「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
松川事件はまだ終わっていない
その真犯人は何者なのか?

 安原和雄
 「国民学校一年生の会」(世話人代表・井上ひさし、滝いく子、橋本左内の各氏)主催の「福島のつどい―いま、松川に学ぶ」が2006年5月28、29の両日、松川事件の現場を中心に開かれ、無罪を勝ち取った事件の元被告等と交流を深めた。事件の関係者が異口同音に唱えた合い言葉は「松川事件はまだ終わっていない」であり、その思いは「真犯人は一体何者なのか」という真相究明への今後の努力につながっていく。
 「国民学校一年生の会」は、太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年に国民学校一年生に入学し、すでに古稀を過ぎた人々が侵略戦争の反省に立って、「戦争と平和」を学ぶ集まりである。今回の福島のつどいに約60名が全国から馳せ参じ、私(安原)も会員の一人として参加した。以下は現地で観て、聴いて、感じた松川事件の近況報告である。(06年5月31日掲載、6月1日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽「松川の塔」に刻まれた広津和郎氏の碑文(全文)

 事件現場の近くに建立(被告たちの全員無罪が最終的に確定してから1年後の1964年9月)された「松川の塔」に、作家の広津和郎氏(注)が起草した碑文が刻まれている。この碑文の一部はあちこちに引用されているが、松川事件の概要とその本質を理解するためにも、この機会に全文(原文のまま)を以下に紹介したい。
(注)広津和郎氏(ひろつ・かずお、1891~1968年)は松川事件の裁判記録などを丹念に調べ、被告たちは無罪であることを実証的に追求した。雑誌『中央公論』などに発表されたその文章は膨大な量にのぼり、被告たちの救援運動に大きく貢献した。

松 川 の 塔

 1949年8月17日午前3時9分、この西方200米の地点で、突如、旅客列車が脱線顛覆し、乗務員3名が殉職した事件が起った。
 何者かが人為的にひき起した事故であることが明瞭であった。
 どうしてかかる事件が起ったか。
 朝鮮戦争がはじめられようとしていたとき、この国はアメリカの占領下にあって吉田内閣は、二次に亘って合計9万7千名という国鉄労働者の大量馘首を強行した。かかる大量馘首に対して、国鉄労組は反対闘争に立上がった。
 その機先を制するように、何者の陰謀か、下山事件、三鷹事件及びこの松川列車顛覆事件が相次いで起り、それらが皆労働組合の犯行であるかのように巧みに新聞、ラジオで宣伝されたため、労働者は出ばなを挫かれ、労働組合は終に遺憾ながら十分なる反対闘争を展開することが出来なかった。
 この列車顛覆の真犯人を、官憲は捜査しないのみか、国労福島支部の労組員10名、当時同じく馘首反対闘争中であった東芝松川工場の労働者10名、合わせて20名の労働者を逮捕し、裁判にかけ、彼等を犯人にしたて、死刑無期を含む重刑を宣告した。この官憲の理不尽な暴圧に対して、俄然人民は怒りを勃発し、階層を超え、思想を超え、真実と正義のために結束し、全国津々浦々に至るまで、松川被告を救えという救援運動に立上がったのである。この人民結束の規模の大きさは、日本ばかりでなく、世界の歴史に未曾有のことであった。救援は海外からも寄せられた。
 かくして14年の闘争と5回の裁判とを経て、終に1963年9月12日全員無罪の完全勝利をかちとったのである。
 人民が力を結集すると如何に強力になるかということの、これは人民勝利の記念塔である。

  以上の碑文(全文)から分かるように「松川の塔」は「人民勝利の記念塔」でもある。最近、地元の小学校で子どもたちに「松川で将来に残したいもの」について希望を聞いたところ、多くの子どもたちがこの「松川の塔」をあげた。真実に生きようと努力を重ねた大人たちの行為の結晶がこの「松川の塔」であろう。そのことを子ども心に誇りに感じているのではないか。そこに郷土愛、隣人愛も自然に育っていく。
 政府・自民党与党は教育基本法を改悪し、「愛国心教育」なるものを上から強制しようと目論んでいるが、見当違いの愚策というべきである。

 なお碑文に出てくる「下山事件、三鷹事件」について以下に補足しておく。
 松川事件発生の前月(1949年7月)の5日に下山事件が発生した。これは下山定則国鉄総裁が行方不明になった後、常磐線で轢断死体となって発見された事件で、10万人近い国鉄大量首切りの第1次通告の翌日のことである。このため首切り反対闘争が腰砕けとなった。他殺か、自殺かをめぐって話題となったが、自殺として処理された。
 三鷹事件は7月15日、中央線三鷹駅で無人電車が暴走、乗降客・市民ら6人が死亡した事件で、ここでも国鉄大量首切りの第2次通告の翌日、事件発生となった。逮捕された労働組合員10人のうち1人だけが単独犯行として死刑(後に病気で獄死)、残りの9人は証拠不十分で無罪の判決となった。やはり首切り反対闘争は挫折し、10万人近い国鉄首切りが7月中にほぼ完遂される結果となった。

▽被告団長だった鈴木氏が心境を俳句に託して

 事件の首謀者とみなされ、被告団長でもあった鈴木信氏から、死刑囚として独房に閉じこめられた体験を含め、生々しい証言を聞いた。事件当時29歳の若さであった同氏もいまでは86歳で、間もなく米寿を迎える高齢に達している。しかし老いを感じさせない。真実に生きてきた楽観主義によるものだろうか。
 2004年暮れから親しむようになった俳句に託して逮捕から無罪に至るまでの体験を語るという趣向であった。そのいくつかを紹介したい。

*すぐ帰る 夏シャツ一枚 家あとに
 1949年9月22日未明、自宅で寝ているところを8人ほどの警察官に急襲され、事件容疑者として逮捕された。身に覚えがないため、夏シャツ一枚という気楽な格好で警察官に連行された。

*知らぬ間に 犯人の名で 電波上
 警察に着いても閉じこめられたまま、取り調べもない。何が何だかわからない。しかし自分が首謀者として新聞、ラジオは一斉に報じていたことを後で知る。

*特高に 陽のあたる時 きたと薄笑い
 特高(特別高等警察の略で思想・社会運動を取り締まった警察。1945年の敗戦によって廃止)出身の警視が取り調べた。「労働運動から手を引け。そうすれば新しいポストを用意する」と転向を促すだけで、事件のことは何も聞こうとしない。おまけに「特高が廃止になってひどい目にあった。これからはそうはいかない」などとうそぶく態度だった。
 鈴木氏は事件当時、国鉄労組福島支部福島分会委員長であった。

*判決文 読む声ふるえ またどちり
 1950年12月の第一審死刑判決文を読むときの裁判長のぶざまな姿勢をうたった句で、裁判長本人が自分で書いた判決文ではない、とピンと来たという。

*殉職の 遺族もともに 真実の輪に
 この句に込められた心情を理解するには背景説明が必要である。「松川の塔」の碑文にあるように機関士ら乗務員3人が犠牲になった。その1人は松川の住人で近隣の人が現場にかけつけたときは虫の息とはいえ、まだ生存しており、わが幼子の名を呼びながら息絶えたという。
 同じ松川から犠牲者と被告が出る結果となり、それが住民同士の亀裂と反目を深めた。警察が松川の全世帯を調べ、捜査報告書をつくるという異例の捜査ぶりもこれに拍車をかけ、お互いに疑心暗鬼となり、自由にしゃべる雰囲気はなくなった。
 被告も犠牲者も「同じ被害者だ」という認識を共有できるようになったのは最近のことで、松川事件の真相を知るための本格的な報告会が2005年7月に開かれ、収容人員150人の会場が約300人の人波であふれた。句に詠まれている「遺族もともに真実の輪に」は実感がこもっている。

*隊列に 無罪つたわり どよめきの帯
*広瀬川 よろこび溢れ 青葉ゆれ
 2つの句はともに1961(昭和36)年8月の仙台高裁差戻し審判決で全被告に無罪が言い渡されたときの喜びをうたっている。

