「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。さらにいのちを尊重する「持続の経済」へ。日本は幸せをとりもどすことができるでしょうか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。(京都・龍安寺の石庭)
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「世間」という名の呪縛
<折々のつぶやき>8

 安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。<折々のつぶやき>8回目。(06年2月26日掲載)

 阿部謹也・一橋大学名誉教授(元学長)が月刊誌『公研』(06年2月号)に「もう一つの拉致問題」と題して、次のような趣旨の興味深いエッセイを書いている。

 「日本も民主主義国家になったという人がいる。(中略)しかし欧米に比べると、この国にはまだ個人の自己表現に大きな限界がある。戦後一応は個人が解放されたといわれる。しかし実際には日本の個人はまだ<世間>の前で自己を主張できない存在である。(中略)明治以降日本人は欧米から学び、欧米の技術を我がものとし得た自信から人間関係についても欧米の個人がそのまま現在の日本に生きていると考えがちである。(中略)しかし現実には欧米の個人と日本の個人には決定的な違いがある。その違いが<世間>に対する際に露呈している。<世間>の問題を離れて今日の日本の諸問題を考えることはできないのである」と。

 具体例としていまだに故郷に戻れないハンセン病患者、イラクでテロリストに捕らえられた日本人3人の男女に対する政府やマスコミの対応―などをあげている。
 私はかねてより彼の世間論には関心を寄せてきた。我々日本人の思考と行動の様式を読み解くキーワードのひとつといえるからである。世間という名の呪縛の中で自由な思考も行動もままならない―それが我々日本人の日常の姿といっても過言ではない。

 身近な例をあげればきりがない。かつて企業社会に「他社見合い」という言葉があった。他社の流儀に合わせて行動すれば、万事穏便に済むという発想である。しかし今どきこういうやり方に縛られていると、企業なら倒産するだろう。
 一方、サラリーマン諸氏は権利である年休をとるのもままならない。だから実体は半分程度しか消化しない。欧米の完全消化に比べ半分だから、私は日本の企業社会を「半人前社会」と呼んでいる。最近の競争優先の企業社会になってくると、この傾向は一段と顕著になっているのではないかと想像できる。これも企業、職場という名の世間による呪縛の一例である。

 組織の意思決定方式として「全会一致」が依然残っている。異を唱える行動を歓迎しない方式である。この考え方の背景には多様性を認めようとしない暗黙の了解がある。それぞれの個性を尊重しない方式といっても差し支えないだろう。
 いいかえれば自由ではなく、画一性を貴ぶ方式だから、権力に悪用されると、ファシズムに身をゆだねることになりかねない。当事者たちはその危険性に気づこうともしないのだから、お人好し集団といえるのかもしれない。

 この「全会一致」の話を聞くと、思い出すその昔のエピソードがある。アメリカの自動車メーカー、GMの経営者会議でひとつの提案が出され、賛否を問うたとき、「この案で大いに儲けよう」、「競争会社をあっといわせよう」などと賛成意見がつづいた。最後の番となった議長氏は次のように発言した。
 「私も賛成といえば、全員一致となる。私たちはこのアイデアについて一方的見方しかできなくなっている。このような意思決定は危険である。したがって来月まで棚上げしたい」と。1か月後の経営者会議で再び賛否を問うたところ、今度は否決されたのである。

 これだけゆとりある「急がば回れ」式の意思決定をただいま実行している組織が日本社会でどれだけあるだろうか。日本の歴史を振り返ってみると、集団行動、集団思考の過ちを何度も犯してきたし、いまも犯しつつある。具体例をいくつかあげると―、
▽明治憲法下の戦前版
*戦争へ突入していった大政翼賛体制
▽平和憲法下の戦後版
*対外経済摩擦を引き起こした集中豪雨型輸出
*自然環境の破壊を招いたリゾート開発ブーム
*巨額の借金を累積させつつあるにもかかわらず、後は野となれ、山となれ、といわんばかりの無責任な高速道・空港・ダムづくり
*いまや世界に脅威を与える危険な存在となった日米安保体制(=日米軍事同盟)が日本の安全のために必要だという錯覚、思い込み―などなど。
 いずれも「世間様が・・・」という横並びの自己埋没型感覚で「進め、進め」と旗を振り合ってきたし、いまも「やむを得ないか」と、その惰性は止むところがない。

