新」、つまり新自由主義(=市場原理主義)こそが金融危機の原因であり、それが破綻したことを意味しているといえるのではないのか。

 毎日新聞社説(11月17日付、主見出しは「金融サミット 歴史に残る協調を形に 保護主義の台頭を許すな」はつぎのように書いた。
 とりわけ意義があったのは、首脳が自由貿易体制の重要性をここで強調し、保護主義政策は取らないと誓ったことだ。「今後12カ月、貿易や投資にかかる新たな障壁を設けない」と明言し、暗礁に乗り上げた世界貿易機関(WTO)の自由化交渉(ドーハ・ラウンド)を今年中に大枠合意に持ち込む決意を示した ― と。

「保護主義拒否、自由貿易推進」は常套句である。これを掲げなければ、むしろニュースになる性質のものであり、ついでに首脳宣言に書き込んだ文言ではないのだろうか。本筋の話しとは言えそうにない。この種の社説を読むと、今回の首脳会議は、金融危機サミットではなく、自由貿易推進サミットだったのか、という錯覚に陥る。

▽米国一極支配の終わり(1)― 存在感高まる新興国

 今回の金融サミットの最大の特色は、従来の自由放任から規制、特に金融規制への転換を明確に打ち出したことだが、もう一つ見逃せないのは、米国一極支配の時代が終わりを告げたことである。
 何よりも首脳会議が従来のように先進国7カ国(G7)にとどまらず、G20で開催されたことにそれが表れている。
 G20とは、G7メンバーの日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのほか、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合(EU)を含む20カ国・地域である。このG20の国内総生産(GDP)は世界経済全体の8割、人口は3分の2を占めている。

 G7以外の新興国の首脳たちの発言はもはや無視できない。その存在感が高まってきた。
*胡錦涛・中国国家主席「国際機関の上層部の人選方法を改革し、発展途上国の代表権、発言権を高めるべきだ」
*シン・インド首相「今回の危機は新興国が原因ではないが、最大の被害者は新興国なのだ」
*ルラ・ブラジル大統領「これ以上、危機が拡大しないための最善の解決策は、金持ち国家が自分たちだけで解決しようとしないことだ」
 (これらの発言は15日、サミットの場やメディアに対し述べた。朝日新聞11月17日付)
いずれの発言も、従来と違って外野席からの注文ではなく、新しい時代を創るための会議に出席したうえでの発言であるところに重みがある。

 朝日新聞社説(11月17日付)は以下のように指摘した。 
 活力の衰えた先進国は、新興国の成長力に不況脱出への助力を期待せざるをえない。 それは「米国一極支配」が決定的に転換することにも重なる。米国は冷戦終結後、突出した軍事力と、情報技術や金融をテコにした経済力で世界をリードしてきた。それがイラク侵攻でのつまずきと金融危機で崩れつつある。世界秩序の動揺を乗り切るため登場したのがG20体制だといえよう ― と。

▽米国一極支配の終わり(2)― ドル基軸体制と軍事力覇権主義の行方

 米国一極支配の終わりとは、その背景に、世界通貨の中での米ドル基軸体制、さらに世界の軍事費1兆3000億ドル(約120兆円)の半分以上を占める米国軍事力による覇権主義 ― の過大な負担に米国自身が耐えられなくなってきているという現実がある。

 麻生首相は首脳会議後の内外記者会見でつぎのように「ドル基軸通貨体制を支える」と述べた。
 今回の問題の根底に貿易の不均衡がある。これを是正するために、基軸通貨国は赤字の体質を改めてもらう。また過度に外需に依存している国は内需拡大に努める必要がある。こうしたすべての国の政策協調によってドル基軸通貨体制を支える努力を払うべきだ ― と。
 しかしこの米国支援発言は、あまり注目されなかったらしい。むしろ多くの国の関心はドル基軸通貨体制後の新たな通貨体制をどう創っていくかにある。

 日本は外貨準備高9800億ドル(約95兆円、08年10月末現在)のうちほとんどをドル建ての米国債購入に充て、米国財政赤字の穴埋めに貢献している。ドル崩落が起これば、日本はたちまち兆円単位の巨額の損失をこうむる仕掛けになっており、いわばドルを軸にした日米運命共同体である。麻生首相にしてみれば、ドル基軸通貨体制の擁護以外の選択肢はないという思い込みに囚われているのだろうが、この日米運命共同体からどう脱出するかは大きな課題である。米国一極体制の終わりは、そういう課題を日本に突きつけていることを忘れてはならない。