▽元被告らが「国家権力犯罪」として国を告発

 仙台高裁の差戻し審判決で被告全員に無罪を言い渡した門田実裁判長は無罪の理由として次のように述べた。「当裁判所は、あらゆる審理をつくし、真実の探求・発見に全力を傾倒した結果、(中略)珠玉の真実を発見することができた」と。
 この後、検察側の上告、最高裁の「上告を棄却」(1963年9月)を経て全員無罪が確定した。ここで注意を要するのは、被告らは「証拠不十分で無罪」となったのではなく、「事件とは無関係、つまり正真正銘の無実」という結論が出たという点である。いいかえれば、被告たちは官憲当局の事実無根のでっち上げ、つまり国家権力犯罪による被害者と認定されたも同然であった。

 元被告やその家族がこの権力犯罪を告発し、国家賠償を請求する「松川事件国家賠償裁判」に移る。東京地裁は「原告は無実、捜査・起訴・裁判継続は違法」という判断(1969年4月)を下した。国側が控訴し、東京高裁は「起訴は過失による違法性がある」(1970年8月)として、国に損害賠償を命令した。これに対し国側は上告をせず、国側の違法性と国家賠償が確定した。これは国家権力犯罪が司法の場で公的に認定されたことを意味する。

 松川事件にみる国家権力犯罪はどのようにして仕組まれたのか。地元で事件に取り組んできた大学一(はじめ)・弁護士や伊部正之・福島大学経済経営学類教授(松川資料室担当)らは次の諸点を指摘している。
①犯行を仕立てるための自白の強要(被告8人が自白)、ニセ証人(偽証)の動員、ニセ調書の作成
②ニセの犯行用道具(列車を脱線転覆させるためにレールを外すのに使うバール、自在スパナなど)、被告らの無実を証明できる証拠の破壊と隠匿
③アリバイ証拠の隠匿(共同謀議、実行行為をでっち上げるために)
 以上のやり口は元被告団長だった鈴木信氏の証言にもあるように戦争中の特高の出身者までを動員した意図的なでっち上げであった。  

▽真犯人は何者なのか―その追及のゆくへは?

 松川事件の被告たちが無実である以上、真犯人は一体何者なのか、が焦点として浮かび上がってくる。これは当然の成り行きであろう。どこかの闇に潜んで深く反省しているのか、それとも逃げおおせて薄ら笑いを浮かべているのか、そこは不明だが、事件の時効は発生から15年後の1964年8月17日午前零時にすでに成立している。

 21世紀の今の時点ではもはや法律上、真犯人を追及し、裁くことはむずかしいが、それでも真犯人が特定できれば、国家権力犯罪の全貌を知る上で計り知れない価値がある。松川事件の捜査・起訴・裁判継続が官憲のでっち上げという国家権力犯罪であることがはっきりしている以上、その陰で操り、真の実行犯をそそのかした巨悪が存在していたであろうことは、十分推理できる。
 「事件発生によって誰が一番大きな利益を受けるか」―これを追及するのが捜査の常道とされているが、捜査当局は真犯人を突き止めようとした形跡は全然ない。一体誰が松川事件によって利益を受けたのか。

 「松川の塔」の碑文からも大体のことは推察できるが、推理を働かせるために改めて歴史年表を繰ってみよう。松川事件発生(1949年8月)当時は、平和憲法の施行(1947年5月3日)後に動き出した非武装(戦力不保持)、人権尊重、民主化の理念が早くも崩れはじめ、日本の政治、経済、社会が右旋回していく時期と一致している。

 国鉄、東芝の大量首切り旋風(1949年7月)、トルーマン米大統領がソ連の原爆所有を発表(同年9月)、中華人民共和国成立(同年10月)、朝鮮戦争勃発(1950年6月)、職場などから左翼を追放するレッドパージ開始(同年7月)、占領軍総司令官のマッカーサー元帥が年頭声明で日本再武装の必要を説く(1951年1月)、講和条約・日米安保条約調印(同年9月)、陸・海・空の自衛隊発足(1954年7月)―などがその具体例である。
 米ソ間の冷戦開始とともに米国の対日占領政策が180度転換し、日本列島がアメリカの反共的世界戦略の最前線基地として位置づけられた。

▽右旋回を推進する勢力が意図するもの

 当時、右旋回を推進する勢力にとって強力な労働運動が大きな阻害要因と映ったことは想像できる。労働運動の拠点となっていた国鉄労祖福島支部、東芝松川工場労組から各10名ずつの逮捕者が出ているところから、事件を仕組んだ狙いがこの両拠点つぶしにあったことは明らかであろう。事実、大量首切りは難なく実行されるなど労働組合の抵抗力は大きくそがれた。

 松川事件発生の翌日、政府は増田甲子七官房長官の次のような趣旨の談話を発表したのも推理力、想像力をかき立てさせるものがある。
 「今回の事件は、いままでにない凶悪犯罪である。三鷹事件をはじめ、その他の各種事件と思想的底流においては同じものである」と。
 この談話を当時の新聞は大きく報道した。犯人が逮捕されていない時点で政府がこういう予断に立った談話をいち早く発表するのは、「左翼勢力の犯罪」を世間に印象づけようとする明確な意図があるわけで、奇怪というほかない。

 真犯人をめぐる推理はさまざまだが、ここではその一つを紹介したい。福島大学松川資料室の伊部正之教授は次のような説を唱えている。
 「資料を調べるほどに事件は連合軍総司令部(GHQ)と戦前戦中、中国で暗躍していた日本の特務機関関係者の仕業、と考えるのが自然ではないかと思えてくる」と。(地方紙『福島民友』2006年1月9日付「特集・松川事件 1949年」から)

▽「松川事件は再び起こり得る」という想像力を

 たしかに松川事件はまだ終わっていない。その通りだが、私はあえて言いたい。「国家権力犯罪としての松川事件は再び起こり得る」という想像力が必要なときである、と。これこそが松川事件はまだ終わっていないことのもう一つの含意であり、「いま、松川に学ぶ」べきことの核心ではないかと考える。
 いまも地元で松川事件に深くかかわっている大学一・弁護士は次のように語った。「私はいま松川事件と共謀罪というテーマに関心がある。共謀罪法案がもし成立すれば、松川事件のようなでっち上げは簡単にできるようになるのではないか」と。

 今国会で審議中の共謀罪新設法案は、犯罪行為がなくとも相談しただけで罪になり、戦前の治安維持法(注)の再現にもなりかねない悪法である。
(注)治安維持法は1925(大正14)年、天皇を中心とする国体の変革や私有財産制度の否認を目的とする組織や運動を禁止した治安立法。後に刑罰に死刑を加え、さらに太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年には予防拘禁制を採用するなど侵略戦争遂行のための法的手段として悪用された。敗戦の1945(昭和20)年の10月廃止された。

 政治、経済、社会状況が右旋回していく中で松川事件という国家権力犯罪は引き起こされた。それから半世紀以上も経たいま、右旋回への動きが加速しつつあり、その仕上げの局面を迎えているのではないかと危惧する。
 市場原理主義による競争激化と弱者・格差の拡大、それに伴う民意の分断、教育現場での国旗・国歌の強制、教育基本法の改悪、在日米軍の再編による日米軍事力の一体化と実戦能力の向上(米軍再編は実戦訓練のさらなる強化によって実戦能力を高めることをめざしている点を軽視してはならない)、さらに平和憲法9条(戦力不保持)の改悪と「世界の中の安保」への改悪―などの動きがその具体例である。

 歴史の大道に反する右旋回の動きに立ちはだかる勢力としては、いまでは労働組合よりも多様な民衆・市民運動であろう。
 松川事件のときには「松川を守る会」が全国に1300つくられ、無罪を導き出す原動力にもなった。そしていま「憲法9条を守る会」は全国規模で4700を超えている。「9条を守る会」はもう一つのスローガンとして「松川事件を繰り返すな!」を掲げるときとはいえないか。そういう理念と想像力を共有し、新たな国家権力犯罪を拒否する視点に立つこと―、それが自由、民主主義、人権さらに憲法9条を守り、生かして、戦争への道を阻止するためにも求められている。