 そういえば「自民党をぶっ壊す」と元気のよかった小泉純一郎首相も「世間をぶっ壊す」とはついに口にしなかった。なぜなのか? 
 「世間」の陰で、それを操り、利益を稼ぎ、ほくそ笑んでいる者がいることを折々に考え、つぶやきたい。真の改革者なら、「空気」と思われている、この「世間」をどう改革するか―これが真の構造改革である―は避けて通れない課題である。本当のところは小泉首相は改革者ではなく、抵抗勢力のリーダーなのだろう。


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高木元大蔵事務次官を偲んで
高木文雄・元大蔵次官の思い出

 安原和雄
 06年2月14日急性心不全で亡くなった元大蔵事務次官(元国鉄総裁)の高木文雄さん(86歳)の告別式(06年2月21日、東京・港区の増上寺大殿にて)に駆けつけたときには、ちょうど宮沢喜一元首相(元大蔵大臣)の弔電が披露されているところであった。高木さんが主税局長だった頃、私は毎日新聞経済部の大蔵省(現財務省)担当記者で、高木さんには格別の思い出がある。以下にそれを紹介し、記録に留めておきたい。
 それは大蔵事務次官(在任は1974~75年)就任にまつわる、いまだから話せるエピソード、その裏話である。

 いまから30年もさかのぼるが、当時は円切り上げ(71年)後、ほどなくフロート(為替変動相場制)へ移行し、おまけに第一次石油危機(73年)も加わって騒然としていた。いまのような首相官邸主導と違って官僚支配(特に予算編成権を握っていた大蔵官僚が突出)が濃厚で、大蔵省事務レベルのトップ、事務次官に誰が座るかは大きな関心事であった。
 同期入省の橋口収主計局長と高木主税局長が次官レースを争うという官僚人事としては異例の展開となった。

 各紙はほとんどが橋口説に立っており、それが多数説であった。主計局長が次官に就任するのが慣例の人事でもあったからである。もう1つ当時、田中角栄首相主導で列島改造のための国土庁(現国土交通省に統合)を新設し、その初代次官に誰を据えるかが、話題となっていた。田中首相に近い高木さんが請われて国土庁次官に座るだろうという説が流布されていた。
 しかし私はこの多数説に「違うな」と感じていた。チーム取材の結果、高木大蔵次官の線が濃厚という感触を得た。

▽高木さん本人から取材
 ある夜、ぼつぼつ書き時だと思い、私は高木邸へ電話を入れ、「高木大蔵次官誕生へ、という記事を書く準備を進めている」と話した。これに対し、高木さんは上機嫌な口調で次のように答えた。
 「そうか。安っさん、ついに書くか。ただ念のため、澄田さんに話しておく方がよい」と。澄田さんとは、澄田智日銀副総裁(大蔵次官を経て、副総裁に在任中で、後に日銀総裁に就任)のことで、私は直ちに澄田邸へ電話を入れた。電話口に出てきた澄田氏は明言は避けたが、「まあそんなところだろう」というニュアンスで語った。
 折り返し高木邸へ再度電話をして「澄田さんに話した。書きますよ」と伝えた。高木さんはひと言「そうか」であった。翌日の朝刊で「高木氏、大蔵次官へ」と報じたのは毎日新聞のみであった。

 後で耳にした話だが、私が高木邸に電話したとき、各社の担当記者が取材のため詰めかけており、高木さんを囲んで盃を重ねていたらしい。だから上機嫌だったのだろう、その席に取材記者がいなかったのはわが毎日新聞だけだったらしい。

 さてこれからがむしろ勝負どころであった。依然として他紙の多くは「橋口大蔵次官」、「高木国土庁次官」にこだわっていた。そう報道したりした。このため格好の週刊誌ダネにもなった。いったい毎日新聞と他紙とのどちらの報道が正しいのか、というわけである。