 もう一つは軍事力による覇権主義の行方である。ドルと同様にこれも日米運命共同体となっている。その仕掛けが日米安保体制であり、日米安保条約は日米間の軍事同盟と経済同盟の法的基礎となっている。安保条約の第2条(経済的協力の促進)が経済同盟を、第3条(自衛力の維持発展)、第5条(共同防衛)、第6条(基地の許与)などが軍事同盟を基礎づけている。特に沖縄をはじめとする巨大な在日米軍基地の存在なくしては、イラク、アフガニスタン攻撃にみる米国の覇権主義行使も困難に陥るだろう。

 米国はブッシュ政権時代の覇権主義のごり押しとその破綻とによって世界の中での孤立を深めている。いわば難破船同然の覇権主義の下請けともいえる地位に日本はいつまで甘んじるのか、その是非と選択を迫っているのが米国一極支配の終わりという歴史的現実である。


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相次ぐ新自由主義者たちの変節
新しい時代への転換を察知して

安原和雄
新自由主義者たちの変節が相次いでいる。その筆頭は新自由主義路線を最初に導入した中曽根元首相である。同氏は米国発の世界金融危機の背景に「モラルなき拝金主義」を見てとり、打開策としてモラルの重要性を説きはじめた。1980年代前半の首相現役時代には倫理、モラルについて揶揄(やゆ)することはあっても、その重要性には見向きもしなかった。その人物がモラルを強調するに至ったのは、なぜか。世界金融危機とともに破綻した「モラルなき新自由主義」のつぎの新しい時代への転換を察知してのことであるにちがいない。新時代はモラルなしには築くことはできないという思案のゆえであろうか。しかし新自由主義がもたらした大きな災厄への責任と自己反省はどこまで期待できるのか。(08年11月12日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

▽モラルの重要性説く中曽根元首相 ― 「世界中に病原菌ばらまいた米国」

 朝日新聞(08年11月8日付)は中曽根康弘元首相とのインタビュー記事を載せている。題して「経済危機の行方 世界は」である。その要点を見出しとともに以下に紹介する。「モラルの重要性」を力説しているのが印象に残る。同時に「米国は証券の名において世界中に病原菌をばらまいた」との認識を語っている。

*背景にモラルなき拝金主義 
 これまで米国は経済や金融の世界を牛耳ってきた。しかし先端を行く経済、社会が、実は内部にこれだけの病菌を抱えていた。証券の名において世界中に病原菌をばらまき、発病に至って大騒ぎになったわけだ。米国の経済、国家のあり方について歴史が厳正な批判を要求してきている。
 何を改めていくべきなのか。世界中でこの難問を解いていかなくてはならない。まず言えることは、富にはモラルが付着していなければならないということだ。今回の異変は、モラルなき拝金主義から起きている。人類の堕落を防ぐにはモラルがますます不可避のものとなる。
 政治、経済、社会、あらゆる面でモラルがもっと深く食い込んでこなければ、人類自体が危うい。そういう時代に入りつつある。

*米国に代わりG20を司令部に
 現代においては、環境や資源など地球的規模の課題が、かつてのソ連の脅威に匹敵する切迫さをもって迫ってきている。
 米国による一極支配から転換し、新しい時代における世界協調のあり方を検討し直すべき時を迎えた。
 地球規模の環境や資源などの人類的課題について、もっと具体的に、真剣に、対策を講じていかなければならない。いまG7だけでなくG20(主要国に新興国を加えた20カ国)が接近し、同じ方向に動こうとしている。このG20を恒常化し、基本戦略司令部とすることが望ましい。
 自由と民主主義と資本主義の3者連携の時代はまだ続くだろうが、その資本主義の内容自体は、新しい情報社会の出現によって再点検されるべき要素がかなりある。