参考資料:「松川裁判と広津和郎―生涯をつらぬく文学的戦い」(1999年12月刊『大正文学5』所収)、『松川事件―しくまれた事件、その裁判と運動』(松川運動記念会・福島県松川運動記念会編、1999年4月刊)、福島県の地方紙『福島民友』2006年1月9日付「特集・松川事件―1949年」など

(感想、提案を歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
スポンサーサイト
仏教経済学ってなに?
 〈折々のつぶやき〉16

 安原和雄
 このブログ名は「仏教経済塾」となっているので、やはり仏教経済学のことも書く必要がある。さまざまな人に仏教経済学の話をすると、必ずといっていいほど首を傾げながら「仏教経済学ってなに?」と聞かれる。当然でもある。まだ広く市民権を得ている経済思想ではないから。だからこそ育て甲斐がある。今回の〈折々のつぶやき〉は16回目。(06年5月26日掲載)

 私は仏教経済学のキーワードを一つだけあげれば、それは「いのちの尊重」だと答えることにしている。そして大学経済学部で教えられている主流派経済学である現代経済学には、この「いのちの尊重」という概念、思想はない、とつけ加える。
 いいかえれば、現代経済学は戦争(=暴力)を好む―「好む」という表現が気に入らない人には、戦争に「反対しない」と言い直しておきたい―ところに特色がある。大学の経済学者で例えばアメリカの不当なイラク攻撃に「反対」を叫んでいる人は、実はほんの少数なのである。

 こういう説明に「なるほど」とうなずく人もいるが、なかには依然、「なぜわざわざ仏教を持ち出さなければならないのか」という疑問が消えないらしい。「お寺のための経済学なのか」と聞き直す人もいる。

 こういう疑問に対し私は仏教経済学の特質を次のように説明している。
1)仏教経済学は次の7つのキーワードからなっていること
 いのち・平和(=非暴力)・簡素・知足(=足るを知る)・共生・利他・持続性―の7つである。この7つの理念、実践目標は仏教の根幹をなしているからである。
2)仏教経済学は新しい時代を切りひらく世直しのための経済思想であること
 仏教の開祖・釈尊の教えを土台にすえて、21世紀という時代が求める多様な課題―地球環境問題から平和、経済社会のあり方、さらに一人ひとりの生き方まで―に応えることをめざしている。その切り口が上記1)のいのち・簡素・知足など7つのキーワードで、これらの視点は主流派の現代経済学には欠落している。だから仏教経済学は現代経済学の批判から出発しており、その現代経済学に取って代わる新しい経済思想である。

 もう一つの課題は、名称である。仏教経済学という名称は適切なのか? という疑問はいろんな人からいただいている。
私は仏教経済学を「知足の経済学」とも呼んでいる。なぜなら仏教は知足(=足るを知ること)を重要な理念としているから。一方の現代経済学は「貪欲の経済学」と名づけることもできる。「もっともっと欲しい」という貪欲を前提にした経済思想だからである。
 「名は体を表す」というから呼称は重要であるが、やがて納まり、定まっていくのではないかと心得ている。

〈参考記事〉
 ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に掲載されている記事のうち仏教経済学について、または仏教経済学的視点から書かれている主な記事は以下の通り。(かっこ内は掲載年月日)
*『国家の品格』を批評する―失った品格を再生できるか (2006年5月13日)
*足利知足塾の近況報告―いのち交流の輪と和 (同年4月13日)
*仏教は世界平和にどう貢献するか (同年3月6日)
*いのちの尊重と仏教経済学 (2005年12月22日)
*平和をつくる4つの構造変革 (同年11月28日)
*古稀を境に過激に生きる (同年11月21日)
*説法・日本変革への道 (同年10月28日)
*企業人はカネの奴隷か (同年10月15日)
*平和(=非暴力、簡素)はつくるもの (同年10月5日)
*仏教経済学入門―学問のススメ・仏教経済学 (同年10月1日)
*足利知足塾が発足―21世紀は知足の時代 (同年8月15日)

(寸評、提案を歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です)
財界総本山でコスタリカが話題に
 長期的視野で発展するモデル国

 安原和雄
 (財)経済広報センター(経団連による設立)主催の企業倫理シンポジウムが2006年5月15日、財界総本山・日本経団連(会長・奥田碩トヨタ自動車会長)の経団連会館(東京・千代田区大手町)で200人を超える経済人を集めて開かれた。
 日本経営倫理学会会員でもある私(安原)も参加したが、席上、中米の小国コスタリカが一つの模範的な国として話題になった。私は「軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和をつくる会」世話人の一人として、多数の経済人が集まる場でコスタリカが話題になり、しかも高い評価を得るのは珍しいと思うので、その内容を紹介したい。(06年5月18日掲載、インターネット新聞「日刊ベリタ」に同月20日転載)

 企業倫理シンポジウムにスピーカーとして出席したのは、企業倫理の分野では米国でも定評のあるブリガム・ヤング大学マリオット・スクール・オブ・マネジメント学部長、ネッド・C・ヒル博士(テーマは「何故、高い企業倫理が必要なのか」)と副学部長、W・スティーブ・アルブレヒト博士(テーマは「株主、企業価値の毀損をいかにして防ぐか」)である。

 このシンポジウムでは企業倫理上、企業経営の短期的視点と長期的視点のどちらが望ましいかが中心テーマでもあった。その内容は次のようである。
*目先の利益や株価を重視する短期的視点に立つ企業経営は、業績や利益しか視野におかないため、労働者を人間として考えず、簡単に解雇するなど、搾取の対象とする。従って「企業市民」としての社会的責任を軽視し、地域住民や市当局からも相手にされなくなる。利益も株価も低下していき、やがて企業そのものが破綻に追い込まれる。
*一方、目先の利益や株価よりも雇用重視、地域・環境貢献など長期的視点から社会的責任を積極的に果たしていく企業は「企業市民」として評価される。結局、利益、株価も上がり、長期的には発展する。

 2人のスピーカーはともども以上のように発言したが、その文脈の中で学部長のヒル博士は「長期的視点に立つ国」としてコスタリカを挙げ、次のような趣旨を指摘した。
 「コスタリカは美しい国である。なぜか。国土の多くを国立公園など(注1)にして、自然環境保護に取り組んでいるからである。いまではエコツーリズム(注2)の国としても有名で、世界から多数の人々が集まってくる。そのお陰で経済がしっかりしてきている。周辺の他の国と比べれば、その良さがよく分かる。目先の利害にとらわれないで、環境保護などの長期的視点に立つ経済の運営がいかに大事であるかをこの国は示している」と。

(注1・安原)コスタリカは、国土面積全体の約25%の地域を国立公園、生物保護区、森林保護区などに指定し、そこには原生生態系の95%が含まれており、自然環境保全の先進国としての地位を確立している。もともと自然が美しく、国土は日本の約7分の1という小国であるにもかかわらず、日本に比べ生物種の豊かさを誇っている。例えば哺(ほ)乳類は266種(日本は136種)、鳥類は約850種(日本は約500種)など。
(注2・同)豊かな自然の保全を背景にコスタリカはエコツーリズム(生物多様性を資源として活用する新しい観光)の発祥の地であり、その先進国としても世界的に注目されている。エコツーリズムによる外貨獲得高は、1993年にそれまでトップだったバナナ輸出を上回り、最大となっている。

 コスタリカは小国ながら、次の3本柱の国是を持っており、独自の路線を堅持している。
①軍隊廃止と非武装中立
②平和・人権教育
③自然環境保全
(安原和雄「軍隊を捨てた小国の智慧―コスタリカ・モデルを訪ねて」駒澤大学仏教経済研究所編『仏教経済研究』第33号所収、2004年5月刊・参照)

 企業倫理シンポジウムの席上では、コスタリカの3本柱のうち、自然環境保全の柱が「国の倫理」の望ましいあり方として評価の対象となったわけで、これは「国の品格」としても高い採点が与えられることを意味している。


(寸評歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
『国家の品格』を批評する 
 失った品格を再生できるか

 安原和雄
 ベストセラーとして話題を呼んでいる藤原正彦著『国家の品格』を批評する―と題して私(安原)は、「仏教経済フォーラム」(寺下英明会長、安原和雄副会長)月例会(2006年5月10日、日本記者クラブ内で開催)で報告した。
 「品格はきわめて重要であるが、日本はいったん失った品格を果たして再生できるか」が中心テーマである。以下に報告の趣旨と私なりの疑問、主張などを紹介したい。一語でいえば、良書である。しかし悪書でもある。同書を読み解いた上で私なりの「21世紀版品格再生の4つの条件」を提案したい。(2006年5月13日掲載、同日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