 1か月近くも経った頃だったろうか、ある夜のこと、本社の経済部デスク(副部長)からわが家へ電話があった。「政治部情報だが、田中首相派の建設大臣が『初代国土庁次官は高木だ』としゃべった。この情報は確度が高いと言っている。どうするか。判断を任せる」という内容である。私は「再取材してみましょう。その結果を電話するまで、政治部情報は絶対に記事にしないように」と念を押して受話器を置いた。

 私はしばらく考えた。政治部情報を記事にしたら、先の経済部ニュースを自ら否定するわけだから、「大蔵次官人事で迷走する毎日新聞」と週刊誌あたりに冷やかされることは目に見えている。かといって政治部のいう「建設大臣情報」を否定するためには、新しい情報をつかむ以外にない。そうでなければ、政治部も納得しないだろう、と。局面は社内対立にまで発展しかねない雲行きであった。

▽「ベストの人間が大蔵次官に」
 私は竹内道雄大蔵省官房長(後に大蔵次官を経て東京証券取引所理事長などに就任)宅のダイヤルを回した。運良く在宅であった。次のように問いかけた。
 「実をいうと、『田中派の建設大臣が国土庁次官は高木さんだと言っている』という政治部情報がある。毎日新聞は高木大蔵次官説をすでに報じている。高木さんが国土庁に出て行く可能性はあるのか」と。

 これに対し官房長は次のように答えた。
 「建設大臣が何を言っているのか知らないが、大蔵省人事のあり方として大事なことは、わが省にとってベストの人間が次官になるということだ。ベストの人間を他の省庁に出して、お余りが大蔵次官になるということはありえない」と。
 ここで2人のうちどちらがベストなのかとわざわざ聞き返すようでは取材能力を疑われる。前後の事情が分かっていないと、このやりとりも意味のはっきりしない禅問答のように聞こえるだろうが、私は次のように理解した。
 冒頭の「建設大臣が何を言っているのか知らないが、・・・」は大蔵人事について建設大臣の言うことなど意味はない。気にするな、と。
 次に「ベストの人間・・・」は、私の「高木さんが出て行く可能性はあるのか」という質問への答えだから、その意味するところは明白である。

 私は直ちに経済部デスクへ電話を入れ、「官房長に確認した。すでに報じた高木大蔵次官の線を修正する必要はない。政治部情報はボツにするように」と強調した。建設大臣情報に振り回されないで、私の言を信じてくれたデスクには感謝している。

 なぜこの局面で官房長を選んで、確認の電話を入れたのか。「人事は官房長」というのは常識だが、それ以外に実は裏話がある。
 以前、官房長に人事一般について質問をしたことがある。「局長にまで残るのは同期の中でも少数だ。それまでに何人も辞めて貰うわけだが、引導を渡すときに何というのか。有能な君には残念だが、分かってくれ、とでもいうのか」と。
 官房長の返答は「それは違う。君はこれ以上残っていても局長になる可能性はない。いま転出するのは君のためだ、と明言しないとダメだ。君は有能だ、などといったら、有能な俺の首をなぜ切るのだ、と抵抗して辞めようとしない。皆さんプライドがあるからねー」であった。
 私は「ははあ」と思わず笑ってしまったが、なるほどリストラにからむ人事とはそういうものか、とも思った。このやりとりの記憶はいまなお鮮明に残っている。

▽多数説必ずしも真ならず
 そういうタイプの官房長だから、私の確認の電話に逃げを打つような態度はとらないだろうという確信があった。結果は期待通りであった。当時の福田赳夫大蔵大臣(後に首相に就任)が「高木大蔵次官」の人事を正式に発表したのは、それからさらに1か月近くも後のことであった。