*日本主導でアジアの声上げよ
 麻生政権は総選挙の時期や国会対策などをめぐって忙殺され、いま起きている問題の歴史的意味や、今後日本が世界に示すべき政策にまでは思いが至っていない。
 本来なら日本が主導して、アジアの総意、いわばアジアの「連合意思」といったものを形成し、欧米に説いていくということがあってよい。
 アジア人が立脚している基本思想、基本哲学は欧米的なものとは違う。アジアでは自然主義的な観点から出発する思想が普遍的だ。米国発の病に苦しむ世界でアジアが声を上げることは、歴史的な意義を持つ。
 日本が、たとえば2020年を目標とする10年計画で、アジア的発想を世界に生かすための方策を、アジアの総意として具現化していければ、大きな意味がある。もちろんそこにはモラルが一貫して付随していることが基本だ。モラルから物事を考えれば、偏狭なナショナリズムは排斥される。

〈安原のコメント〉― 「リンリ」を揶揄(やゆ)した中曽根氏の変節
 中曽根元首相が世界金融危機の背景に「モラルなき拝金主義」の存在を指摘したのは正しい。その通りである。ただ繰り返し「モラルの重要性」を説く発言を読みながら、いささか唖然とせざるを得なかった。多くの人にとってはほとんど忘却の彼方へと消え失せているかも知れないが、元首相は首相現役時代(1982~87年)にこう発言したことがある。
 「リンリ、リンリと鈴虫でもあるまい」と。
 構造汚職と政治倫理が総選挙の争点に浮かび上がった時のことである。政治倫理を求める民の声に「リンリ」すなわち「倫理」を揶揄(やゆ)したのである。私はこの発言に触れてつぎのように評した。

 「一国の政治指導者の倫理観がこの程度の国柄だから、道義、倫理、モラルが喪失したからといっても、一向に不思議ではない。(中略)経済の低迷自体はさして悲観するに足りない。不況によって日本という国が沈没すると考えるのは、錯覚である。道義、倫理、モラルの喪失こそが社会を、国を破綻に導く。(中略)道義、倫理、モラルなき市場経済は、貪欲な私利追求のあまり、そのまま弱肉強食の熾烈な闘い、対立抗争の拡大へと暴走する恐れが多分にある」と。

この評論は、2001年に小泉政権が誕生し、構造改革の旗を掲げた新自由主義路線が暴走する以前のことである。とはいえ、すでに中曽根政権時代から新自由主義は始まっており、弱肉強食をごり押しする新自由主義への批判と同時に、一国の政治指導者の倫理観欠如を批判することに狙いがあった。その元首相がいま、モラルの重要性に言及するとは「おや、おや」という印象であり、その見事な変節ぶりにはむしろ感嘆するほかない。

▽経済同友会シンポジウムを聴いて ― 新自由主義への反省も

 08年11月7日、東京都内で開かれた経済同友会(代表幹事・桜井正光リコー会長)主催シンポジウム「新・日本流経営の創造」を聴く機会があった。参加したパネリストは氏家純一氏(野村ホールディングス会長)、リシャール・コラス氏(シャネル社長、欧州ビジネス協会会長)、中谷巌氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長)、長谷川閑史氏(経済同友会 副代表幹事・企業経営委員会委員長、武田薬品工業社長)の4氏で、司会は西岡幸一氏(日本経済新聞社客員コラムニスト、専修大学経済学部教授)。

 シンポジウム開催の意図は以下の通りである。
 世界での日本の地盤沈下に歯止めをかけ、再浮揚させる方策が求められる。2008年7月、経済同友会は今後の企業経営のあるべき姿を「新・日本流経営」として提言書をまとめた。企業が自らの強みをさらに強化し、一方、日本の歴史的背景から起因する弱みを変革、あるいはコントロールすることによって成長の持続可能性を探らなければならない。シンポジウムでは、本提言を出発点として21世紀における日本企業のあるべき姿をどう実現させるかを探る ― と。

パネリストの発言で特に印象に残ったのが中谷氏の「新自由主義への反省の弁」である。その趣旨はつぎのようである。

 日本企業の現場主義の強みがなくなりつつあるのではないか。その背景として、信じていた新自由主義は果たして正しかったのかという反省がある。新自由主義の結果、貧困、格差が広がってきた。
 例えば一国の相対的貧困率(中位の所得水準の半分以下にランクされる低所得者層の割合を指す)をみると、先進国の中で何と米国が第1位、日本が第2位となっている。また非正規雇用も増えて職場内での自由な対話・交流が成立しなくなっている。職場の分断ともいえる状況で、これではかつての現場主義の強みがなくなるのは当然ともいえる。
 国際競争力の国際比較をみると、日本は20位で、上位5位には北欧諸国がランクされている ― と。