▽「品格ある国家」とは―その4つの指標

 品格とはなにを指しているのか。『国家の品格』は次の4つを挙げている。
①独立不羈(どくりつふき)
 自らの意志に従って行動のできる独立国であること。アメリカの植民地状態から脱出すること。日本の40%という極端に低い食糧自給率(注)を高めること。誇りと自信を取り戻すこと
(注)参考までにいえば、先進国の食糧自給率(カロリーベース)は英約70%、独約90%、一方、米、仏は100%を超えており、食糧輸出国である。

②高い道徳
 日本人は昭和の初め頃まで高い道徳心を持っていたが、戦後痛めつけられ、最近では市場経済によりはびこった金銭至上主義に徹底的に痛めつけられた。「高い道徳という国柄を保つこと」、そのためには日本固有の<情緒と形>を取り戻すこと

③美しい田園
 美しい田園が保たれていることは、金銭至上主義に冒されていない、「美しい情緒」がその国に存在する証拠。さらに農民が泣いていない、農民が安心して働いている証拠である。経済原理だけでなく、<祖国愛>や<惻隠(そくいん)の情(弱者、敗者、虐げられた者への思いやり、そして共感と涙)>が生きていること。田園が荒れれば、日本の至宝ともいえる<もののあわれ>や美的感受性などの情緒も危殆(きたい)に瀕する。

④天才の輩出 
 学問、文化、芸術などで天才が輩出していること。そのためには役に立たないもの(文学、哲学、数学など)や精神性を尊ぶ土壌、美の存在、さらに神・仏あるいは偉大な自然に跪(ひざまず)く心が必要である。市場原理主義はこれらすべてをずたずたにする。

▽武士道精神を取り戻そう!と呼びかける

 『国家の品格』のキーワードのひとつが、以下のような日本固有の<情緒と形>である。
*情緒=「もののあわれ」(=人間の儚さ、悠久の自然の中で移ろいゆくものに美を発見してしまう独特な感性)、さらに自然への畏怖心、跪く心、つまり「自然との調和」観―など日本人が古来から持つ美しい情緒である。
*形=武士道精神。武士道は鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準、道徳基準として機能してきた。この武士道は<日本人の形>となっており、慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠の情、名誉、恥さらに「金銭よりも道徳を上にみる」、「卑怯なことはいけない」、「大きな者は小さな者をやっつけてはいけない」という精神、生き方を指している。

 ところが、武士道精神はすでに昭和の初期頃から失われつつあった。戦後は武士道精神はなくなったが、多少は息づいており、いまのうち日本人の形として取り戻さねばならない、と訴えている。いいかえれば日本は昭和の初め頃から品格を失いはじめ、戦後はそれがほぼ決定的になった。「経済成長による繁栄の代償」として品格を失った。だから品格の再生を図るのが急務だ、と言いたいのである。
 次のようにも述べている。「日本は金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要がある。国家の品格をひたすら守ること。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきだ。たかが経済なのである」と。

 以上のような品格の重要性、その品格の再生を図ろうという呼びかけには原則的に同意できる。

▽「自然との調和」観、人間中心主義の抑制、グローバリズムへの批判

 『国家の品格』の中で大筋で同意できる認識、主張のいくつかを以下に列挙する。これが私が「良書」と考える理由である。

*欧米人と日本人の自然観の違い
 欧米人にとって自然は、人類の幸福のために征服すべき対象だ。しかし太古の昔から日本人で、「自然を征服すべき」などと思った輩は一人もいない。自然に聖なるものを感じ、自然と調和し、自然とともに生きようとした。そういう非常に素晴らしい自然観があった。「人類の幸福のために自然を征服する」などというのは、人間の傲慢だ。それでは地球環境は破滅に向かってまっしぐらとなる。

*人間中心主義と人間の傲慢
 「人間の命は地球より重い」というのは人間中心主義から生まれた偽善のレトリックだ。人間中心主義は欧米の思想だ。その裏側には「人間の傲慢」が張り付いている。日本の美しい情緒は人間の傲慢を抑制し、謙虚さを教えてくれる。環境問題などを考えると、この謙虚さはこれからどんどん重要になっていく。

*小学校での英語必須科目化は日本を滅ぼす
 小学校から英語を教えることは、日本を滅ぼす最も確実な方法だ。日本から国際人がいなくなる。英語は話すための手段にすぎない。国際的に通用する人間になるには、表現する手段よりも内容を整える方がずっと重要である。英語はたどたどしくてもよい。内容を豊富にするにはきちんと国語を勉強すること、とりわけ本を読むことが不可欠である。

*21世紀はローカリズムの時代
 アメリカ主導のグローバリズムは冷戦後の世界制覇を狙うアメリカの戦略にすぎない。最大の問題は、グローバリズムが世界をアメリカ化、画一化してしまうこと。文化や社会をも画一化してしまう。
 世界の各民族、各地方、各国家に生まれた伝統、文化、文学、情緒、形などを世界中の人々がお互いに尊重しあい、それを育てていくこと。21世紀はそういうローカリズムの時代である。

*資本主義の勝利は幻想
 弱肉強食に徹すれば、組織は強くなる。しかし社会は安定性を失う。資本主義的個人は、それぞれが私利私欲に従い、利潤を最大化するように努める。それが「神の見えざる手」に導かれて、全体の調和がとれ、社会全体が豊かになる。最近では一歩進んで「市場原理主義」になった。市場原理主義の前提は「まず公平に戦おう」。公平に戦って、勝った者が全部とる。
 しかしこの論理は、「武士道精神」によれば、「卑怯」である。強い者が弱い者をやっつけることは卑怯である。市場原理主義はそんなことに頓着しない。

*徹底した実力主義は間違い
 「実力主義を導入すべきだ」と言ったら、カッコ良い。しかしこれを徹底したらどうなるか。例えば同僚は全員がライバルになる。いつも敵に囲まれているという非常に不安定な、穏やかな心では生きていけない社会になってしまう。
 徹底した実力主義には反対である。終身雇用や年功序列を基本とした社会システムを支持する。

▽「人を殺してはいけない」は論理では説明できないか?

 第二章(「論理」だけでは世界が破綻する)は、論理・合理一辺倒の欠陥を衝(つ)いている。数学者らしい著者のユニークな視点であろう。その一つとして「最も重要なことは論理では説明できない」、すなわち「<人を殺してはいけない>は論理では説明できない。駄目だから駄目なのだ」と指摘している。
 数年前に生徒から「なぜ人を殺してはいけないのか」と聞かれて、教師が答えられなかった、という教育の現場で実際に生じた問題である。生徒の疑問にどう答えるか。

 参考までに仏教の開祖、お釈迦様の説くところを紹介したい。
*B・R・アンベードカル著/山際素男訳『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)から。ダンマとは法、真理、本質、道徳性を意味する。
・「正しい行為の規範を教えよう。殺すなかれ、殺させるなかれ、殺すことを認めるなかれ、強きも弱きも生きとし生けるいかなるものにも暴力を振るうなかれ」
・「他人は殺しても、自分は決して殺すまい」

*中村 元訳『ブッダの真理のことば』(ダンマパダ・岩波文庫)から。『法句経』の名で知られる。
・「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛(いと)しい。己(おの)が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(第10章 暴力・参照)

釈尊が説くように、「すべての(生きもの)にとって生命は愛しい」のだから、「他人のいのちを奪おうとする者は、まず自らのいのちを絶ってからにするがよい」と私(安原)なら主張したい。「まず自分の愛しいいのちを奪ってから、その後他人のいのちを奪えるのであれば、奪ってみよ」と。これは教え=道徳であり、同時に論理でもあるのではないか。

▽疑問点(その1)―「自由、平等より、日本人固有の<情緒や形>が上位にある」か?