 この人事の取材で得た教訓は「多数説必ずしも真ならず」で、これはいまも私の思考原理のひとつになっている。

 次官レースを争った橋口、高木両氏はお互いによき競争相手であったと思う。こういうよきライバルが存在してこそ、官僚組織も活性化するのではないか。競争のない組織は停滞する。
 高木さんとは高木研究会でごく最近までお付き合いをいただいたが、すでに他界した橋口さん(国土庁次官の後、公正取引委員会委員長、広島銀行頭取などを歴任)とも晩年まで時折盃を重ねた。私が会長役を務めている「モラル会」の名誉会長が橋口さんという関係でもあった。両先輩とのひとかたならぬご縁には感謝するほかない。
合掌
「いただきます」考
<折々のつぶやき>7

 安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。<折々のつぶやき>7回目。(06年2月19日掲載)

 毎日新聞(06年2月4日付)は「暮らし豊かに 役立つページ」で<「いただきます」に多くの意見 「命」と「食」へ思い670通>という特集を組んでいる。大変興味深く読んだ。毎日新聞はノーベル平和賞受賞者のマータイ女史(2月12日再来日)とともに「もったいない」運動を展開している。
 「いただきます」は「もったいない」さらに「お陰様で」と並んで日常生活に復活・普及させるべきだとここ数年来考えてきた。モラルの再生もそこから始まるだろう。

 1950年代ころまではこの3つの言葉は日常生活に定着していた。それが高度経済成長、使い捨て、飽食、自己中心主義の時代の中でごみのように捨てられてしまい、食事前に「いただきます」とつぶやくことは「自分には関係ないよ」という雰囲気となった。
 このような風潮と、マナーが乱れ、世の中がひん曲がっていったのとは裏腹の関係にあるような印象がある。だから「いただきます」を復活・普及させることは世直しに通じるとも考えている。

 さて「いただきます」とは何を意味するのか、さらに何をいただくのかである。毎日新聞の特集によると、次のような気持ちや考え方が紹介されている。

*感謝、思いやりの気持ちを「いただきます」という6文字に込める。
*「あなたの命を私の命にさせていただく」(永六輔さん)と考える。
*自然の恵みや作った方々への感謝を表す。
*自分の命をつなぐ食事に感謝をささげるという意味での食前の祈り、あいさつ。 
 以上のキーワードは感謝と命である。

 私は「いただきます」には2つの意味があると理解している。
 まず何をいただくのかというと、動植物のいのちをいただくのである。人間は動植物のいのちをいただいて自分のいのちをつないでいるのだから、そこに「もったいない」、「お陰様で」という感謝の気持ちが生じるのは当然のこと。またいのちなのだから不必要に食べ物をとりすぎないこと、知足(足るを知ること)、節制の心も大切である。

 大量の食べ残しは相変わらず減らないが、食べ残しは動植物のいのちをごみと同じ感覚で捨てることであり、ひいては人間のいのちも粗末に扱うことになる。
 安土桃山時代の茶人で、簡素・清浄な茶道を大成した千利休(1522~1591年)は、「食は飢えぬほどにて事足れり」という至言を残している。噛みしめたい。

 もう一つ大事なことは、折角いただいたいのちをどう活かすかである。「いただきます」にはいのちを疎(おろそ)かにはできないという思いが込められている。もちろんできるだけ「世のため、人のため」に活かすことであり、これが利他主義の原点となる。
 利他主義というとむずかしく聞こえるかもしれないが、電車の中で席を譲るのも立派な利他主義の実践である。それがいただいたいのちを活かすことにもなる。

最近、東京近辺の駅での光景として、乗降の際、降りてくる人を押しのけて乗り込んでくる人が目立つ。早く席を取ろうというあせりなのか。これは周囲の人のことがみえない利己主義の振る舞いである。おそらく「いただきます」とつぶやいたこともない人たちなのだろう。

 いのちをいただくといえば、まず両親から人としてのいのちをいただく。感謝の心は何よりも両親に向けなければならないだろう。両親あってのわが命である。私事で恐縮だが、その両親もすでに幽明界を異にしている。だからなおさら私自身のいのちをどう活かすかを考えないわけにはいかない。

 毎日新聞の特集にみる小学6年生の作文も捨てがたい。「感謝の気持ちとして、いただきますをいう方がいい」、「マナーよりもマネーを優先するのはおかしい」など。金銭取引の次元の話ではなく、感謝し、いのちを大切に活かすという「かっこいい生き方」の問題であることを小学生たちもしっかりと理解しているらしいところは頼もしい。