〈安原のコメント〉― 新時代への転換の始まり
 中谷氏は1973年ハーバード大学経済学博士。その後一橋大学教授(後に名誉教授)、細川内閣の首相諮問機関「経済改革研究会」委員、小渕内閣首相諮問機関「経済戦略会議」議長代理、ソニー取締役(後に取締役会議長)などを歴任した。現在は三菱UFJリサーチ&コンサルティング(前三和総合研究所)理事長のほか、多摩大学教授・ルネッサンスセンター長、数社の取締役などを務める。

 この経歴から分かるように経済学者として、政府がすすめる規制緩和、自由化、民営化の推進にかかわってきた。小泉構造改革という名の新自由主義を小泉首相とのコンビで積極的に推進した竹中平蔵氏(小泉政権の経済財政担当相、現在慶応大学教授)ほどではないにせよ、中谷氏も新自由主義推進の一役を果たした。
 その彼が「新自由主義への反省」の弁を語るのを聴きながら、「新自由主義破綻後の新時代への転換が始まりつつある」と感じないわけにはいかなかった。

▽新自由主義者たちに、その心底を問う ― 罪悪感はないのか

 中曽根氏はいうまでもなく新自由主義路線を1980年代初頭、首相として最初に日本導入を図り、そのレールを敷いた人物である。日本独自の構想ではなく、当時の米国のレーガノミックス(レーガン大統領による新自由主義)、英国のサッチャリズム(サッチャー首相による新自由主義)を模倣したものである。
 新自由主義は、道義、倫理、モラルを排除する市場原理主義すなわち市場万能主義であり、無慈悲な弱肉強食の競争を強要し、「誰でもよかった」などとうそぶく殺人、自殺、失業、貧困、長時間労働、人権無視、格差拡大 ― など多様な暴力を日本列島上に広げた。武力行使による戦争だけが拒否すべき暴力なのではない。今、日本列島は戦争に劣らない暴力が荒れ狂う事実上の「戦場」と化している。その元凶が新自由主義である。

 そういう新自由主義推進の一番手が今やモラルを説くに至った。新自由主義の先導者として、多少なりとも罪悪感はないのだろうか。
 しかも「証券の名において世界中に病原菌をばらまいた米国のあり方について歴史が厳正な批判を要求している」とまで言い切った。さらに今後の世界や日本のあり方について「米国に代わりG20を司令部に」、「日本主導でアジアの声上げよ」と新たなビジョンを描いて見せた。

これでは「米国中心の時代は終わった」と明言したに等しい。もちろんこの認識自体には賛同できる。ただ首相現役時代に「日米運命共同体」、「日本列島不沈空母」などの発言で日米同盟一体感に固執した頃からみると、見事な変節といってもいい。
 変節とは、信念・主義・主張を変えることを意味し、良い意味には使われないが、新自由主義破綻後の新しい時代への転換を察知したうえでの変節であるなら、意味のないことではない。「過ちを改むるに憚(はばか)ることなかれ」である。「君子豹変す」ともいう。しかし気づくのがいかにも遅すぎるのではないか。

 これからも周囲の状況変化を見て、都合良く立ち回る風見鶏(かざみどり)よろしく「前・元・新自由主義者」と名乗る輩(やから)が続出するにちがいない。新自由主義を暴走させた、その悪しき産物として日本列島上に広がる眼前の無惨な現実、そして今後長期間続くであろうその後遺症を彼らはどう眺めるのか、その心底を問うてみたい。


(付記:この記事は安原和雄の論文「武士道を今日に読み直す ― 「経営倫理」を求めて」駒澤大学仏教経済研究所編『仏教経済研究』第27号、1998年5月=が下敷きになっている)

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自由競争と自由放任を混同するな
スミスが今生きていたら異議を