『国家の品格』には大いなる疑問点も少なくない。これが「悪書」と考える理由である。以下、それを概観したい。

 まず著者は「自由は不要」であり、「平等もフィクション」だと断ずる。例えば次のようである。
・自由の強調は「身勝手の助長」を意味し、必要な自由は「権力を批判する自由だけだ」
・嫌な奴をぶん殴る自由も、立ち小便する自由も、私には愛人と夢のような暮らしをする自由すらない。
・「人間はすべて平等」などといっても、子どもでも「ウソ」と分かっている。
・私は小学校の時から勉強はめざましくできたが、女性には一向にもてなかった。
・夫婦喧嘩では女房にすらかなわない。
・人の能力はなにひとつ平等ではない。
・平等というのは欧米のひねり出した耳当たりの良い美辞にすぎない。

 著者が自由、平等をこういう次元で本気でとらえているとすれば、著者の説く「日本固有の美しい情緒」とは、自身が無縁とはいえないか。これでは「甘ったれ」という印象さえ受ける。参考までに日本国憲法に定める自由と平等を紹介したい。

*自由について
 奴隷的拘束及び苦役からの自由(第一八条、)、思想及び良心の自由(第一九条)、信教の自由、国の宗教活動の禁止(第二〇条)、集会・結社・表現(言論、出版その他一切の表現)の自由(第二一条)、居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由(第二二条)、学問の自由(第二三条)―を挙げている。
 自由は歴史的に血と汗を流して獲得した所産であり、著者の説く「自由=身勝手」とは異質のものである。

*平等について
 法の下の平等=人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されない。貴族の制度は認めない。勲章など栄典の授与は、いかなる特権も伴わない(第一四条)。家庭生活における両性の平等(第二四条)―の2つである。
 平等とは「法の下の平等」であり、男女(男はいくら頑張っても子どもは産めない。そのことを女性は誇りに思って欲しい)、個性、能力、経験などが同じだという意味ではない。差異があるのは、むしろ望ましく、そこに多様性が生まれる。

 ここでのなによりの疑問点は「自由、平等より、日本的な<情緒や形>が上位にある」とみていることである。この発想は日本が欧米よりすぐれていると言いたいのであろう。しかし上下、優劣でみる問題ではない。そういう見方は危険である。<情緒や形>をこれまで軽視してきたことを見直さなければならないが、だからといって歴史的な概念、思想である自由、平等をないがしろにするわけにはいかない。両者を並存あるいは融合関係でとらえることが必要ではないか。

▽疑問点(その2)―「武士道の精神は戦争廃絶を可能にする」か?

 著者は戦争阻止あるいは戦争廃絶の可能性について次のように指摘している。
・人類の当面の目標は2度と大戦争を起こさないこと。大戦争に巻き込まれないこと。論理や合理だけでは戦争は防げない(論理とは「自己正当化のための便利な道具」でしかないから)。日本人の持っている美しい情緒や形が戦争を阻止する有力な手だてとなる。
・武士道の卑怯を憎む心があれば、弱小国に侵攻することをためらう。惻隠の情があれば、女、子ども、老人しかいない街に大空襲を加えたり、原爆を落としたりするのをためらう。
・美的感受性があれば、戦争がすべてを醜悪にしてしまうことを知っているから、戦争をためらう。
・日本人の美しい情緒の源にある<自然との調和>も、戦争廃絶という人類の悲願への鍵となる。

 つまり著者は日本特有の「武士道の精神」「もののあわれ」、さらに「自然との調和」観が戦争阻止あるいは廃絶を可能にするという認識に立っている。そう期待したいところだが、現実には残念ながら「無い物ねだり」とはいえないか。
 著者も指摘するように武士道精神は「すでに昭和の初期頃から失われつつあった」のであり、戦後はそれこそ経済成長至上主義と最近の市場経済原理主義、拝金主義の横行とともに事実上消滅に近い状態となっている。

 実は新渡戸稲造著『武士道』(英文の初版は1899年=明治32年発行)が、次のようにすでに明治末期に武士道死滅への懸念を隠していなかったことを承知しておく必要がある。
 「めざましいデモクラシーの滔々たる流れは、それだけで武士道の残滓(ざんし)を飲み込んでしまうに十分な勢いをもっている。西欧文明はわが国古来の訓育の痕跡を消し去ってしまったのだろうか。一国民の魂がそれほど早く死滅してしまうものとすれば、まことに悲しむべきことである」と。

 一方、「自然との調和」観も、経済成長に伴う開発という名の自然破壊によって相当歪められたものに変質している。

 著者の戦争観にも疑問がある。満州事変(1931年)以降の日中戦争に関する「中国侵略は無意味な<弱い者いじめ>だった。武士道精神からいえば、もっとも恥ずかしい、卑怯なこと。日本歴史の汚点だ」という著者の認識はその通りである。しかし日米戦争については「独立と生存のため致し方なかった」と述べている。
 満州事変に始まり、敗戦で終わるいわゆる15年戦争は全体として計り知れない過ちの連続ととらえるべきであり、前半は「汚点」であり、後半は「やむを得なかった」という性質のものではない。
 しかも「ヒットラーと同盟を結ぶという愚行を犯した」とも述べている。「ヒットラーと同盟」は日独防共協定調印(1936年)、日独伊3国同盟調印(1940年)などの軍事同盟を指しており、これを踏み台にして太平洋戦争(1941~45年)へ突入していった。同盟が愚行であるなら、太平洋戦争も同じく愚行ではないのか。

▽疑問点(その3)―気にかかる「日本の神聖なる使命」感?

 「日本の神聖なる使命」とか、「世界を救うのは日本人」など大上段に振りかぶった表現がお好きらしい。次のように述べている。
・日本人はこれら(=武士道、もののあわれ、自然との調和)を世界に発信しなければならない。欧米をはじめとした、未だ啓(ひら)かれていない人々に、本質とは何かを教えなければならない。それこそが<日本の神聖なる使命>なのだ。
・ここ4世紀ほど世界を支配してきた欧米の教義は、破綻を見せ始めた。世界は途方に暮れている。この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいない。

 大東亜戦争(太平洋戦争を当時日本はこう呼んでいた)の名分、「八紘一宇」(注1)路線にみる当時の「日本の使命」について著者の言及はない。これを今の時点でどう考えるか。当時、<美しい情緒と形>はすでになくなっていた。使命感を煽ると、その使命感が歪められた自国中心のナショナリズム(注2)と連動しやすい。そういう使命感ほど対立、災厄を招くものはない。
 ブッシュ米大統領に象徴されるキリスト教原理主義と「自由と民主主義のダンピング(=質の劣化)輸出」推進のイデオロギーとが一体化した使命感が、目下どれほど世界に惨劇をもたらしているかを見逃してはならない。

(注1)「八紘一宇」(はっこういちう)の八紘は四方と四隅。一宇は一つの家屋。日本書紀に基づく語とされる。「全世界が一家のようであること」という意である。太平洋戦争時、日本の海外侵略を正当化する標語として用いられた。
(注2)著者は愛国心をナショナリズムとパトリオティズムの2種類に分けて、後者の祖国愛を広めようと呼びかけている。
・ナショナリズム(自国中心の愛国心)=自国の利益のみを追求するという、あさましい、不潔な思想、国益主義。戦争につながりやすい。
・パトリオティズム(祖国愛)=自国の文化、伝統、情緒、自然をこよなく愛する美しい情緒。戦争阻止の有力な手だてとなる。

▽疑問点(その4)―「国民は永遠に成熟しない」という認識を是認できるか?