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トイレで平和を考える
<折々のつぶやき>6

 安原和雄
 このごろ想うこと、感じたこと、ささやかに実践していること―などを気の向くままに記していきたい。<折々のつぶやき>6回目。(06年2月5日掲載)

 今回は、ちょっとおもしろい提案、題して「トイレで平和を考える」です。最近わが家に届いた<「福音週報」第266号・06年1月20日付>に橋本左内ご夫妻が「風変わりな提案」として<男の子も座って小便をしましょう>と書いています。その内容は大体、以下のような趣旨です。

★★「男は立ってするものだ」という考えを変えるメリット★★
①小便の滴(しずく)が外にこぼれないから、床やマットを汚しません。
②そのため床の拭き掃除やマットを洗濯する労力が省けます。
③用をすませた後は、男の子も紙で拭きますから、パンツの汚れが減ります。
④そのため洗濯も簡単になり、パンツの寿命も長持ちします。
⑤腰掛けるので、読書・思索・瞑想・座禅もできて、平和につながる道です。
⑥座小便は、衛生・省力・経済・修行・平和のメリットがあります。
⑦だから大いに実践し、広めましょう!

 以上、一読のご感想はいかがですか。「小」で座るのは男子の場合、まだ常識になってはいないでしょう。だから「風変わりな提案」なのでしょうが、さまざまなメリット、プラスを列挙されると、なるほど一理あるな、と思います。
 数あるプラスのうち、特におもしろいと思うのは平和です。私はこの提案を前向きに評価して、「トイレで平和を考えよう」と呼びかけたいと思います。これが広がっていけば、世の中、少しは安穏になってくるかもしれませんね。

 なぜ「トイレで座って平和を」なのでしょうか。
 第一、座るという行為は、座り込みにみる抵抗の姿勢はあるとしても、戦う姿勢ではありません。平和そのものの姿ともいえます。そういえば、座像の仏様が多いように思います。

 第二、「立って」から「座って」へという姿勢変化は、それまでの「座って」という思い込み、固定観念を捨て去るわけで、そこに意識改革が生まれます。「改革なくして成長なし」ともう5年間も同じ唄を歌っているどこかの国の首相もいます。私は「意識改革なくして平和なし」と言いたいですね。

 第三、ゆとりは平和につながります。これからの時代、3S(Simple=簡素、Slow=ゆったり、Small=身の丈に合うこと)が重要だと考えます。「座って」は、ゆったり=ゆとりを意味します。「時は金(かね)なり」とばかりに我(われ)を忘れて慌ただしい人には無縁です。早すぎるスピードは暴力=破壊と背中合わせですが、ゆったり=ゆとりは平和そのものでしょう。

 聞くところによると、ドイツの男性は座るのが普通だといいます。かの悪名高い独裁者、ヒットラーもやはり「座って」何かを考えていたのでしょうか。平和ではなく、世界支配の野望をたくましくしていたのではないでしょうか。最期は自殺への道をたどりました。

 まずは座るべきか、座らざるべきか、それが問題です。人それぞれでいいというほかありませんが、あなた(貴男)ならどうしますか? 何を考えますか?


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ライブドア事件について
 「正義の法」を重視するとき

 安原和雄
 ホリエモンこと、ライブドア前社長の堀江貴文容疑者(33歳)が証券取引法違反事件で逮捕されて10日ほどになる。私はマネーゲームに狂奔する堀江前社長らを「企業人はカネの奴隷か」と題して、批判記事を掲載した(05年10月15日付仏教経済塾)。ホリエモン的言動を批判した手前、ここらで一言もの申さないわけにはいかない。
 まずは「ホリエモンは小泉路線の申し子」という認識をもつことである。そして市場経済を行き過ぎた利己主義から守るために「正義の法」の重要性を説いたイギリスの経済学者アダム・スミス(1723~90年)に学ぶことをすすめたい。