安原和雄
 米国大統領選で圧勝した民主党のバラク・オバマ氏が直面する最大の課題は、ブッシュ政権時代に特に顕著となった新自由主義(=新保守主義)路線を根本的に転換させることである。貪欲な自由放任経済の推進によって米国を「貧困大国」へと転落させ、しかも米国発の世界金融危機を発生させたからである。一方、ヨーロッパ、特にドイツではカール・マルクスの資本主義批判の著作『資本論』が学生たち若者の間で飛ぶように売れている。その背景としてやはり世界金融危機さらに新自由主義の破綻を挙げることができる。
 マルクスが復活すること自体は、興味深い現象だが、あえていえば、『国富論』の著者、アダム・スミスこそが正しく復活して欲しいときといえる。なぜならスミスは新自由主義が説く「自由放任」の元締めとしてしばしば誤解されてきたからである。
 いまスミスが生きていたら、「私は自由競争と倫理の重要性を力説したが、自由放任を主張したことはない。自由競争と自由放任を混同しないで欲しい」と異議申し立てをするにちがいない。自由競争と自由放任の違いを正しく認識することは、破綻した新自由主義のつぎの市場経済、さらに資本主義そのものをどう改革していくかを考える上できわめて重要である。(08年11月7日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 「スミスの国富論は、聖書とマルクスの資本論と並んで、いい加減な読者が読みもしないくせに引用することが許されると思ってい3冊の本のうちの一つである。スミスの場合、これは全く惜しいことである」
 以上は米国の経済学者、ジョン・K・ガルブレイス(故人)の著作『経済学の歴史』の一節である。スミスの真意が理解されないで、しばしば誤解されているという意味だろう。

▽誤解の中のアダム・スミス

 スミス(注)はどのように誤解されているのか。典型例は、スミスといえば自由放任、自由放任といえばスミスというイメージがかなり定着していることで、これは日本に限らない。例えばスミスの母国イギリスで編纂された『岩波・ケンブリッジ 世界人名辞典』(岩波書店、1997年)は、スミスについて「『国富論』の中で、分業、市場機能、自由放任主義経済の国際的な意味など、経済活動の自由を生み出すものを考察した」と書いている。
 自由放任主義という表現を使っていることからも分かるように、スミスすなわち自由放任という理解が世界に広がっているといっても過言ではない。しかしこれは大いなる誤解である。
 (注)アダム・スミス(Adam Smith 1723~90年)は「経済学の父」とうたわれたイギリス(スコットランド生まれ)の経済学者であり、同時に道徳哲学者であった。主著として『道徳感情論』(初版・1759年)と『国富論』(または『諸国民の富』初版・1776年)が著名。

 「自由放任は誤解」という意見を紹介しよう。
 イギリスの著名な経済学者、ジョン・M・ケインズ(1883~1946年、主著は『雇用、利子及び貨幣の一般理論』)は論文「自由放任の終焉」で「自由放任という言葉はスミスの著作の中には見当たらない」と述べている。
 日本におけるアダム・スミス研究家として知られる高島善哉一橋大学名誉教授(故人)も「スミスの書物のどこを探しても、自然的自由、自由競争という言葉はいたるところでお目にかかるが、自由放任という言葉はついに出てこない。スミスの社会哲学原理からいって当然のこと」(高島善哉著『アダム・スミス』、岩波新書)と指摘している。

▽「正義の法」の下での利己心と自由競争

 スミスは私的利益(=利己心)の追求と自由競争の必要性は繰り返し強調している。しかし「スミスすなわち自由放任」という捉え方が誤解だとすれば、なぜそういう誤解が生じたのか。自由競争と自由放任とはどう違うのか。ここが問題である。
 日本での誤解の一因になっていると思われる岩波文庫『諸国民の富』(大内兵衛・松川七郎訳、第一刷1965年)のつぎの一節(〈三〉502頁)を紹介したい。
 「あらゆる人は、正義の法を犯さぬかぎり、各人各様の方法で自分の利益を追求し、(中略)完全に自由に放任される」

『諸国民の富』の中で「完全に自由に放任される」つまり「自由放任」と受け取ることができる訳語はここ一カ所である。私的利益と自由競争を強調するスミスのイメージと重なって、スミスすなわち「laissez faire レッセ・フェール(自由放任)の主張者」というイメージが定着したのは、この日本語訳にも一因があるのではないか。

 参考までにこの一節の原文・英文を紹介すると、つぎのようである。
 Every man , as long as he does not violate the laws of justice , is left perfectly free to pursue his own interest his own way , ・・・・・

 旧訳から36年振りに新訳として出版された岩波文庫『国富論』(水田洋監訳 杉山忠平訳、第一刷2001年)によると、上記の部分はつぎの日本語訳(『国富論』3・339頁)となっている。
 「だれでも、正義の法を犯さないかぎり、自分自身のやり方で自分の利益を追求し、(中略)完全に自由にゆだねられる」
 旧訳の「完全に自由に放任される」から新訳では「完全に自由にゆだねられる」に修正されている。これなら「自由放任」という誤解は生じないのではないか。