 これは一種の愚民論ではないか。次のように述べている。「民主主義の根幹は国民主権=主権在民であり、その大前提は国民が成熟した判断をできることだが、国民は永遠に成熟しない。だから<真のエリート>が必要」と。なぜ国民は永遠に成熟しないと考えるのか。その具体例は次のようである。

・1933年、独裁者ヒットラーのナチス党が民主的な選挙で第一党になった。第一次大戦後ワイマール憲法は主権在民、三権分立、議会制民主主義をうたった画期的な憲法だったが、その憲法下でドイツ国民はヒットラーを選んだ。だから民主国家で戦争を起こす主役は、たいてい国民なのだ。
・イラク戦争を支持したアメリカ人は開戦時に76%だった。

 こういう事実を踏まえて、暴走の危険を原理的にはらむ民主主義を抑制するのは、エリート以外にいないし、そのエリートには次の2つの条件が必要、という主張を展開している。
①哲学、歴史などの教養を身につけて、圧倒的な大局観、総合判断力をもっていること
②「いざ」となれば、国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があること

 私(安原)は、国民を一部のエリートと多数の愚民とに分ける二分法には賛成できない。品格なき輩がエリート面をすることほど卑しい振る舞いはない。①の条件は一人でも多くの国民が身につけるときであり、それをエリートと呼ぶ必要はない。②の条件を備えたエリートなるものは、そもそも必要ではない。
 結局国民一人ひとりのレベルを上げていくこと、つまり「国民一人ひとりの品格」を育てていく以外に道はないだろう。残念ながら「歴史は繰り返す」という懸念はあるものの、愚民論に立つかぎり、将来への展望は開けない。

▽品格の再生は歴史的な大事業

 ではどうするか。品格の再生は不可欠であり、容易ならざる歴史的な大事業といえる。ここでは品格の中核ともいうべき本来の武士道精神、さらに「もののあわれ」、「自然との調和」観―『国家の品格』にいう日本の<情緒と形>―をどう再生発展させるか、端的にいえば21世紀版品格のありようを考えてみたい。これは真の意味での構造変革に立ち向かうことを促さずにはおかない。

 誤解を避けるために、とりあえず次の2点を指摘しておきたい。
 まず『国家の品格』という書名の「国家」にはいわゆる国家主義の臭いがつきまとっている。「政治家の品格」、「企業人の品格」も含めて「国民の品格」という認識の方が望ましい。
 次に悪用される武士道の罠である。「武士道というは、死ぬこととみつけたり」で知られる『葉隠』(江戸時代の佐賀鍋島藩士の武士としての心構えを説いたもの)は、戦争中、軍国主義鼓吹の教典として使われ、国民は「忠君愛国」すなわち「天皇のために死ね」と教え込まれた経緯がある。
 これは『葉隠』が説く武士道の誤用であるが、武士道はこのように歪められ、悪用される懸念があることを承知しておくことが大事である。(拙論「武士道を今日に読み直す―経営倫理を求めて」=駒沢大学仏教経済研究所編『仏教経済研究』第27号、1998年刊・参照)

▽21世紀版品格再生の4つの必要条件

 さて21世紀版品格再生のための必要条件として次の4つを提唱したい。逆に本来の武士道精神を中核とする品格が再生できれば、4つの条件を実現できる。そういう相互依存関係にある。

①日米安保=日米軍事同盟を解体すること
 『国家の品格』は、日本がアメリカの植民地状態から脱出し、独立国になることを説いているが、それを妨げている元凶は、日米安保=軍事同盟である。ところが同書には安保=軍事同盟への言及はない。
 「在日米軍の再編」にみられるように日米安保=軍事同盟の強化によって世界を股にかけた「戦争への道」へ進みつつある。日米安保=軍事同盟はいまや世界の脅威(=予防戦争、先制攻撃論に立つ軍事力の行使)へと変質しつつある。ここに着目し、それを拒否しなければ、武士道にみる品格の再生はあり得ない。
 徳川3代将軍家光と親交があった禅僧・沢庵(1573~1645年)は剣の極意を「剣禅一如」の精神で「刀を用いて人を殺さず、刀を用いて人を生かす」と説いた。いわゆる活人剣(注)である。21世紀版活人剣は軍事同盟そのものの解体に向かわなければならない。

(注)活人剣は、殺人を目標とする凶器の剣、すなわち殺人剣を昇華させて剣術を剣道へと高めた。その活人剣は「無刀の心」に相通じるところがある。剣道の柳生新陰流に「人をきる事はなるまじき也。われはきられぬを勝とする也」があり、これを「無刀の心」と名づける。沢庵の指導によるものとされている。
これは今日風にいえば、非武装の精神にほかならない。武士道の再生を今日の時代に考えるのであれば、活人剣と無刀の心に込められた非武装の理念をどう継承発展させるかが緊急な課題というべきであろう。
(松原泰道著『沢庵 とらわれない心』廣済堂出版・参照)

②戦力不保持(=非暴力)の憲法9条の理念を生かすこと
 『国家の品格』は、戦争の廃絶・阻止の重要性を強調している。ところが憲法9条には一切言及していない。
 ノーベル賞受賞作家の大江健三郎氏らが呼びかけ人となって誕生した、憲法9条を守るための「九条の会」(2004年6月結成)は、その後全国各地域・分野別に次々と増えて、06年4月現在、4700を超えている。私は非武装=非暴力をうたう憲法9条の理念の擁護と活用に本来の武士道精神再生の芽生えをみてとりたい。

③市場原理主義を棄てること
 『国家の品格』は、「美しい田園」の重要性を強調する一方、金銭至上主義、市場原理主義を批判している。同感である。美しい田園を再生し、食糧自給率を高めることは不可欠である。
 そのためには1980年代の中曽根政権時代に始まった公的規制の緩和・廃止、自由化、民営化を推進し、一握りの勝ち組と大多数の負け組に区分けし、人間性や社会の安定性を破壊する市場原理主義―アメリカの植民地状態の経済版ともいえる―を軌道修正し、社会的市場経済(環境、農業、中小企業、福祉、教育などの重視)へ転換していくことが求められる。

④経済成長主義に立つ石油浪費経済に決別し、簡素な経済を追求すること
 石油浪費経済は石油資源確保のために戦争(=暴力の行使)を誘発しやすい。自然環境保全の重要性、資源エネルギーの有限性に着目すれば、もはや貪欲な経済成長を追求する時代ではない。貪欲は拝金主義をはびこらせて、品格とは両立しない。知足の精神を重視する簡素な経済の追求こそが品格ある市民、企業、社会をつくっていく。


(感想、批判、提案を歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)

06年「憲法」社説を読んで
 「平和への責任」を捨てたのか

 安原和雄
 かつて新聞の「社説」を書く立場にいたジャーナリストの一人として憲法記念日(5月3日)の大手メディア6紙の社説を読んだ。その印象は、東京新聞1紙を除いてなぜ「平和への責任」を捨ててしまったのか、である。急速度でメディアの変質が進行しつつあるという想いが消えない。国家権力にすり寄る大手メディア―とあえて形容しても誇張とはいえない状況である。
 このままでは60年以上も前の戦前、戦時中の過ち―軍事同盟と戦争賛美の大合唱―を繰り返すことにもなりかねないという自省の念はないのだろうか。(06年5月4日掲載。5日インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)

 まず6紙(5月3日付)の社説見出しを紹介しよう。
朝日新聞「軍事が突出する危うさ 米軍再編 最終報告」
(4日付「国民と伝統に寄り添って 天皇と憲法を考える」)
毎日新聞「憲法記念日 情熱をどう取り戻すか 改正空騒ぎのあとしまつ」
読売新聞「在日米軍再編 同盟を深化させる行程表の実行」
    「憲法記念日 小沢さんの改憲論はどうなった」
産経新聞「在日米軍再編 首相は実現に向け努力を」
(2日付「あす憲法記念日 脅威への備えは十分か 9条改正して自立基盤を作ろう」)
日本経済新聞「在日米軍再編を日米の共通利益に」
東京新聞「<平和>を生きた責任 憲法記念日に考える」

 一見して分かるように全紙が憲法にしぼった社説を掲げているわけではない。これは日米の軍事、外務担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)が1日ワシントンの国務省で開かれ、在日米軍再編の「最終報告」が決まり、公表されたからである。ただこの「最終報告」と平和憲法の改定とは密接に絡み合っていることを承知しておきたい。 以下ではそういう視点も含めてコメントを加えたい。

▽明言を避けて、逃げ腰の朝日新聞、

 朝日新聞は次のように書いている。
 「今回の最終合意では、日米同盟を<グローバルな課題>に対するものと位置づけた。民主主義や人権などの価値を共有する国として、共通の戦略目標を追求するとの原則は分かる。だが、日米の国益がいつも重なるとは限らない。文化も歴史も、取り巻く国際環境も違う。きょう59歳を迎えた日本国憲法の理念もある。日米で戦略的な優先順位が異なることはあって当然だ」と。