▽一代の寵児から容疑者へ転落
 堀江逮捕のニュースを聞いて、まず連想したのは、ニコラス・リーソンという弱冠28歳のイギリス人の男である。なぜこの男なのか。異常なカネ儲け、マネーゲームで身を滅ぼす事例は少なくないが、彼こそはその究極の一例なのである。

 彼は「金融バクチで1〇〇〇億円すった男」「この若者が女王陛下の銀行ベアリングスをつぶすまで」(『ニューズウィーク日本版』誌、1995年3月15日号)と大々的に報道され、一躍世界の話題をさらった。イギリスのエリザベス女王の流動資産は当時約1億ドルといわれ、その大半を運用していたベアリングス社(223年の歴史を誇るイギリスの名門)が95年2月、この男の投機の失敗が原因で倒産した。

 彼はベアリングス社のシンガポール現地法人で主任トレーダーとして、おもに日本の先物株式売買を担当していた。それが同年1月の阪神大震災をきっかけに急落、合計10億ドル(約1000億円)を超える大穴をあけてしまった。稼ぎまくって有頂天になっていた彼は、逃亡中、警察に身柄を拘束され、一代の寵児から一挙に容疑者へと転落した。ホリエモンも同じ運命をたどったといえよう。

▽メディアの記事、論評を批評する
 逮捕以来、一般メディアは関連記事、論評を山ほど提供してきた。そのうち印象に残った記事、論評は以下の通りである。これを参考にしながら(必ずしも賛成という意味ではない)考えたい。
*藤原正彦氏「問題は市場原理主義」(1月28日付『毎日』・論点 ライブドア事件を考える)
*東谷暁氏「錬金術の始まりに過ぎぬ」(1月29日付『毎日』・21世紀を読む)
*石橋襄一氏「考えよう、<この国のかたち>」(1月31日付『毎日』・「みんなの広場」)
*小宮山量平氏「同時代を生きる当事者として」(同日付『毎日』夕刊・特集WORLD)
*星浩 編集委員「<ご都合主義>自民の素顔を映す」(同日付『朝日』・政態拝見)
*高成田享 論説委員「<改革者>の側面を重視」(2月1日付『朝日』・海外メディア 深読み)
*柴沼均 記者「<閉塞感打破>は評価に値」(同日付『毎日』・記者の目)

▽閉塞感打破への期待は幻想に
 若者から中年の世代までには「ホリエモンは既成概念や閉塞感を打破しようとした」という評価がかなり高いらしい。しかし彼の起業、そして企業価値の最大化をめざす企業買収・合併はしょせん株による大儲け、マネーゲームによる蓄財の話である。
 新事業の展開にあまり関心がなく、だから「人の心はカネで買える」と言ってのけることもできるのだろう。こういう拝金主義の言動に期待をかけるのはいささか志の次元が低すぎないか。期待は幻想に終わるほかないだろう。

 彼は改革者だったのだろうか。いわゆる小泉改革路線上に位置づけられることは間違いない。だからこそ昨年の総選挙に引っ張り出し、武部自民党幹事長が堀江前社長を「弟です。息子です」と叫んで応援もしたし、小泉首相自身「堀江青年」を高く買ってもいた。 このいきさつからみれば、ホリエモンの言動は小泉改革路線の申し子といってよい。こういう認識を疑問視する意見もあるが、それはいわゆる小泉改革なるものの本質が十分に理解されていないからである。

▽小泉改革の正体は危険な路線
 いわゆる小泉改革の正体は、新自由主義、あるいは新保守主義と呼ぶべきもので、自由市場原理主義と軍事力重視主義の双方のグローバル化をめざしている。これは中曽根政権時代に始まり、小泉政権でほぼ仕上げ、ポスト小泉政権で仕上げることを目論んでいる。