これで「自由放任」に関する誤解は解消するが、もう一つ重要なことは、上記の同じ一節から分かるようにスミスは無制限なしかも勝手気ままな利己心=私的利益の追求のすすめを説いたわけではないという点である。「正義の法を犯さぬかぎり」という厳しい条件を付けている。これは単に法律を犯さなければよいという意味ではなく、倫理、道徳上の制約とも理解できる。いいかえれば利己心の発揮には「正義の法」の遵守が前提であり、不可欠であることを強調している。この一点を見逃してはならない。

▽スミスに還ることの今日的意義

 重要なことは、スミスは無制限の自由放任を説いたのではなく、「正義の法」の範囲内での自由競争を説いたという事実を適正に理解することである。これを今日、スミスに還って確認することはどういう意義を持つだろうか。 

 第一に米国発の世界金融危機をもたらしたのは、「市場は万能」という旗を掲げて、一切の規制も倫理もモラルも排除し、自由放任路線を暴走した新自由主義(=市場原理主義)であるが、スミスの経済・道徳思想はその新自由主義=自由放任主義とは縁もゆかりもないということである。スミスを新自由主義=自由放任主義の元祖だと考えるとしたら、それはとんでもない誤解である。いいかえれば今回の世界金融危機の責任は新自由主義者たちにあるのであり、スミスの経済・道徳思想にその責任はない。

 第二に、このことは新自由主義破綻後の市場経済のあり方に深くかかわってくる。ここで2つの路線選択が考えられる。一つは自由放任(レッセ・フェール)型市場経済の復活であり、もう一つは「正義の法」型市場経済の構築である。
 前者の性懲りもない復活の可能性が消えたわけではないが、もはやこれは望ましい選択ではない。望ましいのは後者の路線である。ご苦労だが、スミスに21世紀の世界に再登場してもらうべき時である。つまり21世紀にふさわしい「正義の法」型市場経済をどう構築していくか、それが今後最大の課題となるだろう。

▽21世紀版「正義の法」のイメージは?

仮にスミスが現代に生き返るとすれば、どういうイメージで市場経済のあるべき姿を構想するだろうか。18世紀のスミスではなく、21世紀のスミスとしてよみがえるのである。それは新しい21世紀版「正義の法」として説くのではないだろうか。それがスミスを21世紀に生かす道ともいえる。

 その第一の柱は同感(sympathy)である。
 これはスミスの『国富論』と並ぶもう一つの主著、『道徳感情論』に出てくるキーワードである。自分あるいは他人の行為の是非を判断するときの原理となるのが同感で、これは「中立的かつ公平無私な見物人あるいは観察者」の立場からなされる。
 例えば高い地位をめざす競争で、競争相手を追い抜くために力走していいが、もし競争相手を踏みつけたり、引き倒したりすれば、同感の原理に反し、フェア・プレーの侵犯として「公平無私の見物人」は許さない、とスミスは述べている。
 この同感は、野放図な新自由主義路線のために乱れきった企業モラルを是正する原理として、そのまま21世紀の今にこそふさわしい。

第二は地球環境の汚染・破壊を食い止めるための社会的規制など市場をコントロールするための新しい枠組みである。これは21世紀最大の課題である「持続可能な経済社会」づくりに不可欠である。新自由主義者たちには自己利益への関心は異常なほど強いが、地球環境への関心は皆無に等しい。その意味でも、新自由主義者はもはや21世紀の経済を担う資格はない。

最近の「ニューズウィーク」誌(英語版、08年11月3日号)は特集「A Green New Deal」を組んでいる。その趣旨は大恐慌発生後の1933年に就任したフランクリン・ルーズベルト米大統領が実施した「ニューディール」(大規模な公共投資など)に「グリーン」、すなわち地球環境保全策を組み入れた現代版が今の米国には不可欠というものである。
 具体的には「クリーンエネルギー経済」(投資額は10年間で1500億ドル=約15兆円)を発展させ、500万の新規雇用を創出し、同時に地球を汚染、破壊から救出する ― という構想である。これには次期米大統領のオバマ氏も参画している。