 この文章の中で気になるのは、「・・・は分かる。だが、」という言い回しである。この種の表現が多すぎないか。「軍事のない同盟は存在しないが、軍事が先走りする同盟は危険だ」も同様である。軍事同盟そのものを容認しながら、軍事行動にちょっぴり疑問符を付けてみせる手法はいただけない。
 軍事突出や「最終合意」に疑問が多いのであれば、なぜ「軍事同盟や最終報告は賛成できない」と明言しないのか。翌日の4日付社説で何を論ずるのか、興味と期待を抱いたが、なんと「天皇と憲法を考える」である。憲法記念日に憲法9条問題に正面から立ち向かわない朝日の論説陣は何を考えているのか。逃げ腰というほかない。

▽憲法問題を情熱にすり替える毎日新聞

 毎日新聞の「情熱をどう取り戻すか」という社説は、持って回った表現が多く、一読しただけでは真意が容易につかめない奇妙な内容である。こちらも情熱をかき立てて読み直してみよう。つぎのように指摘している。
 「憲法改正は理屈だけでは到底動かない。変えたい人間の情熱を呼び起こさなければ絶対にできない大事業だ。そのためには政治の中心にいる首相にその情熱がなければできない。そもそもそこが欠けている。もし憲法に起因する諸矛盾を解消し、目的をはっきり持った日本国を再建しようとするなら、首相から選び直さないとできない」と。
 憲法は改定すべきだが、小泉首相にその情熱がないから、事がうまく運ばない。次期首相には積極的な改憲派の人物を据えるべきだ、とでも言いたいのか。

 問題は、憲法をどう変えるのか、あるいは変えるべきではないのか、そこを社説はどう考えるのか、である。
 「憲法改正という日本では政治的に最大の難事が必要になるであろう現実は、集団的自衛権の行使と自衛隊の海外派遣がどうしても必要になる時と見られていた」と述べているところをみると、集団的自衛権行使と海外派兵のための改憲が必要という認識らしい。
この2つの柱はまさに自民党の新憲法草案(05年10月正式決定)と今回の在日米軍再編の最終報告がめざすところである。肝心な点を曖昧にして改憲問題を情熱にすり替える「めくらましとごまかし」(社説の言葉)は返上したい。

▽改憲を主張する読売、産経新聞

 読売新聞はかねてから改憲を主張してきた。今回の在日米軍再編について「日米同盟が、質的な変化を遂げ、新たな段階に入る」と冒頭で指摘した後、次のように書いている。
 「最終合意を受けた日米共同声明は、日本及びアジア太平洋地域にとどまらず、<世界の平和と安全を高める上で>日米同盟が極めて重要としている。イラクやイランの国名を挙げ、中東への関与も明確に視野に入れている。変化にあわせて、日米同盟の目的、理念を柔軟に見直し、日本の役割と責任を明確にするのは当然のことだ。それが日米同盟を一層深化させる道でもある」と。ここでは日米同盟の深化を全面的に肯定している。

 一方、憲法記念日にちなんだ社説「小沢さんの改憲論はどうなった」では改憲論者の小沢一郎民主党代表が最近消極的姿勢に変化しているという認識に立って、「憲法改正には国会議員の3分の2の賛成が必要だ。現状では民主党の賛成なしには憲法改正はできない」と小沢代表が改憲に積極的に取り組むよう促している。

 産経新聞は憲法については、いわゆる抑止力は不可欠という立場から「日本が激動する東アジアで生きぬくためにも脅威への備えを怠ってはならない。核心は9条の改正である」と主張している。
 また在日米軍再編については「日本の平和と安全だけでなく、世界の安定に資するものと評価したい」と述べている。

 読売、産経共にいまでは日米安保体制=日米軍事同盟の強化を目指す政府与党との運命共同体の一員を自任し、その広報マンよろしく振る舞い続けるハラらしい。

▽石油確保のため軍事同盟を重視する日本経済新聞

 日経新聞は経済専門紙らしく、石油資源確保の観点から米軍の抑止機能を重視し、つぎのように指摘している。
 「日米のGDP(国内総生産)の世界シェアは日本11.5%、米国29.1%であり、あわせて40%を超える。したがって日米が同盟で結ばれている事実は世界の安定にとって意味がある。紛争の地、中東への日本の原油依存度は90%であり、米国のそれは15%とされる。日本経済は世界の安定を基礎にする。機動的な米軍の存在には紛争抑止機能がある。基地提供でそれを支えるのは、同盟国の責任であり、日本自身の安全保障のためでもある」と。

 有限資源で、しかも埋蔵地域がいちじるしく偏した石油に依存する石油浪費経済は、必要以上に自然から資源を収奪するため、それ自体暴力的であるが、その石油を軍事力という暴力手段でにらみを利かしながら確保するのは、二重の意味で暴力的である。
 こういう暴力に果たして正当性と持続性があるだろうか。軍事力によって安定と安全が確保できないことは、かつて米国はベトナム侵略から敗走したこと、さらに現在米軍のイラク攻撃が挫折に見舞われていること―などから証明済みではないのか。

▽平和を願って道理を説く東京新聞

 「<平和>を生きた責任」と題した東京新聞社説は冒頭で社説の趣旨を「歴史の歯車を逆転させてはいけない。憲法の役割が変質するのを見過ごすようでは、平和の時代を生きることができた者の次世代に対する責任が問われる」と要約している。つづいて平和憲法を擁護する立場から以下のような重要な論点をいくつか提示している。

*「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」―この憲法第99条は、前文の「平和の誓い」や第9条の非戦非武装宣言とともに憲法の核心部分である。憲法は国民にあれこれ指図するのではなく、公権力を縛るものである。
*敗戦を機に日本国民の間に価値観の大転換が起きた。戦争による紛争解決から国際平和主義へ、軍国主義から民主主義へ、滅私奉公から個人の尊重へ、・・・軍事を最優先にしない価値観が確立した。ところが、経済的繁栄の中で多くの日本人が初心の継承を忘れ、戦後的価値観を劣化させてしまったようにみえる。

*改憲が政治テーマになっているいま、改憲論者の狙いをしっかり見極めなければならない。
*自民党の新憲法草案は「帰属する国や社会を愛情と責任をもって支え守る責務」を国民に求めている。これは憲法を「公権力の行動規範から国民の行動規範へ」の転換を求めるものである。
*前文や第9条の改正は「戦争ができる国」の復活を意味する。勝利を目指せば軍事を優先せざるを得ないのは論理的帰結である。憲法観、国家観の根本的な逆転換といえる。
*日本社会では自由競争政策のあおりで少数・異端者、弱者への寛容さ優しさが薄れている。相手の気持ちを理解しようとしないナショナリズムも台頭してきた。
*国家も国際社会も、全体の調和を保ちながら各個人、各国家が個性を発揮する「粒あん」のようでありたい。そのためには互いに相手を尊重することが基本である。

 以上、東京新聞の道理に基づく主張や提案には同感である。しかも見出しに「平和を生きた責任」をうたい、新聞としての「責任」を明記したことに、品格ある社説として敬意を表したい。これに比べれば、他紙の社説はいかにも見劣りがするのは否めない。大づかみにいえば、「平和への責任」を投げ捨ててしまったものとみるほかない。

▽ジャーナリズムは「権力の監視役」を堅持すること

 もちろん新聞がどのような主張を展開するか、それは自由である。しかし譲れない一線がある。それはジャーナリズムが「権力の監視役」としての役割を放棄しないことである。これを忘れては、「ジャーナリズムの堕落」という以外に私は表現を知らない。

 もう一つ、私は日米安保体制=軍事同盟の解体が必要だと考えており、したがってその強化路線には反対する立場にこだわりたい。その理由は以下のようである。

*軍事力という暴力を肯定するわけにはいかないこと。日本が憲法前文の「平和共存」と9条の非戦・戦力不保持の理念を投げ捨てて、「戦争への道」を選択することは、それこそ「国家の品格」にかかわること。
*軍事同盟は世界的にみて、解体ないし弱体化の方向にある。在日米軍の再編による日米軍事力一体化とその強化は、歴史の流れに逆行する愚策であること。
*世界が直面している「いのちへの脅威」は地球環境の汚染・破壊、異常気象、感染症、飢餓、貧困、水不足、食糧不足―など多様であり、軍事力中心の安全保障観は陳腐化していること。したがって新たな「いのちの安全保障」観を確立すべき時代であること。(拙論「<いのちの安全保障>を提唱する―軍事力神話の時代は終わった」足利工業大学研究誌『東洋文化』第25号、06年1月刊・参照)