 前者の自由市場原理主義は、企業の自由な利益追求を容易にするために公的規制の緩和・廃止すなわち民営化・自由化をすすめる。郵政の民営化はその代表例である。マネーゲームのすすめもその延長線上にある。
 これがもたらすものが一握りの「勝ち組」とその他大多数の「負け組」への色分けであり、企業・高額所得者の負担軽減と一般国民の負担増、過労死・自殺・ストレスの増大、失業・非正規雇用者の急増、連帯感・倫理観の喪失、拝金主義の横行―などである。昨今の人命軽視などの世の乱れは、ここに主因がある。
 「民」(みん)を繰り返し唱えているが、これは利益追求第一の民間企業の「民」を指しており、決して「民」(たみ=一般市民、民衆)を幸せにする道ではない。

 もう一つの軍事力重視主義は、憲法9条の改悪(自民党新憲法草案によると、戦力不保持と交戦権の否認の条項を削除し、自衛軍を正式の軍隊として保有すること)、さらにいわゆる米軍再編と「世界の安保」による日米安保体制・軍事同盟の強化をめざしている。これは世界規模で軍事力を行使しようとする路線で、世界の中で孤立を招く危険そのものの路線である。

 このような自由市場原理主義と軍事力重視主義は車の両輪の関係にあり、しかも日米一体のもとにこの路線のグローバル化をめざしているところに特色がある。「自民党をぶっ壊す」は小泉首相の口癖だが、「日米軍事同盟をぶっ壊す」とは断じて言わないところに注目したい。

▽新自由主義・新保守主義の継承
 しかも以上は決して新しい考え方、思想ではない。20世紀初めの頃の市場経済万能主義が招いたものが1929年の世界的な大恐慌であった。大恐慌とともに企業破綻、銀行倒産、失業増大、弱者の痛み増大など市場経済の破綻が一挙に露呈した。
 その再発防止策として第二次大戦後にいわゆるケインズ政策(財政赤字も辞さない積極的な財政拡大政策)が実施され、同時にさまざまな公的規制が強化された。これが福祉国家であり、財政赤字の増大と大きな政府、企業と高額所得者への税負担増、自由な企業活動の抑制をもたらした。

 そこから新自由主義、新保守主義による反撃が始まった。1980年代のアメリカのレーガノミックス(レーガン政権時代の「小さな政府」と「軍拡」をめざす新保守主義政策)、イギリスのサッチャリズム(サッチャー首相時代の民営化・自由化政策と福祉削減)、日本の中曽根ミックス(中曽根政権時代の軍拡路線と構造改革という名の自由化・民営化政策)がそれで、目下の小泉改革路線は大筋ではその継承にほかならない。

▽小泉首相こそ抵抗勢力のリーダー
 大恐慌時代をはさんで歴史的にみれば、新自由主義、新保守主義は市場経済万能主義という保守への回帰・復活であり、それに軍事力重視主義が加わった。
 一方、小泉改革では自らの存立基盤である自民党を「ぶっ壊す」と叫ぶのだから、そのエネルギーは前例がない。だから保守=守旧でありながら、「新」でもある。私はそのグループを「新保守派」あるいは「新守旧派」と呼びたい。
 
 もう一つ強調する必要があるのは、小泉首相の対米追従、日米軍事同盟へのこだわりぶりは、頑迷そのものであり、対米関係の改革にはあくまでも抵抗勢力として振る舞っていることである。この意味では小泉首相こそ、ほかならぬ抵抗勢力のリーダーなのである。改革派とはお世辞にもいえない。

▽「改革派対守旧派」の構図は目を曇らせる
 英フィナンシャル・タイムズ紙はホリエモン事件を「新興勢力対守旧派」という構図で世界に広めたと伝えられる。しかしマネーゲームはアメリカでは80年代に隆盛をきわめた。日本の場合、それから10年も遅れてやってきた成金ゲームである。これまでにない現象という意味では「新」だが、新しい時代を担う「新興勢力」とはいえないだろう。

 小泉首相自身が小泉改革に難色を示す自民党内の一派を守旧派=抵抗勢力と呼んだことから、「小泉改革派対守旧派」というとらえ方が一般的になっている。しかし、私の観察によれば、この両派の対立は自民党内の「コップの中の嵐」であり、「同じ穴のむじな」の蹴飛ばし合いにすぎない。実体は保守派(あるいは守旧派)の新・旧の争いとみたい。決して改革派が立派で、一方の守旧派がお粗末なのではない。そういう視点を失うと、目が曇り、小泉改革の正体が見抜けなくなるだろう。