 第三は「脱・経済成長主義」をめざす「知足の精神」も必要なときではないか。資本主義的市場経済下での経済成長主義がもたらす資源・エネルギーの過剰浪費と過剰廃棄をどう抑制するかが大きな課題となってきた。経済成長すなわち生産・消費・廃棄の「量的拡大」ではなく、国民生活の「質的充実」をめざすときである。質的充実は知足の精神と両立しうる。

 第四は経済のグローバル化にともなう巨大な「負の影響」の是正策である。例えば証券・為替市場における投機化と暴力化すなわちカジノ資本主義化を封じ込めるための規制、さらに地球規模で広がる飢餓、失業、貧困、疾病、水不足などへの対策も不可欠である。これは地球規模での生存権をどう保障するかという課題である。

▽社会的規制と共存できる「自由競争」、「市場経済」を

以上の「21世紀版正義の法」のうち第二から第四まではスミスの視野にはない。それはスミスの時代が求めていなかったからである。スミスの責任ではない。だから今日、スミスに学び、生かすためにはスミスに還り、そしてスミスを超えなければならない。どう超えればよいのか。

 スミスが私的利益の追求と自由競争をすすめたのは、市場経済の「見えざる手」に導かれて「社会的利益=公共の利益」の実現に貢献できると考えたからである。しかし今日、経済の寡占化、多国籍企業型巨大企業による支配力の強化などのため、私的利益の追求が「見えざる手」の働きによって社会的利益につながるとは限らない。これが「市場の失敗」といわれるものである。その結果、生じたのがカジノ資本主義であり、地球環境の汚染・破壊であり、資源・エネルギーの浪費であり、飢餓、失業、貧困、格差、人間疎外などであり、資本主義体制そのものの限界も問われることになった。

 21世紀の社会的利益とは、いうまでもなくカジノ資本主義の是正であり、地球環境保全であり、資源・エネルギーの節約であり、さらに飢餓、失業、貧困、格差、人間疎外の解決 ― などである。これらの「社会的利益=公共の利益」を実現するためには「市場の失敗」を補正する必要がある。その有力な手だてとなるのが金融規制であり、さらに社会的規制(自然環境、土地、都市、医療・福祉、教育、労働などの分野での公的規制)である。
 金融規制や社会的規制を剥ぎ取って、貪欲な資本を暴走させる「自由放任経済」はもはや百害あって一利なし、である。新自由主義破綻後の「自由競争」、「市場経済」は以上のような金融規制、社会的規制と共存できるものでなければならない。


(付記:この記事は安原和雄の論文「アダム・スミスを今日に読み直す―経営倫理を求めて〈Ⅱ〉」駒澤大学仏教経済研究所編『仏教経済研究』第28号、1999年5月=が下敷きになっている)

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山岡鉄舟と新リーダーの質
<折々のつぶやき>42

安原和雄
 想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに〈折々のつぶやき〉として記していきます。今回の〈つぶやき〉は42回目。題して「山岡鉄舟と新リーダーの質」です。(08年11月3日掲載、公共空間「ちきゅう座」に転載)

 山岡鉄舟(1836~88年)没後120周年記念の特別展(遺墨や遺品60点を展示、拝観料500円)が臨済宗の禅寺、全生庵(ぜんしょうあん=平井正修住職、東京・台東区谷中5-4-7、TEL:03-3821-4715)で11月1日から10日まで開かれている。
 この全生庵は1883(明治16)年、鉄舟が、維新の動乱で亡くなった人々を弔うとともに、在家の人たちの座禅道場として私財を投じて建立した。
 鉄舟は、いうまでもなく幕末から明治初頭にかけて歴史に大きな足跡を遺した傑物である。剣・禅・書を極めた思想家でもあり、江戸幕府最後(15代)の将軍、徳川慶喜の命を受けて、東征軍(いわゆる官軍)総参謀西郷隆盛と駿府(静岡市)で会見し、江戸城無血開城への道をつけるのに大きな功績を果たしたことで知られる。明治維新後、初代の茨城県知事に就任、また晩年まで明治天皇の側近も勤めた。

▽剣・禅の達人、山岡鉄舟に学ぶこと ― 無刀流剣法秘伝

 私(安原)は早速、特別展を観に出掛けた。率直に言って、昨今の政治、経済など各界のリーダーの質、いいかえれば人間としての質が低下しているのではないかという思いがある。幕末から維新後にかけての傑物から今日何か学ぶものはないか、というのが私の関心事である。展示品の中から、なるほど、と私なりに感じとったことをいくつか紹介したい。