▽歴史の失敗に学ぶべきこと

 国としての進路を誤らないためには、歴史の失敗に学ぶことは避けて通れない課題である。ここでの歴史の失敗とは、いうまでもなく国を挙げて侵略戦争に進み、日本人の犠牲者310万人、アジア諸国の犠牲者約2000万人ともいわれる計り知れない惨禍をもたらした事実である。

 その道程を振り返ってみると、昭和はじめの改正治安維持法(死刑、無期刑を追加)実施(1928年=昭和3年)によって言論・思想の自由つまり権力を批判する自由は封じ込められた。ここから戦争という昭和の悲劇への地ならしが始まったとみていい。政府・与党が今国会で成立を図ろうとしている共謀罪新設法が改正前の治安維持法に相当するという強力な反対がある。

 侵略戦争の始まりを告げたのが満州事変(1931年=昭和6年)であった。ここから現在の状況を「満州事変前夜」とする見方がある。このアナロジー(類推)には一理ある。というのは自民党が目指す憲法9条の改悪によって正式の軍隊を持つことになれば、一段と強化された日米安保=軍事同盟体制下では米軍と一体となって日本軍隊が軍事力を公然と行使する「戦争への道」につながることは明らかだからである。

▽今は、戦前の「日独防共協定」調印当時、という見方も

 「満州事変前夜」はたしかに一理ある見方であるが、私は事態はもっと先へ進みつつあるのではないかと考える。あえて歴史的アナロジーを使えば、今は「日独防共協定」調印(1936年=昭和11年)当時とみるべきではないだろうか。この日独防共協定はやがて日独伊3国同盟調印(1940年=昭和15年)へと拡大し、その翌年41年12月、アジア太平洋戦争が始まり、ここから未曾有の悲劇の泥沼へ落ち込んでいく。

 なぜ今、日独防共協定調印当時なのか。その理由は2つある。
 1つは日本はすでに事実上参戦しているからである。満州事変はすでに飛び越えているとみたい。
 人道支援の名目で自衛隊をイラクへ派兵しているが、たしかに米軍と一体となった地上戦闘には参加していない。しかし見逃せないのはインド洋に自衛艦2隻を常時配置し、米軍向けを中心に石油の補給を行っている事実を重視したい。
 どうも日本では補給、輸送、修理などの後方支援を軽視し勝ちだが、後方支援なしには前線での戦闘は不可能である。自衛隊は必要不可欠の石油を補給することによって米軍と一体となって戦闘に参加しているのである。だから米軍は自衛隊の後方支援を高く評価している事実を見逃してはならない。

▽「日米同盟の新たな段階」が意味するもの

 もう1つは在日米軍再編で日米が合意しことである。これは戦前の防共協定調印に相当するとみたい。在日米軍再編の最終報告「共同発表」は、「再編の実施により、同盟関係における協力は新たな段階に入る」とうたいあげている点を、私は戦前のアナロジーから以下のように解読したい。

 防共協定は「防共」が名目ではあるが、実体は人権、自由、民主主義を抑圧する日独ファシズムの連合であり、そこに大義名分はなかった。だから米、英、ソ連などの連合軍に敗北し、戦後の世界秩序は米国主導の連合国の手で作られた。歴史的大道に反したファシズム連合国(後にイタリアが参加)は敗北する運命にあったといえる。

 では今日の日米連合軍はどうか。なるほど在日米軍再編の「共同発表」は、「世界の平和と安全」を掲げてはいる。しかしその実体は日米軍事力の一体化とその強化、すなわち突出した世界最大の軍事力という暴力によって「人権、自由、民主主義、法の支配」(共同発表)を世界に押し進めようとする狙いであり、その暴力に道理はない。勝利への展望はかけらもないとみたい。かつてのファシズムと同様の運命をたどる公算大であろう。
 テロ対策も狙いの1つである。テロを正当化することはむろんできないが、テロを軍事力で封じ込めようとすることは「暴力による報復の連鎖」を招く結果しか期待できないのではないか。


(感想、批判、提案を歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
貪欲? それとも貧欲?
〈折々のつぶやき〉15

 安原和雄
 世の中に「うっかりミス」は珍しくない。プロの分野も例外ではない。最近の事例を取り上げたい。有力経済誌『日経ビジネス』(06年4月3日号)表紙に載った特集の題名が「貧欲社会から解脱せよ―稲盛和夫 京セラ名誉会長」となっている。
 一見して、このどこがおかしいのか、お気づきだろうか。今回の〈折々のつぶやき〉は15回目。(2006年5月2日掲載)

 私は最初、「貧欲社会から解脱せよ」という見出しをみたとき、皮肉めいた題名をつけたな、と思った。ところがページをめくって、稲盛会長とのインタビュー記事を読むと、つぎのような大きな活字が躍っている。
「貪欲社会からの解脱 心のブレーキを踏め」
「意欲で勝ち、貪欲に負ける 成功者が押す破滅のスイッチ」
「ホリエモンは戦後教育の産物」
「今だからできる戦後からの解脱 22世紀、世界の素封家たれ」など

 これらの見出しをみただけでも、傾聴に値するインタビュー記事であることが分かる内容である。これはあえて付けた皮肉な見出しではなく、うっかりミスの類だと気づいた。どこがミスなのか。そう、「貪欲社会から解脱せよ」とすべきところが、「貧欲社会から解脱せよ」となっているのである。「貪」(どん)が正しく、「貧」(ひん)はおかしい。

 うっかりミスを責めているのではない。この種のミスは生じやすい。貪と貧を混同するミスには私はこれまで何度も出会っている。ここではなぜこういうミスが生じるのか、ミスを免れるには何に気をつけたらよいのかを考えて、いや、つぶやいてみたい。

 実は私は昨(05年)春まで講じていた経済学(足利工業大学の教養科目)では仏教経済学(私が名づけた別称=知足の経済学)と現代経済学(同=貪欲の経済学)を比較することも一つの柱であり、その中で貪と貧の違いをつぎのように説明していた。

 漢字の意味を理解するには、その漢字を分解してみるのも有力である。
 貪は「今」と「貝」に分解できる。貝はその昔、貨幣として使われたこともあるくらいで、カネ、財を意味している。今は「一瞬一瞬」、「常に」と理解できる。なぜなら人生とは常に一瞬一瞬の今の連続でもあるからである。
 だから今と貝の結合語である貪は今という一瞬一瞬を「カネ、カネ」、「財、財」と思い暮らしていることになる。これが「貪」であり、貪欲はむさぼりを意味し、犯罪や戦争にも通じる。良い意味では使われないことが多い。

 一方、貧は「分」と「貝」に分解できる。これはカネあるいは財を他に分け与えることを意味しており、カネや財を分けた結果、自分は貧となるが、清貧という言葉があるように貧は良い意味でも使われる。
 以上のように理解していれば、貪と貧を混同することも避けることができるだろう。

 ついでにいえば、「忙しい、忙しい」と言い暮らしているサラリーマンが企業社会では少なくない。今日のように競争の激しい企業社会では「忙しい」という心情はよく理解できるが、だからといってこの言葉は軽々に使わない方がよい。
 なぜなら「忙」という漢字は左の立心偏と右の亡に分解でき、立心偏は心を指してもいるから、忙は「心を亡くす」という意味になる。「忙しい」、すなわち「自分は心を亡くし、自分自身を見失ってウロウロしている」とわざわざ説明しながら、歩く必要はないだろう。君たちもサラリーマンになったら、心して欲しい――と。

 大学では以上のように講義したものである。うっかりミスのお陰で講義を想いだし、改めて勉強させていただいた。これは皮肉ではなく、感謝している。


(寸評歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなく、仮名でも結構です)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。