▽マネーゲームは徒花にすぎない
 堀江逮捕によってマネーゲームが終わることを期待するとしたら、それは見当違いである。スーザン・ストレンジ著『カジノ資本主義』(岩波書店)が指摘するように資本主義はすでにカジノ(賭博場)化しており、マネーゲームとカネをめぐる犯罪は今後も絶えないだろう。

 自民党保守政権が自由市場原理主義の旗に執着するかぎり、第2、第3の拝金主義者、ホリエモンが登場してくるのは避けがたい。それを歓迎するかどうかは、それこそ人それぞれといえよう。
 だが、マネーゲームは、地球環境の汚染・破壊、資源エネルギーの枯渇を背景にモノの生産拡大が行き詰まりに直面している市場経済に咲いた徒花(あだばな)にすぎない。新しい時代の到来―などと錯覚する愚を犯してはならない。社会に閉塞感を生んでいるのも実は自由市場原理主義であることを、この際しっかり胸に刻んでおきたい。

▽<この国のかたち>をどうつくる?
 肝腎なことは日本の将来設計図をどう描くかである。石橋襄一氏は『毎日』の投書欄「みんなの広場」で次のように問いかけている。
 「最近のこの国を見ていると、(中略)この国が沈没してしまうような気がしてならない。(中略)司馬遼太郎氏が生きておられたら<この国のかたち>をどのように考えられるだろうか」と。適切なテーマ設定というべきである。

 小宮山量平氏は『毎日』の「特集WORLD」で次のように語っている。
 「世の中には物欲よりはるかに豊かな世界がある。あらゆる欲と潔く対決する清貧の思想だ。単なる貧乏ではなく物の本当の価値を知ること。ノーベル平和賞を受けたマータイさんの<もったいない>も清貧に通じる」と。いいかえればこれは仏教でいう「足るを知る」精神であり、それが豊かさにつながるという思想である。

 私はもう一つ、ジャーナリストの大先達で、元首相の石橋湛山に学んで、「小日本主義のすすめ」を提唱したい。これは簡素、非暴力、平和のすすめであり、反「自由市場原理主義」、反「軍事力・軍事同盟重視」、反「石油浪費経済」、反「拝金主義・マネーゲーム」などを主な柱とする。(詳しい内容は「安原和雄の仏教経済塾」に掲載の「小日本主義のすすめ」1・2などを参照)

▽アダム・スミスの「正義の法」を重視するとき
 どういう国のかたちをつくるにせよ、制度としての市場経済を前提にする以上、そこにどういうルールを設定するかは避けて通れない課題である。まずは古典、アダム・スミス著『国富論』をしっかり読むことから始めたい。次のように指摘している。
 「各人は、正義の法を破らないかぎりは、完全に自由に自分の思う方法で利益を追求し、(中略)競争することができる」と。

 「正義の法」をいかに市場経済の中に組み込んでいくか、それが最大の課題である。スミスといえば、自由放任の競争を説いたことで有名になっているが、実はそれは誤解である。彼は自由競争の重要性を力説したが、決して勝手気ままな自由放任をすすめたわけではない。自由競争を「正義の法」の範囲内に限定しているのである。

 スミスは経済学者であると同時に道徳哲学者でもあった。だから経済の分野の道徳、倫理、公正を重視した。人をけ落としてまで自己利益を独り占めすることを極度に嫌った。決して野放図な競争を賛美したわけではない。特に日米の新自由主義者、新保守主義者たちの間でこの点の勝手な読み違えが横行していることを指摘しておきたい。

 かりにいまスミスが生きているとしたら、昨今のマネーゲームをみて何というだろうか。「市場経済を汚すのはいい加減にしなさい。1人、2人が刑務所に放り込まれるだけでは終わらない。市場経済自体の命取りになることを忘れないように」という程度のお叱りで済めば、感謝しなければなるまい。
以上
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