*鉄舟絶筆の歌 ― 題して「鐘」(かね)
 かねの音の 清きひびきを もろ人の 
 ききて迷いの 雲ぞはれける

〈コメント〉
歌にこめられている心は、各自それぞれの理解にまかせられるものであろう。私の無手勝流では、人間の心は本来清らかなものだ、と読むこともできるのではないか。

*鉄舟夫人 英子(ふさこ)筆
 みがきなば 玉ともなれる ものなるを 
 己れを石となすぞ くやしき

〈コメント〉
人の一生は自己研鑽なり、という思いの強い夫人だったようで、この夫人像を通して鉄舟の人柄をも想像できるような気がする。

*鉄舟筆 無刀流剣法秘伝
 剣術でありながら無刀というのは一見矛盾しているが、(鉄舟の開いた)一刀正伝無刀流は、刀を使う技を超えた世界を目指している。すなわち勝敗へのこだわりを戒め、技の優劣を競うのではなく、剣術の修行をとおして、無我の境地になることを目指している。

〈コメント〉
 短文だが、なかなか含蓄に富んでいるのではないか。
 まず「無刀流は、刀を使う技を超えた世界を目指している」に日本国憲法9条の理念(戦争放棄、非武装、交戦権の否認)の源流の一つを観る想いがする。今日の刀、すなわち軍事力を振り回して得意になっているようでは国のありようとしてお粗末すぎる。
もう一つ、「勝敗へのこだわりを戒め、無我の境地を目指す」は、昨今の弱肉強食の競争への戒めともいえる。鉄舟が今健在なら、「カネ、カネ」の現状をみて、「平成の日本人はかくも堕落したのか」と慨嘆するに違いない。

 そういえば、鉄舟について西郷隆盛が評したという名セリフが残っている。「命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ、何とも始末にこまる」と。
 この21世紀には「命もいらぬ」をそのまま是認することはできないが、その気概には感服する。要するに剣・禅の達人であり、名誉もカネも棄てて、私心なく、全生命をもって対処しようとする鉄舟の姿勢には大いに学ばなければならない。鉄舟が建立した禅寺、全生庵の「全生」とは、人間としての生命を全うする、という意である。

▽新リーダーの質 ― 「地球益」と「協力原理」重視を

 毎日新聞のコラム「発信箱」(08年11月2日付)に広岩近弘記者が書いた「新リーダーの質を問う」が載っている。その趣旨は以下のようである。

 いよいよ米国の新大統領が決まる。(中略)これまでの米国は戦争と国益を結びつけてきた。日本政府は国際貢献と国益をしきりと口にして、米国に追随してきた。軍事力を背にして、あるいはその傘に入って、国益を求める手法は、もはや通用しない、ピリオドを打つべきである。
 広島平和文化センターのスティーブン・リーバー理事長にインタビューした折、こう語った。
 「現在の世界のリーダーたちはアメリカを筆頭に戦争文化に浸っている人たちがほとんどです。それでも地球温暖化問題など、お互いの協力がないと解決できない人類の課題が迫ってきているので、リーダーの質が変わってくると信じています」
日米の新リーダーは、国益を包括した「地球益」を重視すべきで、そこに質が求められる。日米両国で平和運動に携わってきた米国籍のリーバーさんは「戦争文化から平和文化への構築」を説いた。「勝ち負けの競争原理ではなく、みんなが幸せになれるように協力原理を働かせることです」
 平和文化の第一歩は、やはり核軍縮でありたい。(中略)核軍縮の協力原理を働かせるのである。日本は、国連総会で毎年のように提出される「核兵器使用禁止決議」にいつまでも棄権してはなるまい。

〈コメント〉
 記事の趣旨には全く同感である。まず「地球益」こそ追求すべき目標である。軍事力を振りかざす国益なるものは、すでに時代錯誤というほかないだろう。権力者たちが唱える「国益」(国家の利益)なるものは、しばしば「地球益」だけではなく、「民益」(市民、民衆の利益)とも相反する。
 もう一つ、リーバーさんの説く「協力原理」は「地球益」と並んでまさに21世紀のキーワードであるに違いない。「勝ち負けの競争原理」を排するところなど、鉄舟の説く「勝敗へのこだわりを棄てよ」という無刀流極意、と見事に重なって見えるが、いかがだろうか。


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